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石榴の種

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5部分:第五章


第五章

「お食べ下さい」
「どうか」
「何のつもりですか?」
 デメテルは彼等が出してきたその石榴を見て険しい顔になった。
「それは」
「それはといいますと」
「一体」
「とぼけてはいけません」
 全てを見抜いている言葉だった。
「冥界のものを食べればそれで冥界に留まらなければならなくなります」
「いえ、それは」
「それについては」
「私がそれを知らないと思っているのですか」 
 怯む二柱に対してさらに言うのだった。
「このデメテルが。ハーデス」
「うむ」
 今度は己の兄弟に返した。ハーデスはこの場ではじめて言葉を出した。
「貴方は彼等を許すのですか。彼等のこれを」
「私は。それは」
「貴方達が何をしても私は許しません」
 デメテルも言う。それは断固たる言葉だった。
「何があろうともです」
「決してだな」
「そう、決してです」
 ハーデスに対して答える。
「何があろうともです」
「わかった」
 ハーデスはデメテルの言葉を沈痛な顔で受けた。唇を噛んでいるのがわかる。彼としても受け入れられない言葉であったのだ。
 しかしだ。それでも彼は頷いた。そうするしかなかったからだ。
「それではだ。ペルセポネーよ」
「はい」
「さらばだ」
 こう言って彼女から背を向けたのだった。
「これでな」
「あの」
「さらばだ」
 背を向けたままの言葉だった。
「それではな」
「左様ですか」
「帰るがいい」
 そしてこうも告げたのだった。
「そなたの帰るべき場所にだ」
「ハーデス様・・・・・・」
「私は一人でいるべきだった」
 ハーデスはペルセポネーから背を向けようとはしない。それはどうしてもだった。望んでいたものを諦める。それは背中からよくわかった。
 そしてそれを見たペルセポネーはだ。静かにこう言うのだった。
「では私は」
「さあ、帰りましょう」
「いえ、その前にです」
 母に対して静かに言ったのだ。
「あの」
「は、はい」
「何でしょうか」
 ヒュプノスとタナトスに声をかける。彼等は焦った声で応えてきた。
「その石榴を」
 こう言うのであった。穏やかな声で。
「頂けますか」
「しかしこれを食べれば」
「貴女は」
「そうよ、それは絶対に止めて」
 デメテルも彼女の後ろから言う。言葉は必死のものだった。
「何があっても」
「その石榴の実を食べれば」
 だがペルセポネーは言葉を続ける。ヒュプノスとタナトスに対して。
「冥界にですね」
「はい、一粒で一月です」
「そうなります」
 彼等も今は素直に述べた。それはどうしてもだというのだ。
「それで宜しいのですか?」
「ですが」
「四粒頂きます」
 ペルセポネーは暫く考えた。そうしてそのうえで言うのだった。母の顔も見てだ。それから考えてこう告げたのである。
「それだけを」
「四粒ですか」
「では四ヶ月」
 こう言って石榴を彼等の手から受け取った。そして自ら割りその四粒を口に含んでみせた。それから話した言葉はこうしたものだった。
「これで」
「ペルセポネー、これは一体」
「一年は十二ヶ月ありますね」
 彼女は怪訝な顔で自分に問う母神に対して顔を向けて話した。
「そうですね」
「ええ、そうだけれど」
「ですから。私は八ヶ月はお母様のところにいて」
「八ヶ月は私のところに」
「そして残りの四ヶ月は」
 ハーデスに顔を向けての言葉だった。
「あの方の下で」
「いてくれるのか」
 ハーデスはペルセポネーのその言葉を聞いて述べた。
「それでは」
「そうです。貴方は私を愛してくれていますね」
「うむ」
 ペルセポネーの言葉にこくりと頷く。それは事実だった。
「その通りだ」
「ではそれに応えます」
 そうするというのだ。
「ですから」
「そうか。それでなのか」
「私は貴方の妻です」
 こうまで言った。
「そしてお母様の娘です」
「私の妻・・・・・・」
「そして私の娘」
「それ以外の何者でもありません。だからこそです」
 微笑んでの言葉だった。彼女の周りは暗い筈だは温かい空気に包まれていた。そうなったのは全て彼女によるものだ。彼女の愛に応える心がそうさせたのであった。


石榴の種   完


              2010・4・5
 
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