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【SAO】シンガーソング・オンライン

作者:海戦型
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外伝:それが自分だから

 
前書き
2/14 ミス修正 

 
 
「……はぁ。最近の若い奴等はどんな教育受けてるんだ?」

公園の鏡を見ながら、腫れ上がった自分の頬に先ほど買った冷たい缶ジュースを当てて冷やす。後で湿布を張っておいた方が良さそうだ。
俺は自分が顔を腫らせる理由になった先ほどの出来事を思い出して、滝壺の底より深いため息をついた。

その日、俺はリアルの方でいつもの固定客を前に路上ライブをしていた。
学校帰りの暇な時間にやる路上ライブはうっぷん晴らしの部分もあって日課になっている。
しかし、今日は途中から招かれざる客が湧いて出てきたのだ。恐らくは高校生ほどの不良集団だ。
突然集団で公園に現れたそいつらはマナーも何もお構いなしに演奏中の俺と客のいた場所に寄ってきて、そのうちの女の子を執拗にナンパし始めたのだ。

演奏の気が散るものだからぶん殴ってやろうかと思うほどに鬱陶しかったが、客は恐らくその倍は鬱陶しく感じたのだろう。
余りにもしつこく言い寄ってくる男達にガマンの限界を迎えた女の子が不良の顔面をビンタ。
それに怒った不良集団VSそんな彼らの数倍の殺気を放つ元SAO攻略組軍団の喧嘩が勃発したのだ。

一時はどうなるかと思ったが、SAOという空前絶後の人殺しゲームを乗り越えた客たちは既に一種の戦士と化していたため決着は速かった。たかが数と若さに任せているだけの一般人が戦士に勝てる筈もなく、不良は僅か数分で追い返されて一件落着という訳だ。
どさまぎで俺も喧嘩に巻き込まれて頬にきつい一発を受けてしまった。
流石にこの理不尽にはカチンときたので相手を殴り返して昏倒させてやったが。
SAOでは全く戦えない身ではあったが、現実世界で喧嘩する程度の体力と筋力はある。
特別に強いわけではないが、素手の殴り合いなら戦えない事はなかった。

しかし、公園内で乱闘をしたとなれば他の誰かに目撃されて公園を追い出されることになりかねない。正当防衛の部分があったとはいえ暴力は暴力。暫くこの公園での路上ライブは中止するしかなさそうだ。
一先ずそのことを客たちに伝えたのちに俺達は解散し、今はこうして憂鬱のため息を吐き出している訳だ。

何が一番憂鬱か。
それは、あの不良達が俺の歌に全く興味を持たなかったこと……ではなく。
歌ではなく暴力で彼らの足を止めてしまったこと……ともまた違う。
まして、ここでしばらく路上ライブが出来なくなることでもない。
そう、答えは――すごく不思議そうな顔で言われたある一言。

「なんで不良が撃退できるのにモンスターは倒せないんですかって……そんなこと俺が一番聞きたいよ」

一番傷ついたのは、ファンからの心ない言葉だった。
ちくしょう、フルダイブ型ゲームなんて大嫌いだ。



 = =



SAOの22層といえば湖を囲うのどかな森と、モンスターが全くいない事で有名な層だ。当時は休憩スポットとして人気だった。
ついでに層の端の方にキリトとアスナちゃんの愛の巣があったりもしたがそれはさて置き……そこで俺は、SAOでは碌に出来なかった戦闘指導を受けていた。
教えてくれるのは勿論SAO生還者の連中だ。

SAOでは主に戦う相手はモンスターなのだから、モンスターを相手にしなければ戦いには慣れない。
が、俺はフィールドに出ると面白いくらいにモンスターに負けるので訓練そのものが出来ない。何せ今はともかく当時のSAOはHPと自分の命が直結していたのだから。
攻略組の連中だっていつも暇ではないし、俺自身移動と路上ライブの時間を考えれば訓練の時間も殆ど無かった。
よって、実は本格的なバトル指南はこれが初めてである。

「どうでしょーか先生方。うちのバンドリーダーは戦士として使い物になりますかね?」
「うーん……」

勝手にバンドメンバーに参加しているユウキの問いに、片手剣兼剣道担当のリーファちゃんが唸る。
弓担当のシノンちゃんも唸る。ハンマー担当のリズベットちゃんも唸る。
その他、槍や長剣、斧担当の連中も唸った。


「まずハンマーは駄目ね。何回やり直させてもギターの持ち方に変わっちゃうし」
「弓も駄目。なんか指先がギターの弦の感触だけ覚えちゃってるみたいで……弓の弦に遠慮するわ暇さえあれば弦を弾いて音を鳴らすわ……」
「斧もさっぱりだな。重量の所為か身体が委縮してるし、ハンマーと同じでギター構えしようとする」
「槍に至っては使い方が棍棒だし……」
「投擲はセンスがないとダメなんだな。そしてブルハはセンスがないんだな」
「ブルハに短剣は向いてないネ。そもそも短剣は元々難易度高めだシ」

