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IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~

作者:龍使い
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第三章『更識簪』
  第三十七話『本日は休息日和・食堂編』

「……で、どうなんだよ?」
「何がだよ?」
クラス対抗戦の事件から幾ばくかが過ぎた、五月中旬の日曜日。
俺と一夏は久々にIS学園の外にいる中学時代の友人――五反田弾(ごたんだだん)の家に来ていた。
弾は俺や一夏よりもさらに背が高く、ぼさぼさで赤みがかった髪を肩まで伸ばしている。あまり目つきはいい方ではないので、正直ちょっとしたヤンキーのような風体だ。髪も中学の頃はもう少し短かったんだが、どうやら伸ばしたらしい。
進学校の藍越学園に通学してて、よくこの髪型が出来たものだ……。
「何がって、女の園の話だよ。お前も一夏も、いい思いしてるんだろ?」
「してねぇっつの。てか、余所見してる余裕があるのか?」
「へっ? ……って、おまっ!? そこで超必使ってくるか!?」
「修夜相手に余所見してるからだろ、弾……」
俺達のやり取りに対して、溜息をつきつつ呆れる一夏。
元々は、其々の所用を片付ける為、外出許可を貰って外出したのだが、それを終えた後、一夏の提案で久々に顔を出したのだ。
最初は普通に雑談していたのだが、何故か格闘ゲームで勝負する流れになり、さっきのやり取りに繋がるだが……。
ちなみ俺は二刀流のコンボ向きのキャラ、弾は一撃狙いのゴツい格闘家キャラだ。
「これで10戦10勝……っと。いい加減、諦めたらどうだ?」
「いいや、俺は諦めない! 勝って、お前と一夏からヘブンの詳細を聞くまでは!」
拳を握り締めながら吼える弾。
熱く言ってるところ悪いが、言ってる事は無茶苦茶小さいぞ……マジで。
「あのなぁ……。何度も言うが、俺も一夏も普通に生活してるだけで、お前の考えてるような事は起きてないからな?」
「嘘をつくな嘘を! お前や一夏から送られてくるメールを見てるだけでも楽園じゃねぇか! 少しはその幸せを分けやがれ! つか、招待券があるなら送りやがれ!」
「あるか、馬鹿」
ほんと、何時になったら納得するんだ……この馬鹿は…。
その後も俺に連敗して一夏を指名したは良いが、それでも連敗し続ける弾。
なお一夏は主人公の槍使いで、こいつがまた扱いやすい上に強いのだ。俺の持ちキャラは、一夏のキャラのライバルでもある。
おうおう、また上手いこと対空拾われて……。あっ、このタイミングは……。あ~、やっぱり超必食らってとどめだ。
「何故だ……何故、このリア充二人に勝てないんだ!?」
……なぁ、弾。毎度思うんだが、対戦中に隙を見せてるお前が悪い気がするのは俺の気のせいか…?
普段だったらかなりの腕をしてるんだがなぁ、こいつも……。
そんな事を考えつつ、再び始まった一夏との対戦をぼんやりと眺めていると――。
「お兄! さっきからお昼出来たって言ってんじゃん! さっさと食べに――」
どかんとドアを蹴り開けて入ってくる乱入者が一人。音の方に視線を向けると、そこには一人の少女が立っていた。
「あ、久しぶり。邪魔してるな、蘭」
「えっ、一夏さんに、しっ、修夜……さん!?」
一夏の言葉に戸惑いながら驚く少女。
肩まである茶色い髪を後ろでクリップに挟み、ショートパンツとタンクトップと言う機能性重視のラフな格好をしたこの少女は、弾の妹の五反田蘭(ごたんだらん)
都内でも有名な私立女子校である【聖マリアンヌ女学院】に通っている優等生で、年は俺らより一つ年下の中三。
後、どうでも良いが、自分の家だからってドアを蹴り開けるのはどうかと思うぞ……。
「い、いやっ、あのっ、き、来てたんですか……? 全寮制の学校に通っているって聞いてましたけど……」
どうにか平静を整えようとしてるのか、しどろもどろで質問してくる蘭。
「確かにそうだが、俺と一夏は所用で外出許可貰って、家の様子を見てきたんだよ。
 んで、一夏の提案でついでに寄っただけ……」

