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木ノ葉の里の大食い少女

作者:わたあめ
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第一部
第二章 呪印という花を君に捧ぐ。
  日向

 【 ひゅうが ヒナタ
      VS 
   ひゅうが ネジ  】

 雪を欺くかののような白い瞳の子供が二人、向かい合って立っていた。少女の方は必要以上に緊張しており、少年の方も相手が十年以上恨み続けた少女ということもあって内心はあまり心穏やかではないようだ。
 宗家の長女でありながら、五歳下の妹にすら及ばぬ宗家の落ちこぼれ、日向ヒナタ。そして分家でありながら、日向始まって以来の天才と呼ばれるほどの卓越した才を持つ日向ネジ。それはなんとも皮肉な組み合わせであったと言えよう。宗家よりも分家の方が、より色濃く日向の血を受け継いでいるのだから。
 
「ヒナタさんは日向流の宗家、つまり本家にあたる人で、ネジやヒルマさんはその流れを汲む分家の人間です」
「……だが、単純な親戚同士の戦いには見えないぞ?」
「ええ。宗家と分家の間には、昔から色々あったらしく、今は、……あまり仲のよい間柄ではありません。僕も詳しくは知らないのですが……うちはや日向など、名門と呼ばれる古い忍びの家には、一族特有の技や、能力があります。その能力を伝えていく為に、日向家では、掟を定めているらしいんですが、……宗家に有利な掟が、多いそうで。その掟のせいで、宗家と分家の間に、いろいろあったらしいです」

 解説していくリーの言葉に耳を傾けていたハッカは、二試合前に運ばれていった弟子の姿を思い浮かべて、そっと呟いた。

「最も、宗家分家に関係のないような掟も無いわけではないらしいがな……」
「宗家分家に関係ない掟?」
「狐者異のがそれだということらしい、私はよく憶えていないが」

 呟きながらネジとヒナタに視線を戻すハッカから視線を外し、カカシもこの最後の試合に意識を戻した。
 ネジは表面、明鏡止水というように見えたが、鋭く突き刺すような眼光には恨み、蔑みと憎しみがあった。そんな従兄と視線を合わせるのが恐ろしいのか、ヒナタは精一杯ネジから視線を逸らそうとしていた。結局、それはネジの怒りを孕んだ冷たい視線を余計に意識してしまうことになってしまったのだが。

「ヒナタさま。貴女はやっぱり、宗家の甘ちゃんだ」
「……っえ?」
「――人は決して変わることなど出来ない!」

 寸鉄人を刺す。短い言葉であったが、それはヒナタの肺腑を抉るのには十分だった。とりわけ、自分を変えようと努力していながら、全く変われていない自分に薄々気づき始めていた彼女には。

「落ちこぼれは落ちこぼれだ。その性格も力も、変わりはしない。人は変わりようがないからこそ比べられ、エリートや落ちこぼれなどといった表現が生まれる……。誰でも顔や頭、能力や体型、性格の良し悪しで価値を判断し、判断される。変えようのない要素、人はその中で分相応に苦しみ、そして生きる。俺が分家で、貴女が宗家の人間であることは、変えようがないようにな」

 ネジの言葉にヒナタの目が見開かれ、声が震える。凍風のような言葉は一瞬にしてヒナタの僅かに残った勇気さえ掠め取り、彼女は冷たい瞳をした従兄の鋭い眼光に射すくめられたまま、どうしようもなくなってしまった。

「――ユナトさんは、どう思います? その、人が変われるかどうかについですが」

 そっと問いかけてくる、目の前に立つ少年少女と同じ色の瞳をした青年の声に、ユナトはそうっとため息をついた。瞼の裏に過ぎるのは以前の自分。他人にばかり気を遣って生きていたあの頃。自分が空っぽの袋みたいに思えたあの頃。自分の価値をしったあの頃。

「変わることは出来ると思うです。――でも、どこに向かって転がったって、今よりいい人間になることなんて出来やしない。前の欠点が、違う欠点になっただけだから」

 他人に気を遣いすぎていたあの頃、そして、他人に全く気を遣わない今。どちらがマシなのかはわからない。おそらく、どっちも同じくらい悪いのだろう。他人に気を遣ってばかり生きるということがいいことであるとは限らず、そして、他人に全く気を遣わないことが悪いことであるとは限らないのだ。

「今までこの白眼で、あらゆるものを見通してきた。――だからわかる! 貴女は強がっているだけだ。本心では今すぐこの場から逃げ出したいと考えている」
「ちっ、違うっ! 私はほんとに……!」

 ヒナタは慌ててその言葉を否定するが、しかしネジの言葉に怯え、震えていたヒナタがそれを言っても信憑性は無いに等しい。
 白眼――日向一族に受け継がれてきた血継限界。洞察力だけなら写輪眼も凌ぎ、遠くを見渡したり、透視を使用するのにも用いられる。人体の経絡系を見通してそのチャクラの流れをしることが出来、ネジ程の使い手となれば、点穴すら見切ることができるのだ。

