クルスニク・オーケストラ
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第三楽章 泣いた白鬼
3-2小節
かくてドヴォールに着いたわたくしたちは、ミス・ロランドの紹介で、情報屋のジョウという女性からいくつかの有意義な情報を頂きました。
ブラート、ね。そういう暗部には、ネームバリューがあるクラン社はノータッチ。アルクノアを飼っていた頃とは違いますもの。
「魔人」については、室長ではないはずです。室長の居場所はわたくしが把握しておりますもの。
それにしてもイヤですわ。今時辻斬りなんて流行りませんわよ。
これからドヴォールのダウンタウンに向かうとルドガー君が決めましたので、もし遭ったら成敗しておこうかしら? あるいはルドガー君のポイントアップのために成敗させるべき? うーん。
……なんて考えながら、わたくしはルドガー君たちに付いて路地裏に入った。昼なのに薄暗い。街燈はあるけれど、チカチカして逆に目に優しくない。
ここではないけれど、路地裏で室長を手当てしてさし上げたのよね。
数日しか経ってないはずなのに、まるで何年も前のことのようです。記憶の薄れが強くなっている――
「魔人が出るの、この辺りかな」
「……出なくてもいいけど」
ふふ。可愛らしい強がりですこと。
「“魔人”も気になるけど」
「アルクノアは何で源霊匣の材料を集めてるんだろう」
さすが幼なじみ。台詞のテンポもピッタリですのね。
「にーさん。源霊匣って言ったかい?」
Dr.マティスたちの話を聞いてらしたのか、男性が一人、Dr.マティスに近づいて来ました。
「興味があるなら、素材揃えられるぜ」
「精霊の化石を扱ってるんですか?」
「ああ。微精霊クラスだけどな」
「最近、精霊の化石を集めてる集団がいるって聞いたことがないですか?」
ああ、と男性は訳知り顔で、
「アルクノアだろ」
その言葉を合図にしたように、Dr.マティスの背後から銃を突きつける男。
続々と「その筋」らしき男たちが現れて、あっというまに路地裏を占領した。白昼堂々騒ぎを起こしながらこの落ち着き様。この街の裏の支配者はブラートで間違いなさそうですね。
「フギャァ!!」
え!? ……ああ、驚いた。猫さんでしたか。
あら、Dr.マティス、いい具合に隙を突いて脱出なさったじゃありませんか。
男の一人が狼狽して銃を撃ったけれど、大外れ。たかが猫一匹の奇声で情けないこと。
「きゃあああっ!」
! これは、空間の歪み。分史世界にわたくしたちが進入する時と同じ。どうして? わたくしもルドガー君も骸殻は使ってないし、座標だってそもそも知らないのに。
気づけばさっきの路地裏にいた。クルスニクのルドガー君だけじゃなく、エルちゃんもDr.マティスもミス・ロランドも。
「どうした? ずいぶん顔色が悪いが」
どうやら少し前の時間軸の分史に飛ばされたようね。
Dr.マティスは背後から忍び寄った男を、逆に武術で押さえつけた。分からないなりに最善の行動を取った。
「あなたたちやアルクノアが、僕を憎む気持ちは分かります。でも源霊匣は信じてください! あと一歩で実用化できるんです!」
「手加減するな。どうせリーゼ・マクシア人だ」
ああ。絶望的に会話が噛み合ってませんわね。頭の痛いこと。一刻も早く時歪の因子を探しに行って、こんな世界とはおさらばしたいものですわ。
「では、こちらも遠慮なく」
え?
突然のことだった。上空から3本のナイフが降って来て、ブラートを囲んで地面に突き立った。
その途端に、薄い緑の魔法陣が地面に光り輝いた。ブラートはそれで動きを封じられたようだった。
これが精霊術……知識として「観た」ことがあっても、ナマは初めてですわ。
「ローエンっ!」
Dr.マティスが歓声を上げた。
ローエン……まさか、リーゼ・マクシア宰相のローエン・J・イルベルト閣下?
分史世界とはいえ何故、リーゼ・マクシアの宰相閣下が、エレンピオスの、こんな寂れた町の路地裏などにいらして……
――ミス・ジョウが流してくださった情報。路地裏の、魔人。
「だれ?」
「一緒に旅をした仲間なんだ」
「何でも知ってる、頼りになる人だよ」
「《カナンの地》がどこにあるかも?」
「カナンの地、ですか」
「何でもお願いを叶えてくれる、ふしぎな場所!」
……ああ、何とも羨ましゅうございますわ、エルちゃん。誰に吹き込まれたか存じませんが、《カナンの地》にまつわる闇をご存じないなんて。
「ふん。そんな場所があるなら願いたいもんだ。リーゼ・マクシア人を皆殺しにしてくれってな!」
拘束されているのに吠えますこと。《消してや》ったりはしません。無駄な殺生はキライです。
「素手でこんな真似できる奴らを、同じ人間だと思えるか!」
まさにリーゼ・マクシア人のDr.マティスとレイア様が悲しげに顔を伏せられました。
ブラートの意見は、現代のエレンピオス人にとっては正論です。幼い頃は、わたくしも、わたくしの家族もそう言っておりました。
ですが、わたくしは知りました。この身に刻んだ《レコード》には、霊力野を持っていたエレンピオス人もいらしたのです。霊力野があるからといって必ずしも人外ではなかったのです。これが時代の移ろいですか。
「同感です」
ローエン閣下が拘束陣に手をかざされた直後、陣の中が燃え上がり、ブラートの者たちが焼き尽くされた。
「ひっ…」
「見るな、エル!」
ルドガー君がエルちゃんを抱き締めました。こんな時までエルちゃんへの気遣いを忘れない。やっぱりユリウスせんぱいの弟さんね。
「ローエン、何を!」
「知れたこと。エリーゼさん、ガイアスさん、ドロッセルお嬢様、皆の仇を取る。断界殻を消してしまった罪を償わなければ」
ガイアス。リーゼ・マクシアを統一された初代国王の御名ですわよね。そんな人物の訃報が入っていればわたくしとて知っています。
ありえない動機を元に行動するこの者こそ――
「そちらの3人も始末しましょう。どの道、エレンピオス人は皆殺しにするのですから」
時歪の因子――!
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