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ドワォ青年リリカル竜馬

作者:納豆太郎
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第2話:海鳴パニック!

 
前書き
前回の更新からだいぶ間が開いてしまいました。
それに加え、余裕の1万字オーバーという第二話ですが、読んでいただければ幸いです。 

 
 広大な海に臨み、都市化の進む中心部と自然の多く残る山々の両方を持つ街、海鳴市。
 今この平和な海鳴の街の中心部に、突如として極めて巨大な樹木が複数出現した。
 更にそれぞれの大樹から伸びる太く長い枝や根が、高層ビルなどの建造物の間を次々と通り抜けていき、瞬く間に海鳴の街を埋め尽くしたのだった。

「そんな、ひどい…!」

 そんな海鳴市中心部に建つとあるビルの屋上に、魔法少女高町なのははいた。長い機械チックな杖のレイジングハートを持ち、自身の通う私立聖祥大付属小学校の制服をモチーフとしたバリアジャケットを着た彼女は、今の海鳴の街の有様を目の当たりにし、驚愕のあまりその場に立ち尽くしていた。

「ユーノ君、これって…」
「うん…多分、人間がジュエルシードを発動させちゃったんだと思う…。強い想いを持った者が、願いを込めて発動させたとき、ジュエルシードは一番強い力を発揮するんだ」

 ユーノがこの状況が発生した原因を考察する。
 この大樹達を出現させたのは、すでに滅んでしまった超高度文明によって生み出された魔法技術の遺産――ロストロギアの一種である、ジュエルシードの力によるもの。
 ジュエルシードとは簡単に言ってしまえば願いを叶える魔法の宝石であり、膨大なエネルギーの結晶体でもある。
 ユーノの一族が以前とある遺跡から発掘し、安全に管理するために輸送していたところ、事故によってこの海鳴市一帯にばら撒かれてしまったのだ。
 なのははその回収を手伝うため、自身に魔法の才能があることを知ると、ユーノから魔法を行使するために必要なデバイスであるレイジングハートを受け取り、現在に至るのであった。

「人間が…それって、まさか!?」

 なのははジュエルシードを発動させてしまった人物に、心当たりがあった。なのはの父が監督を務める少年サッカーチームに所属する少年の一人が、ジュエルシードらしきものをポケットに入れていたのをなのはは目撃していたのだ。

「まさか…こんなことになるなんて…」

 気づいていた。あの時点で少年がジュエルシードを持っていることをしっかりと確認していれば、こうなる前に止められていたはずだった。だがそれをしなかった。何故しなかったのか。自分の気の緩みで、少年どころか大好きな街とそこに住む人々を傷つけてしまった。後悔してもしきれない。なのはは自分の考えが甘かったことを認識し、自責の念に駆られる。
 だが、世界は彼女が悔やむための時間すらも与えてはくれなかった。

『警告。4時の方向より飛来する物体を確認。魔力反応あり』
「ッ!? なのは、何か来る!」
「!?」

 レイジングハートの警告を受け、なのはは急いで右斜め後方の空間を確認する。
 振り向いたなのはの視界には、風を切るような独特の音を発しながらこちらへ向けて飛んでくる『赤い魔力光に包まれた何か』の姿が映り込んだ。

「あれって…!?」

 なのはは正体不明で急激に接近するそれに対し、万が一に備えて身構える。
 そして、それは自身を包んでいた赤い魔力光を解除しながら、あっという間に言葉通りになのはの目と鼻の先で静かに着地して停止する。

「ひ、人!? それにあの人って…!」

 魔力光の中から現れたのは、先日なのはがジュエルシードを回収した帰りに出会った男、竜馬であった。だが、あの時とは服装も雰囲気も違っていたのは、なのは自身も気づいていた。

「お前、この前のガキか…。まさか、魔導士だったとはな…」

 突然現れた人物が竜馬であったことに驚くなのはだが、同様に竜馬も真夜中に出会った少女が魔導士であったことに驚いていた。
 しかし、やはり双方が驚く暇もまた、与えられなかった。

「…お前か? 街中でこんなことをしでかしたのは? だとしたら――」
「ふえっ!? ち、違います! 私じゃありません!」

 竜馬はなのはを睨みつけながら問いかける。その威圧感から来る恐怖のあまり、なのはは一瞬どころかかなりたじろいだが、恐怖で足が竦みそうになりながらもグッと堪え、自分が無実であることはしっかりと竜馬に伝えた。

「本当だろうな? …まぁ、こんなガキにここまで大掛かりなことができる訳がねぇか」

 竜馬はとりあえずなのはが犯人ではないことは信じるが、その口から発せられた理由については、なのはは一瞬ムッとした。
 確かになのはは魔導士を始めてからまだ日は浅いため、実力は無いと言われても仕方がないが、面と向かって言われるとやはり腹立たしいものである。

「チッ…じゃあ一体、どこのどいつが――」
「あ、あの…」

 ユーノが勇気を振り絞って、竜馬にこの騒動の理由を話そうとする。

「あ? お前フェレットか? どうした、何か用か?」
「ひっ!」

 話そうとするが、ユーノも竜馬から無意識にあふれ出る威圧感と鋭い眼光に当てられ、言葉を噤んでしまう。

(お…落ち着け、落ち着くんだ僕! あんなの、ただ背が高くて筋肉が着いてて、ついでにとんでもない威圧感を放ってるだけのただの魔導士じゃないか! 同じ人間同士、ただ普通に話せば――うんダメだ、それだけあれば十分怖すぎる!)

