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インフィニット・ストラトスの世界にうまれて

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番外編 泪に濡れる・マイ・ウェイ

俺が外出先から部屋に戻って来ると、部屋の中には難しい顔をした織斑先生が腕組みをして立っていた。
その織斑先生が俺の顔を見るなりこんなことを言ってくる。

「ベインズ、なんだこれは」

顎をしゃくり上げ視線で示した先には、俺が先程まで使っていたパソコンがあった。

くっ! なんてことだ、出がけにパソコンの電源落とすのを忘れるなんて迂闊すぎた。
寮の見回りをしていた織斑先生が俺のいない間に部屋に侵入し、パソコン画面を見られたということか。
俺には運がないなと思いながら状況の説明を開始した。

「パソコンの画面に写っているそれですか? それはですね、『おれがつくったさいこうのえろほん』です!」

俺の元に歩み寄ってきた織斑先生は、

「馬鹿かお前は!」

という声と、スパンッという乾いた音を俺の部屋に響かせる。
俺は見事に出席簿アタックを食らうことになった。

「なにが俺が考えた最高のエロ本だ! お前は個室を与えられた時からこんなくだらん物の制作にいそしんでいたのではあるまいな? どこの世界にIS学園のネットワークを利用してエロ本を制作するヤツがいる。いい加減にしろ!」

いたくご立腹なようすの織斑先生。
俺は織斑先生を見据えると地球上に住まう男子の代表として意見を述べた。

「織斑先生、男子にとってエロス神は……心の潤いなんです!」

「なにがエロス神は心の潤いだ。お前の周りには女子がいっぱいいるだろう? それでもまだ心の潤いが足らんというのか? お前のエロス神に対する信仰心は底なしか! 世の男子どもが聞いたらうしろから刺されるぞ」

「そんなことはないと思いますよ? むしろ世の男子からは良くやっている、もうゴールしてもいいんだぞと言われますよ」

織斑先生は、はぁと溜め息をつく。

「ああ……ともかく、だ。許可があるまで今後一切パソコンの使用を禁ずる。口答えは許さん、いいな?」

「了解です」

織斑先生は俺の制作した最高のエロ本なるタイトルのフォルダをパソコン内から全削除し、俺の部屋から去っていく。
織斑先生を見送った俺は、清々しいまでに綺麗になったパソコン画面を見つめ、悲嘆にくれながらそっとパソコンの電源を落とした。

俺がパソコンの電源を落すのを忘れ出かけることになった原因は今日のとある出来事が切っかけである。

ゴーレムⅢの襲撃事件から数日が過ぎたとある日に全生徒を対象とした身体測定が実施された。
それは、襲撃事件を期にISスーツの強化を図るために行われたのだが……まあ、この話は取りあえず置いておくとして、問題は夜に起こった。

静寂に包まれた俺の部屋に突然鳴り響く呼び出し音。 俺はパソコンを使って作業中であったが、電話は手の届く場所に置いてあったためすぐに電話を拾い上げる。
相手は誰かと画面を確認してみれば篠ノ之箒の文字が表示されていた。
なんの用事だ? なんて思いながら電話に出てみれば、

『お前にしか頼めないことがある。今すぐ私の部屋に来てくれないか』

とのことだった。
なんとなく嫌な予感が頭をよぎる。
が、俺にしか頼めないということだし、取りあえず俺は箒の部屋に向かうことにした。

箒の部屋の前に到着した俺はドアをノックすること数回。
しばらく待つとカチャリと音がし、ゆっくりとドアが開き始める。
ドアの隙間からは箒が顔を覗かせた。
見れば、箒は料理でもしているのか白い割烹着を来ている。

「入ってくれ」

の言葉と共に大きく開かれたドア。
その開かれたドアの内側にあった光景は、部屋の入り口に立つ箒の姿と、その奥に青いエプロンをつけたセシリアの姿だった。
入り口近くにあるキッチンからは空気を吸い出すような音が聞こえてくる。