――どたどたどた

と、話している間に、蘭はダッシュで自分の部屋へと消えていった。
そしてまた隣にある自室で、ばたばた物音がしたかと思うと、急に静かになる。
それから妙に大人しい足音がしたかと思うと――

「すみません修夜さん、先ほどはお見苦しいところをお見せしてしまって……」

ドアを開けて入ってきたのは、清楚で可愛らしい女性用のシャツを着て、膝丈ほどのスカートを履いた蘭だった。
良く見ると前髪に花飾りの付いたヘアピンも付けている。
さっきまでとは打って変わって、実にお淑やかな女の子といった雰囲気だ。
「蘭、お前なぁ……毎度の事とは言え、ノックくらいしろよ。恥知らずな女だと思われ……」
「ナニ……?」
「……いいえなにもすみませんわるかったうん」
弾が注意したと同時に、蘭から鋭い視線が弾へと飛んでいった。
その視線を受けて、草食動物のように縮こまる弾。相変わらず妹に弱いな、お前は……。
しゃーない、助け舟出しておくか……。
「こいつの言う通りだぞ、蘭。幾ら自分の家だからとは言っても、限度ってもんはあるんだからな」
「あっ、その……すみません…」
俺の注意を受けて、しゅんっ……となる蘭。
てぇか、毎度思うんだが、なんで俺に対してそう言う態度取ってるんだ……? 普段の自分は何度も見られてるだろうに……。
「……って言うか、なんだかんだでもう昼時なんだな。気付かなかったよ」
雰囲気を察しているのかいないのか、そんな一夏の言葉に、俺も携帯の時計機能で時間を確認する。
今の時刻は12時半ちょい過ぎ。ここに来たのが10時位だったはずだから、それなりに長居してたんだな。
「確かにそうだな。とりあえず、この後どうするよ一夏?」
流石に他人の家の昼飯時にまでいるのは少々申し訳がないし、俺も一夏もここまで長居する予定はなかったからな。
「そうだなぁ……」
「あ、あの……!」
今後の予定を考える俺と一夏に、蘭が声をかけてくる。
「も、もし良かったら、一緒にお昼をどうですか?
 今の時間だと、多分何処も込んでると思いますし……」
蘭の突然の提案に、俺と一夏は顔を見合わせる。
「どうする、修夜?」
「どうっつってもなぁ……」
確かに蘭の言う通り、この休日の昼のかき入れ時では、ファーストフード店でも人が集まっているのは間違いない。
しかし、幾ら友人の家でのお誘いであっても、ただ寄っただけで昼飯をご馳走になるのも、些か気が引けるのも事実だ。
どうしたもんかと二人で考えていると……。
「別に良いんじゃねぇか?
 じーちゃんや母さんも、お前らに会いたがってたし、久しぶりに食ってけよ」
弾も歓迎するような言い方で誘ってくる。
「良いのか、弾?」
「良いって良いって。
 それに、ここで修夜達を帰したってなると、じーちゃん辺りが後で怒るのが目に見えてるしな」
俺の質問に、手を振りながら苦笑を浮かべる弾。
五反田一家の頂点にして、表で経営されている五反田食堂の大将、弾と蘭の祖父である五反田巌(ごたんだげん)
俺と一夏が中学時代にお世話になった人の一人であり、六十歳を超えて尚、店の厨房で料理を作り続ける職人気質な人物だ。
けど、何故かたま~に俺を睨んでいた気がするんだが、なんでだろうな……?
「なぁ、修夜。弾もこう言ってるんだし、ここはお言葉に甘えようぜ?
 俺も久しぶりに、厳さんの料理食いたいしさ」
弾にも誘われたのか、乗り気な様子で俺にそう言ってくる一夏。
「そうだな……そうするか」
流石の俺も、厳さん達の名前まで出されて誘われたとなっちゃ、断るわけにも行かない。
今の所は特に予定も無いし、あったとしても誰かを誘って街に繰り出すくらいだ。その点で考えれば、この誘いは都合が良いといえば、都合が良いしな。
「それじゃ、そう言うことだから、厳さんに追加を頼んでもらっても良いかな、蘭?」
俺の同意を聞いてか、蘭にそう頼む一夏。
「は、はい……!」
蘭はといえば、さっきまで不安そうに俺たちを眺めていたが、一夏の言葉を聞いてか、笑顔になって部屋を出て行く。
そんな彼女の様子を、弾はやれやれといった感じで見送っていた。
「……まったく、こんな一夏に勝るとも劣らない朴念仁の何処が良いのやら…」
「……はぁ?」
ちょっと待て、今聞き捨てならない事言ったぞこいつ?
「こら待て弾、誰が一夏に勝るとも劣らない朴念仁なんだよ?」
幾ら多少マシになったとは言え、俺は一夏ほど空気読まずな馬鹿じゃねぇぞ。
「知らぬは本人ばかりなり……ってか。
 お前のそー言うところが、一夏に負けてねぇって事だよ、まったく……」
そんな俺の様子に、弾は呆れたように溜息を吐く。
「どう言う意味だよ?」
「どうもこうも、そう言う意味だよ。後は自分で気付け、ばーか」
そう言いながら苦笑を浮かべ、「先行ってるぜ」と告げて、弾も部屋を出て行く。
残されたのは、今一状況が掴めていない一夏と俺だけだ。
「……どう言う意味なんだ、修夜?」
「……知るか、馬鹿」
俺の方を向いて問い掛ける一夏に対し、俺は釈然としないまま、そう答えるのだった。


