木ノ葉の里の大食い少女
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第一部
第三章 パステルカラーの風車が回る。
リー
サスケは例によって面会謝絶だった。
その理由が、サスケがヒルマの手引きを受けて病院を抜け、カカシと共に修行しているからだとは露ほども知らないサクラ達は落胆のため息をつきながらマナの病室を目指した。傷口が化膿して高熱を出して苦しんでいるらしいマナに、はじめの表情は若干落ち着かなかった。それも仕方ないだろう。彼のチームメイトの一人はもう一週間ほど昏睡しており、もう一人は我愛羅との戦いで負傷し、高熱を発して寝込んでしまっているのだから。
ユヅルもまた、面会謝絶であるらしい。はじめの視線が「狐者異マナ」と書かれたプレートに向いた。
はじめがドアを開けようとする。それを制したリーが、険しい表情で一歩進み出た。
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砂がずるずると病室中を這い回り、そして狙った少女を取り巻いていった。我愛羅は冷たい瞳で、なんらかの術を使って自分の砂を弾き返したことのあるこの少女を見下ろした――荒い呼吸を繰り返し、右腕からは異臭がする。高熱を発した彼女の顔は上気し、苦しそうだ。
尾獣のチャクラと、薬師カブトとかいう男の卓越した医療忍術、そして間接部分の骨を折っていなかったことも相俟って、我愛羅の傷はもう既に治ったも同然だった。一週間という予想を大きくこして、わずか三日で。尋ねてきた戯蓮助の驚いた目つきは記憶に新しい。
不意に彼女が目を開けた。
「…………」
我愛羅のやろうとしたことを理解したらしい彼女の瞳に反抗にも似た何かの感情が閃く。しかし彼女は動かず、荒い呼吸を繰り返しながら我愛羅を見つめていた。高熱に苦しみ、気力を完全に失った彼女は、抵抗を完全に諦めたようだった。最もこの状態の彼女が我愛羅に抵抗すること自体不可能なのだろうが。
我愛羅は目標を定めた。この手を握り締めるだけで、彼女は終わる。砂がずるずると動いて彼女の顔を覆った。口内に入ってきた砂に、彼女がむせ返る。そんな我愛羅の手首を、そっと掴んだ者がいた。
「――何をしているんですか?」
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「お前は……」
黒いおかっぱ頭に太い眉、緑色の全身スーツ。テマリが倒した少女のチームメイトで、確かロック・リーと言っただろうか。暑苦しく見苦しい、保護者同伴の男。その男が我愛羅の手首を掴み、そこにすっくと立っていた。
「質問に答えてください。彼女に何をしようとしたんです?」
病室の中を見回せば、桜色の髪の少女、金髪をポニーテールにした少女、それに紫色の髪の少年が立っている。この少女の見舞いにきたらしいと、我愛羅は予期せぬ邪魔に目を細めた。すう、と砂が蠢き、リーが自分から距離を取った。
「――殺そうとした」
静かに言う我愛羅に、リーの顔が怒りに歪んだ。
「マナさんはっ! 貴方との戦いで全力を尽くして戦ったじゃありませんか!! それに、試合に勝ったのは貴方でしょう!? その必要はないはずっ! それとも彼女に何か個人的な恨みでも!?」
「恨みはない……ただ俺が殺しておきたいから、殺すだけだ」
「木ノ葉旋風ッッ!」
我愛羅のその一言に、リーが飛び出した。深緑の光となって我愛羅を襲うその足を、瓢箪から溢れた砂がキャッチする。どばりと溢れた砂の指がリーを掴もうとし、リーはくるくると後方へ向かって回転しながらそれを回避する。目標を捕らえ損ねた砂はずるずると我愛羅の瓢箪に戻っていった。
「はああッ!」
リーの蹴りや拳が我愛羅の半歩前で繰り出されていく。しかし我愛羅の砂はそれを悉く受け止め、受け流し、そして攻撃を加える。反撃に乗り出した砂に囲まれたリーはそれをクナイで切り裂きながら、前方を見つめたまま顔色一つかえず、一歩も動いていない我愛羅を狙うが、しかし砂に防がれ攻撃は一つとして我愛羅に届かない。あふれ出た大量の砂に、リーは一時後退せざるを得なくなった。マナが砂のせいで窒息しないよう、はじめがマナを抱えて病室を出て、いの、サクラも病室の外に移動する。戦闘の邪魔にならない為だ。
手裏剣を二枚投擲。しかしそれはやはり砂に受け止められてしまう。
「あの速いリーさんの攻撃が、全然効かないなんて……!」
「一体どうなってるのよ!?」
我愛羅の意思とは全く無関係に我愛羅を守る砂の力に、サクラもいのも目を見張るばかりだ。
――くっそお……! 本人はぴくりとも動いていないのに……!