 落ち着こうと思考を巡らせるユーノだが、混乱していたため余計に自身の恐怖心を煽ってしまっていた。ユーノの全身から滝のように冷や汗が流れ落ち、今にも干からびてフェレットの干物と化してしまいそうな勢いである。

『マスター、また相手をビビらせてしまっています。無意識にでも、相手を威圧するのはやめてください』
「ああ? んなこと言ってもよ、俺にはそんなつもりなんかねぇんだが…」

 竜馬の相棒であるデバイス、ゲッター1にもう少し己の発する威圧感を抑えるように指摘を受ける。ゲッター1の口ぶりから察するに、無意識に威圧感を放つのは以前から変わっていないらしい。

「すまねぇな、怖がらせちまったらしい。それで、何か言いたいことがあるんじゃねぇのか?」
「あ…は、はい! 実は…」

 ユーノは竜馬が語調を意識して和らげることでようやく落ち着くと、この木々が街を埋め尽くした原因を話す。
 ジュエルシードのこと、そのジュエルシードを輸送する際に起きた事故のこと、海鳴市に散らばったジュエルシードを回収するためにユーノが単身地球へやってきたこと、そして、なのはが魔法少女となってジュエルシード回収の手伝いをしていること。
 それを竜馬は時々相槌を打ちながら静かに聞いていた。

「…なるほどな。それじゃある意味、この有様になったのはお前の所為でもあるってわけだ」
「うっ…そう言われればそうなりますけど…」
「ユ、ユーノ君は悪くありません! 私がちゃんと、こうなる前に行動していれば――」

 なのはは竜馬に対する恐怖心が若干抜けていないが、ユーノを必死に擁護して自分の所為だと竜馬に進言する。
 おそらく、竜馬はこの事件を起こした張本人を探し出し、その者に罰を与えに来たのだろう、となのはは考えていた。どんな罰でも受ける、なのははそう覚悟して竜馬に言ったのだ。

「冗談だ、気にすんな。話を聞く限りじゃ、お前らはこれを起こした原因の、ジュエルシードってのを回収しようとしてたんだろ? …そこまで必死にならなくても、お前らをどうこうしたりはしねぇよ」
「はぁ~、良かった…」

 それを聞いたなのはは本気で安堵する。竜馬のような人相の悪い人物が冗談を言っても、まるで冗談には聞こえないので要らぬ心配をさせてしまう。竜馬はそこもやはり自覚は無いようであった。

「それで…なのはとユーノ、だったか。この街中に居座るあいつらをどうにかするには、どうすればいい?」
「あ、はい。えっと…」
「…ああ、そういや俺の自己紹介がまだだったな。流竜馬だ、よろしく頼むぜ、なのは、ユーノ」
「よろしくお願いします、竜馬さん」

 なのはとユーノは竜馬に事情を説明する段階で自己紹介を済ませていたが、肝心の竜馬はまだ自己紹介をしていないことに気が付いた。竜馬は改めて自己紹介を済ませ、それになのはが返事を返すと、二人はユーノの指示を仰ぐ。

「まずは核となっているジュエルシードを探さないと…。でも、これだけ広範囲に影響が及んでいるんじゃあ、どこにあるのか…」
「手当たり次第に焼き払うのも手だが、それだと街に余計な被害を与えかねねぇし、万が一ジュエルシードに直撃して暴走させる可能性もある。チッ、面倒なことになったもんだぜ」
「………」

 竜馬とユーノの作戦会議を聞きながら、なのはは考えていた。先程竜馬に『この件はなのはの所為ではない、気にする必要はない』と言われたものの、なのはの心の中はやりきれない思いで満ちていた。
 そして同時に、自分の力でこの状況を打破するために少しでも貢献できないだろうか、とも考えていた。

「…元を――」
「え?」
「元を見つければ、いいんだね?」
(ほう…)

 しばらく沈黙していたなのはが唐突に発した言葉に、ユーノは思わず聞き返した。
 竜馬はそんななのはの顔を見て、思わず笑みを浮かべた。なのはが先程まで見せていた落ち込んだような表情から一転、キッとしたような、何か覚悟を決めた風な表情へと変わっていたのだ。
 なのははレイジングハートの先端部分を、眼前にそそり立つ巨大な樹へと向ける。

『Area Search』

 レイジングハートのコアから機械的な音声が発せられ、それに合わせてなのははレイジングハートを水平に軽く振り出し、自身を中心にコンパスのように一周させる。

「リリカル、マジカル! 探して、災厄の根源を!」

 なのはが呪文を詠唱した次の瞬間、桜色の光が天へと向かって伸びていき、小さな魔力スフィアへと姿を変えて、四方八方へと広範囲に散らばっていった。
 自身が発した桜色の光がスフィアとなって拡散したのを確認すると、なのはは目を瞑って意識を集中させる。
 散らばったスフィアはカメラのような役割を果たし、なのはの脳裏にそれぞれのスフィアから送られてきた、あらゆる位置から見た多くの情景が映し出される。
 大樹の枝で埋め尽くされた街中、大破した自動車、太い根が地面から盛り上がったことによって道路にできた亀裂など、その情景は痛々しいものだらけだ。
 なのははそんな多くの惨状を見せつけられ、心を痛めながらも、脳裏に映し出される多くの情景を切り替えながら、核となっているジュエルシードの在り処を探す。
 そして数十番目の映像を確認したとき、なのははついに核となっているジュエルシードと、それを発動させたと見られる互いに抱きしめあう少年と少女を発見した。

「…ッ! 見つけた!」
「本当!?」

 なのはの報告にユーノは驚きを隠せなかった。今なのはが使った広域探索の魔法をユーノは教えておらず、レイジングハートの助けがあったとはいえ、素人のなのはが自力で使用したということになる。想いと才能の成せる業であろうか、複数の計算式を組み合わせて使うはずの魔法を直感で使用するとは、これにはユーノも恐れ入った様子だ。

「よぉし、場所が判ればこっちのもんだ! 行くぞ、ゲッター1!」
『待ってください、マスター。周辺の木々に動きが感じられます』

 早くこの事態を収束させるべく竜馬が飛び出そうとするが、すぐさまゲッター1が警告を発する。
 今まで動きのなかった木々が、竜馬やなのはのいるビルの屋上を目指して、枝を伸ばし始めたのだ。

「な、何これ!? ユーノ君!」
「枝が…こっちに来る!?」
「チッ、俺たちが核を潰しにかかったのに勘付きやがったか!」

 予想外の展開になのは達は動揺を隠せない。
 ジュエルシード自体は単なるエネルギーの結晶体であり、それが防衛本能を持って動くことはまずあり得ない。となれば、発動させた少年が自身に危機が迫っていると無意識に判断し、無意識にまた木々を操っていると考えるのが自然だろう。

