スミレの花が咲いて
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スミレの花が咲いて
スミレの花が咲いて
アメリカにはネイティブ=アメリカンと呼ばれる人達がいる。彼等は今は居留地で細々と暮らしているがかってはこの広大な大陸の主であった。これはその彼等の中に残っている一つの花の話である。
ある部族の村のことであった。その村は平和に暮らしていたが突如として災厄に襲われた。巨大な白鷺がこの平和な村を襲撃したのである。
白鷺はあまりにも強かった。そして家々を破壊し人々を傷つけた。斧も弓もこの鳥には効かず彼等は為す術もないかと思われた。だがここで一人の若者が立ち上がった。
「俺があの白鷺を倒す」
彼はこう言った。そして村の長老のところに行き白鷺を倒すことを宣言した。だが長老はそれを聞いてもよい顔はしなかった。長老はこう若者に対して言った。
「止めておけ」
「何故ですか」
若者はそれを聞いて憮然とした顔になった。
「あの白鷺はあまりにも強い。普通の斧や弓では倒すことはできぬぞ」
「それならば特別な斧や弓ならばよいでしょう」
若者はそれに対してこう言い返した。
「確かにな」
長老はその言葉に頷いた。
「じゃがあの白鷺を倒してもまだ災厄があるのじゃぞ。それはどうするのじゃ」
「まだあるのですか」
「うむ」
長老はここで頷いた。
「あの白鷺は使い魔に過ぎないのじゃ」
「というと白鷺を操っている妖術使いがいるのですか」
若者は尋ねた。
「そうじゃ。この村から遠く離れた山の奥にの。それはどうするのじゃ」
「決まっています」
若者はそう答えた。
「その妖術使いも倒すだけです」
彼は強い声でそう答えた。
「他に何がありますか」
「威勢がいいのう」
長老はそれを聞き半ば感心して、半ば呆れてそう言った。
「ではどうしてもやるというのじゃな」
「はい」
若者は力強い声でそう答えた。
「何があろうとやります、この村の為に」
「わかった」
もう止めるつもりはなかった。長老はそれを聞いて頷いた。
「それでは行くがよい。じゃがその前にこれをやろう」
彼はここで自分の後ろに置いてあった斧と弓を彼に手渡した。
「これは」
見れば威容に巨大な斧と弓であった。まるで巨人が使うような代物であった。だがそれは若者には丁度良い大きさであった。彼の身体は普通の者の倍程もあったのである。
「昔からこの村にあった斧と弓zた。巨人が使っていたという」
「巨人がですか」
「うむ。わしも詳しいことは知らぬがな。何分昔からあったものなのでよくは知らぬ」
「そうですか」
「じゃがこれならばあの白鷺も倒せよう。どうじゃ、やってみるか」
彼はここでまた若者に尋ねた。若者はそれに頷いた。
「やってみます」
「よし」
長老はそれを聞いて頷いた。
「では行くがいい。必ずや倒して来るのじゃぞ」
「はい」
こうして若者は旅立った。その行く先は山である。妖術使いが棲むというあの山であった。彼は長老に言われた通りその山に進んだのであった。
山は白い雪に覆われていた。そして吹雪が吹き荒れる。だが彼はそれでも先に進んだ。
そして中頃まで行くとあの白鷺が姿を現わした。白鷺は上から彼を見下ろしていたのだ。
「来たか」
彼はそれを見て呟いた。そして背中に担いでいた弓を取り出した。
白鷺は彼を見ると降りてきた。まるで櫛風の様な速さで彼に襲い掛かる。だが若者はそれを見ても冷静なままであった。白鷺から目を離さなかった。そして弓を放った。
弓は空気を切り裂き風となった白鷺に襲い掛かった。そして若者に襲い掛かろうとする白鷺の胸を刺し貫いた。これで白鷺は岩場の上に落ち事切れてしまった。
「死んだな」
若者は白鷺の屍の側に来てそれを確かめた。見れば確かに事切れていた。彼はそれを見て頷いた。
「あとは妖術使いだけだな」
彼は先に進んだ。すると暫くして妖しげな仮面を被った男が前に姿を現わしてきた。
「よくもわしの白鷺を殺してくれたな」
彼はしわがれた声で若者に対してそう言った。
「覚悟はできておろうな」
「覚悟だと」
「そうだ」
妖術使いはそれに答えた。
「使い魔の仇はとらせてもらうぞ」
「勝手なことを」