悔しさに唇をかみ締めるリーに、我愛羅が静かに問いかけた。
「それだけか?」
つまらない奴だなと。我愛羅はそう言ってはいないけれど、でも、そう思ったんだろうということが確かに感じられた。「もっと」と我愛羅が囁く。「足りないんだ」と、消え入りそうな声で。
「血が」
その囁きと共に、砂がリーへと突進してきた。飛び上がって回避しようとするも、足を砂に掴まれて振り回される。病室の窓の方へと投げつけられ、ガラスがバリバリと割れる。それでもなんとか窓の外に落ちずにすんだリーは、砂の更なる追撃を避け、突進を続ける。拳と蹴りを再び繰り出しはじめるが、それはやはり砂に防がれてしまう。
正直言って、接近戦は難しい。だけどリーには、体術一本しかないのだった。
背後に視線を寄せる。後ろにいるのははじめ、マナ、サクラ、それにいの。後輩たちの姿に、ガイの言葉がよみがえる。たくさんの大切な人を守る時にしか外してはいけないもの。その条件は既に、満たされていた。
飛び上がったリーが空中で錘を外す。根性という文字の書かれた錘だ。
「錘!? でも、そんなのを外したくらいでこの人に追いつけ――」
所詮一キログラムくらいだろうと思い込んでいたいのは、地面に落下した錘が床を突き破り、下の病室に住んでいたらしい人が悲鳴をあげるのを聞いて、口を噤んだ。どういうわけかナルトの声そっくりだったが、あまり深く考えないことにした。
「じゃあ、行きますよッ!!」
瞬間、我愛羅の視界からリーが消えた。
目の前にリーが飛び降りたかと思った次の瞬間に、背後から気配。砂が咄嗟に我愛羅を守るも、それは以前とは違い、リーの拳に突き破られる。かと思えばリーの姿はまたもや消失し、かわりに背後から気配を感じた。今度は後ろか、と思って振り返ると、対応に遅れた砂が弾かれる様子だけが目にみえる。更に右から飛んできた拳が目に見えない速度で引っ込み、もはや今の我愛羅には、リーの姿が全く見えなくなっていた。見えるとしたら、時折視界でちらちら閃く深緑だけだ。
リーが飛び上がった。我愛羅がリーの姿を探しているうちに、リーのかかと落しが我愛羅の後頭部にヒットする。顔を上げた我愛羅の右頬には、血をにじませた傷跡。
「青春はぁあああ、爆発だぁああああ!!」
向かってくるリーに向かって砂を襲い掛からすも、前方からリーは既に消えていた。かわりに後方に飛んでいった砂が弾かれる感覚。前方の砂がまた突き破られ、深緑が一瞬視界をよぎったかと思いきや、次の瞬間には拳が我愛羅の頬に炸裂していた。吹き飛ばされて壁にぶつかった我愛羅がゆっくりと起き上がり、砂がそんな彼の足元に集う。ぽろぽろと、彼の顔から何かが崩れた。砂の塊だった。
「フウウゥウウウ……」
見れば我愛羅は、既に先ほどの我愛羅ではなかった。
体中に覆っていたらしい砂が剥がれ落ち、目は血走り、口元には残虐且つ化け物じみた笑顔が浮かんでいる。その姿に、はじめは思わずマナとの戦いで彼の言った“生まれながらの化け物”という言葉を思い出した。
久々にあった強い忍びを、リーを見て、彼の中にいるものが疼き始めていたのだ。
――こうなったら、砂のガードの上から、強烈なダメージを与えるしかない……ッ
そしてそれをするなら。あの技しかない。リーは意を決して、両腕に巻いた包帯を解いた。
「――覚悟ッッ!」
高速で移動したリーの蹴りが何度も我愛羅に決まり、一拍遅れた砂がリーを追う。我愛羅を残り少ない窓ガラスの外に蹴り飛ばし、そしてリー自身も窓の外へと飛び立った。それを追う砂がどん、と壁を破壊し、爆風にサクラたちは体を竦める。ぽっかりと穴を開けた壁のほうへ近づいていき、サクラたちは外の様子に視線をめぐらせた。
