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不可能男の兄

作者:葛根
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第二章



略式相続確認で三河君主の嫡女と認知された自動人形、ホライゾン・アリアダストは己の役目として引責自害を了承。
自害は妨害を避ける為に三河当地において、即日行われる。
予定時刻は本日午後六時。
それが、ホライゾン・アリアダストの自害《余命》の時間である。



黒髪を揺らして足早に歩く少女がいる。
黒と白の制服姿。浅間という名札を付けた少女だ。
彼女が急ぎ向かっているのは、己のクラスである。
武蔵アリアダスト教導院の前側棟二階に彼女のクラスはある。
……朝に武蔵内の非常態勢が解かれましたが、どうしたものでしょうね。
三河消失後、浅間の家である浅間神社は、三河に存在した三河神社の権限を代行する確認や、警護隊からの要請で、流体の不協和による怪異に備える必要があり、跡取り娘である浅間も駆り出されていたのだ。
実際、大きな仕事はなくて雑務ばかりでしたね。それに、ホライゾンの自害と武蔵の移譲が決まってしまった以上、武蔵の中に大きな動きはありませんでした。
武蔵は三河の君主、元信公の所有物。
その君主が三河をボンッして消失させた。
武蔵は武装がない。あるものは、防御のみで攻撃への転用は難しい。
……三河君主が三河と共にボンッして、その責任は誰だー? ってところに、娘であるホライゾンが出てきて私だー! 私が自害するから許して! って感じですかね……。
それに、K.P.A.Italiaと三征西班牙(トレス・エスパニア)が武蔵を見張っている状態じゃあ動けないですね。どんな無理ゲーですか。
ダメ押しで、三河消失の映像が流されたので、どうしよもない。
皆、これじゃ、仕方ないって感じですよね。
皆というのは、武蔵全体の人々のことだ。
クラスメイト、トーリ君やユーキ君はどうするつもりでしょうね。
教室で待っていれば、わかるだろうか。
時間は八時よりかなり前。たぶん、一番乗りだろうと思う。

「――さてと」

戸を開けた。

「トーリ君? とその他大勢!?」
「その他大勢って。葵君は番屋で説教食らってそのまま帰らなかったっぽいよ。僕達は先に帰されたんだけど。ユーキ君はまた居所不明、つまりは行方不明だね」

ネシンバラが、表示枠《サインフレーム》の操作や指示を送るのを止め、こちらを見た。
メガネの向こうは、明らかに寝不足であったが、しかし力を失っていない瞳がこちらを見ている。

「ようこそ、権限を奪われた生徒会と総長連合の場へ。――酒井学長が関所で聴取を受けて足止めだけど、戻ってくるまでに皆で色々と決めておこうよ。――ホライゾン・アリアダストと武蔵に対してこれから僕達がどうしたいのかを」



まだ低い東の陽光が教室の中にいる生徒たちを横から照らす。
教室の机はほとんど埋まっていた。
彼等は、じっとしていたわけではなく、静かにしていたわけでもない。
皆の前に立ち、言葉を送っている者がいた。
シロジロの横席にいるはずのハイディだ。
彼女は、表示枠《サインフレーム》を幾つも並べて笑顔で辺りを見回していた。

「えーと、欠席はミリアムにマサにミト。それにセージュンと東君ね。ユーキ君は遅刻かなぁ。たぶん」

たぶん、と言ってハイディは窓際の一番後ろの席を見た。
そこにトーリの姿があるが、起きてない。
……昨夜に番屋で朝まで怒られてたんだっけ。そのあと、朝一番で学校来て寝ちゃったから動けないか。番屋でユーキ君は、トーリ君のフォローしてたみたいだけど、その後、行方不明か。相変わらずよねぇ。
トーリ君のフォローするのはユーキ君くらいだものね。