若者はそれを聞いて言った。
「村を荒らしたのは貴様の方だろうが」
「それがどうした」
妖術使いはそれを聞いて言った。
「貴様等の村を荒らして何が悪いというのだ」
「多くの人が傷つき、死んだのだぞ」
「そんなことは知ったことではない」
だが妖術使いは悪びれることなくそう言い返した。
「他の者がどうなろうと知ったことではないわ」
「貴様」
若者はそれを聞いて怒りで顔を紅潮させた。そして斧を手にとった。
「もう許さん。今ここで倒してやる」
「できるのか、貴様に」
「やってやるさ」
若者はそう言い返した。
「行くぞ」
斧を振り被って妖術使いに襲い掛かる。彼はそれを見て悠然と構えた。そして手に持っている杖を上で振り回した。
「むっ」
すると妖術使いの左右にある岩が浮き上がった。そして若者に飛んで来たのだ。
「これでも受けるがいい」
妖術使いは笑ってそう言った。岩はそのまま若者に当たろうとしていた。だが彼はここで手に持っている斧を振り回した。
「こんなもので!」
そして岩を叩き落とした。そしてさらに妖術使いに迫る。彼はそれを見てまた杖を振り回した。
「ならばこれでどうじゃ」
今度は幻術であった。妖術使いが何人にも分かれた。そして若者を取り囲んだ。
「さあ、どうするのじゃ」
「くっ」
若者は足を止めた。そして妖術使いを見た。彼等は笑いながら若者を取り囲んでいた。
「わしは一人ではないぞ。さあ、どうするつもりじゃ」
「早く倒してみよ、ふぉふぉふぉ」
若者は妖術使い達を見た。だがどれが本物かは全くわからなかった。これには彼も困った。
「こうなれば」
彼は意を決した。そして目を閉じた。
「何を考えておるのじゃ」
妖術使いはそれを見てせせら笑った。彼の行動を頭から馬鹿にしていたのだ。
「目を閉じていれば何もできはせぬじゃろうが」
「それはどうかな」
だが彼はそれにも臆するところがなかった。
「少なくとも貴様の幻影に惑わされることはない。そして」
彼は斧を構えながら言った。
「貴様の声は聞こえる、そう」
斧を振り上げた。
「貴様はそこにいる!」
そして斧を投げた。それは唸り声をあげて飛び妖術使いに襲い掛かった。そしてその仮面を砕き額を割った。それが致命傷であった。
「よし」
彼は目を開けてそれを見た。そこには仮面を割られ頭から鮮血を流す醜い老人がいた。
「あがが・・・・・・」
彼は頭を割られたまま呻いていた。だがまだ立っていた。
「まさかわしの術を破るとは」
「確かに貴様の姿は分かれていた」
彼は言った。
「しかしその声は一つだった。それでわかったのだ」
「ぬかったわ・・・・・・」
最後にそう呻くとその場に倒れ込んだ。そして彼は事切れた。若者はそれを見届けるとその頭の皮を剥いで持って行った。それを倒した証とする為であった。
村に帰ると皆彼を出迎えた。白鷺と妖術使いを倒した彼は忽ちのうちに村、そして部族の英雄となったのである。だが彼の活躍はそれで終わらなかった。
村に病が流行るとそれを癒す草の根を探しそれを持ち帰り、そして敵の部族を打ち破った。最早彼は部族にとってなくてはならない存在であった。だがそんな彼にも一つ足りないものがあった。
「もうそろそろ身を固めてはどうじゃな」
「はあ」
長老や両親にそう薦められても彼はいい顔をしなかった。彼にはまだ意中の者はいなかったのである。そして彼はそのまま一人身でいた。そんな彼を心配する声もあったが彼は一向に結婚する気配を見せなかった。それが周りの者にとっては心配の種であった。しかしそれでも彼は結婚どころか恋人を作ることもなく一人のままであった。
ある時彼は旅に出た。目的は部族を脅かそうとする冬の巨人を倒すことであった。その巨人は骸骨の様な姿をしており通り過ぎたところを冬の世界に変えてしまうのである。そして出会った者をことごとく殺してしまう恐るべき魔人であった。彼はそれを倒しに向かったのだ。
若者は何とかその魔人を倒した。そしてまたもや部族を救ったのである。その帰りであった。
彼は一人草原を歩いていた。見れば遠くに集落があった。
「あれは」