『Getter machingun』
「ハチの巣にしてやるぜ!」

 竜馬は片手斧型のゲッター1を腰のホルスターに収め、両の掌に発生させたスフィアから、迫りくる木々に向けて大量の魔力弾を機銃のように一斉に発射した。
 深紅の弾丸によって形成された弾幕はうねりながら迫る枝を貫いて砕き、一掃する。
 しかし、どれだけ破壊しようとも次々と新しい枝が伸び続け、なおも勢いよく竜馬たちに襲い来る。
 その勢いは止まるところを知らず、さらに一向に数が減らないことで、攻撃手段を持たないなのはを守りながら戦わなければならない竜馬も、さすがに痺れを切らしつつあった。

「くそっ! これじゃ封印するために接近することもできねぇぞ!」
「竜馬さん、私が封印してみます!」
「何!? だが、この数じゃあお前を守りながら核まで近づくのは無理だ!」
「大丈夫です、ここからやります!」
「何だと!?」
「な、なのは!?」

 ここから離れた位置にある核を封印するというなのはの突然の提案に、竜馬とユーノは驚くしかなかった。
 普通ならば魔法初心者のなのはにそんな芸当ができるはずもない、と考えてその提案をよしとしなかっただろう。
 だが、今は違った。なのはが先程自力でやってのけた広域探索魔法を見せつけられた上、そのなのはの眼には『絶対できる』というような気概が示されていた。
 だからだろうか、師匠であるユーノは半信半疑だったが、竜馬はなのはを信じてみようという気になっていたのだ。

「…こいつらは俺が食い止める。なのは、一発で決めろ!」
「竜馬さん!?」
「はい! レイジングハート!」
『All right. Shooting mode』

 なのはに命じられたレイジングハートは変形を開始する。
 杖の前後が伸びると先端部分が変形して音叉のような形状へと姿を変え、更に伸びた個所の先端側から三枚の光の羽根が展開された。
 これがレイジングハートの遠距離攻撃魔法使用形態、シューティングモードである。
 音叉状になった先端に桜色の環状魔方陣が出現した。その中心で同じく桜色の魔力が収束し、収束させた魔力を一気に放つ魔法、砲撃魔法の準備を始める。

「―――!!」

 そのなのはの行動を感じ取ったのか、竜馬に向かっていた枝がなのはへと標的を変えて一斉に襲いかかった。

「テメェらの相手は俺だ!」

 竜馬は砲撃が可能になるまでの時間を稼ぐため、それを妨害しようとなのはに向かう枝達を全力で迎撃していく。
 だが、如何せん数が多すぎる。この海鳴の街に出現した十数の大樹からそれぞれ数十の、合計で実に百を超える数の枝が襲い掛かってくるのだ。空手の達人でありかつては歴戦の魔導士でもあった竜馬でさえも、それらの猛攻にはさすがに手を焼いていた。

「クソッ、数が多すぎる! なのは、まだか!?」
「もう少しです! あと五秒だけ――」

 なのはが言い終わる直前、竜馬がなのはの方をほんの一瞬だけ向いたその瞬間にできた隙を突き、竜馬の魔力弾を掻い潜った一本の枝がなのはの喉元を狙って伸びてきた。

「しまった! なのは!」
『Master!』
「えっ――」

 竜馬に続いてレイジングハートが警告する。だがなのはが気づいた時にはもう遅かった。反応して回避行動を取ろうとしても間に合わない。たとえ避けたとしても砲撃のために収束させた魔力が分散してしまい、そうなればもう狙い撃つチャンスは無いかもしれない。

(――だったら!)

 よってなのはは回避行動を取ることを諦め、刺し違えてでも目標の核を狙い撃つ決断を下した。
 とても小学三年生の女の子とは思えない決断ではあるが、なのはにはその方法しか無いと、そして何より、この事態を招いた責任の一端を担った者として、自分を犠牲にしてでもどうにかしなければと考えたのだ。

(ごめんなさい…お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、アリサちゃん、すずかちゃん…ユーノ君!)
「なのはァァァァァァァアッ!」

 なのはが愛する人々を思い浮かべ、心の中でそう呟いたその時であった。なのはの肩に乗っていたユーノが迫りくる枝に向かって跳躍し、同時に光に包まれた。

「―――えっ!?」

 その時起きた光景に、なのはは思わず言葉を漏らした。光の中から民族衣装を着たクリーム色の髪の少年が姿を現したかと思えば、魔法陣の形をしたシールドを展開、なのはの目と鼻の先まで迫っていた枝を寸前で食い止めたのだ。

「ユーノ…君…!?」
「なのは! 今のうちにやっちまえ!」
「あ…はい! えええええええい!」

 収束した魔力が解き放たれた瞬間、それは光の奔流となって一直線に伸びていき、樹木たちの核となっているジュエルシードを瞬く間に飲み込んでいった。





















 時を同じくして、山中の鳥竜館から竜馬を追って海鳴の街に降りてきた借金取り達は、うねうねと蠢いて襲ってくる枝や根に手を焼いていた。

「うわぁっ! く、来るな!」
「た、助けてくれぇ!」

 ある者はひいひい言いながらも鉄パイプを振り回して応戦し、またある者は思考を恐怖心に支配されて逃げ回り、またある者は地中から現れた根に成す術もなく巻きつかれてしまう等、ゲームの中でしかあり得ないような事態に、借金取り達は混乱せざるを得なかった。

「アニキ、な、何なんですかありゃあ!?」
「ンな事俺が知るか! クソが、海鳴の街はいったいどうなっちまったんだ!?」

 アニキと呼ばれた借金取り達のリーダー格らしき男は、他の者に比べて落ち着いてはいるようだったがそれは表に出さないだけで、内心ではやはりこの異常事態に困惑していた。

「ここからじゃ事務所が遠くて武器も持ってこれねぇ……おいテツ、その辺にビンはあるか?」
「へ、へい! 焼酎のビンがありやした!」
「よし。あとはガソリンと新聞紙だが…」
「新聞紙ならありやすぜ!」
「アニキ! ポリタンクにガソリンが入ってやした!」