「とりあえず、現状だけど、ぶっちゃけホライゾンと武蔵がピンチね」

そのピンチにユーキ君は何してんのかしら。

「武蔵は三河の代わりに移譲して、私達武蔵住人は江戸の松平領に移送。ホライゾンは保有禁止である大罪武装の抽出と三河消失の責任を取って自害することになってるわ」

それをどうにかするには今の私達では何も出来無い。
何故なら、

「私や会計のシロ君、書記のネシンバラ、総長兼生徒会長のトーリ君。その権限をヨシナオ王に預かられちゃて何も言えない状態ね。副会長のセージュンは権限奪われてないけど、暫定議会はセージュンを自分達側に抱え込むことで聖連側につくって感じで、とにかく揉め事せずに済ませることを考えてるみたい」

だからこれからどうするか。

「これから全員の方向性の確認ね」

出来れば、ユーキ君がいたほうが話が早くて済むんだけど。

「色々と障害はあるけど、そういうの無視でホライゾンを救ったり、武蔵の移譲を止めた方がいいと思う人?」

私は、自分で問いかけて自分の手を挙げた。
だが、皆誰も手を挙げない。
こう言う時、引っ張ってくれる人がいればいいんだけど。

「あれ? 誰も手を挙げないの?」
「判断材料が無い。それを先に言ったらどうだ」

ノリキが答えた。
それに応じて、ファッション雑誌の要所をハサミで切り抜いている喜美が言う。

「殆どの人は、巻き込まないでくれって感じじゃない? 暫定議会や武蔵王はホライゾンの自害を認めて武蔵を移譲する気なんでしょ? だったらそっち側に流されて何の責任も自分達にはないって逃げ打つのがほとんどじゃないかしら。――誰もが考えるベストは、ホライゾンなんてどうでもいいから、武蔵の移譲だけは勘弁してくれ、じゃないの? その方が交渉の余地ありそうだしね。どうなの?」

ハイディはちらりと窓の外、陸港の方へと視線を送る。その上で、彼女は答える。

「Jud.、ホライゾンは略式だけど、嫡子相続を確認されたの。つまり、ホライゾンは元信公が持っていた三河君主の権限や、聖連に対する極東代表権限。それに武蔵の所有者権限も全部相続しているの」

このままだと、ホライゾンは死ぬ。
それを、たぶん赦さないだろう。
トーリ君の想い人だから。
ユーキ君は、きっと赦さない。

「簡単に言うと、ホライゾンが自害したら、彼女の権限は全部聖連の預りになるの」

つまりは、

「極東が、完全に聖連のものになっちゃうんだよ……」

聖連による極東の完全支配。
何もしなければ高い確率でそうなる。

「ホライゾンが自害したら、極東は聖連のものになる。そこに交渉の余地も何もないの。だから、聖連は、ホライゾンの略式相続確認を急ぎで行なったと思う。そうすれば、元信公の権限をそのまま奪った場合、ホライゾンの相続権限問題が生じるけど、ホライゾンを抱え込んで自害をさせることで問題なく極東の権限を全部奪える」

あえて微笑で聞く。

「降りる? 降りない? 選択は自由」

喜美が苦笑混じりで言った。

「乗る? 乗らない? じゃないのね」
「Jud.、だって、私達は武蔵の住人だもん」



――ホライゾンを救う方法。
武蔵にある軽食屋で葵・ユーキがパンを食べながら、考えた結果をまとめていた。
……もう、十時か。遅刻だなぁ。トーリのフォローで朝まで番屋だったからな。
寝て起きたら八時過ぎてたし、どうせ遅刻ならのんびり行こうじゃないか、と。
とりあえず、昨日の事が現実である事を確認しにここへ来たが、やはりあるべき姿が無かった。
ホライゾン――。
彼女を救う方法は、ある。
聖連と対立《闘争》して、戦い、勝って彼女を奪う。
そのためには、まず武蔵王に預かられた権限を取り戻すところから始めなければいけない。
キーパーソンは、本多正純だろうな。
おそらく、クラスメイトの奴らも正純を味方に引き入れる為に動くはずだ。
ならば、先んじて正純とコンタクトを取っておくのも悪くないかもな……。
葵・ユーキがそう思った瞬間に、軽食屋の扉が開いた。
入ってきたのは、長髪の男子制服姿の本多正純であった。

