ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜
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神意の祭典篇
40.神意の祭典
前書き
彩斗と友妃が金髪の吸血鬼を止めるために動き出す!!
そしてついに開催されてしまう神意の祭典!!
時刻は四時を少し回ったところだった。まだ朝陽が昇るような時間ではない。そんな時間にいつものヘッドフォンを首にぶら下げた矢瀬基樹はビルの屋上にいた。
「全く、こんな時間に呼び出すとは公社も人使いが荒いもんだな」
矢瀬はビルの屋上から地上を見下ろした。少ない街灯に照らされた建物の外壁が粉々に砕け散り、地面は抉れ、木々はなぎ倒されている。かなり激しい戦闘があった痕跡がその場には残っていた。
しかし、それほどの魔力の使用されたにも関わらず矢瀬の過適応者でも感知することができなかった。
『ケケッ……こりゃ派手にやられたもんだな』
顔をしかめる矢瀬の足元にあったノートパソコンから、皮肉っぽい合成音声が聞こえてくる。
浅葱の相棒である人工知能──絃神島すべての都市機能を掌握する五基のスーパーコンピューターのアバターであるモグワイだ。
「あいつは何者だ」
矢瀬が頭を掻きながら気怠そうに呟いた。
『さあな。わからん』
モグワイはきっぱりと言い切った。
だが、と人工知能は言葉を紡いでいく。
『第四真祖の坊やと剣巫の嬢ちゃんの二人掛かりでも相手にできなかったんだ。野放しにはできねえだろ』
モグワイの言う通りだ。世界最強の吸血鬼と獅子王機関の“剣巫”の二人を相手にしてあそこまで追い詰めた者は過去にいない。殲教師や黒死皇派であってもここまでのことはなかった。
金髪の吸血鬼はこの島の不安定要素である第四真祖と戦闘を行ったのだ。その行為は絃神島を沈めることに直結しかねないのだ。幸いなことに“戦王領域”の貴族が戦闘に介入してくれたおかげで絃神島は無事で済んだ。最悪のケースにならなかったのは、ヴァトラーのおかげかもしれない。
「どうもあいつの目的が見ねえんだよな」
彼には明確な目的があるはずだ。だが、その目的がなんなのかが全くわからない。今までのケースでは第四真祖を戦闘相手にし、進化させようとした模造天使やその強大な魔力で監獄結界を引きずり出すために使用したことはあった。しかし今回の彼はどちらにも当てはまらないような気がする。
『だが、一つだけ言えることがあるぜ』
ククッ、とモグワイが嫌らしく笑った。
『今回の事件の中心にいるのが、緒河の坊や。いや……“神意の暁”ってことは確かだな』
彩斗か、と矢瀬は小さく呟きながら再び地面へと目を向けた。
すると街灯の光が届いていない区域に動く二つの影を視界の隅で捉える。まだ時刻は四時を少し回った時刻だ。こんな時間に活動している人物が普通の人とは考えにくい。とっさに矢瀬は身を隠し、首のヘッドフォンを耳へと当てる。そして小さなカプセル錠剤を取り出して噛み砕く。
矢瀬の過適応者の能力はかすかな振動や、微妙な気圧の変化を感知する。錠剤によってその範囲は、半径数キロメートルにまで拡張される。
地上にいる人数は二人。息の使いから男女のペアであることがわかる。
さらに神経を研ぎ澄ますと矢瀬はその正体に気づいて舌打ちをする。
「あいつらなにやってやがるんだ」
『さあな。深夜のデートじゃねえか?』
ククッ、とモグワイが小馬鹿にするように呟いた。
地上に現れた二つの人影。彩海学園の制服を着た気怠そうな伝説の吸血鬼、緒河彩斗と同じく彩海学園の女生徒の制服に黒いギターケースを背負った獅子王機関の“剣帝”、逢崎友妃だ。
エレベーターで七階から一階へと降りる。無機質な鐘の音が鳴る前に彩斗と友妃は歩みを始める。狭い長方形の空間の扉が開いと瞬間、その足で強く床を踏み込み、エントランスへと目指す。
