レンズ越しのセイレーン
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Ready
Ready3 ヘファイストス
前書き
ある男が運命に翻弄された話
一年中、花が咲き乱れる、造花の花畑の上。アルヴィンは一人の小さな少女――ユースティアと共に、大剣と銃を揮い、どこかの世界から来た分史対策エージェントの集団と戦っていた。
飛び散る血が花びらを汚し、死体が倒れるたびに造花は潰れる。
お気に入りの庭が荒らされたのが気に入らないのか、今日のユースティアは蜂のように俊敏にエージェントたちを仕留めていく。
(ユリウスが知ったら、そんな情緒は持たなくていい、とか言いそうだな)
思いながら、アルヴィンはまた一人、エージェントの頭を銃で撃ち抜いた。どう、と倒れた死体がまた一つ。造花の花びらを散らした。
ふとユースティアの薄い肩にエージェントの一人が手をかけた。
アルヴィンは大剣の軌道を変え、そのエージェントの腕を斬り落とし、銃殺した。
「ケガしてねえか?」
「うん」
アルヴィンはユースティアの肩に残された手首を放り捨てた。
「! アルおじさまっ」
ユースティアがアルヴィンを突き飛ばした。アルヴィンとユースティアの間を銃弾が通り抜け、弾を掠めたユースティアの手から血が滴る。
アルヴィンは即座に、こちらを狙撃したエージェントを銃で撃ち抜いた。
「今みたいに俺がヤバくなったら見捨てること。お前が死んだら元も子もないんだ。優先順位はしっかり頭ん中で確認しとけ。いいな?」
「ごめんなさい、アルおじさま」
ユースティアは再び戦場に戻った。くるくる舞い、分史対策エージェントたちを翻弄し、時には刺す。討ち洩らしはアルヴィンが狙撃して沈黙させる。そのくり返し。
ユースティアはショートスピアを主武装にしている。同じ双剣使いにしては素性が割れやすい。どうせ骸殻に変身すれば武器は「無の槍」にシフトする。ならば最初から槍術を仕込んだほうがいいという、ユリウスの方針だ。
かつて最強と謳われたエージェントが、あらゆる戦技を24時間365日休みなしに叩き込んだ人間兵器。
やがてどこかのエージェントチームが花畑の上で全滅した。
アルヴィンは死体の一つ一つに黒匣で着火し、火葬した。
ここの花畑は造花なので燃えることはない。潰れ散った花もすぐ再生する。
「片付け」が終わる頃を見計らったかのように、ロッジの戸が開いた。
ユースティアがすぐさま踵を返し、中から出てきた人物の介助をする。その男は車椅子に座っている。白いフード付き貫頭衣を頭から被り、全身の時歪の因子化を覆い隠す。日常生活では車椅子で移動する。
ユースティアは車椅子を器用に扱い、男を花畑に下ろしてアルヴィンの前まで連れてきた。
「終わったか」
「ああ。聞こえてたんなら助太刀しろよ」
「俺が出てはユースティアの訓練にならない」
白い手袋を嵌めた手がユースティアの頬に伸びた。ユースティアはその手に手を当て、うっとりする。
「どうだ」
「まだ討ち洩らしはあるが、概ね以上に及第点。こんだけできりゃじゅーぶんプロの傭兵名乗れるぜ」
「討ち洩らすようじゃまだまだだ。全滅させられるようになるまで継続する」
「……へーい」
この男はユリウス・ウィル・クルスニク。少女はユリウスの娘でユースティア。いずれ父の遺志を継いで正史に旅立つことが、産まれる前から決まっていた少女。
「どうだ、ユティ。もう戦いには慣れたか?」
「慣れた」
こっく、と肯きながら答えるユースティアは、育て親の欲目を引いても愛らしい。
「そうか。いい子だ。お前が一つ戦いを経るごとに、とーさまも嬉しくなる」
ユリウスはぎこちない動きながらも、娘の頭を毛筋に沿って撫でた。これまたユースティアは、ほやんとした表情をした。
「今日はユティ、『外』に連れ出していい日だったよな?」
ルドガーを救うために不必要な知識や経験は与えない。そう決めたユリウスは、こうして居を人里離れた山奥に構えている。ユースティアの「世界」は木の家と造花の花畑と曇り空、それにアルヴィンとバランが持ち込む知識からの想像だけで構成されている。
しかし、それではただの、殺しが上手いだけの箱入り娘。
そのためアルヴィンを教師に、「外」の世界を必要最低限学ばせる。傭兵という、世界を渡り歩く殺戮者ともいえる職業だったアルヴィンにこそ、この「教育」係はふさわしい。
「ああ。――ユースティア。存分に感じて、学んで来い。この世界を、な」
「はい。とーさま」
「イイ子にできたら、帰りにかーさまの家に寄って来ていいぞ」
ユースティアは目を大きく見開き、笑った。数少ない、ユースティアの表情と呼べるモノだ。
「よかったな、ユティ。――そうだ。どうせなら前にやったカメラ持って来いよ。お前とかーさまのツーショット撮ってやるよ」
少女はコクコクと肯き、ロッジへ入っていった。
「――アルフレド」
「人間味のない奴は、どれだけ優秀でも恐怖の対象にしかならない。だから『個性』を一つでいいから持っとくべきだ。一番は『趣味』。それがあるかないかで、相手側の好感度はかなり変わる。こっちが妙な行動をしても、相手側が勝手に趣味のための行動なんだと解釈してくれる」
「そこまで考えてあるなら良しとしよう」
「サンキュー。物分りのいい親父で助かるぜ」
「ただし」
「わーってる。なるべく普通の街を歩かせて、すぐクエストに出す。だろ?」
「分かっていればいい」
与える情報の取捨選択は本当に難しい。
アルヴィンとしては、この造花の花畑よりもっと眺めのいい場所に連れて行ってやりたいのだが、ユリウスがそれは無駄で不要だと言うから。
(いつか正史世界に行ったら、せめてお前だけでも、いい場所もいい食いもんもいい人も見つけてくれよ)
カメラを首から提げて出てきたユースティア。
戻ってきた彼女を、アルヴィンは軽々を抱き上げ、ニカッと笑ってみせた。
ユースティアは淡く笑い返した。
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