 テツと呼ばれたチンピラ風の男は、そこかしこに赤いペンで印が付けられた競馬新聞を懐から取り出して見せ、もう一人の男は偶然近くにあった、買い置きと思われるガソリン入りのポリタンクを運んできた。

「でかしたぞテツ、ギン! これであの植物野郎に一泡吹かせてやらぁ!」

 アニキは焼酎のビンの中にガソリンをこぼさないよう慎重に注ぎ込み、新聞紙を細く棒状に丸めるとそれをビンの口に差した。
 世界各地で暴動の際やテロリストなどによって使用され、シベリア近辺では『モロトフ・カクテル』とも呼ばれる簡易武器、火炎瓶の完成である。

「食らいやがれ、クソ植物野郎が!」

 アニキは出来上がった火炎瓶にライターで着火し、蠢く樹枝めがけて全力で投げつける。
 ビンがパリンと音を立てて割れ、その瞬間、中身のガソリンが新聞紙に着いた火に引火し、太い樹枝に一瞬で燃え移って激しく炎上する。
 メラメラと音を立てて燃え上がる樹枝は動きを止め、燃え移った個所から根本へ向かってどんどん延焼していく。

「アニキ! 効いてますぜ!」
「へっ、所詮は植物だ! 人間様に盾突きやがって、どんどん焼いちまえ!」

 借金取り達はアニキが作成した火炎瓶を次々投擲し、襲い掛かる樹枝達を片っ端から焼き尽くしていく。焼かれた樹枝は理由は不明だが動きを止めていくようで、巻きつかれていた他の借金取り達は拘束からなんとか脱出して逃げ出していく。
 調子よく樹枝を燃やしていく借金取り達ではあったが、ここで問題が発生した。

「アニキ! もう材料がありませんぜ!」
「クソッ、やっぱりありあわせの材料じゃこれが限界か!」

 元々周囲に偶々あった材料で火炎瓶を作っており、だいぶ速いテンポで投擲していたために、火炎瓶を作るための材料が無くなってしまったのだ。
 攻撃が止んだことを察知した樹枝達は、報復とばかりに借金取り達に対して再び攻撃を開始する。

「うわあああっ!」

 先程とは比べ物にならないような怒涛の反撃を見せる樹枝達に対して対抗手段を失った借金取り達は、全力で走って逃げることしかできなかった。
 借金取り達は鞭のようにしなる樹枝に次々と吹き飛ばされていき、倒れ込んだまま動かなくなってしまう者も少なくはなかった。

「サブ、アキラ! …こンのクソ植物がああああああああああ!」

 仲間が次々と吹き飛んでいくのを見て激昂したアニキは、倒れている仲間の持っていた鉄パイプを拾って握りしめ、襲い来る樹枝に向かって走り出した。
 無謀と分かっていながらも、仲間を痛めつけられたことによる怒りがアニキを躊躇わせなかった。
 だが、その怒りはすぐに行き場を失うことになる。

「ッ!? 植物が、消えた…!?」

 仲間たちを痛めつけた憎き植物たちが、一瞬にしてその姿を消したのだ。
 今まで自分達が遭遇していた出来事は幻だったのか、いや、植物が消えた今も、植物によって蹂躙された傷跡が周辺には残っている。
 まるで狐につままれたような感覚に、アニキは訳が分からず今まで以上に混乱していた。

「一体、何がどうなって――いや、今はアイツらを助けねぇと!」

 アニキはこの一連の出来事を考えることを一時的に放棄し、ボロボロになった仲間たちの救援に向かうのだった。
 ちなみに、大樹やその樹枝達が消滅する直前に空に桜色の閃光が走ったのだが、激昂していたアニキはそれに気づいていなかったことを付け加えておく。



















「てやあああああああッ!」
「キエエエエエエエッ!」

 なのはや竜馬達、借金取り達とも別の場所で、鳥竜館四天王の青年とスキンヘッドは暴れまわる樹枝と戦っていた。
 スキンヘッドは愛用のヌンチャクで樹枝を捌き、青年に至っては徒手空拳で樹枝と渡り合っている。
 この二人と比べ、人数や武器で勝っていたであろう借金取り達が樹枝達相手に苦戦を強いられていたことを踏まえて考えると、鳥竜館で修業を積んだこの二人が、常人を遥かに超えた戦闘能力を持っていることが窺える。

「なんなんだこいつらは! 何でコンクリートジャングルが植物まみれになってるんだ!?」
「片づけても片づけてもキリがない! これでは師範もどうなっているか…」
「バカ言うな! 師範がそう簡単に負けるものか!」
「しかし、この量ではさすがの師範でも勝てるかどうか―――ッ! 何だ!?」

 青年とスキンヘッドが言葉を交わしながら樹枝達の勢いをなんとか凌いでいると、若干悲観的になっていたスキンヘッドが、空を桜色の光が走っているのに気が付いた。

「どうした、スキンヘッド!?」
「あれは…何だ、光か!?」
「何、光!? ――うわっ!?」

 樹枝の上に馬乗りになって拳を叩きつけていた青年が、突然無重力になったような感覚に襲われると、そのまま地面に落下した。

「いたた……。どうなっているんだ、いきなり植物が消えるなんて!?」

 青年は落下した際に強打した尻を摩りながら言った。そう、青年が馬乗りになっていた樹枝が突如として消滅したのだ。

「おい、大丈夫か!」

 落下した青年を気遣ってスキンヘッドが駆け寄って声をかける。

「ああ、なんとかな…。しかし、いったいあれは何だったんだ?」
「分からん…。俺が光に気づいた直後だったか、植物が突然消えたのは…」
「光…そうか、あれが何か関係しているかもしれん。スキンヘッド、光源はわかるか?」
「ああ、だいたいだがな」