エントランスからマンションの外へと出る最後の自動ドアをくぐり抜けそこから本格的に走り出す。
あてもなく走り続けた彩斗たちがたどり着いたのは、古城と金髪の吸血鬼が戦闘を行ったあとがまだ残っている市街地だった。
わずかに魔力の余韻が感じられる。
「それでなにかいくあてでもあるの?」
「いや、全くだ」
即答だった。確かに行くあてはなかったが、考えはあった。
「とりあえずは、人のいない場所に向かうつもりだ。あいつが和解なんて生ぬるいことで納得するとは思えねぇしな」
市街地で金髪の吸血鬼と戦うことになれば被害の度合いは計り知れない。あいつが彩斗から銀の刃を使って奪った力の正体が“神意の暁”の眷獣だとするならなおさら戦うわけにはいかない。記憶のどこかでそれをさせてはいけないと誰かが助言しているようだ。
そもそも昨夜だって古城と彼が戦ってあれだけの被害で済んだのが不思議なくらいだ。
彩斗は思案する。市街地に被害を与えることがなく真祖クラスの眷獣が暴れても崩壊することがない頑丈な建造物。
絃神島に関する記憶を巡らせる。
そうか、と彩斗が一つの答えを呟いた。
「……十三号増設人工島」
四基の超大型浮体式構造物の周囲にある拡張ユニットの一つだ。本来なら燃えないゴミを詰めこむために作られた廃棄物処理殻などのゴミの埋め立て施設になる予定だった場所だ。しかし現在、十三号増設人工島の建設は進んではいない。それは九月の半ばに起きたテロ事件、黒死皇派との戦闘が行われたせいだ。
「そこって黒死皇派と交戦した場所だよね?」
「ああ。あそこなら市街地へと被害も少なくすむし、強度にも多分問題はないだろう」
しかしここから十三号増設人工島までは徒歩で行けるような距離ではない。朝陽が昇り、人々が活動する前には金髪の吸血鬼を倒してこの事件を終わらせてしまいたい。
十三号増設人工島に一刻も早くいく方法。その答えは彩斗の中にもうあった。
右腕を突き上げ、鮮血を噴き出す。
「──降臨しろ、三番目の眷獣、“真実を語る梟”!」
神々しい輝きの翼が闇夜を照らす梟がこの空間へと現出される。
地を進むよりも確実に空を進んだ方が早く目的地に到着ことができる。さらに今はもうすぐ朝陽が昇る暁の刻。この時間なら空を飛ぶ謎の飛行物体がいたとしても寝ぼけていたなどの適当なことをいえる。
友妃がわずかに困惑した表情を浮かべるがすぐに彩斗の意図を察したようだ。
「行くぞ、逢崎!」
彩斗は友妃の手を引っ張り、黄金の翼の梟の背中へと飛び乗る。
「しっかり掴まってろ」
「うん!」
友妃が彩斗の腰に手を回す。背中に柔らかな二つの感触を感じる。友妃は浅葱や紗矢華ほど大きい方ではないが同年代に比べれば豊かではある。意識しないようにはしているがどうしてもそこへと神経が集中していく。そしてそれを引き金に頬が紅潮していく。
「彩斗君、変なこと考えてないよね?」
「か、考えてねぇよ!」
「だったらどうして顔が真っ赤なの?」
彩斗の紅潮は頬からいつものように顔全体へと広がっている。
「やっぱり変なこと考えてたんでしょ……ほんと、変態だね」
「あー、もう! 変態でもなんでもいいからしっかり掴まってろ!」
彩斗の叫びとともに黄金の翼の梟が飛翔する。そして十三号増設人工島を目指して羽ばたいていく。
暁古城は目覚めの悪い朝を迎えた。正確にいえばまだ朝ではなく四時をわずかに回った時刻だ。
あれほどの戦いで魔力を使い果たし疲労がきてもおかしくないはずだが、こんな時間に目覚めてしまった。
その理由は考えるまでもなくわかっていた。昨夜戦った金髪の少年が気がかりでしょうがない。第四真祖である古城と獅子王機関の雪菜を圧倒し、ヴァトラーが助けてくれなければいずれ倒されていたのは明白な事実だ。
それに彼が口にした計画とはいったいなんなのだろうか?
