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トワノクウ

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トワノクウ
  第十八夜 千草の蜃(二)

 
前書き
 少女 の 自己承認 

 
 食事はおおむね好調に終わった。

 餌場には先客に小さな鳥人たちがいた。彼らはくうに世話を焼いてくれた。手招いて座るのにちょうどよい木の根の上に案内してくれて、果実や花がどこにあるのか、どこの木のものがより美味が教えてくれた。

 それらの厚意が天座の名に対してであっても、気遣われて悪い気はしなかった。本当の意味で優しくされなくては優しくしてはいけないということもないと考えるから、何かあれば手伝いがしたいと思った。





 塔に戻ったくうは、露草の部屋に顔を出した。

「失礼しまーす……」

 声を潜める。起きないと頭で分かっていても、習い性はどうしようもない。

 部屋の中央、部屋の主のために設えられた寝床まで素足で歩み寄る。足裏に冷たい感触がするのに合わせて、ぺたぺたという音が四方に染みた。

 座る。目の前には昏々と眠り続ける露草。こうして傍らに座ってみても良策は閃かない。鳳の使い方を理解できない。
 だとしても、くうは彼を何度でも見つめたかった。

(きれいな人)

 そっと、こわごわと、眠る露草の額に手を置く。

 人型にも関わらず露草には人間臭さが全くない。樹妖だと空五倍子は言ったが、だからだろうか。初めて見た時に感じた、別種の温度の正体は、陽だまりの樹の幹にもたれてお昼寝したときみたいな温かさ。

(人間に心を開いた樹の精)

 言葉にしてみればおとぎ話だが、実例は目の前の青年だ。どんなふうに知り合って交流して友人になったか、露草が起きたら是非聞きたい。

()()()()妖と人が仲良くなることってあるんだよ、潤君、薫ちゃん。だから、ねえ、二人もくうを拒まないで。混じり者でも友達でいるって言って)

 ふいに背後からぺた、と足音がした。はっとしてふり返れば、梵天が入ってきていた。梵天はくうの斜め後ろに立った。

「こんにちは」
「君も飽きないね。こいつの寝顔なんて眺めてて楽しい?」
「とても。そばにいると、なんというか、安心するんです。リラックスできるみたいで」
「鳥の性かもね。鳳とはいえ、鳥と止まり木は密接に関わってるから」
「なるほど。――話は変わりますが、質問していいですか」

 くうは、露草にかけられた、複雑な文字と文様を描いた打掛を指した。

「これ、ただの模様じゃありませんよね。梵天さんがくうに坂守神社の脱出路を教えてくださった時に目元に出てらしたのと似てます。何か意味があるんじゃないですか」
「よく気づいたね。これは(たい)の時間そのものを停める符だ。老化も症状の進行も停める代わりに、強制的に休眠させる。こいつは体内に鉛玉の影響を強く残してるから、鉛の毒が体に回らないよう止めてるんだよ」

 くうはぽかんと梵天を見上げた。

「そんなことが可能なんですか」
「二度、(たい)を移しているからできる芸当だ。これの(たい)は外からの干渉を受けやすい。加えて俺の、〝梵天〟の権能は〝留める〟だ。身崩れを食い止めるのにこれほど相性のいい組み合わせもない。皮肉にもね」

 自嘲する梵天に、くうはどんな言葉もかけられなかった。
 ――いつだってコトバ知らず、コトバ持たずの篠ノ女空。嫌気がさす。

「露草さんは、人間にお友達がいたと伺いました」

 別の話題を出すことで、せめて空気を変えようとする。

「その方を庇って撃たれたとも」
「そうだよ。こいつは一度気を許すと、相手のためにどこまでも無鉄砲になる」
「許せないと思わなかったんですか? 弟さんを傷つけた人間を」

 昨夜のように意地悪に返されると思ったのに、それで気分を変えてくれると思ったのに。
 梵天は、彼にしては珍しい、間の抜けた表情をした。
 次いで、懐古、哀切、苦悩と次々移ろって。

「……それについては黙秘だ」

 最後にいびつな笑みに辿り着いた。

 それを見た瞬間、くうはとっさに、梵天の手を両手で包み込んでいた。彼岸にいた頃、鴇時や萌黄がしてくれたように。自分の小さな両手では到底包みきれないけれども。

「いやなことを聞いてしまって、ごめんなさい」

 また失敗した。かける言葉がないだけならまだしも、かける言葉を間違って傷つけた。本当にダメな篠ノ女空。

「ごめんなさい。もう何も聞きませんから……」
「だめだよ、それじゃ」

 梵天はしゃがんでくうと目線の高さを合わせた。

「やめてしまうのは簡単だけど、それはただのお人形だ。囀らない鳥に価値はない」
「でも、どんなに考えて言ったことでも、いつだって誰かを傷つけるだけなら、黙ってたほうがいいです」
「諦めは人を殺す」
「――っ」
「悩むことさえ諦めてしまえば、己の形も忘れてしまうよ」
「私の、形……」
「君は、誰だ?」
「私、は」

 朝、口にしたばかりの答えを、また言う。

「くう、です。ただの、篠ノ女空」

 梵天は満足げに笑んだ。笑ってほしいと意図しての答えではなかったものが、今度は傷つけることなく届いた。

(また救われた。うっとうしいだけのくうの悩みを、この人は拭ってくれた)

 自己嫌悪でなく恥ずかしさでなく、胸が温かくて泣きたかった。 
 

 
後書き
 梵天優しいwww(自分で書いといて何を言うか)
 女の子相手ならちょっとは態度が変わる気がします。小冊子ではにょた鴇に対して普通にしてましたけど。
 そしてなんだ私は露草を妖精だとでも思っているのか→描写がwwwいやでも樹の精という時点である意味妖精ですよね?
 
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