「――白眼ッッ!」

 そして開かれた従兄の白眼に、ヒナタは一層慄いた。強い圧力をかけてくるその目に耐え切られなくなったヒナタの視線がまず左上に移り、次いで、右下に移る。両手を胸の前に置き、片方の手を口元に近づけ、視線をネジから外す。そんな一つ一つの仕草の持つ意味を白眼で見て取ったネジは、冷ややかに、そして淡々と告げた。

「俺の目は誤魔化せない」
「っ!」

 視線を左上に泳がせたのは、過去の体験を思い出しているサイン。ヒナタにとってのつらい過去を思い出していること。その後直ぐに右下に動いた視線は、肉体的精神的な苦痛をイメージしていることを表す。つまりヒナタは、昔の自分をイメージし、これまでの経験から、この試合の結果を想像したのだ――“負ける”という想像を。
 体の前に腕を構えると言うその行為も、ネジとの間に壁をつくり、距離をとりたいという心の現われであり、これ以上自分の本心に踏み込まれたくないと訴えている仕草――それはネジが言ったことが全て図星だからだ。更に、唇に触れたのも、心の動揺を表す自己親密行動の一つであり、緊張感や不安を和らげようと行う防衛本能を示す。
 正鵠を射られたヒナタは早くも恐怖と不安とで動悸に襲われ、過呼吸を起こし始め、冷や汗を流し、涙を目元に浮かべはじめた。元々ヒナタの気が小さいのと、ネジの言葉が図星なのと、そしてネジのその恨みと怒気のこもった白眼が彼女をそこまでに追い詰めているのだろう。彼女がギブアップをするのも間近に思えた――最も、この状態じゃギブアップを言えるかも怪しいくらいだったが。

「貴女は本当は気づいているんじゃないのか? 自分を変えるなんて、絶対に出来な――」
「――出来るッッ!!」

 言いかけたネジの声をさえぎったのはナルトだった。ユナトの口元に歪んだ微笑が浮かぶ。ヒルマは少し観察していて気づいたが、彼女の笑顔は、切なさを堪えて無理に笑っているために歪んで見えるようだった。どうやらナルトを、彼女の大切な人と重ね合わせているらしい。マイト・ガイよりも、そして、シソ・ハッカよりも愛しく大切な人と、ナルトを。そして重ね合わせて、自分を自嘲しているのだ。彼女は人間は変われても、今よりよくはなれないとそう信じているのだから。

「人のこと勝手に決め付けんな馬鹿ァあ!! っていってやれヒナタあああ!!」

 自分も落ちこぼれであった分、ネジの物言いにむかついたようである。自分の為に怒ってくれているらしいナルトの姿に、ヒナタの呼吸は平定し、心は新たな希望と安心感で溢れてくる。
 そしてネジの白い瞳は、ヒナタの目つきが確かに変わったことを、捕らえた。
 ――ナルト君。ありがとう

「――棄権しないんだな? どうなっても知らんぞ」

 暗に棄権しろと散々忠告してきたネジも、ヒナタが引かない以上はどうしようもない。自分の実力で叩きのめすのみである。
 ――私は、もう……逃げたくない!

「白眼!!」

 流れるような動作で構えを取る。日向流の構え。木ノ葉で最も強いと言われる体術流派、柔拳の構え。

「ネジ兄さん――勝負です!」
「いいだろう……!」

 それに応えるように取られたネジの柔拳の構えもまたヒナタにそっくりだった。リーは以前、サスケ達に向かって放った言葉を思い出す。木ノ葉で一番強い下忍は彼の班にいると。――そしてその下忍こそが日向ネジ――木ノ葉で最も強いと言われる日向流を扱う少年だった。
 そして今、最後の試合が幕を開けた――

 ヒナタのチャクラを纏った掌の一撃を、ネジが左腕で受け止め、更にくる数発の柔拳をかわし、くるりと回って体勢をかえ、今度は自分がチャクラを纏わせた掌底で攻撃する。暫くはネジとヒナタのチャクラを纏った掌と掌のぶつかり合いになった。ばしん、ぱしんと乾いた音を打ち鳴らしながら掌と掌がぶつかり合い、チャクラが弾ける。
 ――ここッ!
 ネジの急所を狙って掌を一閃させる。それをギリギリでかわしたネジだったが、柔拳は例え掠っただけでも効果を齎す。リーやガイ、ハッカにユナトが主に使用する、敵に骨折や外傷、つまり外面的損傷を負わせる体術が剛拳と呼ばれるのに対し、ネジやヒナタ、ヒルマ(下手だが一応使えるようだ)の主に使用する柔拳はチャクラの流れる敵の経絡系にダメージを与え、内臓、つまり内面を壊す。ヒルマはそれを利用し、逆に内臓の治癒をしている、というわけだ。柔拳に見た目の派手さはないが、後からじわじわと聞いてくるその攻撃は相手にかなりの損傷を与えられる。どんな頑強な人間でも、内臓だけは鍛えられないために、内臓を直接攻撃されたら致命傷。これこそ日向が名門と言われる所以である。