これでもかというほどにボロクソである。
勉強もスポーツもそこまで駄目だと言われたことはないのだが、俺はどうにも戦士どころか雑兵になるセンスさえ欠如しているらしい。ただ、全く見込みがないという訳では無いようで、片手剣、体術の2人からは違う意見が出た。

「結論から言うと、アレです。1対1の対人地上戦闘だけなら、練習に打ち込めばなんとか……」

と、片手剣のリーファ。そして体術担当であるロナルドは――

「身体そのものは動かせてるんで、サシのステゴロなら。時間はかかりますが、何とかなると思います」

ちなみにロナルドは最初の頃は第一層に籠っていた引きこもりプレイヤーだった。
ゲーム開始から数か月後に俺を追いかけてフィールドに出て、その後に体術スキルを組み込んだ剣技で大成した。ALO初ライブの際も聞きに来ていた常連である。

「なんか、ブルハさんって運動音痴とは違うんだよね。多彩な動きは出来ないけど……行動を防御と反撃のみに割り振ればいいセン行くと思うよ」
「確かに。自分から攻め込む事を捨てれば投げ技なんかも向いているかもしれません」
「とのことだけど、どうするのお兄さん?」

俺にも戦える可能性が残されている、か。
ただひたすらに歌に続けたSAO時代、そして冒険もせずに歌いまくっている現代。
その両方において、俺はフルダイブ型MMORPGの楽しさの真髄を味わっていない。
というより、もう自分には無理なのだとさえ思っていた。
それが、今になって可能性が浮上した。

俺は一通り話を聞いて吟味し、深く悩んだ。
そもそも刃物を持っての暴力も、素手の暴力も俺は好きではない。
しかし、その恐怖を克服すれば今とは違う人生の楽しみ方が見えてくるかもしれない。
ユウキたちが見る中で悩み、やがて俺は一つの結論に至った。

「それ、練習に時間を割いてる期間はライブ出来なくなるけどお前らそれでもいい?」
「禁断症状出るからやめて……!」
「それはよくない」
「ダメ!」
「全然だいじょばない」
「駄目ですね」
「却下ぁ!」

そしてこの掌返しである。
しかも、よく聞いてみれば結局モンスター相手に勝てるようになるとは一言も言っていないのだ。
じゃあ意味ないじゃないか。
デュエルなんてやらないし、武器になるものギターしか持ってないし。
実はギターは形状のせいか両手斧スキルが使える……らしい。試したことはないが。

「じゃ、この話は白紙だな」
「ぶーぶー。せっかくお兄さんも冒険に連れだせるチャンスだと思ったんだけどなぁ……」

不満顔のユウキは頬をふくらましてぶーたれている。
面白いので頬のふくらみをつついてみると、プスーと音を立てて口から空気が抜けた。余りに間抜けなので少し吹き出してしまう。
が、少々調子に乗りすぎたせいでユウキに怒りの足先スタンプを喰らってしまった。
少々気が短くて意外と根に持つ子なのだ。
まぁ、ペインアブソーバのせいで大した痛みはないが。

「むー!乙女の柔肌は気軽に触れちゃいけないんだよ!僕のほっぺたで遊ぶの禁止!」
「ならユウキは俺の耳で遊ぶの禁止な?」
「むむむー……ならやっぱり訂正。ほっぺで遊んでいいよ」
「………そんなに人の耳が触りたいかね」

彼女のこのような所はどうにも理解できない。
「どういう事か分かるか?」とリーファちゃんに聞いてみたが、「よっぽど気にいられたんじゃないですか?」と苦笑いで返されただけで終わる。
ここはモテる男のキリトにでも聞こうかと思ったが、よく考えたらあいつは無自覚タラシの類だから役に立たなかった。

しかし、そこまで人の歌に拘らなくとも良いだろうにと思う。
どうせだから他の連中を代打にして演奏でもさせればいいのにと思うのだが、最近の俺は音楽妖精(プーカ)の重鎮という扱いらしい。人伝に聞いた話では、プーカ領内では演奏無制限、他種族領内では戦闘以外の演奏は周囲の許可を取ってから……そしてアインクラッド内では何故か俺の許可なしに路上演奏するのが禁止になってるとか。

何度違うと言っても「あの、演奏許可貰えます?」と聞きに来るプレイヤーが絶えないのは頭痛の種だ。何度も言うが、俺はそんなんじゃないってば。



 = =



「本当によかったの?」
「何が?」
「ギター休止して訓練してもよかったんじゃないの、ってこと」

皆が解散した後で、不意にアスナちゃんが訊ねた。
彼女とは何だかんだで1層からの付き合いだ。楽器を貰ったことも一度や二度ではないし、攻略の鬼などと揶揄されるようになった後もアルゴを通して物を送っていた。
皆には黙っていたけど、あの時代の数少ないフレンドの一人だ。
なお、その他のフレンドはエギル、アルゴ、ミスチルとイナズマ、その他余りにもしつこかった固定客数名くらいのものだったりする。

