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とらっぷ&だんじょん!

作者:とよね
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第二部 vs.にんげん!
  第26話 おとなげ!

「走って!」
 人の波の引けた大通りに、蹄の痕、轍の痕、それを追って若き冒険者たちが走る。
「早く! 追いつかなくなっちゃう!」
 ちくしょう、わかってるよ! 数歩前を走るサラに急がされながら、パスカは内心で毒づいた。村のみんなには、半年で戻るって約束したんだ。がっつり稼いで戻るから、みんな待ってろって。
 それを、最後の稼ぎを欲張ってまた半年後になるなんて、冗談じゃねえぞ。
「すみません……私はもう……みなさん、先に行ってください……」
 ルカが息を切らし、ついに立ち止まる。
「諦めちゃ駄目だ! 走ろう、ここで走るのをやめたらこれまでの努力が水の泡になってしまう!」
 と感動的な励ましと共にルカの腕を取り走るアッシュは、ルカはこの町から出て行くつもりはない事を忘れている。が、パスカにもそれを指摘している余裕はない。
「ま、待ってくださいアッシュさん、私は別に」
「あの音は」
 隣を走る、ルカと一緒に自分を探しに来たアーサーが呟く。パスカも気が付いた。その、地響きのような音に。
「門が閉まり始めてる!」
 絶望的な気分になって叫んだ。膝が上がる。前のめりになって、より一層早く走った。
 長い坂を上り、通りの先、大きな門扉が見えた。
 両開きの厚い門扉は、今まさに閉ざされようとしているところで、左右の扉の奥に見える外界の景色が次第に細くなってゆく。
「待って」
 サラが息を切らし叫んだ。金貨のたっぷり入った袋を抱えて。
「待ってくださぁい!」
 駆けて行く視界の先で、門扉の隙間から見える外界の景色が細くなる。細くなる。枯れ木ほどの細さになって、矢ほどの細さになって――
 パスカ達の目の前で、無情にも、轟音と共に門は閉ざされて、開門日は終わった。

 食堂で、ノエルが気難しげに眉根を寄せていた。左の頬に掌を当て、テーブルに肘をついている。ため息をついた時、寝ぼけ顔のジェシカが階段を下りてきた。
「おはよー。……どうしたのさ、歯でも痛いの?」
「うぅん」
 ノエルは頬杖をやめ、空になった食器をどかし、ジェシカの顔を見た。
「退院のお祝いのことを考えてたの。みんな、あたしの時にはしてくれたでしょう? ウェルドの時にはあたし、それどころじゃなかったから、今回は……」
「ええー? そんなことしたってアイツの性格考えたら絶対喜ばないね! やるだけムダムダ! ねっ」
 と、テーブルの隅のシャルンに話を振る。
 シャルンは手のつけられていないスープをぼんやり見つめていた。そして、ジェシカの最後の「ねっ」が自分に向けられていたと気づくと、動揺して顔を上げた。
「えっ? ごめん、聞いてなかった……」
「あんたまでどうしちゃったんだよ」
「ちょっと考えごとしてただけ。気にしないで」
 ジェシカは肩をすくめ、カウンターで隔てられた厨房に向かった。いつも一番最後に起きてくる彼女のために、胡椒のスープと羊肉のパイが残されていた。
 それを器に盛ってテーブルに戻るまでの間に考えが変わった。
「それかさあ、ちょっとアイツ驚かせてみない? なんかこう派手なことしてさ。バーンっていってパー、みたいな」
「ちょっと抽象的すぎるわね……。それならクラッカーを作ってみるのはどう?」
「なにそれ?」
「紙の筒の中に少しの火薬と紙吹雪を入れた余興用の小道具よ。筒の底に糸が通してあって、その糸を思いっきり引くと、摩擦熱で紙吹雪が飛び出すの。これならあなたの要求に添えると思うわ」
「ふーん。よくわかんないけど、おもしろそうじゃん! やろ、やろ」
「火薬が必要になるわね。クムラン先生に頼んだら分けてくださるかしら」
「そういう交渉なら任せてよ! もらえるだけもらってくるからさ」
 ノエルは呆れ顔をした。
「……そんな大した交渉は必要ないと思うけど……」