彼はそれを見て眉を少し顰めさせた。その集落は彼の部族と仲の悪い部族のものであったのだ。以前には戦争もあった。彼はそこでも勇敢に戦い多くの者を倒しているのである。彼も、そして向こうもそれは忘れてはいないであろう。
彼は用心して進むことにした。見れば向こうも彼を意識しては近付いて来ない。そのまま無事通り抜けられるかと思った。だがここで彼は動きを止めた。
「なっ」
その集落に一人の少女がいたのだ。黒い髪に黒い瞳のあどけない顔立ちの少女であった。小柄でほっそりとした身体を丈の長い服で包んでいた。彼はその少女を見て思わず足を止めたのである。
「何と美しい」
彼はその少女を見初めてしまった。見れば少女の方も彼を見て頬を赤らめさせていた。これは運命であったのであろうか。運命だったとしたならば残酷なものであった。時として運命の神は人を弄ぶ。この時もそうであった。
彼は足を止めていた。それを警戒した敵の部族の者達が動きはじめたのである。牽制の為であった。
「いけない」
彼はそれを受けてその場を去った。だがその顔は少女を見たままであった。そして彼は止むを得なくその場を去った。だが彼はその少女の顔を忘れることはできなかった。村に帰ってもそれは変わらなかった。
「彼は一体どうしたんだ」
村人達は日々悶々としている彼を見てそう囁き合った。彼等は彼の豹変の理由がわからなかったのだ。それは両親も同じであった。
「どうしたんだい、急に」
「何でもないよ」
彼はそう答えるだけであった。だが何もないとは誰も思わなかった。皆そんな彼を見て不思議に思い、不安に感じるばかりであった。だが長老だけは違っていた。彼はこっそりと自分の家に彼を呼んだ。そして二人だけで話をはじめたのであった。
「のう」
彼は若者と向かい合って話をはじめた。
「はい」
若者はその大きな身体を丸めて長老の話を聞いていた。丸めてはいてもやはりその身体は大きい。長老の優に二倍はあった。
「悩みがあるのじゃろう」
「・・・・・・はい」
彼は静かに頷いてそう答えた。長老はそれを聞いて頷いた。
「やはりな。恋をしておるな」
「どうしてわかったのですか」
「ふふふ」
長老はそれを聞いて笑った。優しい笑みであった。
「わからないと思うたか。わしは御前を赤ん坊の頃から見ておったのじゃ」
「はあ」
「御前の両親のこともな。御前よりずっと長く生きておるのじゃ」
「それは知ってますけど」
「まあ聞け」
長老はそう彼を諭して言葉を続けた。
「それで相手は誰じゃ。この村の者か」
「いえ」
だが彼は首を横に振った。
「では隣の村の者か」
「いえ」
また首を横に振った。長老はそれを見て考え込んだ。
「では誰なのじゃ」
「それが」
しかし若者は口ごもった。敵の部族や魔物を相手にする勇敢さはその時は何処にもなかった。
「それでは何処の誰なのじゃ」
長老はそれでも問うた。何としても聞きださないわけにはいかなかったからだ。それも彼のことを思えばのことであった。
「言えぬのか?」
「はあ」
彼は俯いてそう答えた。
「申し訳ないですが」
「それではこうしようぞ」
長老はそれを受けて言った。
「これはわしと御前だけの秘密にしておく。それでよいか」
「秘密にですか」
「うむ。わしと御前の仲じゃ。それも当然じゃ」
「わかりました」
彼はそれを受けて頷いた。
「それではお話させて頂きます」
「うむ、言ってみよ」
そして彼に話させた。それを受けて若者は話はじめた。
「向こうの部族の娘です」
彼はあの部族の集落があった方を指差してそう言った。
「何っ」
長老はそれを聞いて思わず眉を顰めさせた。
「今何と言うた」
「ですから」
彼は話を続ける。
「敵の部族の娘なのです」
「本当なのじゃな」
「はい」
若者は頷いた。
「それで困っているのです。どうしましょうか」
「そうじゃな」
長老はそれを聞いてあらためて考え込んだ。
「困ったことじゃな」
「はあ」
若者は長老に力なくそう答えた。
「ですから困っているのです。どうしましょうか」
「ううむ」
「何かよい知恵はありますか」
「知恵と言われてものう」
何しろ敵の娘である。とても若者に意に沿うことはできそうにもない。だからこそ彼は困り果てているのであった。
「さて、どうするか」
「宜しければ何か教えて下さい」
「何か、か」
