| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

バカとテストと白銀(ぎん)の姫君

作者:相模
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第一章 小問集合(order a la carte)
  第六話 命の分水嶺

 
前書き
プロローグの後ろに、すごく短い文章を付け加えます。
第七話の途中で読み返しなさるとよろしいかと存じます。

ちなみに妃宮はきさきのみや と読みます 

 
昨日の作戦で坂本は40代独身の女性教師の純情?を踏みにじったらしい。
結婚適齢期を過ぎたと自分を卑下し、挙げ句生徒に対して単位を持って脅迫しているような教師は、果たして純情などというものを持っているのかどうか。
そんなこと、僕には何ら関係ない。僕に被害が及ばないのであればなおさら、そのような趣向の女性なのだと理解して差し上げるべきだと僕は思う。
脱線した、朝から吉井君がその女性教師に追いかけ回され、あわやと言うところで近所の30代独身のお兄さんを紹介することで許されたそうだ。
参謀に据えられたからには、こんな作戦も要求されているのかと思うと少し複雑な気分だ。

代表殿の指示で、クラスのみんなと(姫路さんとも)違って西村先生の補充試験を僕はさっきまで解いていった。
クラスでのテストでは午前午後の授業で合計6科目を受けるようだが、隠し玉としてクラスの連中にさえ僕の点数は秘匿するつもりらしい。
補充試験は戦争後のクラスが試験を受け、新たな点数を保持した状態で次の戦争を開始するためのテストのことを言う。
ちなみに戦争中の得点回復のための試験をそのまま回復試験という。
とはいえ、テストを行う教師によって問題や時間制限、採点などが変わってくる。
たとえば歴史の先生であれば問題は易しく制限時間もたっぷりあるのだが、採点がゆっくりなため大量で急に加点をしたい場合には不利になる。
前回の学年主任は全科目を受けさせてもらえるが、問題は超有名大学や難関大学レベルである。
時間制限は一科目50分以下または、合計2時間4時間8時間の四種類から先生の都合にもよるが選ぶことができ、採点は素早い。
問題が難しいほど得点は高く、簡単なほど低いため、人によってはテストを受ける前の方得点のほうが良かったという話もあるらしい。
さて、僕が受けていた西村先生のテストについて。

バランスよく回復できるように綿密に作られており周期的に問題形式が変わるようになっている。
科目については自分で決めることができ、今回は保健体育を除いた一般科目計七科目を選択した。

一枚目のプリントはドリル形式の問題であったが、二枚目は少し応用された問題になり、三枚目では難解な問題に成っていくという傾斜的に難易度設定がされている。
ちなみにプリントは各科目各難易度で三枚ずつあるので三周する頃にはテスト用紙は200枚を越している計算となる。

制限時間はなく、正否はすぐに出してくれるが点数として教えてくれるのは10枚プリントを終える毎なので、結局テストを中断するにしても10枚単位毎にしかできない。
結局、いったん昼を食べてから戻ってこいという御状をいただき、今は教室に戻っているところだ。

試験に集中していたせいか、今になって空腹感がようやく追いついてきた。
扉を開くとFクラスは血の涙を流す生徒たちであふれかえっていた。
一番近くにいた、何とか顔と名前が一致している男子に声をかける。
「どうしたのですか? 須川君」
「どうもこうもない、聞いてくれよ妃宮、いや是非聞いてください!!」
聞けば、昨日から明久が姫路さんにお弁当の約束をしていて、その約束履行に屋上へ移動したとのこと。
土屋や坂本、秀吉までも一緒というのに自分には一口もくれないとのこと。
「こうなっては我々に残るは妃宮の手弁当のみ!!」
「そう言われましても、あげませんからね?」
面倒なのでばっさり切ると途端におとなしくなった偽紳士達。
ナンパ男もこの程度で引っ込んでくれたら対処も楽なのに。

女装をしていないのにナンパを仕掛けてこられるという、男としては泣きそうになる事態を思い浮かべながら、ただの屍と化しつつあるクラスメイトたちを放置して、僕もお弁当を持って屋上に行くことにした。


