バカとテストと白銀(ぎん)の姫君
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第二章 彼と彼女の事情
第十七話 奇襲的外交
前書き
交渉中のかっこいい千早は次話で出てきます。
第十七話
机上演習以来、Cの北原さんやBの浅井などを交えて、先の演習では何が悪かったのかなど意見を出し合い、対Aクラス作戦の段取りは着々と進み万全の布陣が出来上がり始めていた。
「それでね、アキと喫茶店に行ったんだけど……」
僕は席の近い島田さんから前の土曜日に、午後から吉井を拉致した話を聞いていた。
いつの間にか吉井の事をアキと愛称で呼ぶようになっている事をイジりすぎて、一度真っ赤な顔のままで怒られてしまった。
恋をしている、っていうのはそれほどまでに人を変えるものなのだろうか。そんなことを島田さんの話を聞きながら僕は考えていた。
そんな時、Fクラスの扉が開けられ三人の人影が教室内に入ってきた。
現れたのは、女装して現れた秀吉君……。
「そこ!!今何か不穏なことを考えたでしょ!?」
びしっと吉井を指さす彼女は、声質的にも正真正銘の女の子だろう。
というより、秀吉君が女装無しで女の子に見えるのは…
と思い、ふと我が身を振り返る。
・ ・ ・
だめだ、誰も得しないことは考えないに尽きるだろう。
「いいえ、ぜんぜん(真っ向から考えていました!)」
「明久、心の声が漏れてるぞ。」
「うそぉ!?」
「ふん。まぁいいわ。」
彼女は秀吉君の双子の姉である木下優子さんらしい。
秀吉君が演劇に打ち込んでいるのと同じぐらい、勉学に打ち込んでいるというのは、僕に小声で秀吉君が教えてくれたときに言っていた言葉。
彼の演劇への打ち込みようは以前の『妃宮』の声帯模写だけでも、どれほどなのかは伺い知ることができる。
「それで、私たちに何かご用でしょうか。」
島田さんと先ほどまで会話していた僕が慇懃に尋ねると、苛立たしげにきりりと強い視線をこちらに向けてきた。
「貴女が噂のFクラスの軍師さん?」
「えぇ、『参謀』と代表殿には言われております。」
ゆっくりと一礼をする、焦っている相手のテンポを一回狂わせるべきだと判断したのだが…
仮面を被り直し、顔を上げて正否を確認すると木下さんは動揺していた。
「……そ…そう。」
出鼻をくじかれた形になり、悔しそうに舌打ちをする木下さん。
「私たちAクラスはFクラスに試召戦争を申し込むわ!!」
気を取り直した彼女はびしっと代表の方を指さして高らかに宣言する。
どよめくFクラスの面々。
明日から試召戦争を開始すると代表殿が今朝宣言していたその日の昼休みに宣戦布告がなされたのだから。
とはいえ唯一代表殿だけは不適な笑顔を浮かべている。
確かに、戦力の限定化という点では願ったり叶ったりではありますが…それは余りにもあからさまでは有りませんか?
そうアイコンタクトを送るもまあ見ておけというような目線を送られる。
「おいおい、こっちは成績不良のボンクラ集団だぜ?優秀なA組のみなさんが何を好んでそんな虐めみたいな真似をするってんだ?」
事実、Fクラス単独が正面から戦っても勝てる要素なんてありはしない。
あるとすれば、僕の機関銃による掃射で漸次敵戦力を戦死判定に追い込んで、姫路さんに周辺を守ってもらうという消極的な戦術に限られる。
しかし、この程度の悪あがきなどおそらくAクラスの指導陣ならば突破する策を用いてくるのは目に浮かぶ。
同盟相手のB・C両クラスは新校舎側であり、途中からの参戦に成ったところで、Fクラスにかかる圧力はほぼ変わらないだろう。
それでも超余裕の姿勢を崩さないのは……まぁ理由は一つですね。
「へぇ……受諾条件は?」
こちらの意図を理解して頂けるらしい。
試召戦争では上位クラスから下位クラスへの宣戦布告に対して、実際の戦争とは違い下位クラスは拒否権を持っている。
実際の戦争ならばどこぞの「正義の国」みたく問答無用に言いがかりを付けて、戦争を吹きかけることはある。
しかし、それだと元々から精鋭ぞろいの「Aクラスメンバー」の根城である「Aクラスの施設」という学力向上のための餌は、ただの高嶺の花になってしまう。
そういったバランスの点からの配慮だろうと僕は考えているが、本当のところはどうなのかは知らない。
(交渉役は頼む)