包帯がぐるぐると我愛羅を固定し、そしてリーは我愛羅の体を掴んだまま、地面へと直下した。
「――表蓮華ェエッ!」
どしん。
病院を土台から揺るがす強烈な衝撃が地面から走り、土埃が立つ。
「おい、どうしたんだ!?」
「何いきなり錘落としてんだってばよ!?」
いのとサクラがとっさに振り返ると、そこにはナルトとシカマルが立っている。前方に視線を向ければ走って駆けつけてくる砂の忍びと、そして遠方の屋根の上に立つ黒に赤い雲のコートを羽織った二つの影も見えた。
「……リーさんと、我愛羅って人が……っ」
指差した方向に視線を巡らしたシカマルとナルトが、目を見開いた。
+
「――なんじゃっ!?」
伝説の三忍の一人、自来也は勢いよく振り返った。音のした方向は木ノ葉病院だ。もくもくと土埃が立ちこめ、何人かの少年少女が壁にあいた穴から下を見下ろしている。
「あれはナルトのいる病院……!」
試験が終わった翌日。ジャシンと名乗る男の情報を聞き、暁についての詳細を調べようと自来也がやってきたのは木ノ葉だった。「万華鏡の同胞殺し」。それを聞いて自来也がまず連想したのが、うちはイタチだったからだ。
その時であったのが、エビスという上忍と共に修行をしていたナルトだ。暁への情報収集に忙しいのに(ついでに、女湯の覗き見に忙しいのに)、修行するようせがまれた自来也だが、自分の弟子の息子に頼まれては(詳述するなら、おいろけの術でナイスバディの美女になった弟子の息子に頼まれては)断れるはずもなく、自来也は蛙の口寄せを教えていたのだ。その際、大蛇丸がかけたらしい封印式を発見し、それを解き、いささか過酷な修行をさせたわけだが――結果彼は巨大な蛙の召喚に成功した。が、チャクラを切らして病院に入院したという次第である。
自来也は病院を目指して走り出した。
+
「なんだ、今の音は?」
「木ノ葉病院からのようですね……」
イタチの呟きに、鬼鮫は眉根にしわを寄せながら答えた。宿の屋根の上に移ってみると、土埃をもくもくとあげる病院が視界に入る。宿を慌てて飛び出した三人組が目に入った。
「く……っ!」
「おそらく、我愛羅で間違いないだろうな……」
「い、急ぐじゃんっ!」
担当上忍らしき砂忍、大きな扇を背負った少女に黒装束の少年。我愛羅って、確か一尾の。鬼鮫のそんな呟きを耳にしながら、イタチは目を細め、告げた。
「……俺たちも、行くぞ」
「ええ。わかりました」
+
「何だっ、今の音は!?」
「木ノ葉病院からよっ!」
ハッカの語る二足歩行の鮫についての話にいい加減聞き飽きていたアスマはいきおいよく立ち上がった。ハッカのその話につき合わされていた紅にガイも立ち上がり、長々と語っていたハッカも立ち上がる。目配せをしあった四人は一斉に外へと飛び出し、木ノ葉病院を目指した。
+
「――カブト」
「はい。木ノ葉病院を見てきます」
駆け去るカブトの足音を耳にしながら、大蛇丸はパステルカラーの風車を取り上げる。
「……風はちょっとずつ吹き始めてるわ。でも、これだけじゃまだだめよ」
息を吹きかける。パステルカラーがくるくると回った。
「もっと速くなきゃ、ね?」
後書き
予選でやっていたはずの試合をここまでもってきました。
我愛羅の傷なおるの速すぎだろってことは深く考えちゃいけません。
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