受け継がれる運命
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第六章
第六章
「それに関してはな」
「それでは。それで宜しゅうございます」
セレネーは頭を垂れて述べた。
「私は。それで」
「満足なのだな」
「そうです」
彼女はまた答えた。
「願わくば。それで永遠に彼と」
「考えは変わらないのだな」
それでも彼女に問う。念を押して。
「どうしても」
「はい」
セレネーの考えは変わらなかった。彼女は夢の世界を選んだのだから。愛しい者と共にいられる、そちらの方を選んだのであった。
「それで」
「わかった」
ゼウスも遂に頷いたのだった。セレネーの心が変わらないとわかって。沈痛な顔であったがそれでも彼女の心を汲むことにしたのであった。
「それでは。そのようにしよう」
「有り難うございます」
「これも運命か」
ゼウスはまた沈痛な顔で述べた。その言葉には無念の色さえあった。
「月の女神の」
だがもう変わらなかった。セレネーはエンディミオンと共にいることになった。そうして彼女は遂にエンディミオンと共に永遠に眠りの中に入ることになった。彼もまたそれを受け入れ二人はそのまま何処かへ消えることになったのであった。
その時だった。アルテミスが最後に自分の宮殿を離れるセレネーに声をかけた。彼女を止める為だ。
「お姉様」
「貴女が言いたいことはわかっているわ」
セレネーはアルテミスに顔を向けて述べた。わかっていても変えるつもりはなかった。
「それでも私は」
「これで。お別れなのですね」
「そうね」
セレネーは俯いてしまったアルテミスに述べた。しかしそれでも彼女の決意は変わらないのだった。
「もうこれで」
「考え直されることはないのですね」
「貴女には悪いけれど」
その言葉だけで充分だった。それだけでセレネーの気持ちがわかってしまった。アルテミスももうこれ以上言うことはできなかった。
「左様ですか」
「私は。神だけれど」
それは自分でもわかっていた。だがそれと共に。
「女なの。だから」
「女性であられたいと」
「ええ。恋の中にいたいのよ」
それが偽らざる彼女の心の言葉であった。彼女は神でいるよりも女であることを選んだのだった。だからエンディミオンと共にいることを選んだのである。
「ここでも。貴女には我儘に見えるかも知れないけれど」
「それは」
「いいのよ。隠さなくても」
アルテミスの目を見て言う。今まで姉妹の様にいた二人だがこの時ばかりは何かが違っていた。もうこれで会うことはない、その悲しみが二人をそうさせていたのだ。
「私は。自分のことだけしか考えていない馬鹿な女なのだから」
「私は。そんなことは」
「思っていないの?」
「はい」
アルテミスは正直に述べた。その緑の目でじっとセレネーを見詰めている。彼女は嘘を言うことはない。セレネーもそれはわかっている。わかっているからこそ辛いのであった。
「ただ。お姉様とこれでお別れだと思うと」
「月を御願いね」
続いてのセレネーの言葉だった。
「あの娘のことは。一人にさせて悪いけれど」
「あの娘のことはお任せ下さい」
ここでもセレネーを気遣って言うのだった。何処までも彼女のことを気にかけていた。
「私が責任を持って」
「有り難う。じゃあ任せるわ」
「はい」
「それで。後は」
セレネーはその言葉を受けてからもまた言う。最後に言うことがあったのだ。
「貴女に伝えておくことがあるわ」
「私にですか」
「ええ。月の女神はね」
静かに彼女に語りはじめた。
「月の女神である限り恋が実ることはないの」
「恋を」
「そう。恋を知ってもそれを楽しんでも最後にあるのは悲しみ」
じっとアルテミスの緑の目を見て語るのだった。その目に驚きの色があるのを見ながら。
「それだけなの。月の女神である限り逃れられない運命なのよ」
「そうなのですか」
「それを忘れないで」
そうアルテミスに告げた。
「一人になっても。いいわね」
「わかりました」
アルテミスはここでは嘘をついているわけではなかったが結果としてそうなった。何故ならこの言葉を本当にわかってはいなかたtからだ。彼女がこの言葉をわかるようになるのはこれからであった。恋により多くの悲しみを知るようになってから。それからであった。
「じゃあ。これで」
「お別れですね、遂に」
「さようなら」
セレネーはアルテミスに対して別れの言葉を告げた。
「妹よ、さようなら」
「さようなら」
アルテミスもそれに応えて。今別れの言葉を告げた。
「さようなら、お姉様」
「永遠に」
「けれどお互いは忘れずに」
「ええ。夢の中でも」
そう言い合って遂にセレネーはアルテミスの前から姿を消した。白銀の月の光がそのまま消え失せてしまうように。そうして後に残ったのは月の女神の悲しい運命だけであった。アルテミスはそのことをその都度辛い痛みと共に思い出すのであった。
受け継がれる運命 完
2007・11・5
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