――――

その後、一度五反田家の裏口から外に出て、表にある食堂の入り口へと向かう。
多少面倒な作りではあるが、中学時代に厳さんに理由を聞いたところ、「この造りのおかげで、私生活に商売が入ってこない」らしい。
確かに、私生活と商売を混同視しない厳さんらしい理由だと思うけど、もう少し行き来を楽にしても良い気がするんだがなぁ……。
そんな事を考えながら中に入ると、昼食が準備されている席に、弾と蘭が先に座って俺たちを待っていた。
「やっと来たな。とりあえず適当に座れよ」
一足先に向かっていた弾が、取っておいた席を軽く叩いて俺と一夏を呼ぶ。
それに同意するように、俺たちもそれぞれの席へと向かった。
「しっかし、ここで飯を食うのも久しぶりだな」
そう言いながら、一夏は弾の隣の席に座ったので、俺は蘭の隣へと座る。
「確かにな。けど、本当に良かったのか?」
「は、はい。説明したら、おじいちゃんもお母さんも同意してくれましたし……」
何故か些か緊張した感じで、蘭がそう答える。
ふと視線を向ければ、五反田家の看板娘で、弾達の母親である五反田蓮(ごたんだれん)さんが、厨房のカウンター越しこちらを見ている。
そのにこやかな笑顔に、“得体のしれない何か”を感じるのは何故だろうか……?
「とりあえず、さっさと食おうぜ。このままじゃ、じーちゃんに下げられちまうしな」
そう言って、弾は厨房を指差しながら苦笑する。言われて視線を向ければ、中華鍋を振るいながらも、時折こちらに視線を向けている厳さんが見てとれた。
「それもそうだな。それじゃ……」
『いただきます』
俺が手を合わせると、一夏達も手を合わせて、同時に言う。
その様子を見てか、厳さんは表情にこそ出してないが、機嫌の良さが料理の音になって表れていた。