「はい」
若者は強い声で言った。
「何かあるのですか」
「ないことはない」
長老は憮然とした顔でそう答えた。
「本当ですか!?」
若者はそれを聞いて晴れやかな顔になった。だが長老の顔はやはり晴れてはいなかった。
「じゃが多少強引じゃぞ。しかも」
「しかも?」
「それをしたならば御前は暫くの間、いや下手をすると永遠にこの村から離れなくてはならなくなる。それでもよいか」
「村からですか」
「そうじゃ」
長老は言った。
「それでもよいか。村から離れることになっても」
「・・・・・・・・・」
若者はそれを聞いて暫しの間沈黙した。流石にそう言われては返答に窮することになった。彼は考え込んでしまった。
「どうじゃ?それでもよいのか」
「構いません」
若者は意を決した顔でそう答えた。
「あの娘と一緒になれるのなら」
「そうか」
長老はその顔を見て頷いた。彼も意を決したのである。
「それならばよい。御前がそこまで言うのならばな」
「はい」
「では言おう。その方法じゃが」
長老は彼に対してそれを言った。若者はそれを聞き終えると大きく頷いた。
「わかりました。ではそれで」
「よいのだな、本当に」
「はい、もう全ては決めましたから」
「よし」
こうして二人は決意した。翌日若者は朝早く村を出た。別れは誰にも告げなかった。一人長老だけはそれを見守っていた。
「さらばじゃ」
彼は遠くへ去って行く若者を見送ってそう呟いた。この時彼には全ての結果がわかっていたのであろうか。
若者は娘のいる集落へ向かった。長老に言われたままそこへ向かった。そして側にある森の中へ潜んだのである。
「ここなら」
そこから集落を覗き込んだ。見れば娘は集落の中にいた。彼はその姿を見ただけで胸が張り裂けそうになった。もう我慢できなかった。だが彼はここで踏み止まった。
「待て」
そしてあらためて村の中を覗き込んだ。見れば娘は何も気付かず一人川のほとりで洗濯をしていた。若者はそれを見て今は好機ではないと思った。そして森の中に潜み続けた。
若者は森の中で娘を窺っていた。食べ物は森の中にいる動物達であった。どんな素早い動物も獰猛な動物も彼の敵ではなかった。だが彼にとってそんな動物を仕留めることよりも遥かに重要なのが今集落にいる娘であった。
彼は待った。何日も待った。そして遂に機会が訪れたのである。娘が森の側にまでやって来たのである。
「よし!」
彼はそれを見て動いた。そして娘を捕らえた。彼はそのまま何処かへと向かった。それは彼の村ではなかった。遠く離れた山の方であった。
娘がいなくなったことはその集落ではすぐにわかった。すぐに何処に行ったのか調べられ集落の一人が娘が若者に森の側でさらわれ山の方に向かったと言った。集落の男達はそれを受けてすぐに総出で山の方に向かった。そして二人を追ったのだ。
一週間程経ったであろうか。彼等は山のふもとに二つの影を見つけた。見れば人間の影であった。彼等はそれを見て確信した。それが誰なのかを。彼等はそこへ急行した。そして遂に二人を取り囲んだのだ。
「遂に見つけたぞ」
集落のリーダーでもある壮年の男が二人に対して言った。彼等は皆手に槍や弓を持っていた。それに対して若者は素手である。彼は速く走る為に斧も弓も持って来ていなかったのである。男達はそれを見て気が強くなった。そして若者に対して言った。
「その娘から離れろ。そうすれば何もせん」
「嫌だと言ったら?」
若者は彼等を見据えてそう言葉を返した。その目の光は彼等にも負けてはいなかった。
「その時は力づくで返してもらう」
男達はそう言い返した。そして槍と弓を構えた。
「何が何でもな。さあ」
彼等は今度は娘に対して言った。
「帰るんだ。御前はその男とは結ばれることはできないんだ」
若者に対するのよりいささか優しい声であった。だが娘は首を横に振った。
「どうしてだ」
男達は彼女に尋ねた。
「私もこの方を愛しているからです」
彼女はそう答えた。
「私ははじめて見た時からこの方を愛していました」
「何っ!?」
男達はそれを聞いて思わず声をあげた。
「今何と言った」
「この方を愛している、と」
娘は男達の声にも怯えることなくそう返した。