「別にみんなが待ってるからって、必ずギターを続けなきゃいけない訳じゃないじゃない?人のいう事ばかり聞いて自分のやりたいことを見失ってないかなって、気になったの」
「やりたいことか……ま、確かにあのモンスター相手に綺麗に立ち回れるのはちょっと憧れる」
「なら――」
「でも、さ」

アスナの言葉を遮って、俺はギターを抱えた。
軽く弦を弾いて感触を確かめる。
この手触り、振動、音色。やはりこれだ、という安心感があった。

「さっき考えてて思ったんだけどさ。音楽だって好きなものだ。その好きな物をいったん置いてまでして必死に練習しても、結局俺はみんなみたいに戦える域には達しないんだよな。しかもそれを追いかけている間、俺は好きなことをできない。これって破綻してると思う」
「二兎を追うものは一兎をも得ず?」
「ん~……ともかく、必死にもがいて手に入れても、その力は最初に俺が欲しかったものとは違うんだ。そしたら残るのは大した価値も無い努力と、好きなことが出来なかった嫌な思い出だけになる。そんなの俺じゃない!……って、思ったのさ」
「そのとーり!我慢なんてせずに好きなことできなきゃ人生何にも楽しくないもんね!」

割り込むように、突然ユウキがにかっと笑って飛び出してきた。
その手には俺のものとは種類が違うギターが抱えられていた。
未だ未熟なところはあるが、それでも音程を間違えない程度には演奏できるようになった。そのギターを掲げたユウキは俺とアスナの間に入ってきた。

「今日は特別に僕の演奏と歌声も披露しちゃうよ!」
「……それが今のユウキがやりたいことって訳だね?」
「その通り!アスナはやりたいことやってないの?」
「まさか。キリト君やみんなと一緒にここで笑いあうのが、私の一番やりたいことだもん」
「よろしー!じゃ、いくよ!お兄さんはこっちに合わせてね!」

曲名も言わないまま演奏を始めるとはちょっと不親切じゃないか?と思いながらも、俺はイントロですぐに何の曲を演奏しようとしているのかを察して彼女に旋律を合わせる。

みんなが言っている一般論なんて、所詮はきれいごと止まりじゃないか――

その結果手に入れたそれは本当に価値のあるものなのか――

欲しかったものでもないのなら、そんなものは捨ててしまえ――

本当に好きなもの以外には本質的に価値がないんだ――

価値の無いスクラップに、自分の価値が押し潰されるのが一番怖いんだ――

だから他人のことばなんか気にせず、ふてぶてしく人生を闊歩しよう――


「病気が回復に向かってからのユウキには……こう、生きてやるっていう気迫みたいなものを感じると思わない?」

歌を聞きながらアスナはキリトにそう訊ねた。

「そうだな。前から陽気に振る舞ってはいたけど、いまのユウキはあの頃とは何か違う。前は夢の続きを歩いてるみたいだったけど、今は先の見えない道を愚直に進んでるみたいだ」
「そしてその勢いが余って倒れないように、ブルハさんの歌声がそれを下から支えてる」
「わかるな、それ。案外相性いいんだな。あの2人」

そんな二人の会話の内容は、ブルハの耳にまでは届いていない。



デュエットの曲でもないのだが、とにかく合わせて歌う。
ユウキの歌声には他人の心を揺さぶる力強さがある。病魔と散々闘って、多くのものを失った彼女だからこそ持てる重みのようなものがある。俺にはない魅力だ。
籠る感情は直球。私はこんな人間で、こう生きる。
ただそれを伝えたいだけ。だからこそ、生命力に満ち溢れている。

(案外、音楽に向いてるのかもな)

小さくも頼もしいその背中に続くように、ライブは続いた。
ユウキの初舞台という形になったが、結果は大盛況。きっと遠くにいってしまった彼女の家族にもこの力強い歌が届くだろう。そして、ひょっとすればミスチルにも――と、つい考えてしまいながら。

ユウキと初めて組んだ演奏。お前が始めた名前もないバンドの、今の姿。見ればあいつは何といっただろうか。イナズマにはその気になれば聞かせることも出来るが、その時はミスチルに、演奏の終了後に一言感想を貰いたい気分になった。

俺は存外、あいつに今の俺達の歌を聞かせたかったらしい。
  
 

 
後書き
ちょっと書きたくなったので、ブルーハーツより「スクラップ」を元に。

主人公の親友イナズマくんは現在GGOをプレイしています。九九式狙撃銃の先端に光剣を取り付けて槍代わりに使用するという世にも不思議な戦闘スタイルに加え、三十年式銃剣を愛用している様から「日本兵」と呼ばれています。シノンとも一応面識あるけどドン引きされました。(テキトーに思いついた妄想ですけど) 
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