代表殿からアイコンタクトに頷いてみせ、僕は一歩前に出て交渉の窓口に成ることを使者へ示す。
へぇといった様子の木下さんがどうぞと目で促してくる。
Fクラスの皆さんが口をポカンと開けっ放しになっているのが気に入らないが今は気にしても仕方がない。
「対戦は一騎打ちとタッグ戦の合計五試合で先に三勝したほうの勝ち。それら科目選択権及びそれらの試合科目にかかる特殊条件の設定等の権利は全てはこちらの物。そして当然ではありますがこちらの回復試験が終わったときの成績で受けること。これらを飲んで頂けるのでしたらいつでもお受け致しましょう。」
「なっ!!」
実に一方的な条件に目をむく木下さんだったけど、背後の女生徒が一歩前にでる。
「……その程度の小細工で私たちに勝てるというのなら、別に構わない。」
「代表!」
一歩前に出たのは、Aクラス代表、霧島翔子さん。
振り分け試験での学年主席を勝ち得たという才女らしい。
美人と評判のAクラスの御大将自らのご登場にFクラスの皆さんが歓喜乱舞しているのは目に入っていないという体で話を続ける。
「………あなたが雄二の参謀?」
「…えぇ、僭越ながら。」
何だろう、殺気だったものを感じるのは気のせいだろうか。
下手に弱腰で対応し始めた時点から負けるような気がするのだけれど。
僕を凝視していた霧島さんは次に姫路さんをじっと見つめる。
「あの……霧島さん?なんでしょうか……」
姫路さんも戸惑っているのだろう。
「………私たちに勝ちたいのなら、それぐらいのハンデは必要。」
「霧島さん、そうは言っても譲歩しすぎだよ。」
そう言ったのは三人目のAクラス要人。
確か彼こそが学年次席で男子の中では主席の久保利光、であったはずだ。
「久保の言う通りよ、代表。……そちらから譲歩の余地は無いのかしら。」
「無いな。」
「少々お待ちください。」
そういって代表の袖をちょいちょいと引っ張る。
勝った場合と負けた場合の双方で検討すべきであり、最低最悪の事態を常に考え、それに対して十分な備えをするものだ。
対Aクラス戦と言っても見えていない戦力、勢力を考慮に入れるのは当然だ。まして、僕らが意図的に無視しているクラスの動向次第では教室の机が段ボールになるだなんて最悪だ。
「代表、対E工作はムッツリーニ君の協力のお陰で順調に進んでいますよね?」
「あぁ、それがどうかしたのか?」
「Aが追撃してこなければ、という仮定付きです。さらにそもそもこの対戦を正式な対戦にしないという条件であれば……」
「つまり、賭をして遊んだという形にでもすると言いたいのか?」
「はい、残念ながら同盟込みでの勝算も良くて6割なのですから……」
「そうだな……、それができるなら譲歩しても良いだろ。」
「交渉はどのように?」
「そうだな……F連中には聞かせられない内容が入るからこのままお前が進めてくれ。その方がああだこうだ言われなくて済むからな。」
「承知しました。」
Aクラスの方々の方を見ると、木下さんは相変わらず苛立たしげに、久保君は心配げな顔つきで、霧島さんはポーカーフェイスと言うよりも氷の仮面のままこちらを待っていてくれた。
「私の責任で話し合いをしても良いとの事です。隣の空き教室でお話し致しませんか?」
「感謝するわ、代表もそれで良いよね?」
「………」
「代表?」
「………何でもない。」
とてつもなく静かな殺意を向けられたのは見逃しがたいことなのですが……一体僕が何をしたというのだろうか。
ただ代表殿と話しをしただけ……まさか?
我ながら安直すぎるとは思うし、正直島田さんに当てられているだけとも考えられる。
それでも、明確な殺意を向けられた身としてはそれぐらいしか思いつかない。
とはいえ彼女たちが発するその感情を僕は知らないし、理解もできないのだけれど。
「あぁ、それから代表。少しお耳を拝借しても宜しいでしょうか。」
ぴくんと霧島さんの方が跳ね上がったように見えた、もう一つぐらい証拠が欲しいところである。
「(ごにょごにょごにょごにょ)」
「任せる。」
「家で決めましたとおりに。」
その言葉に霧島さんの歩みが止まった。
「霧島さん?どうかしたかい?」
「………何でもない。」
何にかがあるからでしょうに……
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