「――ユーキ?!」
「よう、正純」

運がいい。ここで飯を食った後に正純の元へ行こうと思っていたんだが、目的の人物が訪れてきた。

「お前、授業はどうした?」
「正純こそ、どうして教導院に行ってないんだ?」



昨夜の出来事をまとめた議事録を確認して気付いた時には夜明けになっていた。
私なりにホライゾンを救う方法を、無理だと思いつつも対処をまとめあげ、書き上げていた。
……少なくとも、自分達にも正当性がある、と叫べる方法があるが。
私は、聖連の意見を飲む暫定議会派で、未熟だ。
そして、暫定議会から今日は教導院に行くなと言われている。
何故なら、武蔵の総長連合と生徒会の中で権限を奪われずに持っているのは私だけだからだ。
それは父達が教導院側の権限を掌握するためであり、言い換えれば、便利な手駒という訳だ。
その手駒の私は、昼までは自由を与えられている。
そんな中、教導院に近づかないで朝食を取ろうとしてP-01s、彼女がいた店に、昨夜の話などを店主にしておこうと思い訪れたのだが……。

「私は何をしているんだか……」
「正純。まだ寝ぼけているのか?」

現在、敵側と言って良い相手である葵・ユーキと一緒に遅めの朝食を摂っている。
葵・ユーキは私よりも早くここで食事をしていたはずだが、まだ食べている。
思えば、葵・ユーキは大食いだと思う。
男子の割には細身だが、その身体のどこに入るのかという程食べている気がする。
……昼食はあまり食べてないように見えたが、朝沢山食べるタイプなのだろうな。
しかし、暫定議会の方からは、教導院に行くなと言われているが、教導院の生徒と会うな、とは言われていないので、たぶん問題ないはずだ。

「アンタ達、教導院の方、行かなくて大丈夫なのかい?」

私と葵・ユーキに朝食を振る舞ってくれた軽食屋の女店主が聞いてきた。

「俺は遅刻だ。大遅刻だから大丈夫なはず」
「私は……、暫定議会の方から今のところは行かない方がいいと言われていますので……」

暫定議会からの指示だと、言うべきか迷ったが黙っていたとしてもその内知られることだし、葵・ユーキのことだからどこからか情報を仕入れてる可能性もあった。
それに、遅かれ早かれ知れることだ。

「正純の方は、昼には方針を決めるだろうね」
「知っていたのか?」
「ああ。暫定議員の人に知り合いがいて、教えてくれた」

誰だ?! その暫定議員は!



「ノブたん。その品はなに?」
「コニたん。貴重な正純の生欠伸姿が収められた逸品だよ」



「――暫定議会側は、武蔵が聖連に従うように動く。つまり、ホライゾンの自害を認めさせて、武蔵を移譲させる様に動く。それに教導院の連中が素直に従うわけがない。だから身の安全と権限の確保の為に正純は教導院に行ってはならん、と……」
「大まか、ユーキの言う事に間違いはない。そこまでわかっているのならば、私をどうにかするつもりか?」

葵・ユーキは私が暫定議庁舎で聞いた話とほぼ同じ内容の話を知っていた。
ここで葵・ユーキが取るべき行動は、私を攫《さら》って教導院に強制連行することだ。

「どうにかするって。なんだか響きがエロいよな……」
「ハァ?」

聞き違えた、と思いたい。

「今日の早朝にさ、生徒会選挙の時の情報を見たんだよね。正純って女だったんだな。だからトーリは正純の尻を眺めていたんだな。正直、弟が同性愛に目覚めたかと思ったが、アイツの本能は正しかったか……」
「あ、おい――」

葵と、声を続けようとしたが目の前の葵・ユーキはブツブツと口の中で言葉を噛んでおり、こちらの声が聞こえていない状態だ。
それに、私が女だと葵・ユーキは今朝まで知らなかった。
葵・ユーキの目の前にいる私は男装した女子だと知った彼は、今の今まで以前と変わらずであったが、私にその事実を伝えたことにより何か彼の中で変わるかもしれない。

