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少年少女の戦極時代Ⅱ

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番外編
  その6 ロード・バロン


 湊が戒斗と共に向かった古い病院の奥の一室で、戦極凌馬は悠々とソファーに座っていた。

 戒斗が凌馬の座るデスクを叩いて凄んだ。

「舞に何をしようとした」
「舞君の体に宿った黄金の果実を摘出しようとした。キミのお仲間に邪魔されてしまったけどね。すぐに戻らざるをえないと、コドモの頭でも分かるはずだ。だからこうして、舞君が戻って来るのを待ってるってわけ」
「そんなことを許す俺たちだと思うか」

 戒斗の言う通りだ。凌馬に任せていては、黄金の果実を摘出するために舞を殺しかねない。目的のために手段を選ばない。
 それが戦極凌馬という男だ。
 今とて、舞が目の前にいれば、一切の麻酔なしに体をメスで切り刻み、黄金の果実だけをむしり取るくらいはしてもおかしくない。湊はそれを、部下としての長い付き合いから知っていた。

 戒斗が湊を向く。湊は肯き返した。
 ――この男を舞の下へ行かせない。最後の手段に訴えてでも。

(それを戒斗が望むなら、どこまでだって付き合うわよ)

 湊はゲネシスドライバーを、戒斗はレモンのエナジーロックシードを同時に構えた。

「こうも馬鹿ばかりだと世界が滅びるのも当然だな」

 すると凌馬は懐から小さなリモコンを出してスイッチを押した。途端に、湊たちのゲネシスドライバーが火花を上げて床に落ちた。壊れたのだ。

「湊君なら気づいてもよかったろうに。いかにも私のやりそうなことだろう?」

 凌馬の言う通りだ。うかつだった。湊は凌馬やシドと結託していたが、そこに仲間の情などなかった。邪魔者の排除が終われば、次の「邪魔者」はお互い同士。それを凌馬が見越していないわけがなかったのに。
 忸怩たる思いに、湊は拳を握りしめた。

「ならば」

 戒斗が出したのは戦極ドライバー。戒斗はそのバックルにバナナの錠前を開錠してセットした。戒斗がバロンに変身する。

『舞の下へは行かせない』
「ナイト気取りかい。面白いじゃないか」

 凌馬は立ち上がり、自らのゲネシスドライバーとレモンのエナジーロックシードを開錠し、バックルにセットした。

「変身」
《 レモンエナジーアームズ  ファイト・パワー  ファイト・パワー  ファイ・ファイ・ファイ・ファイ  ファ・ファ・ファ・ファ・ファイト 》

 青いマントとレモンの鎧が凌馬を覆い、デュークへと変身させた。

 戦極ドライバーとゲネシスドライバー、その性能差は歴然としている。それでも湊には、戒斗も凌馬もどちらも止められない。

 診察室内で乱闘を始め、もつれ合いながら外へと出て行った二人を、湊は急いで追った。






 バロンとデュークの乱闘は、屋外の巨大コインパーキングまで雪崩れ込んだ。

 湊が追いついた時、戒斗は満身創痍で、凌馬は無傷で平然としていた。分かり切った結果だった。それでも湊には苦しい光景だった。

「ガキの頃から、俺はずっと耐えてきた! 弱さという痛みにな!!」

 戒斗が手近なヘルヘイムの果実をむしり取った。

 ――戒斗の肉体にはヘルヘイムの毒素が満ちている。その状態でヘルヘイムの果実を手にしたらどうなるか。湊にさえ想像がつかなかった。知性なきインベスへ堕ちるのか、あるいは、それすらも駆紋戒斗は超えるのか。

 戒斗がついに果実にむしゃぶりついた。

 咆哮。それはまさに手負いの獣の上げる声。

 駆紋戒斗が変貌していく。赤と黄で彩られたステンドグラスのような体表。赤いマント。所々にバロンのモチーフが残っている。

 目の碧色が、凌馬を睨み据えた。

 それから湊は、かつて付いて行くと決めた男が、今付いて行っている男に翻弄され、ボロ雑巾のように弄ばれる一部始終を、声なく目で追うしかなかった。

(私には何の手出しもできない。ドライバーがなくて変身できないから)

 それ以上に、圧倒されて声が出なかった。

 だから、どれだけ凌馬が痛めつけられても、「プロフェッサー」と呼びそうになった自分を何度も抑えた。

『俺の真理は、この拳の中にある!!』

 戒斗が変異したオーバーロードは、凌馬を殴り飛ばした。それこそ凌馬が壁にめり込む勢いで。

 凌馬は何がおかしいのか、壁にめり込んだまま笑い声を上げた。

「そんな姿で、っ、長く、保つものか……いずれ貴様は破滅する! それが貴様の、うん、め……」

 凌馬が壁から落ちた。湊は急いで駆け寄り、凌馬の上体を抱え上げて脈を取った。――死んで、いた。

「果たしてどうかな。俺は誰にも屈しない。俺を滅ぼす運命にさえも」

 戒斗が背を向けて歩き出した。

 湊は腕の中の凌馬の亡骸を見下ろし、その亡骸をその場に横たえた。すぐ近くに落ちていたゲネシスドライバーを拾い、戒斗を追いかける。

(破滅の運命だとしても構わない。私は戒斗の行く道を付いて行く)





 パーキングを出ると、まるで待っていたかのように、サガラが立っていた。

「いい顔をするようになったなあ。駆紋戒斗」
「――ふん。何をしに来た。蛇ふぜいが」

 サガラが手を振ると、ホログラムのような画面が現れた。映っているのはガレージ内の様子だ。


 倒れた舞に、ヘキサが血を飲ませている。すると舞の皮膚から硬い体表が崩れ落ちた。だが、悦びに沸く間もなく、舞の体は黄金の光に包まれた。
 そして、舞は湊が全く知らない、金と白の少女となり、仲間と言葉を交わしてから、消えた。


「これは……舞さんは一体」
「あいつは“はじまりの女”となって、時空を渡る旅に出た。せめて現在がもっとマシなものになるように、歴史を変えようとしているんだよ。まあ、時間の強制力は絶対だ。そう簡単には行かないだろうがな」

 はじまりの女。舞を連れ帰ったペコとチャッキーが言っていた。黄金の果実を真なる担い手に渡すための存在。新人類におけるイブのような役割。それが“はじまりの女”だと。

「これで残る候補者は二人。葛葉紘汰と、お前だ、駆紋戒斗」
「舞から黄金の果実を得れば、世界を手に入れられるんだな」
「そうとも! そうなれば世界をどう変革するかも自由だ。お前が王者だと思う行動を取れ。それこそが新たな神話となろう」

 サガラはホログラムを消して、ふり返りざまに空気に融けるように消えた。

「――葛葉紘汰。やはり最後は、あいつか」

 皮肉げな笑みは一瞬。
 戒斗は再び歩き出した。今度は明確に、葛葉紘汰との決戦を求めて。

(彼は、王として、最後のライバルにどう引導を渡すつもりなの)

 湊は一つ大きく深呼吸して、戒斗を追いかけた。 
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