 約束通り、ウェルドは昼に教会に行った。併設の病院に入ると、ちょうどティアラが大部屋から廊下に出てきた。
「よう。今日も寒ぃな」
「ええ、こんにちは、ウェルドさん。寒さで体を壊さないようにお気をつけくださいね」
「そりゃこっちの台詞だぜ。大変だろうからな。風邪ひかんようにしろよ」
「ええ」
 少しはにかんだように笑うティアラは、奥の階段から上がってくる足音で真顔になった。
 助司祭カドモンと、お仲間の不良冒険者達だ。
「どけ!」
 先頭の冒険者が、廊下の真ん中に立つティアラに肩をぶつけた。短い声を上げてよろめいたティアラを、ウェルドは両腕で支えた。
「何すんだよ!」
 男達は酒の臭いと高らかな嘲笑を残し、廊下から姿を消した。
「……ったく、何て連中だよ。ティアラちゃん、大丈夫か?」
「えっ、ええ……」
 ウェルドは男達が消えていった後の廊下を横目で睨んだ。
「あいつら、いい加減目に余るぜ。ティアラちゃんが一番大変だった時にさえ手伝いもしねぇで」
「……」
 バルデスがあの体になってからだ……ウェルドは忸怩たる思いをかみしめた。この町は予想以上に平和だと、町に来たばかりの時は思っていた。冒険者同士の殺し合いが日常茶飯事の無法者の町だと聞いていたからだ。だがそれは、バルデスが事実上町の覇権を握ることで抑えられていただけの事だ。
 そのバルデスの死が確定し、町が壊れ始めている。
「でもティアラちゃん、頼むからアイツらを自分一人で窘めようとか思うなよ。危険だから。なっ」
「……ですが……」
 木戸が軋み、上半身を包帯で覆われた男が姿を現した。二度目の凶戦士出現によって重傷を負った男だった。
「ティアラちゃん……大丈夫か……」
 男はか細い声で言った。
「! どうか横になってください! あなたは動ける状態では……」
 男は首を横に振り、悲しみと倦怠で濁った目を、ウェルドに向けた。
「あの助司祭がちょっかい出して来やがったんだな。そうだろ」
「ああ……」
「凶戦士の兄ちゃんよ。俺はあんたが憎くて仕方がねえ。ここまでの怪我じゃなかったら一遍ボコボコにしてやりてえくらいだ」
「……」
「でもよ、そんな事したってティアラちゃんが喜ばねえ……」
「お願いですからベッドに……」
「言わせてくれ、ティアラちゃん」
 ウェルドは緊張しながら男の目を見据えた。
「でもな、あんたは悪い奴じゃねえ。それはわかる。わかるんだ」
「……」
「……だからよ。俺はもうすぐ死ぬ。俺の代わりにティアラちゃんを守ってやってくれないか。バルデスさんの代わりによ……」
「そうするつもりだよ」
 ウェルドは頷いた。
「約束する」
 男は頷き返した。満足そうに部屋に戻る。
 木戸が閉まると、入れ違いに誰かが教会と病院を隔てる戸を開けた。振り向いた。ディアスだった。
「迎えなど要らぬと言ったのに」
 開口一番、彼は不満げに言った。
 そのムスッとした表情を憎らしく思った。ちょっとでもこいつとまた会いたいと思った自分が馬鹿みたいだ。
 ウェルドは後ろにディアスを連れて宿舎へと歩いた。いずれにしろ、選択は行われた。目を離さない事だ。ディアスの目的と本性を見極めなければならない。
「外界での件だが」
 宿舎の前まで来てから、ディアスが背後から言った。ウェルドは立ち止まらずに振り向いた。
「んだよ?」
「遠慮して黙っているのなら、配慮は無用だ。柱の破壊と魔物出現の関係はわかっている」
「……」
「今回ばかりは感謝する。どうやら貴様の単純さに救われたようだな」
「あっそ、へぇ~そいつは……」
 ウェルドは路傍に積み上げられた雪を一掬い掌中に収め、
「どうも!」
 腰をよじって振り返り、ディアスに投げつけた。
 雪はディアスの顔面で弾けた。
「……貴様、何をする」
「てめぇは何か喋るならもっとマシな事喋りやがれ! 何だ、感謝するってよ」
「しなかったらっしなかったで文句を言うだろう、貴様は」
「うっせ、バーカ!」
「貴様に借りができたのは面白くないが……貰った物は返さなければなるまい」
 と、ディアスの腕がサッと動き、まもなくカンカンに握りしめられた雪つぶてがウェルドの顔の右側に飛んできた。
「いってぇな、この野郎!!」
「返礼だ」
「俺がさっきぶつけたのこんな固くなかっただろうがっ!」
「返礼ついでだ、一つ良いことを教えてやろう」
「何だよ?」
「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せという言葉がある」
 また雪つぶてが飛んできた。
 痛かった。
 ウェルドはキレた。
「てっめぇ、調子こいてんじゃねぇぞ!」
 特大の雪つぶてを両手でこさえ、大きく降りかぶる。ディアスも素早く路傍の雪の壁に手をつっこみ、雪をつかんだ。
「遅いですね、ディアスさんとウェルドさん。大丈夫でしょうか」
 その頃宿舎のエントランスでは、ルカが所在なげに行ったり来たりしながら、ちょうど遺跡から帰ってきたばかりのイヴに言った。
 イヴは宿舎の戸を閉め、肩や頭についた雪を払って肩をすくめた。
 そして、無言で戸を指さす。
 ルカは戸を開け、通りの先に目をこらした。
「何してると思う?」
「……雪合戦です。かなり本気の。本気の」
 まさにその時、二階のノエルの部屋ではクラッカー作りが行われていた。
「まったく、何もこんな大量に貰ってこなくったって……」
 ジェシカがせっせと成形した円錐状の筒の底に糸を通しながら、ノエルがぼやいた。
「そんな事言ったってさあ、どんくらい必要なのかわかんなかったんだもん。こればっかりは事前に教えなかったあんたが悪いんだからね!」
 と、紙吹雪をこさえながらジェシカが口を尖らせる。
「でも、きっと取っておけばいいよ。またいつか何かの役に立つかもしれないもの!」
 と、糸が仕掛けられた筒に、少量の火薬を詰めながらサラが言った。昨日は外界に出る為の馬車に乗り遅れて、さぞ落ち込んでいるのではないかとノエルは危惧していたのだが、その様子は見受けられない。
「役にたつ、ねえ。ふーん。じゃ、あたしが役に立たせ方考えてあげるよ! これで何か面白いモノ作って売りさばけば……」
 ジェシカが火薬の乗った皿に顔を寄せる。鼻をヒクヒク動かして、次の瞬間、凄まじいくしゃみをした。
 火薬が舞い上がる。
 ノエルが怒った。
「ちょっと!」
「おっ、おっこんないでよ! ちゃんと片付けるからさ」
 ジェシカが窓を開く。その時、紙包みに分けて置いてあった火薬を窓の桟から外に落とした。
 ノエルの部屋の下では、パスカがアッシュに話しかけていた。
「あのさ、俺すげーこと考えたんだ!」
「えっ? なんだい?」
「遺跡の敵ってさ、結構数が多いと面倒くせえって思うよな。俺の火のトラップで焼き尽くせないこともないけどさ、お前の油のトラップとあわせたらもっと早く片づかねぇ?」
「ああ、そうかもね」
「試してみようぜ!」
「ここでかい?」
「そりゃそうだ! 実戦で試してみたって遅いだろ?」
 アッシュが少し困った顔で、足止めの油のトラップを敷くと、その上にパスカが火のトラップを重ねた。
「よっしゃ! せーので発動するぜ。せーのっ!」
 火薬の包みがトラップの上に落ちてきた。