屋上のドアを開けるとムッツリーニ君が痙攣しながらも、何とか自身の両の足で立っていた。
「土屋よ、そう言えばお主夜が遅かったと聞いておったの。どうじゃ、少し寝てはどうじゃ。」
その言葉が終わるかどうかの所で、ムッツリーニはばったりと床に倒れた。
まるで、操り人形の糸が切れたかのように。
先客達、吉井に秀吉、姫路さんを順に見回しながら、彼らの近くに座る
と、後ろから坂本と島田さんが屋上に上がってきた。

「おっ旨そうだな。」
そういって僕たちの真ん中に置かれている重箱の中から、ひょいっと卵焼きを掴み口にほり入れた彼は次の瞬間、コンクリートの地面に頭から倒れ、したたか打ちつけていた。
「雄二!!」
「坂本、しっかりするのじゃ!」
声をかけられるとさも何事も無かったかのように、よろめきながら起きあがる。
「すまない、階段を駆け足であがってきたせいで足がつったらしい。」
坂本が倒れた理由、そしてムッツリーニが眠り始めた理由は恐らく……

見た目麗しき姫路さん手製の重箱。

事情を察している生存者は僕のほかには、吉井と秀吉のただ二人。
姫路さんはずっと嬉しそうに笑っている。
絶対に自分の料理が人を瀕死に追いやっているとは、欠片も思っていないだろう。

どうするべきかと思って秀吉をみれば……。
「島田よ、そういえばさっきそこで明久が虫を潰したのじゃった。」
「え、そういうのは先に言ってよ」
「すまぬ、忘れておったのじゃ。」
島田さんの安全圏への誘導をしていた。
一方の吉井は……
「姫路さん、あれはなんて言うの?」
「えっ、何のことですか?」
「今だ!!」
「むごっふ?!!」
友を殺っていた。
ならばFクラス参謀としての役割は……
「姫路さん、吉井君が聞いているのはきっとあれのことですよ。」
「えっと、どれのことですか?千早さん。」
「ほら、あそこに見えませんか?」
犠牲者をこれ以上増やさないように、明久の支援(バックアップ)に回ることだ。
(代表殿からヘルプがあれば吉井に無理矢理食べさせましたが。恨みに思わないでくださいよ、代表……)
たぶんヘルプがなかったのは、女の手など借りない、みたいな発想から何だろうけど、まさか参謀の話を引き受けた次の日には代表を殺ることに協力していることになるとは。
「あぁ、あれはですね明久君。たぶんヒヨドリだと思いますよ。もしかしたら違っているかもしれませんけれど、ね。」
「へぇ、やっぱり姫路さんは物知りなんだね。」
「そんなことないですよ、ってあれ?お弁当が無くなってしまってます……」
「え?それはね、雄二がおいしいおいしいってそれはもうすごい勢いで食べちゃってさ。」
わずかに坂本が体を震わせてそれに応じる。
姫路さんには美味しかったと、それ以外の人間には二度と食いたくないとの主張の為に。
姫路さんの明久に発するほめてほめてムードから少し離れたところへ坂本を引きずっていく。
「代表、戻ってきてください。」
「参謀、俺の代わりにFクラスを……」
「大丈夫じゃなさそうですね……失礼致します。」
のどを刺激して(チョキで突き)、無理矢理口の中の物を吐き出させる。
「うぅ、ここは……、天国か地獄か……」
……やばい、本気で生命の危機だったんだ。
何とか坂本は生者と死者の間を分かつという有名な川を渡らずに済みそうだ。


「そうそう、姫路さん。さっき雄二がクレープを奢ってくれるって……」
「言ってねぇ!」
「明久よ、嘘はだめじゃぞ。」
僕は未だ死に体のムッツリーニ君を介抱しながら、彼らのバカ騒ぎに耳をそばだてていた。
さっきまでの戦々恐々とした空気は無く、ただの学生のお昼の一番面としては妥当なムードに落ち着きつつあった。
少なくとも今日は臨死体験を誰もしな……
「そうです、デザートも用意してたんです!!」
そういって笑顔の彼女が取り出したのはタッパーに入った杏仁豆腐。