「オゥ、ジーザス」

の言葉が俺の口から漏れたとしても仕方のないことだろう。
エプロン姿のセシリアは俺の顔を見るなり笑顔で挨拶してくる。

「あら? お客さまはアーサーさんでしたの? こんばんわ」

「良い夜だな、セシリア。今日は箒に用事があってな、それで来たんだ」

「そうでしたの。それでしたらそんな所にいないで早く部屋にお入りになってはいかが?」

「そうさせてもらうよ」

俺は部屋に足を踏み入れると、箒の腕をおもむろに掴み部屋の奥へと強引に引っ張って行く。
そして俺は箒に顔を寄せるとセシリアには聞こえないだろう音量で話し出す。

「これは、どういうことだ?」

「どうもこうもない。アーサーにセシリアの料理を試食してもらう」

「悪いが帰らせてもらおう」

俺は箒に背を向け部屋を出て行こうと足を動かし始めると、腕を引っ張られ再び部屋の奥へと連れ戻される。

「なにをするんだ、箒」

「お前が昔好きだった女子が困っているんだ、少しは力になってくれてもいいのではないか?」

それをここで言うのか。
俺が箒を好きだったというのを箒は今だに信じているようだが、それは誤解だ。
誤解だったとしても、あの時の箒は俺を振ったという事実を一夏に見せることで自分が好きなのは一夏だとアピールしようとしたんたろうが、当の本人は気づかずじまい。
他の女子は胸を撫で下ろしたことだろう。
箒にしてみればガッカリ感がハンパなかったろうな。

「なぁ箒、セシリアが料理を作っているのはどうせ一夏に食べさせるためだろう? だったら一夏をここに呼んで試食させたらどうだ」

「イヤだ!」

「なんでだよ」

「セシリアの料理がどんな味だったとしても、私以外が作った料理を一夏が食べる姿をみたくない」

と言った箒は俺から視線を逸らす。
その気持ちはわからんでもない、が……。

「だったら自分が試食しろよ!」

「それも……イヤだ」

箒はどうあっても俺を人身御供にするつもりか? 冗談ではないと思っていると、箒はこの通りだと言って頭を下げてくる。
そんな姿を見た俺は渋々といった感じでわかったよと呟いた。

料理が出来上がるまでの間、俺はイスに座りセシリアが変な動きをしないか監視していた。
セシリアを監視するのは当然だろう、誰しも自分の命は惜しいのだから。
箒もセシリアの側にいるし大丈夫だろうと思っていた。
箒は電話がかかってきて一時キッチンを離れたが、俺がちゃんとセシリアを監視している。
セシリアが斜め上の行動を取ろうものならハリセンアタックをお見舞いする予定だ。
が、セシリアに不審な行動は一切見られず料理は無事完成した。
箒とセシリアが作っていた料理は鳥の唐揚げ。

「お一ついかがですか?」

小皿に盛られた鳥の唐揚げと共に箸を俺に差し出すセシリアの顔は自信に満ち溢れた表情だった。
この時、俺はセシリアに対しどんな顔をしていたのか解らないが、頬の筋肉が引きつっていたに違いない。
俺の左手に乗っている小皿を見てみれば、とても美味しそうに見え――そして、なぜか光り輝く鳥の唐揚げが存在している。
どんな調理法によって目の前にある鳥の唐揚げが作り上げられたのだろうか……俺は考えてはみたもののまったく想像かつかなかった。

箸を握った俺の手はブルブルと震え――しかも、身体からは異常な発汗が認められる。
なぜかといえば、俺の脳裏にあの忌まわしき記憶が蘇っていたからだ。
そう、俺がIS学園転入初日に食べたセシリアお手製のサンドイッチの記憶が……。
俺は震える箸先をなんとか鳥の唐揚げに突き刺し、意を決して口へと運ぶ。

