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三色すみれ

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第七章


第七章

「ヘレナは」
「それはあれだ」
 抱きついたまま顔を背ける真琴であった。
「間違いで私にもかかっただけだ」
「そうだったの」
「そうだ。そうしておけ」
 そう彼に告げる。
「わかったな」
「うん、わかったよ。それじゃあそれで」
「納得しろ」
 強引だがこれで話はまとまった。しかし観客席は騒然であった。
「幾ら何でもこれは」
「問題では?」
 先生達が舞台の上で抱きつく二人を見て言いはじめたのであった。
「堂々とこんなことは」
「やはりこれは」
「いや、見事な演出だね」
 ところがここで杉岡先生が言うのであった。顔に焦りが見られるがそれでも必死に二人のフォローに回るのであった。
「カーテンコールでもこんなのを見せてくれるなんて。シェークスピアをよくわかっているな」
「あれっ、これって」
「演出だったんですか」
「その通りですよ」
 そう他の先生にも言う。
「いや、舞台はカーテンコールの間も続きます」
 その通りである。舞台は幕が降りて終わりかというとそうではないのだ。カーテンコールもまた舞台なのだ。オペラにおいてはとりわけそうである。先生はそれで誤魔化しにかかったのであった。
「ですからこうした演出をしたのです」
「そういえばディミトリアスとハーミアですな」
「そう、恋人同士です」
 これまた強引なこじつけであった。先生はとにかく必死にこの場を取り繕いにかかっていた。
「ですから。こういうこともまた」
「あるのだと」
「恋人同士に相応しい演出でしょう?」
 そのまま押し切りにかかった。
「ですから問題はないのです」
「演出ですか」
「その通り」
 また強引に主張する。
「ですから。御安心を」
「ふむ。顧問の方が仰るのなら」
「そうなのでしょうな」
 先生達もまずはこれで納得するのであった。内心いぶかしむものが多分にあったとしても。
「それではそういうことで」
「ここはいいですな」
「そう御理解して頂けると何よりです」 
 失言だがここでは誰もそれに気付かないのが幸運であった。
「芸術ですから」
「芸術ですか」
「そうです」
 それで何でも許される。ある意味非常に有り難いものである。
「ですから。あの二人の演出なので」
「わかりました」
 先生達はやっと完全に納得したようであった。
「それではこの件は何もなしということで」
「ええ。そういうことで」
 先生達は何とか杉岡先生が抑えきった。しかし杉岡先生にとってはまことに心臓に悪い、ヒヤヒヤとする事態であった。
(全く)
 先生は舞台の二人を見ながら心の中で呟く。見ればまだ抱き合ったままだ。というよりは真琴が遼平に抱きついたままなのであった。
(骨が折れるな、こんな所まで)
 だが悪い気はしていない先生であった。別に二人を叱る気もなかった。何故なら全ては真夏の夜の夢のことであるからだ。シェークスピアの魔法のせいだからだ。
「さて、と」
 二人のクラスの女の子達は得意満面であった。
「これでいいわよね」
「ハンバーガーね」
「それかラーメン」
「ちぇっ」
 男達は彼女達のにこやかな顔を見て思わず悪態をついた。
「何でこんなことになるんだよ」
「幾ら何でも有り得ないんだろ」
「悪いけれどこれが現実なのよ」
 例の中心人物もまた誇らしげであった。その顔で男組に告げる。
「もうちょっと女を勉強しなさいって」
「勉強してわかるものかよ、これって」
「センスも必要ね」
 彼女はいささか難しいことを述べてみせるのだった。
「センスがないと女ってのはわからないわよ」
「何だ、それって」
「滅茶苦茶じゃねえか」  
 男達はそれを聞いてまた悪態をつく。
「それで負けるなんてよ」
「何か腑に落ちないな」
「けれど負けは負けよ」
「そうよ。観念しなさい」
 女組はそんな彼等に対して上機嫌で言い返す。実に気楽なのは彼女達がおごってもらう立場だからである。実に簡単な話であった。
 
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