 スキンヘッドの目に光が映ったのはほんの一瞬だったが、その鍛え抜かれた洞察力は光源をしっかりと捉えていた。

「よし、案内を頼む。何か情報が掴めるかもしれん」
「応、まかせろ!」

 スキンヘッドが見たという光の元に行けば、街を覆いつくして暴れていた巨大な植物の正体や突然消滅した理由が何かわかるかもしれない。そう考えた二人は、光が発生した場所に向けてすぐさま走り出した。





















 街一つを巻き込むほどの大騒動。それを引き起こす原因となったジュエルシードは無事に封印され、レイジングハートのコアの中に吸い込まれるようにして回収された。
 レイジングハートも杖状の形態を解除し、待機状態である宝石の形へと戻った。
 そして、なのはは新たに発覚した新事実に頭を悩ませることになっていた。

「ふぅ、なんとか片付いたみたいだな……ん? なのは、どうした?」

 竜馬は事態がひとまず収束したことを確認して深く息を吐く。そしてふと横を見ると、なのはがなのは自身の窮地を救ったクリーム色の髪の少年を指さして固まっているのを見つけた。

「あ、あの…なのは?」
「その声…もしかして、もしかしなくてもユーノ君!?」
「え? う、うん。なのはにこの姿を見せるのは…二度目だっけ?」
「ふえええええええええええええええええええっ!?」

 そう、このある一定の層には重用されそうな容姿をした少年こそが、ユーノ・スクライアの真の姿なのである。
 その事実をしったなのはは、驚きのあまり空の彼方まででも聞こえそうな大声を上げざるを得なかった。

「な、なのは…?」
「ユーノ君って、ユーノ君って、ええっとその、何!? 嘘、だって、ユーノ君はフェレットで――ふえええええっ!?」

 突然明かされた驚愕の事実に慌てふためくなのはに対し、ユーノはユーノで異常なまでに混乱するなのはに困惑する。
 そして竜馬は、この新たに発生した妙な状況に怪訝な表情を浮かべつつも傍観していた。

「ええっとなのは、僕たちが最初に会った時って、僕はこの姿じゃあ…」
「違う違う! 最初っからフェレットだったよぉ!」
「ええ!?」

 ユーノはなのはの指摘を受け、当時の状況を冷静に思い出す。
 あの時ユーノは、ジュエルシードによって生み出された魔物との戦いで負傷し、周辺の不特定多数に念話で呼びかけることでなのはに拾われ、動物病院へ直行した。その時のユーノの状態は、確かにフェレットであった。

「……ああ、そうだった! ゴメンゴメン、なのはにはまだ見せてなかった…」
「だよね!? あービックリしたぁ…」

 当時の状況を思い出したユーノは驚かせてしまったことをなのはに陳謝し、なのはも事実確認を果たしてようやく落ち着いた。

「話は済んだか? …しかしなのは、お前ユーノが喋るフェレットだって、本気で思ってたのか?」
「にゃはは…だって、魔法少女モノのお供の動物ってだいたい喋ってたから、ユーノ君もそういう類の動物さんだと思って…」
「ま、お前もまだガキだしな。そう思うのも無理ねぇか」
「むう…そういう竜馬さんは分かってたんですか?」

 先程と同じくまたも子ども扱いされ、なのはは再びムッとして言い返す。

「使い魔とそうでない人間の区別ぐらいはつくさ、お前よりは魔導士歴は長いんだからな。つーか、ユーノもなのはにちゃんと伝えとけ。戦闘中に余計な混乱を招きかねねぇからな」
「すみません竜馬さん、以後気を付けま――」

 情報の伝達を怠っていたことを竜馬に指摘されて反省するユーノだったが、言葉の途中で急にふらついたかと思うと、そのまま倒れ込んでしまった。

「っと、あぶねぇ!」
「ユーノ君!?」

 竜馬が咄嗟に反応して左腕で倒れ込むユーノの体を支え、なのははユーノを心配して思わず声を上げる。

「はは…まだ、体は万全じゃないみたい…」

 ユーノはそう言って光に包まれると再びフェレットへと姿を変え、竜馬の掌にぐったりと寝転がる形で乗る。

「ったく、無茶しやがって…。だがまあ、お前のおかげで助かった。ゆっくり休めよ、ユーノ」
「はい、竜馬さん…」

 そう言うとユーノはゆっくりと目を閉じて眠りにつき、竜馬はコートの内側にある大きめのポケットにユーノを収める。

「さて、俺たちにできることはもう何もない、引き上げるとするか。…なのは、ユーノをお前の家まで連れて行く、案内してくれ」
「…わかりました、それじゃあ――」

 なのはと竜馬が屋上から飛び立とうとしたその時、地上から声が聞こえてきた。

「この辺りか? お前が見た光の源と言うのは」
「おそらく、この近辺のビルの屋上だろうとは思うが」
「…ん? なのは、待て」
「はい? どうかしました?」
「あの声は…」

 竜馬が聞き覚えのある声だと感じて下を覗き込むと、そこには自身が師範を務める鳥竜館の門下生であり四天王である、スキンヘッドと青年の姿があった。

「おいお前ら、こんなところで何してる!?」
「む? この声…師範!」
「師範、ご無事でしたか!」

 竜馬の呼びかけに対して二人は上を見上げ、その身を案じて探していた竜馬の姿を発見した。

「待ってろ、今そっちに行く。なのは、お前も来てくれ」
「あ、はい!」

 なのははビルの屋上から下に降りるため階段に向かおうとするが、その時に何気なく竜馬の方を見て愕然とした。
 竜馬はなのはと同じように階段に向かうどころか、突然鉄柵を乗り越えたかと思うと、そのまま屋上から飛び降りてしまったのだ。

「って、ええ!? 竜馬さん!?」

 なのはは慌てて踵を返し、竜馬が飛び降りた場所から下を見下ろして竜馬を探す。
 竜馬は重力に従って地面と垂直に落ちていき、地上に到達する少し前に飛行魔法を利用して減速、重力加速度によって生じた勢いを殺して無事に着地した。

「よっ…と。ん? なのは、何を呆けてやがる。お前も飛べるだろ、早く降りて来いよ」
「えっと、あの…竜馬さん、隠す気とかは無かったり…しちゃうんですか?」
「こいつらは事情を知ってるから大丈夫だ、安心しろ」
「…あ、そうなんですか…。それじゃ…」