五反田食堂のメニューは至極庶民的だ。
煮物、揚げ物、魚系メニューに味噌汁、野菜炒めにサラダに漬物、お浸し、酢の物、うどんや素麺まで出てくる。
日中は十一時頃から開店し、夜中は九時前まで開いている。昼の二時からは一旦休業し、五時から夜向けのメニューに切り替えて再稼働するのだ。
日中はよくあるランチメニューで固めているが、夜中には酒類も出すし、それに合わせて居酒屋のように酒の肴も出している。
そんな多彩な料理を作りだすのが、俺たちの目の前で不愛想に鍋を振るう老人――厳さんだ。
白髪を角刈りにし、肌は焼けていて褐色、還暦を過ぎたとは思えない筋骨を維持している。
釣り上がった太い眉毛と、鋭い目つき、眉間には二本の線が刻まれていて、顎の左と右の額に切り傷の痕が残っている。
まさに“(いわお)”という言葉が似合う、武骨な面容の人だ。
何でも昔は老舗料亭で板長をやっていたらしいが、そこを辞めてこの店を構えたらしい。辞めた理由は蓮さん曰く、「店主さんが代替わりしていがみ合っちゃった」とか。職人気質な厳さんらしい逸話だ。
俺にとっては、鈴の親父さんと並んで目標としている、俺の知る限りで“最高の料理人”の一人でもある。
「んでさ、一夏に修夜。鈴と、誰だっけか? 確かファースト幼馴染みと再会したんだってな?」
食事を始めて、少ししたころ……合間の雑談として弾がそう言ってくる。
「ああ、箒の事な」
「ホウキ……? 誰の事ですか?」
「俺と一夏の最初の幼馴染みの事だ」
答える一夏に蘭が質問してきたので、俺がそう補足する。
「あっ、それでファーストなんですね。それはそうと、鈴さんが帰ってきてるんですか?」
俺の補足に一度納得した蘭が、再び質問を投げかける。
「ああ、先月の末辺りに、こっちに転入してきたんだよ。急だったから、俺達もびっくりしたけどな」
「へぇ……」
一夏の答えに、蘭は頷きながら答える。そー言えば、先日の件でどたばたしてて、鈴の奴に連絡入れとけって言うの忘れてたな……。
因みに、蘭と鈴は割と仲が良い。思考が似ているのか、趣味などの話題で良く盛り上がっているのを見ていたからな。
違いがあるとすれば、俺に対して喧嘩を売るか売らないかぐらいだが……ほんと、どうしてそこも似なかったのか不思議なくらいだ…。
「そうそう、その箒と再会して同じ部屋だったんだろ、一夏?
 メールで聞いてた限りだと、色々苦労してたみたいだけど――」
そんな風に考えてる俺を他所に、弾と一夏の会話は続いていて、同室の件に触れたその時……。


――がたたっ!


「お、同じ部屋!?」
何故だか急に、蘭が取り乱して席を立ち上がる。後ろでは、ワンテンポ遅れて椅子が床に転がった。
「ど、どうしたんだよ、蘭? 落ち着けって」
突然の事に、一夏は困惑しながらも蘭を宥める。かく言う俺も、突然の蘭の行動に些か状況がつかめていない。
「あ、あの、一夏さん。同じ部屋って言うのはつまり、その人と寝食を共にしてるって事ですよね……?」
「ま、まぁ、そうなるかな。けど、それは先月までの話で、今は修夜と一緒の部屋になってるけどさ」
そんな俺たちを他所に、蘭は質問し、一夏は答える。何故だろう、蘭の表情に必死さがある気がする……。
「い、一ヶ月近くも女性と同居してたんですか!? 一夏さんだけでなく、修夜さんも!?」
「ああ、まぁ……。諸事情で、俺と一夏の部屋が間に合わなくて仕方なくだけど……」
俺がそう答えると蘭は、何故か弾をギロリと睨みつける。その視線を受けたせいか、弾もまた身を固めてしまった。
「…お兄、後で話し合いましょうか……」
「お、俺、この後一夏達と出かける予定があるから……。ハ、ハハ……」
蘭の言葉に、乾いた笑いを出しながらしどろもどろになる弾。てか、そんな予定初めて聞いたぞ……。
「落ち着けって、蘭。幾ら弾でも、人のプライバシーを早々簡単に話すわけ無いだろ? 内容が内容なんだからさ」
「うっ……」
どちらにしても、ちょっと釘を刺しておかないと弾がやばそうなので、再度助け舟を出しておく俺。
と言うか、なんで同居しているってだけでここまで取り乱すんだろうな……。
とりあえず、俺の注意が効いたのか、椅子を直して座る蘭。しかし、その表情は何故か、真剣に何かを考えているように見えた。
「……。決めました」
……決めたって、何をだ?
「私、来年IS学園を受験します」
「お、お前、何を言って――!」
突然の蘭の宣言に、驚くあまり弾が立ち上がった。
それとほぼ同時に、厨房から瞬間的に剣呑な気配が発せられる。
「弾、伏せろっ!!」


――ビュッ、パシッ!!


