魔法科高校~黒衣の人間主神~
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入学編〈下〉
エリカ対紗耶香
「お兄様、壬生先輩を拘束せずによかったのですか?」
俺の女性関係を深雪が知っているのは、単に兄妹という訳でもないし。これ以上詮索するのは不要であった。
「あの場面で、不十分な視界の中ではありえない事も起こりうる。それに俺らより、エリカが確保してくれるさ。壬生先輩の呪縛を解放してくれるのは、エリカの剣術によって目覚めるだろうよ」
それにここから出口までの最短ルートを選択するのであれば、一階にいるエリカと戦うこととなるからだ。あの様子では、回り道をする余裕さえ残っていないはず。
「先ほどの約束もそうですが、エリカはお兄様にとってはどう見るのでしょうか?」
「壬生先輩とエリカの技量を見るのなら、こいつらを拘束した後に観客として見守ろうではないか。剣技対剣術をな」
「そうですね。エリカの戦い方を見るのも、あまりない見ない光景ですよね」
俺達はそう会話をしていたけど、拘束をする道具で三人を拘束してたけど。壬生先輩の事はエリカに任せたのだった。壬生先輩の行動は反射的ではあった、アンティナイトの指輪を付けていたのは、あくまで逃走用に貸し与えられていた切り札でもあった。彼女も「魔法遣い」としての教育を受けている者として、キャスト・ジャミングの性質と限界は知っていた。
というよりか実際に使用する当たり、普通の魔法師よりかは知識をつけていた。この指輪は、魔法師を倒す力などないからだ。魔法を妨害するだけのキャスト・ジャミングは、魔法による攻撃を避ける事にしか役に立たない。あの一年生にはそれでは勝てないと、あの時見せられた徒手空拳や見たことのない近接格闘術は自分の剣技では勝てないと悟ったのだ。指輪を貸し与えられたとき、リーダーにも何度も念を押されていた。この指輪は逃走用に使え、と。
目に焼き付けられた光景と、耳に刻み込まれた言葉が彼女の四肢を操っていた。背中越しに聞こえた床を叩かれた音に、先ほどいた同志の男たちは倒されたと思い込んでいた。だけど、助けに行くと言う選択肢は浮かんでこないでいたというより、思考が麻痺していたからであろう。計画失敗時のマニュアルに従い、学外にある組織の中継基地へ帰還する、という強迫概念に支配されて廊下を走り階段を駆け下りた。
「セーンパイ。初めまして~」
一人の女子生徒が自分を先輩と呼ぶのは恐らく一年生だろう、両手を後ろに組んで、ニコニコと微笑みながら彼女の前に立ちはだかった。
「・・・・誰?」
警戒心をむき出しにした声。一年生の朗らかな表情に、変化はなかった。
「1-Eの千葉エリカです。念の為に確認させていただきますが、一昨年の全国中学女子剣道大会準優勝の、壬生紗耶香先輩ですよね?」
正体不明の衝撃が、彼女を襲った。意識の陰、自分では見えない心の何処かに、竹刀で打ち据えられたような痛みが走った。
「・・・・・それがどうしたの」
その衝撃を、痛みを隠して、問い返す。
「いえいえ、どうもしませんよ?ただ確認したかっただけです」
エリカは相変わらず、両手を背中で組んだままだ。だが、隙がない。彼女の身体は、一見スレンダーに見えて廊下を塞ぐには程遠いが、すり抜けて通る「隙間」が一切ないと見た彼女だった。それに、背後に隠されたのは素手なのかどうかは分からない。何も持っていないのだろうか?