 あまりにも大っぴらに魔法を行使する竜馬に対し、口をあんぐりと開けて呆れて言葉も出ないといった心境のなのはだったが、相手が魔法について事情を知っているのであればどうということはないし、周りがこの状況では魔法を行使する現場を目撃する余裕もないか、となのはは判断し、竜馬と同様に飛行魔法を利用してゆっくりと地面に着地した。

「師範、師範がそのお姿ということは、もしや今回の一件…」
「そうだ。魔法絡み――それもロストロギア級の代物が原因だ」
「何と……管理外世界のこの地球に、そのようなものが…」

 四天王の二人は竜馬から告げられた事実に愕然とした。

「それで、師範はこれから、どうなさるおつもりで?」
「ああ、あの樹を生やしたもの――ジュエルシードというんだが、どうやら同じものがまだいくつかあるらしい」

 竜馬はそこで一旦言葉を切り、目線をなのはへ向ける。

「で、俺はこの見習い魔導士のガキ――なのはと協力して、散らばってるジュエルシードを片っ端から回収していくことにした」
「もう、見習い魔導士はともかく、ガキガキ言わないで下さいよ…コホン。えっと…初めまして、高町なのはといいます」

 どこまでも子ども扱いの竜馬に苦言を呈しながらも、なのはは自己紹介など礼節を欠かさない。

「ほう、小さいのに礼儀がなっているな、偉いぞ。…こんな捻くれ者ですまないが、師範をよろしく頼む」
「うるせぇぞ、余計なことを言うんじゃねぇ」
「にゃはは…」

 なのはは四天王の二人と竜馬とのやり取りに苦笑いを浮かべながらも、師範と門下生という上下関係があるにもかかわらず軽口を叩けるあたり、この二人と竜馬の間には相当な固い絆があるのだろう、となのはは考えていた。

「…とりあえず、俺はなのはを家まで送っていく。街がこの有様だ、さすがに今日はもう借金取り共は来ねぇだろう」
「では、我らは鳥竜館へと戻っております。師範、道中お気をつけて」
「ああ、お前らもな」

 四天王の二人は竜馬に軽く会釈をしてから、樹木の根によって抉られ、破壊されたデコボコの道路を軽快な動きで駆け抜けていった。

「凄い…竜馬さん、あの人たちって――」
「アイツらは俺がやってる道場の門下生だ。他にあと二人いて、四天王なんて名乗ってやがる」
「四天王…」

 なのははもう姿の見えなくなった、四天王の二人の軽々とした身のこなしを思い出していた。
 あの動きは何年か武術をやっただけで身に着くようなものではない。それこそ長い年月をかけ、血の滲むような努力をし、想像もつかないような厳しい鍛錬をしなければ、あれほどの動きができる武道家にはなれないだろう――と、なのはは驚嘆していた。
 なのはの家は近所でも評判の喫茶店を経営してはいるが、実は高町家は代々続く剣術の家柄であり、鍛錬のための武道場もある。そのため、日々鍛錬に励む父の士郎、兄の恭也、そして姉の美由希を小さいころから見てきたなのはは、相手の身のこなしを見ただけでもある程度、実力を推し量れるようにはなっていたのだ。

(あれが四天王なら、師範の竜馬さんはもっと…)

 もっと強い。下手をすると、自分の父や兄よりも強いのかもしれない。なのはは思考に長い時間を費やすまでもなく、ただ率直にそう感じた。
 小学生相応の感想だが、少なくとも先程その目で見た魔法の実力が、流竜馬の全てではなくその氷山の一角に過ぎないということを認識させられた。

「さて、そろそろ行くぞ。もたもたしてっと人が来る、そうなりゃ目立って、空なんか飛んで行けなくなるからな」
「そうですね。…じゃあ行きましょう、ついてきてください」

 なのはと竜馬は飛行魔法を行使して再び宙に舞い上がり、なのはの先導で高町家へと向けて飛んで行った。


















「なのは! 無事だったか!」
「心配したんだぞ、街の方で大騒ぎがあったんだって!?」

 なのはが竜馬を伴って帰路に着くと、家の門の前で士郎と恭也が落ち着かない様子でなのはの帰りを待っていた。
 そして、なのはの姿を確認すると安心したのか思わず声を上げ、なのはの元へと駆け寄ってきた。

「お父さん、お兄ちゃん、心配かけてごめんなさい…」
「いや、いいんだ。なのはが無事ならそれでいい。怪我はないか?」
「うん、あの人、竜馬さんのおかげでなんとか…」

 なのはが竜馬の方を指さし、士郎と恭也も竜馬を見る。どうやら二人ともなのはに気が回りすぎて、存在感の塊と言っても過言ではない竜馬の存在を、うっかり見過ごしてしまっていたようだった。

「あなたがなのはを…。ありがとうございました、何とお礼を言えばいいか…」

 士郎は竜馬の元へと歩み寄ると、竜馬に頭を下げて精一杯の感謝の言葉を告げた。

「いや、気にしないでくれ。俺もなのはに助けられたようなモンでな」
「…竜馬さん、街があの様子ですし、今日はウチに泊まっていってください。それに、なのはを送っていただいたお礼もしたいので」

 恭也が竜馬に歩み寄り、提案する。

「そうか? あそこの山までだったら、帰ろうと思えば俺は――」
「(竜馬さん、私からもお願いします、泊まっていってください。私も、竜馬さんとゆっくりお話ししたいこともありますし)」
「(…この念話、なのはか。そうだな…)」

 なのはも念話を使って、竜馬にこっそり懇願する。
 確かに、あの時のユーノの話だけでは状況の把握が完全ではなかったし、しっかり話し合って互いのことをもっと知るのも悪くはない。

「…わかった、すまねぇが世話になるぜ」
「それはよかった。では、中へどうぞ」

 竜馬は士郎に連れられて門をくぐり、高町家の庭へと足を踏み入れた。

「…ん、道場があるのか。親父さん、何か武道でも?」
「ええ。ウチは代々、古流剣術を受け継いでいるんです」
「…そういう竜馬さんも、随分と着古した道着を着ているみたいですけど?」
「親父にガキの頃から空手を仕込まれてな。今じゃ一応は師範だ、道場はボロだけどな」