「何をしているんだ君たち!」
 真っ白になったウェルドとディアスの間にアーサーが走ってきて割りこんだ。
「ああっ!? 男の勝負だ、邪魔すんじゃねえ!」
「勝負だと? 何を考えてるんだ、君は! ディアスは病み上がりなんだぞ!」
 と、大きく肩を使って息を吸い、
「君は年齢の割に言動が子供っぽっすぎる!」
「いや、それお前にだけは言われたくないんだけど……」
 と、近くの建物の裏口が開き、路地に男が転がり出てきた。ウェルドはその男に見覚えがあった。煉獄探索で一緒になった事がある、元アスロイトの騎士だとかいう男だ。
 そんな事俺には関係ないだろう! と男が叫んだ。
 うるせえ! と、男を追いかけて出てきた二人組の男が箒で元騎士を叩き始める。
「アッチは止めに行かなくていいのかよ? 騎士サマよ?」
 アーサーが目になみならぬ光をためて黙り込むので、下らない事を言ってしまったと、ウェルドは後悔した。
「……なんかあったのか?」
「ウェルド、僕もさっきオイゲンさんから聞いたばかりだ。まだ真偽はわからない。でも、昨日町を出た人たちが……」
 アーサーは首を横に振る。
「いや、とにかく宿舎に戻ろう。話はそれからだ」
「言いかけたんなら最後まで言えよ」
「とにかくいろいろあったんだ! まずは宿舎に……」
 と、爆発音が聞こえ、新人冒険者の宿舎の屋根越しに、黒い煙が上がるのが見えた。
 ディアスがしみじみと言った
「現在進行形でいろいろあるようだな」