風切り音と共に、弾に向かって飛んでくるおたまを素早く掴み、俺は厳さんを睨む。
「厳さん……、久しぶりとは言え、俺の目の前で調理器具(こいつ)を投げるなんて、良い度胸してますね……!?」
湧き上がる怒りを抑えつつ、投げてきた張本人を真っ直ぐに見据える。
厳さんも俺との視線を外そうとしない、真っ向から睨み返してくる。
この五反田食堂では、食事マナーを徹底させているせいか、マナーに反すると調理器具が飛んでくる。俺や一夏もここに始めてきた時は、その光景を見て唖然としたものだ。
そもそも厳さんがこういった過激な態度に出るのは、この人が朴訥としているのもあるが、客の態度への牽制が一番だろう。
結論から言えば、マナーを守らない客はどうしても出る以上、言葉だけの注意では効果が薄い。
特に我がもの顔でのさばる“お客様”という連中は、口だけは無駄に達者で、オマケに面の皮も分厚いときている。そんな無礼千万な連中を黙らせる意味でも、厳さんの“制裁”は抜群の効果を発揮するのだ。
ただし、厳さんは孫娘である蘭に物凄く甘いため、こう言う制裁を受ける事は無い。正直な所、不平等なことこの上ない。
だが、そんな事は割りとどうでも良い。問題なのは、『調理器具で制裁』することだ。
「俺との約束を、忘れたわけじゃないですよね……?
 『俺がここにいる間は、例えどんな状況であれ、調理器具で制裁はしない』って……!」
怒りは堪えてはいるが、そのせいで眉間に力が入っていく。
「……悪い、つい手が滑っちまった。まったく、歳は取りたくないもんだな」
睨み合いの末、俺のガチの怒りを感じ取ってくれたのか、厳さんも素直に謝った。
傍から見れば、憮然とした顔で憎まれ口を叩いているだけだが、これでもこの人にしてみれば随分と素直な方だ。
こだわりを持って料理をする俺にとって、調理器具は大事な仕事仲間も同然だ。暴力の道具にしていい道理なんてない。
そうでなくとも、ここは料理を人に提供する場だ。こんな事が日常茶飯事の五反田食堂とは言えど、本来ならばやってはいけない事だ。
たしかにマナーは重要だろう。けれども“人を叩いた道具で料理を作っている”と知って、不快感を表さない人はどれだけいるだろうか。
当然だが警察沙汰になりかけたことも、二度や三度の話ではない。そういうときには大抵、蓮さんがのらりくらりと宥めすかしたり、食事代をタダにして機嫌をとったりするなどをして、どうにか乗り切ってきたらしい。
厳さんの制裁は一撃必中である一方、調理器具を凶器に変えてしまう危険な方法だ。
だからこそ、俺は厳さんとそのことを巡って、何度も口論を重ねてきた。
その末の“俺の前での制裁厳禁”の約束は、俺と厳さんにとって条約や協定にも近い、重大なルールと化している。
もっともその過程で、何度か取っ組み合いに発展したのは、ここにいる人間には公然の秘密なわけなのだが……。
「お、落ち着けって、修夜! 厳さんだって、何もわざとやったわけじゃないんだし……!
 それに、他のお客さんだっているんだからさ!?」
そんな俺に対して、一夏は慌てながら宥めにはいる。
言われて俺も、他の来店客が怪訝な顔をするのを見て、自分の軽率さに気付かされた。
「そうだな……。すみません、厳さん」
軽く頭を下げた後、おたまを厳さんへと渡し、席に座り直す。
「そ、それで、なんでいきなりIS学園にを受験するんだ?
 蘭の学校って、エスカレーター式で大学まで出れる、都内でもかなり有名な私立校の筈だろ?」
ぎくしゃくした雰囲気を見かねてか、一夏は雰囲気を和らげようと、話題を蘭のことに戻した。
一夏の言う通り、蘭は【聖マリアンヌ女学院】に通う中等部の三年……IS学園を受験せずとも、そのまま高等部に進学できる。