「何度でも言います。この方を愛していると」
「馬鹿な」
彼等はそれを聞いて首を横に振った。
「何を言っている。そんなことが出来る筈がないだろう」
「そうだ。敵とは結ばれない。それは御前も知っている筈だ」
「いえ」
だが娘はまた首を横に振った。
「それはできます」
「できると思っているのか」
「勿論です」
その声が強いものになった。
「これが証拠です。見て下さい」
「何!?」
男達はそれを受けて彼女が指差したものを見た。それは若者の首にあった。男達はそれを見て絶句した。
「な・・・・・・」
「これでおわかりでしょう」
娘は強い目で彼等を見た。
「これが私とこの方の絆です」
「馬鹿なことを」
男達はそれを聞いて一言そう呟いた。若者の首にあったのは首飾りであった。黒い、娘が自分の髪で編んだ首飾りであった。見れば娘の髪が短くなっている。それが何よりの証であった。
「何ということをしてくれたのだ」
リーダーである壮年の男は怒りに震える声でそう呟いた。その髪の首飾りは娘が結婚相手に贈るものである。そう、二人はもう夫婦となっていたのであった。既に彼等は心から結ばれていたのである。娘は若者の横で毅然と立っていた。
「御前がそこまで愚かな娘だったとは」
「私はそうは思っていません」
しかし娘はやはり強い声でそう言った。
「これは私が自分でこの方にお贈りしたものですから」
「自分で髪を切ってか」
「はい」
「ならばいい。最早御前は我が部族の者ではない」
男はそれを聞いてそう言った。その声はやはり怒りで震えていた。
「死んでもらう。いいな」
「喜んで。それで愛が適うのなら」
「待て」
だがここで今まで黙っていた若者が口を開いた。
「あなた」
「この首飾りをくれる時に言ったな」
彼は娘に対して優しい声で語りかけてきた。
「何時までも一緒だと」
「はい」
「死ぬ時もだ。それはわかっているな」
「けど」
「いい。もう覚悟はできている」
若者の声がさらに優しいものとなった。
「俺達は何時までも一緒だ、いいな」
「わかりました」
二人は頷き合った。逃げるようなことはしなかった。
「行こう」
「はい」
二人を弓と槍が貫いた。こうして二人は死んだ。それはある春のことであった。
長老はそれを風の便りで聞いた。彼はそれを聞いて悲しげな顔で頷くだけであった。それ以上何も語ろうとはしなかった。
季節は流れた。夏になり秋になった。そして冬が過ぎまた春が訪れた。長老は春になると風の便りで聞いた二人が死んだ場所へ向かった。一人ポツリと向かったのである。
「ここか」
彼はその場所に着くと一言そう呟いた。もうそこには二人はいなかった。
「わしのせいじゃな。あの時やはり止めておくべきじゃった」
だがここで風の声が聴こえた。そうではない、と言っていた。
「むっ」
彼はそれを聴いて耳を澄ませた。そしてまた聴いた。下を見てくれ、と言っていた。
「下を」
「下を」
長老は風の声に言われるまま下を見た。するとそこには青がかった紫の小さな二つの花が咲いていた。
「そうか、御前達か」
もう声は聴こえなくなっていた。だが長老にとってはもう充分であった。彼はその小さな二つの花を見てこくり、と頷いた。
「わかっておるぞ。御前達のことは。そうか、花になったか」
彼はその小さな花達に語りかけた。
「そうじゃ。例え人として結ばれなくとも花となって結ばれればそれでいい。それが御前達の望みであるのならばな。わしはそれをひっそりと祝うだけじゃ」
そして一言そう言った。
「それではな。これからは野山を御前達で埋め尽くすがいい。そして」
彼は言葉を続けた。
「二度と離れることのないようにな。もう永遠に」
花は何も語らなかった。ただ風に揺られたのか長老の言葉に頷くだけであった。彼はそれを見て微笑むだけであった。
この花は後にスミレと名付けられた。これがこの花の誕生であった。そして今この花は何処にでも咲いている。だがその生まれは多くの者が知らない。そしてこの花の元の姿も。全ては古の物語の中にあることであった。
スミレの花が咲いて 完
2005・3・10
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