「うん、よし。正純、ちょっとこれから俺の家に来いよ」

葵・ユーキのなかで考えがまとまったらしい。
なんだか、良い事を思いついたという顔をしている。

「何故だ?」
「馬鹿だな。お前が本当に女の子かどうか確かめるために決まって――」

ガンッ、と金属製の音が店内に響いた。

「トーリも馬鹿だけど、アンタも大概馬鹿だね」

鍋で葵・ユーキの頭をぶっ叩いた、女店主がそこにいた。

「正純さん。コイツ、時たまトーリみたいに馬鹿になるから気をつけた方がいいよ」
「は、はあ……」

葵・ユーキが馬鹿になった。
どうやら血は争えないらしい。
彼の考えでは、私を部屋に連れ込んで……その、有るか無いかを本気で確かめようとしたらしい。
そして、彼は頭をさすりながら言った。

「俺は実際に見たものしか信じない」

それに、目で見て確かめたほうが効率が良いとまで言った。
何をどう考えたかは知らないし、知りたいとも思わないが勘弁して欲しい。

「まあ、なんだ。正純の歩き方とか、女子達の接し方からしておそらくそうじゃないかと思ってはいたが、確信が持てなくてな」
「おい。何だその含みのある笑顔は!」

実は前から知ってましたと言わんばかりの笑顔が葵・ユーキの顔に張り付いていた。

「正純。お前、女か?」
「ああ……」

中途半端だが、と伝えようとしたが、葵・ユーキの双眸《そうぼう》が私を口を黙らせる。

「子供は?」

その問の中には、子供が産めるかどうかが含まれていた。

「そこまでは手術してないから産めるはずだ……」

回答に、胸のことやら、こんな身体で結婚できるかどうかは置いておいて答えた。
彼の真剣な眼差しと私の視線が交じり合う。

「そうか。誰も貰ってくれないとか思うなよ? 誰も貰い手がいないなら俺が貰ってやるから。まあ、正純にも選ぶ権利があるがな……」
「っぅん……」

さて、何の話だったか。
私が女で、子供が産めるかどうかの問答だったはずが、いつの間にか婚約の約束を取り付けられてしまった。
下腹部に熱を感じるし、それが顔の方に来ているのもわかっている。
今の私は文字通り、女の顔をしているのかもしれない。



「ところで、今気付いたんだがユーキのそれは、武器……だよな?」

少しだけ遠くの世界にいた正純が正気に戻り、いつもとは違う葵・ユーキの持ち物に気がついた。

「警護隊達が所持しているようなブランド品の刀が鞘に収められているように見えなくもないが鞘は改造したもので、実は鞘は只《ただ》の飾りで中身は無銘の木刀だ」
「何だよ、それは……」

えらく遠まわしな言い方だと思う。
なんだかいつもの葵・ユーキとは違う。
私の思い違いじゃなければ葵・ユーキが私に婚約を申し込んだと自覚したのが理由だろう。
彼はあの時、馬鹿になっていた。
だが、今は元に戻っており事の重大さに気付いたのか若干壊れ気味だ。

「なあ、おい。ユーキ。さっきの事は忘れてやるから元に戻れ」
「男に二言はない。それに、素で言った事だから、その、本心から言った言葉だ」

彼は若干顔を赤らめて言った。
それを私に聞いた私も……。
悪循環だ。
もうこの話はしないでおこう。

「で、なんでそんなもの持ってるんだ?」
「アレ? 正純はまだ知らないのか? そういや、幽霊探しの時はいなかったからな」

葵・ユーキが木刀を持つことを知っていて当然とばかりの口調だった。
そして、幽霊探しの時にも木刀を持っていったらしい。

「知らないも何も。私はユーキが木刀を持っているところなんて初め見たぞ」
「む。そういえば、そうか。浅間、アデーレ、直政、ネイトやノリキ、ウルキアガ、点蔵達の相手してっからな。というか、総長連合の連中は全員知ってるし、生徒会の奴らも知ってるはずなんだが、なんで正純だけ知らないんだろう?」