 庭に建てられた道場を見つけた竜馬の言葉から、同じ武道家同士で会話に花を咲かせながら、士郎はリビングへと竜馬を案内する。
 なのははその後ろをとてとてと付いて歩く。

「桃子、なのはが帰ってきたぞ!」
「聞こえてるわよ、あれだけ大声で叫んでれば…あら、そちらの方は?」

 士郎の妻でなのはや恭也の母桃子は、なのはが無事なのが分かったとはいえ、門前で大騒ぎしていた士郎にやや呆れ気味だったが、やはり士郎の背後に立つ見知らぬ男に目が行った。

「ああ、こちら竜馬さん。街でなのはを助けてくれたそうなんだ」
「あらあらそれは…竜馬さん初めまして、高町士郎の妻、桃子です」
「流竜馬だ。桃子さん、よろしく頼むぜ」
「こちらこそどうぞよろしく。もう少しでご飯になりますから、ゆっくりしてくださいね」
「そうかい、じゃあ失礼するぜ」

 竜馬はベージュの大きなL字型のソファーに腰かける。
 士郎と恭也もその近くに座り、さらに士郎はいつの間に用意したのか日本酒とグラスを二つ取り出して、日本酒の注がれたグラスの片方を竜馬に渡すと、乾物をつまみに談笑を始めた。

(…なのは、部屋でユーノを見ていてやってくれ)
(はい、わかりました)

 竜馬はなのはに念話を飛ばし、話が込み入る可能性があることを考慮して、なのはをユーノの看病も兼ねて部屋へ行くように告げる。

(それと、夕飯の後にお前と話がしたい。構わねぇか?)
(あ、はい、大丈夫です。じゃあ後で私の部屋に来てください)
(ああ、了解だ)

 竜馬がなのはにもう一度念話を飛ばし、なのはがリビングを出て丁度、士郎が竜馬に話題を振った。

「ところで竜馬さん、空手の流派は何です?」
「流派か…親父も死んじまったし、今となっちゃ分からねぇな」
「そうでしたか…ん? 流? 亡くなった…?」

 士郎は竜馬の苗字と語りから、かつてあらゆる意味で名を馳せた、とある空手家の名前を思い出した。

「…竜馬さん、失礼ですが、あなたのお父上というのはもしや、流一岩氏では?」

 士郎がそう訊ねると、日本酒を口に運んでいた竜馬の眉がピクッと動いた。

「…ああ、そうだ。俺の親父の名は流一岩だ」
「父さん、その…流一岩というのは?」

 流一岩という名前に聞き覚えがない恭也が、士郎に訊ねる。

「お前が小さかった頃、狂人空手家として異端児と呼ばれ、空手界を追放された達人中の達人――それが流一岩だ」
「そして親父は死に、スパルタ教育で空手を仕込まれた俺は、親父を追放した空手界に復讐するために大会に乱入し、参加者全員を叩きのめした…。それがこの俺、流竜馬って訳だ」

 士郎が自分の知る限りの説明をした後、それに竜馬が付け加える。
 竜馬はグラスの日本酒をグイッと一気に飲み干し、空になったグラスを机に静かに置いてから続ける。

「幻滅したか? お前の可愛い妹を助けたのが、こんな武道家の風上にも置けない人間で?」
「…いえ、あなたが言うようにあなたが武道家として最低だとしても、妹を助けた恩人であることに変わりはありません。それに――」

 恭也は一呼吸おいてから竜馬の目を見て続ける。

「――あなたの目を見れば、悪い人間じゃないことぐらいはわかりますよ」
「へっ、言うじゃねぇか。気に入ったぜ、後で稽古を見せてもらっても構わねぇか?」
「ええ。是非、お願いします」

 竜馬と恭也は互いを認めて打ち解け、握手を交わすのだった。


















 夕食後、なのはの部屋にドアを叩く音が鳴った。

「はーい、どうぞ」
「よぉ、邪魔するぜ」

 なのははノックに応え、竜馬を部屋に招き入れた。

「ユーノ、調子はどうだ?」
「おかげさまで、だいぶ楽になってきました」
「そうかい、そいつはよかった」

 小さなバスケットの中で横になっているユーノに声をかけ、様子を訊ねてから床に腰を下ろして胡坐をかき、ベッドに腰掛けるなのはに向き合う。

「ふふっ、パパのパジャマ…似合ってますよ、竜馬さん」
「フッ、ちょいと窮屈だがな」

 なのはは竜馬の今の服装を見て笑みを漏らす。
 今の竜馬は、士郎から寝巻にと借りた縦縞模様のパジャマを着ている。が、サイズが士郎のものなので、鍛えられた筋肉をその身に纏った丸太の如き太い四肢を持つ竜馬にとって、若干きつく感じられた。

「…で、お前に話があるってことだったが――」

 竜馬はなのはの目をしっかりと見て言い始める。なのはと同年代の普通の子供なら、竜馬と目が合っただけでも震えあがってしまいそうだったが、なのははまったく物怖じせずに竜馬の目を同様に見ながら耳を傾ける。

「――なのは、これからは俺がジュエルシードを回収する」
「…え? それって、どういう――」
「そのままの意味だ。お前の代わりに俺がユーノと組んで、残りのジュエルシードを回収する。で、お前は今まで通り、その辺にいるような魔法と無縁の小学生に戻る…それだけだ」
「それってつまり…今後一切、ジュエルシードの回収を私にはさせない、ってことですか?」

 竜馬からの提案に、なのはは始めは驚くものの、すぐにやや言葉を強めて訊ねる。

「お前みたいな素人のガキが、あんな危険な代物を無理に回収する必要なんか無ェ。ああいうのは、俺みたいな大人に任せとけばいいのさ」
「…竜馬さん、自分で言うのもなんですが、ユーノ君が言うには私って、結構魔法の才能があるそうなんです」