また、そのネームバリューは一般的に見てもかなり有名であり、そこの優等生ともなれば、就職に関しては弾の通う【藍越学園】以上に引く手数多なのは間違いない。
そして、弾自身も何だかんだ言いつつ、蘭がこの私立校に通っている事は誇りとしているのは、俺も一夏も聞いている。故に、蘭のこの決断は疑問だらけなのだ。
「大丈夫です。私の成績なら余裕です」
「IS学園には推薦ないぞ……」
胸を張って言う蘭に対し、同じように席に座り直した弾が、呆れた表情でそう言う。
弾の言う通り、IS学園には学校からの推薦と言うものがない。故に、一般生徒・代表候補生問わず、学園に入学する場合は試験を受けなければならない。
この点は、セシリア自身が主席入学していると言う点から見ても、間違いはない。代表候補生だからと言って、実力が伴わなければ入学させるわけには行かないのだろう。
また、転入する場合でも国からの推薦がなければ意味をなさない。これも、鈴が転入して来た点を鑑みれば、間違いはないはずだ。
「お兄と違って、私は筆記で余裕です」
「そう言う問題じゃないだろ。大体、実技はどうするんだよ?」
蘭の台詞に、これまた当然の疑問を投げかける弾。
IS学園に入学する為の試験として、筆記試験以外に、実技としてIS起動試験がある。その名の通り、試験用のISを起動させ、簡単な稼動状況を見て適正を判断する試験であるが、内容に反して入学への最大の壁となっている。
そもそも、ISが女性にしか動かせないのが常識といわれているが、それは適正があってこそのものだ。適性がなければ、幾ら筆記が優秀でも意味が無く、逆もまた然り。
IS学園の入試倍率が高いにも拘らず、不合格者を続出させるのはこれが理由だ。
「…………………」
そんな疑問に答えるかのように、蘭は無言でポケットから紙を取り出し、弾に渡す。
「げぇっ!?」
それを受け取って中を見た弾が声を上げる。
「どうした、弾? 何て書いてあるんだ?」
「IS簡易適正試験……判定A……」
一夏の疑問に、声を震わせながらそれだけを言う弾。
「おいおい……」
「問題は既に解決済みです」
呆れた表情でそう言う俺に対し、蘭は得意そうにそう言ってくる。
確かこの試験は、内容そのものは実技試験をある程度簡略化した内容となっていて、IS学園の入学やISのテストパイロットを目指す女性達の指標として、政府が定期的に実施しているもんだったはずだ。
内容こそ単純だが、その分入試並に希望者が多く、予約必須のはずなんだが……んな試験何時受けたんだよ、こいつは……。
「それって希望者が受けれるやつだっけ? たしか政府がIS操縦者を募集する一環でやってるっていう」
「はい。タダです」
思い出したかのように言う一夏に対し、蘭がそう答える。
厨房では厳さんが、「タダはいい、タダであればあるほどいい」なんて言って頷いている。
本当、蘭に甘いんだなこの人は……。
「で、ですので」
こほんと咳払いをして、蘭は俺のほうを向く。その表情は、真剣そのものだ。
「し、修夜さんにはぜひ先輩としてご指導を……」
「……悪いが、却下だ。蘭」
だが、蘭が言い終える前に、俺は即座にそう言って切り捨てる。
瞬間、周囲の空気が凍りつくのを俺は感じた。
「…………えっ?」
「お、おい、修夜……!?」
何を言われたか分からない蘭を見て、一夏が慌てて俺を呼ぶ。
「聞こえなかったか? 却下だ……つったんだよ、俺は」
だが、俺はそんな事を気にしないで、再びその言葉を口にする。
すると、台所の方から殺気を感じ、そちらを向く。見れば、厳さんが凄い表情で俺を睨んでいる。
師匠よりマシっぽいが、孫娘馬鹿ここに極まれり……ってか?