……私だけハブられたのか?
それとも皆知っているから、当然私も知っているだろうという事だろうか。

「その、相手とは?」

知らないことだらけだな、私は。

「ほら、あいつら外道じゃん? ちゃんばらごっこの延長だけどそういう遊び相手であったり、制裁の時に使ったりする」
「おいおい、なんだか物騒だな……」
「だから、ちゃんばらごっこの遊びだって」

それが戦科訓練だったら問題になるかもしれないが遊びならば問題無いはずだ。
居残り訓練といったところか。
しかし、ある意味、彼は武装している状態だ。

「ユーキ。どこまで先を読んでいる?」
「ん? 正純と結婚して、初めは女の子、次は男の子がいいねって話を――」
「そっちじゃない!」

コイツは、木刀を持つと馬鹿になるのか?!
まるで手強い葵・トーリを相手にしているみたいだ。

「正気に戻れ」

馬鹿になった時は外的要因でもとに戻せば良いと女店主から教えられた。

「イテッ……。ああ、すまん」
「で、その木刀を所持している意味は? 私を教導院に連れて行くつもりは? 今後お前はどうするつもりだ?」

疑問に思っていたことをぶつけてしまった。

「それは――」

葵・ユーキが私の疑問に答えようと言葉を発しようとした時、私の腰からベルが響いた。
白いポケットバインダーの中から携帯社務(しゃむ)を取り出した。

『――正純。私だ』

父親だった。
葵・ユーキの返答が気になるが、今は父親の方が優先すべき事項だと思い、聞いた。

『今、通報によって、武蔵アリアダスト教導院で生徒による反抗が生じた』
「……反抗? 武装類は持ち込み不可だったはずでは?」

私は葵・ユーキを見る。
彼は遅刻だと行っていたが、初めから教導院に行かないつもりだったのか……?
それとも――。

『臨時生徒総会だ。――お前の不信任決議を行おうとしている』

……そんなことをしたら武蔵は、選択を自分に迫ることになるぞ。
ホライゾンを救うか、救わないかの選択を。
そして、救う選択を決定してしまったら、聖連との衝突。
最悪、聖連と全面戦争になるぞ。
ホライゾンを救えば、極東は大罪武装(ロイズモイ・オプロ)を保持することになるし、三河消失の責任を取らないということになる。
宣戦布告の大義名分としては充分だし、極東の技術、貿易力は各国の餌だ。
ならば、そのうまい餌を取ろうと世界が敵に回ってもおかしくない。
……ユーキ、まさかお前……。

『聖連に逆らっていけるなど、子供の考えだな』

私は私で聖連と敵対した際の対処を自分なりに考えていた。
彼は彼なりに聖連と敵対した際の対処を考えているはずだ。

「私が行って、皆を説得してこいというわけですね?」
『Jud.、今、図書室を会議室として、警護隊の副隊長が残留学生の代表に開催の理由を質している。つまり、問題は現状だ。未来に問題を繋げてはならん。――行け』

正純は身を震わせる。
葵・ユーキがどこまで先を読んでいるかによって正純の難易度は変わる。

『お前の役目は交渉役だ。既に秘書達から私達の方向性は聞いて理解しているのだから行け。行って武蔵に良い結果を与えられるよう、皆と交渉しろ』



シロジロは思う。
警護隊を引き込むのは出来たが、最終的には教員の力を借りてしまったと。
そして、交渉が上手く行った後になのにまだ問題は山積みだと。
その問題は恐らく最大の脅威となると、シロジロは隣で引きつった顔をしているネシンバラ同様、内心では引いていた。