 なのはがやや顔をしかめ、拳に力を込めて言う。

「それで?」
「…私にもジュエルシードを封印するだけの力があるのに、ただ黙ってみている訳にはいきません。だから――」
「お前、死ぬぞ」
「――ッ!?」

 竜馬のドスの効いた一言がなのはの言葉を遮り、その鼓膜と未発達小さな体を震わせる。

「あれだけの状況を簡単に引き起こせる代物だ。下手に暴走して巻き込まれてみろ、それこそ、お前みたいなガキなんか簡単に殺せるんだぜ?」
「で、でも!」
「お前は俺なんかと違って、まだ家族がいる。…士郎や恭也達を、悲しませたくないとは思わねぇのか?」
「お父さん…お兄ちゃん…」

 なのはは自分が帰路に着いた時の、士郎と恭也の顔を思い出した。自分が無事に帰ってきて、とても安心した様子で嬉しそうだった。自分のことを大切に思って、心配してくれている証拠だ。
 そんな父親や兄が、自分が死ぬことでどれほど悲しむのか、なのはには想像もつかなかった。だが、もしも父親や兄が死んでしまうのを想像すると、自分はとても悲しい気持ちになるだろう、となのはは率直にそう感じた。
 だが、なのはの内にはそれ以上に渦巻いていた想いがあった。

「…竜馬さん。私は今日、大変なミスをしました。ジュエルシードを見つけていたのに、気のせいだと思って最悪の事態を招いてしまったミスです」
「………」

 なのはがやや俯いて口にする言葉に、竜馬は黙って耳を傾ける。

「……『ミスは自分の手で取り返せ』、お兄ちゃんがよく言っている言葉です。…たとえ私が死んじゃって、みんなが悲しむとしても、ミスを取り返さないで――できることをしないで逃げ出すのは、絶対に嫌なんです!」

 なのはは俯いていた顔を上げ、目をキッとさせて自分の想いを言葉に乗せ、精一杯の力を振り絞って竜馬にぶつけた。
 対する竜馬は眉一つ動かさず、どっしりと構えてなのはの心の叫びを全身で受け止める。
 そうしていると、バスケットの中のユーノがゆっくりと起き上がった。

「…竜馬さん、なのはと出会ってまだ日が浅い僕が言うのもなんですが、こうなったらもう、なのはは聞きません。なのはは…そういう、強い子なんです」
「………」

 ユーノが頭を下げて頼み込むのを見て、竜馬はしばらく黙ってから口を開いた。

「…なのは、お前はそれでいいんだな?」
「…はい」

 竜馬はなのはの決意が変わらないことを確かめ、なのはも真っ直ぐな瞳で肯定の意を表す。

「…わかった、お前の気持ちを尊重してやる」
「竜馬さん…!」
「だが、無茶は絶対にするな。自分じゃどうにもならんと感じたら、すぐに俺を呼べ。それが条件だ、いいな?」
「はい! ありがとうございます!」

 なのははベッドから立ち上がり、竜馬に感謝の意を込めてお辞儀をする。

「…しかし、問題はこれからだな。あれだけの大騒ぎを起こした以上、管理局が黙って見てるとは思えねぇ」
「管理局…?」

 聞きなれない単語に、なのはは疑問符を浮かべる。

「管理局っていうのはね、時空管理局――簡単に言うと、次元犯罪やロストロギアの暴走が起きないように数多くの次元世界を管理して、平和を保つための機関なんだ」

 ため息を吐いている竜馬に代わり、ユーノが簡単に説明する。

「えっと…ようするに、次元世界中のお巡りさんみたいなもの…なのかな?」
「うーん…まあ、そんな感じかな。他にも役目はいろいろあるんだけど、今はそんな認識でもいいと思うよ」
「そうなんだ…って、その管理局が来たらまさか私たち、捕まっちゃうんじゃ…!?」

 管理局の役目を簡単に聞いたなのはが、竜馬のなにやら疎ましそうな雰囲気から、もしかしたら勝手に魔法を使うのが重い罪で、自分達を捕まえに来るのではないか。だから竜馬はため息を吐いたのではないか、という憶測がなのはの脳裏をよぎった。

「心配すんな。ユーノが密航してこの世界で活動しているんならともかく、ジュエルシードを悪用したりしない限りは捕まりゃしねぇよ」
「よかった…。じゃあ、竜馬さんはなんでそんな顔を?」
「…色々あんだよ、俺にも」
「はあ…」

 言葉を濁す竜馬を見て、なのはは言いづらい事情があるのだと察し、これ以上は訊かないことにした。とても小学三年生とは思えない察しの良さである。

「…まあ、話はこれで終わりだ。俺はもう寝る、お前も早く休めよ」
「あ、竜馬さん!」
「ん?」

 部屋を出ようとする竜馬は、なのはに声をかけられて足を止める。

「明日…これから一緒に戦うために、今日みたいなことにならないように、ユーノ君と一緒に私を鍛えてください! 私、もっと強くなりたいんです!」

 なのはは竜馬にそう懇願する。
 今日の自身のミスの原因は、自身の判断能力と訓練の不足にあると自己分析した。
 ならば、それを解消するためにユーノによる基礎訓練に加え、空手の達人でもある竜馬に教えを仰ぐべきである、となのはは考えたのだ。

「…俺の訓練メニューは厳しいぜ、それでも構わねぇか?」
「はい、のぞむところです!」
「ヘッ、上等だ」

 竜馬はそう言ってから、なのはの部屋を出て静かにドアを閉めると、桃子が竜馬の就寝のために用意してくれた客間へと歩いていく。

「…さて、俺もなのはに教えられるよう、魔法の訓練を再開しねぇとな。明日からは厳しくなりそうだ。覚悟はいいか、ゲッター?」
『私とて、伊達にあなたのデバイスとして恐竜帝国との戦いを生き抜いてはいません。のぞむところです、マスター』
「フッ、上等だ」

 なのはと同じく、竜馬とゲッター1も決意を新たにし、床に就くのだった。 
 

 
後書き
文章量が多く長くなってしまいましたが、ご意見ご感想等、ございましたらお寄せください。 
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