「ちょ、ちょっと修夜くん、どうして君は蘭の決めたことを否定するの?」
「おい修夜、オメェ俺に喧嘩売ってるのか……?」
状況を見ていた蓮さんが咎めるように言い、厳さんは今すぐに俺を殴りそうな雰囲気だ。
だが、そんな事で俺は臆したりしない。そもそも、厳さんの脅しなんて、師匠の説教に比べれば本当に大した事はない。
むしろ、弾と違って賛同しようとしているこの二人の思考に、呆れてため息が出るほどだ。
「……落ち着いてください。俺は何も、蘭の入学する意思そのものは否定しません。それが【しっかりとした考えを持っていた上での判断ならば】……ですけどね」
「……どう言う意味だ、それは?」
俺の言葉に、怒りを抑えながらそう聞いてくる厳さん。つか、本当に分かってねぇな、この人……。
「簡単ですよ。今の蘭は、何かしらの理由で生半可な意志で入学を決めたって事です。
 自分の周囲やその後の影響を何も考えていないと言っても良い」
「んだとコラッ!?」
もう堪忍袋が切れそうな厳さんは俺に掴みかかろうとしている。
「止めてください、お義父さん」
そんな厳さんの行動をお見通しと言うか、蓮さんが即座に止めた。
「蓮、お前は蘭がああまで言われ、何とも――」
「お義父さん、話は最後まで聞いて下さい。修夜くんが蘭をあんな風に言うって事は何か理由がある筈です。そうでしょ? 修夜くん」
真剣な表情で俺を見つめる蓮さんに対して、俺は静かに頷く。
「俺とて、蓮さん達のように、蘭の決めた事は尊重したいと思いますよ。
 ですが、この件は違う。生半可な意思で決めて良いものじゃないんです」
そうして、俺は自分の考えを伝える。
「蘭が何故、今の学校を辞めてまでIS学園に入学しようと決意したのかは、生憎俺には分かりません。ですが、俺達の話を聞いて、それで今の生活を捨てて行こうと思う程、IS学園は甘くはない」
「どう言う、事ですか……?」
俺の言葉に、不安そうな表情で蘭が問いかける。
「言葉通りの意味だ、蘭。IS学園に通う生徒達はみんな、何かしらの目標を持っている奴らばかりなんだ」
「……あっ…」
俺の言葉に、蘭が何かに気付く。そう、学園に通っているみんなは、程度の差はあれど、ISに夢を持って学園に入学しているのだ。
【かつての千冬さんのように、世界大会で優勝したい】、【国家代表になりたい】、【ISに関わる仕事に就きたい】……本当に様々だ。
中にはごく単純な理由で入学した奴だっているかもしれない。だけど、それだけ真剣な奴だっている。
入試倍率が高い中でそれを突破した生徒達は、それだけISに関する【何か】に真剣に取り組んでいる。だからこそ、今に繋がっている。
俺や一夏のように、政府の命令で入れられたのとは違う……本当に頑張って、入試を突破した事実がある。
「さっきも言ったが、本当なら俺だって、お前の意思は尊重したいと思う。だけど、それは今ここで、すぐに決めて良いものじゃない。真剣に考えて、目指すべきものを見つけて、初めて決意できるものなんだ」
そう、俺やセシリア、鈴たちが、自分の目的の為に学園に入学を決意したように。
一夏や箒たちのように、日々の中で自らの目標を探し続けていたように。
みんな真剣に考えて、その目標を目指したくて、日々を頑張ってる。
だからこそ、蘭のような考えを、俺は認められない。そんな簡単に決めて良いものなんかじゃない。
「……蘭、お前も修夜の夢は知ってるよな?」
そんな風に思っていると、突然一夏が、蘭にそう聞いてくる。
「えっ、あっ、はい……」
一夏の質問に、少しだけ戸惑いつつも蘭は頷く。
「俺はさ、正直なところ……修夜と違って、夢とか目標なんてなかった。ただ、自分には力があるって知って、それだけでただ流されるように入学しただけだった」