「うわ、……あの三人が本多君と合流して来るんだ。それに、最悪だ。なんで彼がいるんだろうね?」
「あの三人というと?」

副隊長の問にネシンバラが俯いた。

「うちの教導院で、おそらく最高ランクのパワーキャラ二名と、最高ランクの厄介者一名だ」



「武蔵を離れる人たちか……」

葵・ユーキの言葉通りである。
極東に帰化せず、陸港からK.P.A.Italiaや三征西班牙(トレス・エスパニア)の保護を受ける動きを見せていた。
武蔵にい続けることが出来無いと悟り、保護が確約されている内に退避を始めている様子を見る武蔵の住人にも動揺は生まれるだろう。

「本当に良いのか?」
「は?」

正純は葵・ユーキに問う。
彼は、何を思ったのか。何を考えているのか。
私の、暫定議会側の味方に付いた。
軽食屋を出る際にこのようなやり取りがあった。

『私は皆を説得しに行くがユーキはどうするつもりだ?』
『正純は俺が助けに入ったら助かるか?』
『それは、助かるが……』
『よーし、なら俺は今からお前の味方だ』

そう言って彼はその旨を暫定議会に通達、私の父から彼を交渉役補佐としろと伝達があり、正式な味方となった。
ユーキの奴は始めからこちら側に付くつもりだったか、随分と手際が良かった。

「教導院の皆に何を言われるか知らんぞ……」
「聞く耳を持たなきゃあいいさ。交渉補佐だし、アイツらの扱いは心得ているから安心しろよ」

私よりも彼の方が皆との付き合いは長い。
だからと言って憎まれ役まで背負わせるわけにはいかないのだが……。
考える途中で、葵・ユーキが立ち止まった。

「ニつ気配があるけど……敵意はない」

後悔通りへ至る自然公園がありそこに入った刹那に葵・ユーキは左右の道路を差した。

「何だ。直政と、ネイトじゃん」

二人はこちらに合流する左右の道路から現れた。
右から来たのが、右腕義腕の少女で口に煙を上げる煙管をくわえた人物であり、左から来たのは長大な黒革ケースを二本背負った少女だ。

「何だい。ミトも一緒かい? それにユーキじゃないか」
「何ですのまた。武蔵内騎士階級代表と政治系代表、機関部代表と、……ユーキがこれから教導院でハシャいでる皆に物言いですの?」

ミトツダイラは確か六護式仏蘭西《エグザゴン・フランセーズ》出身の騎士で、人狼家系だったか。

「ミトツダイラは領主議会でどういう方針になった? 直政は?」
「私の方は、――武蔵内領主議会は、教導院側と相対することで同意致しましたわ」

暫定議会と王に任せておけば武蔵内の領地、各町の所有権を失うことになるが、教導院側の真意も解らない。だから武蔵内の全騎士代表として学生のミトツダイラが来た。
直政も同様であり、武蔵の譲渡が決まると引き継ぎ作業の後にお払い箱であり、食い扶持を無くす。
引継ぎ作業後も引き続き仕事は出来無い。
何故なら、極東の人間に任せておくといざというとき、背かれる可能性があるからだ。

「――解ってるじゃあないか。正純」
「正純って直政とこうして話すの初めてだよな。直政のあの笑い方、結構お前の事気に入ったってさ」
「うるさいんだよ、ユーキ。それより、ミトが聞かなかったから聞いてやるよ。ユーキはなんでここにいるさね?」
「うん。だって、俺は暫定議会側の味方だ。つまり、トーリ達の敵だな」

うんうん、と頷いて見せる葵・ユーキにミトツダイラは引きつり、直政は口端から煙を吐くだけだった。



ミトツダイラ、直政、正純はそれぞれの事情を話した。
事情は違えど、大枠では目的が一致しており、正純に取って味方が増えたと言って良い関係を築けた。
そして、後悔通りを歩く中、葵・ユーキとミトツダイラが遅れ気味に歩いていた。

「ちょっと、ユーキ。どういうつもりですの?」
「どうも何も。トーリ達を傷つけて良いのは俺だけだ」

ミトツダイラは知っている。
彼が木刀を持っている時はわりと本気な時だと。
……あの木刀は、確か妖物、怪異退治用のいわば、実戦用ですの。
そして、木刀なのに硬くて丈夫で、あれで殴られると相当痛い。
だって、アレで岩とか殴り壊せますものね……。
無銘の木刀と言ってましたけど、どこかの神木の素材で作られたとか何とか……。