第四真祖と剣巫が金髪の少年の計画には邪魔だということだ。それに彩斗が現れた時にボロボロだったことから彼もまた計画の邪魔だったということなのだろうか。それとも彩斗の力を奪ったことから金髪の少年は“神意の暁”の力を欲しているのと考えるべきなのか。
「クッソ……わけわかんねーよ!」
古城はイライラしながら頭を無造作に掻く。
そもそも古城が考えたところでなにもできない。金髪の少年の狙いが彩斗の神意の暁だったとしても古城には手を貸すことさえも厳しい。あれほどの力を持つ相手の前で第四真祖と“神意の暁”が同時に眷獣を出現させれば、絃神島に与える影響は計り知れない。
だからこそ古城は指を咥えて見てることしかできないのか?
「それは違うよな」
ベッドから上半身を起こしながら古城は呟いた。
確かに古城では彼を止めることは出来ないかもしれない。ただ彩斗たちの足でまといになるだけかもしれない。しかし暁古城はそんな理由で諦めるような吸血鬼ではない。
こうしてはいられない。
古城はベッドから立ち上がり、彩海学園の制服に着替える。動くにはやはり着慣れた服が一番いい。制服の上にいつものパーカーを羽織った。
そんな古城の背後から、舌足らずな声が聞こえてくる。
「ほう。やる気は十分なようだな」
波紋のように虚空を揺らして現れたのは、豪華なドレスを着こんだ南宮那月だ。
「……那月ちゃん!?」
思わず声を洩らす古城。
「ここがおまえの部屋か……普通だな」
「普通で悪かったな。つか、なんで那月ちゃんが──」
全て言い終わる前に那月は畳んだ日傘が顔面へと殴りつけた。古城は顔面を押さえて仰け反る。
「教師をちゃん付けで呼ぶなと言っているだろう」
「先輩!?」
すると聞き慣れた少女の声に古城は顔を上げた。そこにいたのは、彩海学園中等部の女子制服にいつもの黒いギターケースを背負った姫柊雪菜だ。
「姫柊!? どうしてここに?」
「先輩と同じです。寝つけずにいたら南宮先生が寝室に現れまして」
古城と雪菜は状況を問うように那月へと顔を向ける。
那月はやや面倒くさげな表情をしたのちに重々しく口を開いた。
「緒河彩斗と逢崎友妃が動いた」
その言葉で古城と雪菜は全てを理解した。彩斗は金髪の少年はなにかしらの繋がりがある。そして彼はなにかの計画を遂行しようとしている。それが絃神島にどれほどの被害を加えるかもわからない。だが、彼が彩斗の眷獣を持っている時点で意図も簡単に絃神島を沈めることができる可能性があるのだ。それをわかっていた彩斗が動かないわけがない。おそらく友妃はそんな彩斗に気付いて同行したのであろう。
「那月ちゃん、彩斗と逢崎はどこに行ったんだ!?」
古城は慌てたように叫ぶ。
金髪の少年と直接戦った古城だからこそわかる。いくら彩斗が“神意の暁”の力を持っていたとしても、友妃が優れた武術と剣術を使えたとしても生きて帰ってこれる保証さえもない。
一刻も早く彼を助けに行かなければならない。
しかし、那月は首を横に振る。
「わからん。まだどこにいるかまではつかめてはいない」
古城は苦悶するように低くうめいた。
だが、と那月が話を続ける。
「だいたいは目星がついている」
つまり那月は古城と雪菜を迎えに来たということは、彩斗と友妃を止めにいくということだ。
「それなら早く行こうぜ、那月ちゃん」
那月は古城を睨みつけたのちに口を開いた。
「話は最後まで聞け! その場所だけでも幾つもある」
「そんな……」
古城は一刻も早く向かわなければならない。
「先輩……」
雪菜が心配そうに古城のパーカーの裾を掴む。