 エレアノールは一人、毒術師サディーヤの家を訪ねた。
 雪から逃れ、風のない暗い廊下にあがると、その暗がりに不死者ファトゥムが佇んでいた。緊張し、心拍があがるのを感じた。まだ幼さを残した顔つきと、枯れた老人の目。その対比が逃れがたい負の魅力を放っている。
「サディーヤなら奥だ」
 ファトゥムは歩きだし、エレアノールとすれ違った。
「……ありがとう」
 果たして奥の部屋で、戸に背中を向ける形で毒術師が立っていた。この町に来たばかりの頃、エレアノール達が持ちこんだラフメルの葉を薬に調合してくれた女だ。あの時ウェルドは照れくさがって一緒にこなかったが、以来、エレアノールはここで傷薬の類を調達することが多かった。
 膝の裏まで伸びた、波打つ濃紺の髪。垣間見えるうなじは褐色で、その肌の美しさが、サディーヤをより一層浮き世離れした存在に見せる。
 大きな目に暗い光を湛えて、サディーヤが振り向いた。薬を調合する道具を作業台に置いた。
 愛想笑いを浮かべても、纏った不幸の色が消えない。そんな女だ。
「何のご用でしょうか」
「アルバートさんとボスマンさんを探しにきました。こちらにいると聞いた」
 エレアノールが一礼して答えると、サディーヤは得心して頷いた。
「あのお二人でしたら、地下の温室に……」
 その言葉を証明するように、部屋の奥の戸の向こうから、男二人の大きな笑い声が近づいてくる。
「よう、エレアノールじゃないか」
 果たして姿を見せたアルバート、隣のボスマンに、エレアノールは歩み寄った。
「こんにちは」
「おう。もしかしてこの間の件か?」
「はい。すぐにお礼を言いに来ず、ごめんなさい」
「よせよせ。ま、イヤな事は忘れようぜ、なっ」
 エレアノールは少しだけ笑みを見せた。
「温室の様子はどうですか?」
 と、サディーヤ。
「おう、よく育ってるぜ。奇跡じゃねえか。こんな真冬に野菜が育つなんてよ」
「これも、遺跡内の温度管理装置の応用です。開発してくださったのはクムランさんでして」と、サディーヤが解説する。「使いたいと仰る方がいれば、開放しております」
「まっ、今期は食料品が目ん玉飛び出るような値段だったって言うからよ。とても棺桶の人口を賄える収穫量じゃねえが、何かの足しになればよ」
 アルバートは大きな声で笑った。
「おう、そういえばよ、サディーヤさん」
 ボスマンが口を開く。
「こないだ頼まれた花を煉獄に取りに行った時によ、ネリヤを見かけたんだがよう」
 ネリヤ。
 聞いた名前だ。エレアノールは思い出す。ウェルドから聞いたのだ。一度目の凶戦士出現で弟を、二度目で恋人を亡くした先輩冒険者。
「こう、ぼーっとして、俺たちが声かけたって聞きゃしねえ。あの子大丈夫なのかい?」
「遺跡内のあちこちであの方をお見かけしたという噂はよく聞きます」
 サディーヤが眉を寄せた。
「……何も起きなければよいのですが」
 
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