「怒ってますの?」
「うん」

何に対してか、誰に対してか。
それは言わなくても何となくわかってしまう。

「ホライゾンを救ったらネイトも直政もゲンコツな」
「え! 何で?!」
「とにかくゲンコツな」

……不条理ですの……。
でも、彼は言った。
ホライゾンを救ったら、と。



ミトツダイラは前を歩く。
今度は直政が葵・ユーキの隣にいた。
彼女は口端から煙を作るだけで、何も話していなかった。

「……」
「直政」
「なんだい?」
「お前、良い女だな」

直政は口にくわえていた煙管が落ちそうになったが、何とか持ちこたえた。

「いきなりだね」
「ああ、改めて良い女してるよ。お前は」

後悔通りには小さな石碑がある。
直政の視界の端に見えており、彼女は言った。

「ホライゾンのためなんだろ?」
「ああ」

葵・ユーキの行動は全てはホライゾンのためであり、それは弟のためでもある。
それを理解しているから、直政は何も言わなかったし、それに気付いていた葵・ユーキは彼女の事を良い女だと称したのだ。

「そうかい。でも、あたしは本気で戦うよ」
「それで良いさ」



後悔通りを抜けて教導院正面の階段に向かう。

「正純。クラスの連中は手強いぞ」
「ああ、うまく説得してみせるさ」

ややあって葵・ユーキは言った。

「トーリは馬鹿のように見えて本当に馬鹿だ。気をつけた方がいい」
「ん? 葵が馬鹿なのは知っている」
「俺の弟だぜ。馬鹿だけどな。救いようのないほど馬鹿だが、アイツはアイツなりに馬鹿なりに考えて動いている気がする」
「……悪評だな。まあ気に留めておく」

そして、階段の上に四つの影が見えた。
ネシンバラ、ハイディ、シロジロと何かの塊だった。

「はぁ。カーテンに巻かれたトーリか……」
「ああ――。これは……今は春巻きだ」

シロジロが言うと、春巻きが動いた。

「ちげぇーよ! 巻き寿司だよ! 海苔が白だからライスペーパー! わかってねぇな!」

春巻き……、否、階段上で抗議していた巻き寿司が動き、階段から転げ落ちてきた。
白い布。つまりはカーテンの開示により、葵・トーリの全裸が現れた。

「――あ?! 兄ちゃん何してんの? 女二人とセージュン連れて四人プレイかよ?! まあいいや。俺ちょっと巻き足りなくてもう一回巻き寿司するから巻くの手伝ってくんね?」
「相変わらず馬鹿だな。愚かなる弟。立ち位置に戻れ!」

葵・ユーキが弟である葵・トーリを蹴りあげた。
打ち上げられた全裸は回転しながら階段上にいるネシンバラの足元に落ちた。
落ちてなおスピンしてネシンバラを巻き込もうという勢いだったが、ネシンバラは当然避ける。

「実の弟に容赦無いよね」
「実の弟だからこそ。遠慮はいらないだろう?」
「ユーキが馬鹿の敵とはな……実に珍しいが金にはならん」

溜息。
そして、

「――ここで改めて挨拶をしよう」

正純が宣言する。
多くの人影が見守る中、彼女は言う。

「武蔵アリアダスト教導院副会長、本多・正純。そちらが開く臨時生徒総会を認めた上で全校生徒への提案に来た。こちら、機関部代表の直政と、騎士階級代表のネイト・ミトツダイラ。そして――葵・ユーキも参考人として来ている」

周囲がざわめく。
それはそうだろう。
葵・ユーキは何の代表でもなくここにいる。
しかし、彼の顔は広い。
周囲のざわめきは驚愕だと思う。
その驚愕は、対峙するクラスメイト達にも見て取れた。



敵か、味方か。
ふらふらと動くには意味があるかもしれない。
配点:(立ち回り) 
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