大丈夫だ。
俺と箒がセシリアをずっと監視してたじゃないか。
今思い返してみてもセシリアは変な動きはしていなかった。
今回は大丈夫なはずだ。

そう思っていた時期が俺にもあったのだが、俺の悲願とも懇願ともいえる願いは見事に打ち砕かれた。
噛むと確かに鳥の唐揚げの食感なのだが、味はなんというか……この世の物とは思えない、なじょうしがたい刺激が味蕾に襲いかかる。
なぜだろう、俺の見える景色は目眩でもしているかのように歪んで見えた。
俺はバランスを崩しそうになる身体をテーブルに手を着くことで支え、鳥の唐揚げを吐き出しそうになったのを慌てて口を手で塞いだ。

俺と箒はセシリアをちゃんと監視してたのに、なんでこんなことになる。
セシリアから目を離していたのは箒が俺を出迎えた時と俺が箒と部屋の奥で話していた時くらいだろう。
まさか……その短時間でセシリアはやらかしたのか?

「お味はいかがですか?」

とセシリアに聞かれたが、俺は心の中でお前に料理の才能はないと断言する。
金持ちなんだから自分で料理を作らず一生誰かに料理を作ってもらえと思っていた。

俺は鳥の唐揚げをほとんど噛まずに丸呑みし、席を立つとフラフラとしたおぼつかない足取りでキッチンに向かい――そして、蛇口から水を出すと自らの口を水に近づけガブ飲みした。

「アーサーさん? そんなに慌てて食べなくてもよろしくてよ」

というセシリアの声が聞こえたが、俺は慌てて食べたんじゃない。
これ以上噛んだら飲みこむ自信が俺にはなかっただけだ。

「味はどうだった?」

と箒が感想を聞いてくる。
俺は手の甲で口を拭い、俺の身に起こった恐怖の体験を語った。

「この世の食べ物じゃなかった。魔界の扉が開かれ、なにか得体の知れない物の呻き声が聞こえた気がした」

「そうか……なにか言い残すことはあるか?」

おい、俺を勝手に殺すな。
俺は一夏たちが巻き起こすラブコメ的展開のすべてを見ちゃいないんだ、それを見届けるまで死ぬつもりはないからな。

俺が箒の部屋を去る時、セシリアに対して送った言葉は料理をする人間なら当然するであろうことだった。

「料理をするなら味見しろ!」

フラフラする足元、俺は身体を支えるため壁に手をつき歩きつつ自分の部屋へと戻ったみれば、俺を待ち構えていたのは冒頭にあるように織斑先生だったというわけである。

織斑先生が部屋を立ち去り、普段と変わらぬ静寂に包まれた部屋で俺は電源の落ちたパソコンを眺めながら、

「織斑先生の魔手によって残念ながらパソコンの中身はこの世から消え失せた……だが、希望はある。俺にはバックアップがあるからな。パソコンを使う時にはこまめにバックアップせよ! というエロス神の啓示を受け、常日頃からバックアップを取るようにしていた。バックアップは最新のデータではないがすべてを失うよりはいいだろう。さすがはエロス神、俺を見捨ててはいなかった」

誰に聞かせるでもない独り言を呟く。

「ほう、バックアップか。やはりお前はそんな物を隠し持っていたか。どこに隠しているのかは知らんが、今すぐバックアップとやらを出してもらおうか」

卑怯だぞ! 織斑先生。
帰ったフリをするなんて。
だが、ここで俺がゴネだとしても無駄な足掻きになるだけだ。
素直にバックアップを織斑先生に差し出したほうが身のためだろう。

俺は部屋に置いてある鞄の中から外部記録が可能なメモリを取り出し躊躇いつつ織斑先生に手渡した。
してやったりといった表情の織斑先生。

「エロス神とやらはお前に味方しなかったようだな」

という言葉を残し去っていった。
俺はその場に崩れ落ち、しばらく再起不能。
床には俺の流した一雫の泪の跡が残された。
 
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