「・・・・急いでいるの、通してもらえないかしら」
背後から追いかけてくる気配はない。だが、一真なら気配を消すことは朝飯前だが焦る気持ちを抑えて、穏便に話しかけていた。最も一真は特別閲覧室で、投影型の映像にて彼女とエリカを見ていた。一真がこちらに来るなら、どちらかが倒れてからだろう。あとはここから通り抜けられる可能性が、ゼロに近いのだろう。
「一体どちらへ?」
「貴女には関係ないでしょう」
「答えるつもりは無い・・・・ということですね?」
「そうよ」
「交渉決裂ですね」
楽しそうに告げるエリカ。無茶苦茶な言い分だが、最初から彼女を通すつもりはない事は壬生にも分かっていた事だった。壬生は素早く、左右を見た。壬生は得物を持っていないからか、素手では戦っても勝てないと思ったからだった。CADはあるが、魔法を使うのなら、今付けている指輪であるキャスト・ジャミングは使用不可だ。視界の隅に、銀灰色の棒であるスタンバトンが転がっていた。リーチは少し短いが、慣れ親しんだ得物も代用となるだろうが、それを素早く拾い上げる。エリカはそのさまを呆れて見ていたけど。
「そんなに慌てなくとも、得物を手に取る間ぐらい待ってあげるのに・・・・・」
壬生の顔に血が上ったが、一人芝居ならぬ一人アクションの気まずさと気恥しさを誤魔化すように、エリカを鋭く睨みつけて叫んだ。
「そこをどきなさい!痛い目を見るわよ!」
「これで正当防衛成立かな。まっ、そんな言い訳をするつもりも無いけど」
エリカは興が醒めたような声で呟くと、背中に隠していた手を前に出した。右手には伸縮警棒、左手には本身の脇差。さっきまで真剣で戦っていた男子生徒が持っていた日本刀である。その日本刀をポイッと投げ捨てた。
「じゃあ、やりましょうか、先輩」
そう言って、エリカは右手を前に掲げた。壬生もまた、構えを取った。得物を正面に、右手に左手を添える。一方俺らは特別閲覧室から出て、深雪を腕の中に入れると風と同化するようにしてエリカと壬生を見ていた。同化する事で、例え得物がこちらに振り下ろしたとしてもダメージどころか傷一つ付かないからだ。さて、ここからが見物だな。諸手中段の壬生先輩と、片手半身のエリカだったが始まりは唐突となった。切っ先(剣先)合わせも発声もなく、動いた瞬間にエリカの警棒が壬生先輩の首筋に迫っていたので咄嗟に手を跳ね上げる。反射的な防御で攻撃を防いだと思ったらエリカは、壬生先輩の背後に回り込んでいたから振り向きざまに勘でバトンを縦に立てる。
「あれはまるで電光石火だな」
「私で言うのなら、自己加速術式ですよね」
二人はそう感想を漏らしたが、壬生先輩もそう思っていた。弾き飛ばされそうになってからの、鍔迫り合いに持ち込もうとしたら相手の身体は間合いの外にいたのだった。
「自己加速術式・・・・・?・・・・・渡辺先輩と、同じ?」
エリカは応えなかったが、続いて放たれた言葉に足を止めた。その一瞬の停滞でチャンスなのか、壬生先輩は廊下を満たした耳障りな騒音が再び踏み出したエリカの足を止めたのだった。耳には聞こえないサイオンノイズ、これはキャスト・ジャミングによるものだと。顔を顰めたエリカに向けて、壬生先輩が攻勢に入るのだった。息もつかせぬ連続攻撃、面、面、小手、胴、袈裟切り、切り上げ、面、袈裟切り・・・・。その剣筋は、スポーツとしての剣道ではなく古流もしっかりと学んでいることを窺わせるものであった。攻める事、火の如く。風林火山のような感じで烈火の如き攻撃であったが、サイオンのノイズは消えていた。それはそうだ、キャスト・ジャミングはアンティナイトにサイオンを注入する事で発動するモノで、注入が止めればノイズの発生も止まることを。
「あらら・・・・もう疲れたの?じゃあ今度はこっちの番!!」
と今度はエリカのターンとなり、剣劇をする事となるが魔法は使わないエリカだった。今はキャスト・ジャミングはされていないのにも関わらずに、魔法は使わなかった。エリカはコンパイルの実技に苦労はしていたけど、エリカの持つCADは高速化に優れた特化型で、エリカはこの特殊な形状のCADに習熟している。刻印術式の方には、キャスト・ジャミングの影響下においてすら、サイオンが安定的に供給されていた。烈火のようながむしゃらの動きである壬生先輩、一方エリカは無駄のない動きで受け止めてさばいている。その目に焦りなどない。呼吸に乱れがないエリカに対して、先に乱れたのは、攻め疲れた壬生先輩の方だった。攻守が入れ替わったのか、エリカは決めると同時にスタンバトンをへし折ったのだった。
「・・・・・・」
眼前に突き付けられた警棒を、壬生先輩は怯まず睨みつける。その目には、強い闘志が籠っていた。
「拾いなさい」
得物を動かさずに、エリカは告げる。
「・・・・・・」