そんな蘭に一夏は、当時の自分を思い出すように言葉を紡ぎ始める。
「けど、IS学園に入って、修夜やクラスのみんなと接して行くうちに、目標を見つけられた。……いや、俺が本当に願ってたものを見つけられたんだと思う」
真剣な表情で、自分の手を見つめながら、一夏は言葉を続ける。
「……本当に、願っていたもの…?」
「ああ。修夜が俺たちに語った夢より小さいかもしれない。だけど俺にとって、それは絶対辿り付きたい目標で、叶えたい夢なんだって、今なら言える」
そう言って、一夏は自分の手を握り締める。
「だからさ、修夜が蘭の入学を反対する理由を聞いて、すげぇ納得出来た。今までの俺だったら多分、訳も分からないまま、修夜に突っかかってたかもしれない。だけど、理由を聞いて納得できた今は、俺も修夜と同じ考えだ」
厳さんたちには申し訳ないけどさ……と言いながら、一夏は苦笑する。
「……そうね」
そんな一夏の言葉を聞いた蓮さんが、目を閉じて頷く。
「確かに、修夜くん達の言う通りね。この件は、今この場で決めて良い事じゃないわ、蘭」
「お母さん?」
微笑みながら蘭を見つめ、言い聞かせるように喋る蓮さん。
「あなたが何を考えて入学を決意したのか、なんとなく分かるわ。だけど、それは本当に、きちんと考えた上で出した答えなのかしら?」
「…………」
蓮さんの質問に、蘭は俯いてしまう。
「もし違うなら、あなたはその事で後悔してしまうかもしれない。そうじゃなくても、進む道の困難に心が折れてしまうかもしれない。
 そんな事になるのは、あなただって嫌でしょう?」
「……うん」
彼女の言葉に、蘭は頷く。
「それなら、今度はゆっくりと考えなさい。その上で出した答えなら、修夜くんだって喜んで賛成してくれる……そうでしょう?」
「ああ、じっくり考えた上で出した答えなら、俺も一夏も、弾だって賛成してくれるさ。……だろ?」
蓮さんの質問に、俺は微笑みながら答えて二人を見る。
「もちろん。その時は歓迎するさ」
「俺はその時になってみないと分からないが……ちゃんと考えてなら、止める理由はねぇよ」
「一夏さん、お兄……」
笑顔で頷く一夏と苦笑を浮かべる弾を、蘭は交互に見つめ、その後で何かを考えるかのように顔を伏せる。
「……だったら…」
「……ん?」
「だったら、もっと教えてください。IS学園の事、修夜さん達が過ごしてる日々の事を……!」
顔を上げ、真剣な表情でそう俺に言ってくる蘭。その瞳は、先ほどまでと違う、確固たる意思の光が宿っていた。
「蘭、お前……!」
蘭の願いに、思わず弾が止めに入る。しかし、蘭は言葉を続ける。
「確かに早急だったかもしれないけど、私がIS学園に入学したいって言った気持ちに、嘘は無いつもりです。だけど、お兄が知っている事を私は知らない。修夜さん達がどんな風に過ごしてるのかも、IS学園がどんな場所なのかも、何一つ知らないんです。
 だから、今度はちゃんと聞いて、その上で判断したいんです! お願いします、修夜さん!」
そう言って、蘭は頭を下げてくる。
「修夜」
「わかってる」
そんな彼女の様子に、一夏は俺に声をかけ、俺も頷く。
「弾、この後の予定で街に出るなら、数馬の奴も呼ぶんだよな?」
「えっ? ああ、まぁそうなるけど……」
俺の突然の質問に、戸惑いながらも頷く弾。
「なら、そこに蘭と何人かの友人を入れても問題ないよな?」
「ああ、別に構わねぇけど……誰を呼ぶんだよ、修夜?」
怪訝そうな表情でそう問いかける弾に、俺は少しだけ笑いながらこう答える。

――「学園にいる仲間たちをちょっと……な」
 
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