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男の子は魔法使い

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第一章


第一章

                     男の子は魔法使い
 三島香里奈は地味な外見をしている。
 職業は学校の事務員だ。いつも職員室の端で静かに仕事をしている。黒淵眼鏡に地味な色のスーツにズボン、黒い髪を後ろで束ねている。そんな女だ。
 そんな彼女だから声はかけてもらえない。いつも空気の様な存在だった。
「あれ、三島さん」
「三島さんいますか?」
「はい」
 いつもそう声をかけられてから応える。
「何ですか?」
「あの、今日ですけれど」
「飲み会なんですけれど」
「行きますか?」
「すいません、お酒は」
 下戸である。飲めないのだ。
「ですから」
「そうですか。だったら」
「そういうことで」
 周りもこれで終わらせる。とにかく地味な彼女は職員室で最も目立たない存在であった。そんな彼女だから学校の生徒達からも忘れられていた。
「うちの学校の事務員さんってさ」
「三人いるよな」
「けれど二人しか見当たらないよな」
「そうだよな」 
 彼女のことは忘れられるのだった。
「ええと、川端さんに横光さん?」
「あと一人誰だ?」
「誰かいたか?」
 生徒達もこんな感じだった。
 学校であれば教師がいる。もっとも香里奈は教師達からもあまりというか殆ど声をかけられなかった。そんな存在であり続けていた。
 だが学校である。教師になる為の教育実習生も来る。それも毎年である。当然今年も来た。その中に一人の男がいた。
 前橋裕則という。茶色の髪に大きな二重の目といつも笑っている口元の明るい顔の青年である。何でもこの学校の卒業生らしい。
「いやあ、久し振りですね」
「帰って来るとは思わなかったよ」 
 学年主任である髪の毛の薄い先生が彼に対して言っていた。
「本当にね」
「戻って来て欲しくなかったですか」
「そういう教師はいないよ」
「いませんか」
「生徒が学校に戻って来てくれて嬉しくない教師はね」
「つまり巣立った鳩が戻って来たんですね」
「鳩かな」
「違いますか?」
「カッコウじゃないのかい?」
 先生は彼はそれだというのだ。
「君は」
「いやいや。鳩ですよ」
「そうかな」
「平和を愛する鳩ですよ」
「鳩は鳩でも鳩山由紀夫じゃないよね」
 ここで先生はわざと嫌そうな顔をしてみせた。
「ああした人間にはならないようにね」
「まああれはどうにもなりませんからね」
「そうだよ。まあとにかくだけれど」
「はい」
「今アルバイトもしているんだって?」
「今は実習で休んでますけれどね」
 裕則はこう述べて笑ってみせた。
「流石に」
「それで何のアルバイトをしているのかな」
「メイクアップアーチストです」
 彼は笑ったまま先生にまた話す。
「それです」
「何だ、メイクかい」
「顔にそれに髪型にファッションに」 
 笑顔はそのままでさらに話すのであった。
「そういうのをしています」
「つまり全部だね」
「はい、全部です」
 また言う彼だった。
「それが今の僕のアルバイトです」
「何か変わったアルバイトだね」
「そうですか?けれど自信はありますよ」
「そこまであるんだ」
「はい、あります」
 そうしてであった。実際にスーツのポケットからあるものを出したのであった。それは簡単な化粧道具だった。先生にそれを見せたのだ。
 
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