タッパーが取り出された時、屋上を季節はずれの大寒波が襲った。

僕は今まで知らなかった、怒気や殺気といった物がこれっぽっちも無い朗らかな笑みがひどく末恐ろしいものだと感じることもあるとは。

誰も何も反応しないのを心の底から不思議そうにしていた姫路さんはまた何かに考えついたらしい。
「そうですよね、スプーンがないと食べにくいですよね。」

天然なのですね……

重箱を入れていた袋をごそごそと探していたが、どうもスプーンが見つからないらしい。
(地獄への猶予期間が延びた)
「ごめんなさい、今教室に取ってきますね」
そういって屋上から姫路さんが消えると、男同士の戦争が発生した。
「雄二!」
「やめろ、次は妃宮がいても死ぬだろがこのバカ。そこまで言うならお前に食わせろうじゃないか!!」
そういって取っ組み合いを始める二人。
「仕方がないワシが食うことにしよう。」
そういっておもむろにタッパーを持とうとする秀吉。
その手を引っ張り、縋るつく吉井。
「だめだよ、そんなことをしたら秀吉が死んじゃうじゃないか!」
「いや、ワシの胃袋は丈夫じゃからの、ジャガイモの芽程度では歯牙にもかけぬぐらいにな。」
「俺のことは積極的に殺そうとした奴が言う言葉か!」
「そんな……、でも。秀吉が死んじゃったら……、僕は…」
後ろで吠えているのをきれいにスルーしながら、なんだか死地に向かう恋人を止めようとしている主人公と言った感じに成っている。

暇な僕は何かしようかと頭を働かせる。
持ってきたペットボトルの中身がなくなっていたのに気づき、捨ててしまおうとして気づく。
後学のためにも人が痙攣するような料理とはどんな成分から出来ているのか、是非知りたい。

屋上に備え付けられている蛇口を捻りペットボトルを軽く洗い、問題となっている姫路さん特製の杏仁豆腐を幾らか詰めた。
栓を閉めながら、姫路さんには少なくとも見られないよう隠す物は何かないかと周りを見回せば、先ほどの寸劇の世界から締め出された坂本と目がばったりあった。
「すみません、袋のような物があれば頂けませんか?」
「その前にそいつをどうするか聞かせて貰おうじゃないか。」
「科学的に分析して貰おうかと、幸い知り合いにおりますので。」
なるほどと頷いた彼は自分の昼ご飯をまとめるのに使っていた緑のスーパーの袋をくれた。
「結果は教えろよ。」
「委細承知です。」
袋の中にペットボトルをしまってしまい、念のために外側から何が入っているのか見えないことを確認してから、吉井たちの方を振り向く。
「明久よ、ワシはこの程度では死なぬ。だから…の?」
「秀吉…、僕は…、僕はそれでも……」
秀吉の演技が無駄に上手い、伊達に演劇部所属じゃないのが良くわかる、が今はその時ではない。
「みなさん、食べるのでしたらなるべく早くお願いします。このままでは島田さんまで巻き込まれるのですよ?」
何気に脅迫じみた言葉だったと自分でも思ったが構っていられない。
「妃宮……そっ、そうじゃな。ではゆくぞ!」


その時、ムッツリーニ君は復活した。
まるで、秀吉の魂が天に逝くのと交代したかのように。


「秀吉!!」
「水を取ってきてください、今ならまだ間に合います!」
「……(コクコク)」
「ねぇ、坂本。これはどういうこと?」
「その……済まない、口に出せないことでな……。」
後々このデザート(暫定)にはニトロベンゼンが用いられていたことが判明した。

ニトロベンゼン
刺激性、痙攣性、低グリセリン血症性を持つ。
血液毒性が強く、メトヘモグロビンを形成する。メトヘモグロビンは血液中のヘモグロビンを酸化し20%以下なら自覚症状がなく、それ以上50%位までは呼吸困難や頭痛、眩暈を引き起こし、60-70%では、意識喪失、昏睡から死に至る。
致死量:1mL。
……何故このようなものを?
 
 

 
後書き
問題
化学
ベンゼンに硝酸と硫酸を加えると異なる物質Aが発生した。
(1)物質Aの名称を答えよ
(2)Aの特徴を述べよ

姫路瑞希の答え
(1)ニトロベンゼン
(2)甘い香りがするため、食品の香り付けとして使われる。

教師のコメント

食品の香り付けとして使われていたのは1、2世紀前のことで現在では殆ど使われていないと言うことを知っておいてください。
このような解答は貴女だけだと……

坂本雄二の答え
(1)ニトロベンゼン
(2)毒性を持ち、致死量は1ml、甘い香りがする。
食品の香り付けとして使われた。

教師のコメント

…二人とも正解にします。
しかし坂本君はなぜそこまで詳しいのでしょうか。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