ブルーホリデー
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第三章
第三章
「それじゃあ。行きましょう」
「うん、わかったよ」
こうして二人は手をつなぎ合って映画館に向かった。その間少し時間があったのでクレープを買ったりして時間を潰していた。だがそこでも久代の顔は晴れないのであった。見れば彼女の服も黒を基調としておりお世辞にも明るいものではなかった。
「あのさ」
清司はそんな彼女を見てこの前の帰り道と殆ど同じ感じで彼女に声をかけてきた。
「今日も何か沈んでないかな」
「それは別に」
「そう。だったらいいけれど」
それを聞いてまずはそれで止める清司であった。しかしここで彼はまた言ってきた。
「今日はさ」
「何?」
「映画終わったら行く店だけれどね」
話はそれに関してであった。
「イタリアンレストランでどうかな」
「イタリア料理?」
「うん。ほら、あそこ」
彼は微笑んで久代に言うのだった。
「あの一品一品が物凄く量の多いお店」
「ああ、あそこね」
そこまで聞いて彼女もわかった。それで頷く。
「あそこなのね」
「あの店でいいよね」
また彼女に言ってきた。
「ええ。オリーブと大蒜も多いし」
「久代ちゃんそういうの好きだと思ったから」
実はイタリア料理、とりわけパスタにおいてオリーブやガーリックを効かせるのが彼女の好みなのである。清司もそれを知ってその店を出してきたのである。
「じゃあそこでいいよね」
「ええ。わかったわ」
やはりあまり微笑まずに彼の言葉に応えるのであった。
「それじゃあ映画の後でね」
「うん。そこでね」
映画の後での店も決まりそこに向かうことになった。映画は特に何も変わったところはなく普通に面白いものであった。だがそれでも楽しめないのが今の久代であった。映画館の暗がりの中ではそれはわからないが暗かったのは事実だ。だから映画の内容もあまり覚えてはいなかった。この映画が終わったらいよいよ言わないといけない、そう考えてばかりいたからだ。それしか考えられない状況になっていたのである。
しかし清司はかなり楽しんだようで。映画館を出たところで満面の笑顔で彼女に言ってきたのである。
「面白かったね」
「そうね」
久代は俯いて暗い声で応えるのであった。
「中々よかったわ」
「本当にそう思ってるの?」
「え、ええ」
こう言われると慌てて顔を上げて応えた。
「そうだけれど」
「そうかな。まあいいや」
ここでも彼はそれ程深くは尋ねなかった。
「それじゃあさ」
「ええ。夕食ね」
「そう。パスタだよ」
清司は機嫌よく応えるのであった。
「パスタ。食べようよ」
「わかったわ。パスタをね」
「ワインもあるよ」
清司はまた言ってきた。
「だから。楽しくね」
「はい。それじゃあ」
浮かないままであったがそれでも清司と共に行くのであった。こうしてそのイタリアンレストランに二人で行くのであった。洒落た内装にイタリアの音楽であるカンツォーネが鳴っている。如何にもといった感じの明るい店であった。そのままイタリアの明るさを入れたかのように。
久代と清司はその中で一つのテーブルに向かい合って座っている。久代が壁側に座っていて背中を丸くさせている。ここでも浮かない顔のままであった。
「乾杯だね」
「ええ」
清司は勢いがあったが久代のそれは弱いものであった。その彼女に清司が言うのである。
「ところでさ」
清司は一杯の赤ワインを飲んだ後で久代に尋ねてきた。
「どうしたの、今日は」
「今日はって?」
「だから気付いているんだよ」
清司は穏やかな声で久代に尋ねてきた。
「何か。悩みがあるんだよね」
「それは」
「隠さなくていいよ」
清司の方から言ってきた。
「何かあるのなら。言ってみてよ」
「それは」
「あるのならね」
また穏やかな声で言うのであった。
「よかったら言って」
「それは」
「あるのかな」
まるで誘うかのように穏やかな声をまた出してみせてきた。
「どうなの、そこは」
「それはね」
どのみちここで言うつもりであった。だがそれでも決意することができなかったのだ。だがここで彼の言葉を受けて久代は背中を押された。それが決め手となったのであった。
「実は。最近」
「どうしたの?」
「驚かないわよね」
弱気だったがこう前置きしてきたのであった。
「何があっても」
「うん」
彼はここではまだわかっていなかったがそれでも頷くのであった。
「約束するよ。何?」
「私ね」
久代も緊張で強張るのであるが清司もまた緊張で強張っていた。それまで穏やかな顔であったのが今では張り詰めた空気の中にあった。その中で話を聞くのであった。
「あれが来ないの」
「あれって?」
「だから。あれが」
恥ずかしくてさらに俯くがそれでも言うのであった。
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