「だからそう慌てるな。おまえたち以外にも動いてるやつらはいる」
那月が指を鳴らし、目の前に空間を波紋のように揺らした。空間跳躍の門を開いたのだ。
「行くぞ、暁古城、転校生」
門をくぐり、虚空に溶け込むように三人は消え去った。
絃神島十三号増設人工島──
かつて黒死皇派と死闘を繰り広げた場所である。そこには幾つもの破壊の痕跡が色濃く残っている。
地上に空いた大穴。巨大な瓦礫が散乱し、古代兵器が子機がその場にもともとあったような建造物のように置かれている。
それは遠い昔の出来事のように思えてくるがつい二ヶ月前くらいの出来事なのだ。
そんな感傷に浸るためにここに来たわけではなかった。彩斗は金髪の吸血鬼と決着をつけるためにここに来たのだ。
目を瞑る。すると辺りの音が鮮明に鼓膜へと伝導する。音一つしない十三号増設人工島では風の音がやけに大きく聞こえてくる。
瓦礫がわずかに崩れる音に彩斗は目を開ける。
漆黒の闇の中に浮かび上がる二つの影。金色の髪が闇夜でも鮮やかに浮かび上がる吸血鬼の少年と茶髪の吸血鬼さえも倒せる武術家の少女。
「まさかテメェの方から俺を誘き出すとは思わなかったぜ、緒河彩斗」
「そう意外なことでもねぇだろ、立上」
立上と呼ばれた少年が満足げに笑みを浮かべる。
「ほう……俺の名前まで思い出すことができたみたいだな」
「まぁな。テメェのことなんか思い出したくなかったがな」
彩斗は立上に彩海学園中等部宿泊研修で会ってから少しづつではあったが“神意の暁”に関する記憶が戻りつつあった。
「それなら俺の目的もわかるよな?」
「……だからここにいんだろうが」
彩斗は自らの唇を噛み切る。唇から鮮血が染み出し、口内へと流れ込んでいく。その行為は人間の身体を捨て、吸血鬼へと変化する合図でもあった。
瞳が真紅に染まり上がり、筋力が解放される。
「それじゃあ始めようか。神々が集いし、人ならざる者たちの祭典の続きをよ!」
立上が右腕を突き上げる。爆発的な魔力の波動が大気を震わせる。
彩斗も右腕を闇夜へと突き上げ、鮮血が撒き散らされせる。
「若虎──ッ!」
少女の叫ぶような声が響いた。それは吸血鬼さえも戦闘不能にする対魔族武術“虎皇神法”だ。その攻撃が直撃すれば彩斗も無事では済まないだろう。
しかし彩斗はその攻撃を回避すらしない。
「紅蓮──ッ!」
彩斗が信頼する少女の声が響いた。二つの呪力をまとった拳が激突し合い大気を震わせる。
彼女を信頼しているからこそ彩斗は避けることはしなかった。
「彼女はボクに任せて彩斗君はあいつを止めて!」
「おう。頼んだぞ、逢崎!」
彩斗は意識を再び、目の前の不敵な笑みを浮かべる立上を睨みつけた。
「行くぞ、立上!」
「来いよ、緒河ァ!」
二つの膨大な魔力が徐々にそれぞれの形を形成していく。
「降臨しろ、三番目の眷獣、“真実を語る梟”──!」
「顕現しろ、二番目の眷獣、“大蛇の母体”──!」
神々しい輝きの黄金の翼を持つ梟と無数の蛇を従える大蛇の母体が向かい合う。どちらも“神意の暁”が従えし、真祖を殺す神々の名を関する眷獣だ。
どちらが真の“神意の暁”となるかを決める祭典が今、幕を開けた。
後書き
ついに激突し合う二人の“神意の暁”同士!!
次回、神意の祭典篇完結!!
というわけで次回で神意の祭典篇が完結となります。
そして始まりの話である彩斗の過去の話になります。
誤字脱字やおかしな点、気になる点などがありましたら感想などでお教えください。
また読んでいただけたら幸いです。
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