何を言っている意味すら理解できないのか、何も応えない。
「そこに転がっている脇差を拾って、貴女の全力を見せなさい。貴女を縛るあの女の幻影を、あたしが打ち砕いてあげる」
突き付けられた警棒に構わず、膝をかがめる壬生先輩。俺らは二階で見ていたが、壬生先輩の全力を見せるとか一種の挑発だなと思った。エリカが捨てた脇差を拾い上げたと思ったら、指輪を捨てた先輩だった。どうやらあんなものに頼らずに、エリカの技を打ち破るそうだ。しかも、ブレザーを脱いだ先輩。一高の女子制服はブレザーの下にノースリーブのワンピースである。両腕から肩がむき出しになったのか、壬生先輩は刀を返す。峰打ちは刀の構造を無視した打撃であり、刀を折るというリスクを増やすものでもある。そのリスクを負っても、人を殺すことの躊躇いが、剣尖を鈍らせてしまう事を嫌った。
「あたしには解る。貴女の技は、渡辺先輩と同門のものだわ」
「あたしの技は、あの女のものとは一味違うわよ」
互いに一言ずつ、言葉を交わす二人であった。深雪も俺も、どちらが勝つのかは予想はしていた。まあ沈黙が続いていたけど、緊迫が最高潮に達した瞬間にエリカが消えたように見えたが、これで決まったと思った。刹那の交差、甲高い金属音が響く。視認することも困難ではあるが、俺にはゆっくりと見えた。魔法で加速したエリカの一撃を、壬生先輩は受け止めた。壬生先輩の手から脇差が落ちてから、右腕を押さえて膝をついたのは直後であった。これで勝負は決したと。
「ゴメン、先輩。骨が折れているかもしれない」
「・・・・ひびが入っているわね。いいわ、手加減できなかったって事でしょう」
「うん。先輩は誇っていいよ。千葉の娘に、本気を出させたんだから」
「そう・・・・貴女、あの千葉家の人だったの」
「実は、そうなんだ。ちなみに渡辺摩利は、ウチの門下生。あの女は目録で、あたしは印可。剣術の腕だけなら、あたしの方が上だから」
その言葉に、壬生先輩は小さく微笑んだ。それは儚くも、屈託のない笑顔だった。
「お兄様、そろそろ解いた方がいいかと」
「そうだな。とりあえず風術を解いてっと」
風術を解いた俺達だったが、壬生先輩はちょうど倒れる直前だった。
「そう・・・・。ねえ、虫の良いお願いなんだけど、担架を呼んでもらえないかしら。何だか、気が、遠くなって、ね・・・・」
そのまま壬生先輩は、がっくりと倒れ込むとエリカはその身体を丁寧に抱き起した。
「大丈夫だよ、先輩。優しい後輩が、先輩を運んでくれるから。『呼んだか、エリカ』あらら、到着がお早いことで」
「そっちは勝負着いたようだな、まあ俺らはずっと勝負を見ていたけど。壬生先輩を運ぶ前に、テロリスト共を拘束してからにしよう。深雪」
深雪は返事と共に、拘束道具を取り出してから図書館にて倒れ込むテロリスト共を拘束してから壬生先輩をお姫様抱っこのように持ち上げた。深雪とエリカは、流石と思いながらだったけど。
「そうそう、エリカ。この事件が終わったら勝負しようって約束、先延ばしな」
「え?何で~!」
「あの勝負を見たが、まだ隙があるからだ。俺にとってはゆっくりに見えるからだ、まだまだ修行不足だと思うぞ」
「お兄様の剣術は、エリカ相手でもすぐに瞬殺されるのがオチってものよ」
「そんな~!」
とか言いながら、壬生先輩を抱えながら歩き出した俺を追いかけるようにこちらに来た。怪我をしているなら担架で運んだ方が早いと思うが、女子を運ぶ男子だったら話は別となる。それに後で知ったら嬉しさ半分と恥ずかしさ半分なのではとな。気を失っている壬生先輩の顔は、ぐっすりと眠っているように思えたのだった。
一方携帯情報端末のモニター機能により、図書館に潜入した部隊が拘束されたのを知ってか男子剣道部主将の司甲は、ブランシュ日本支部リーダーである兄に指示を仰がなければならないと考えてこの場から離れようとしていた。兄といっても再婚相手の連れ子同士、義理の兄弟だが、今では実の親より信頼している。親の再婚当初は全く馴染めなかった気がするが、いつの間にか馴染んでいた。いつからという思考になった直後に、今はそれどころではないと思い頭を振った。学校の敷地内で無線通信を使うのは危険すぎる、盗聴されると言う訳ではないがこの学内にはソレスタルビーイングが同志たちを倒しているからだ。どこの国でも組織にも属さない組織で、敵となったら徹底的に殲滅すると言われるほどの武力を持つ組織だ。と考えていたら、いつの間にか背後にいたCBメンバーがいたというのを認識して初めて逃走しようとしても遅かった。取り押さえられた後に、風紀委員会の者たちが来た頃には拘束をされていた司がいたのだった。
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