「ヒルマはこの試合、どう思う?」
「そんなこと言われても……まあ、ネジ君の実力がわたくしより上なのがちょっと悔しいところです」
「ヒルマの柔拳って、ほんっと使えないよね」
「……ユナトさんすっごく失礼じゃないですかそれ」

 ヒルマとユナトの会話を他所に、互いの様子を伺っていた二人がまた攻撃を再開した。ぱしん、ばしんと打ちつけられる掌の音が響く。一見、ヒナタが押しているかのように見えた。
 二人の一層激しい攻撃が同時に打ち出される。ヒナタとネジは打ち出したその姿勢のまま、暫く硬直していた。めいめいの右手のひらは、互いの胸元に突きつけられている。しかしチャクラが目に見えないものである以上、彼ら二人に内どちらがより多いダメージを与えたのか見分けるのは困難であった。
 天使が通っていったかのような沈黙は、ヒナタが血を吐くまで続いた。

「やはりこの程度か……宗家の力は」

 ネジの手の甲に血が滴る。ヒナタはネジの腕を強引に払いのけて、次なる一撃を与えようとした。
 ――まだ……ッ!
 しかしネジは片方の手で素早くその腕を掴み、もう片方の指で彼女の腕を鋭く突いた。荒い呼吸を繰り返すヒナタとは対照的に、ネジは全くの無傷だった。
 するりと、そのまま彼女の袖を捲る。腕に浮かぶ赤い点を見せ付けられてやっと、ヒナタはさっきまでの間に、ネジが自分にどのような攻撃を繰り出したのかをしった。

「まさか……、それじゃ、最初から……」

 一時期ヒナタは自分が押していると思ったが、それはただの間違いだったのだ。本当は、ネジが攻撃をする振りをして自分の腕の点穴を突いていたのに気づけなかっただけだった。点穴でチャクラを止められてしまえばどんなに激しい柔拳の攻撃も効果を成さない。道理で全く同じ攻撃を繰り出したはずなのに、自分だけがダメージを受けたはずだ――最初からヒナタの攻撃は、全く効いていなかったのである。

「そうだ。俺の目はもはや点穴を見切る」

 一般の白眼使いは経絡系を見ることが出来るが、その中でも経絡系に於ける三百六十一個の点穴を見切れるようになるのは難しい。増してや、ネジの年でそれが見切れるとなったら、それはもっと難しいだろう。
 点穴とは針の穴ほどの大きさという言葉が丁度に合うほどの大きさだが、杓子が耳掻きになれないのと同様に、点穴より大きいものでも点穴の変わりになることは出来ない。点穴は忍者にとって、それほどまでに重要なものなのだ。理論上、点穴を突くことで相手のチャクラの流れを止めたり、逆に増幅させたりということが出来る。ネジがヒナタに対して行った攻撃は前者のものであり、ヒルマが治療に使用するのは後者の方だ。

「ひゃあっ――!」

 ネジの更なる一撃に吹っ飛ばされたヒナタが地面を転がる。

「ヒナタさま。これが変えようのない、力の差だ。エリートと落ちこぼれをわける差だ。これが変えようのない現実。逃げたくないと言った時点で、あなたは後悔することになっていたんだ」

 ネジは荒い息を繰り返すヒナタに言った。

「これが最後通告だ。――棄権しろ」

 ヒルマとしては治療の準備はもう整っているらしい――ヒナタがもう負けたと決めてかかっているようなものだった。それも仕方がないだろう。二人の間にある実力差はそれだけ歴然としていたのだ。

「私は……まっ、まっすぐ……じ、自分の……言葉はっ……曲げない! 私も、それが忍道だから……!」

 必死に立ち上がり、真正面からネジを見据える。大好きなナルトの前で、棄権するなんて出来るわけがない。第一試験、イビキ相手に「俺は逃げねーぞ」と、ペーパーテストが一問も出来なかったくせに啖呵を切ったナルトの前で、棄権するなんて、出来ない。憧れの人の前でそんな姿を晒してなるものかと、彼女はナルトへの想いを胸に立ち上がった。

「――来い」

 ヒナタが再び白眼を発動させ、ネジもそれに呼応するかのように白眼を発動させる。ヒナタが再び攻撃を再開すると思われたその時、彼女が再び血を吐いた。今までよりも激しく血を吐く彼女だが、しかし彼女は棄権しないと、逃げたくないと、そう言った。これは試合だ。彼女がそう言った以上、自分に手加減をしてやる義務はない。ネジは再び柔拳の構えを取った。

「ヒナターッ! 頑張れー!!」

 ナルトは人を落ちこぼれだのなんだの言ってきたネジが勝ちそうになっているのが正直、気に食わないようだった。苛立った声でヒナタに応援を送る。片思いの相手からのそんな言葉に、ヒナタは突如として先ほど考えたことを脳裏で反芻した。想い人の前で、このまま無様に負けるなんて、そんなの出来ない。そんなんじゃ格好がつかない。
 ――私はずっと見てきた
 柔拳が飛んでくる。それをかわしたネジが反撃してくる。チャクラが止められている以上、ただの柔拳では相手にダメージを与えられない。今回は柔拳だけではなく、足払いをかけたり、蹴りを飛ばしたりなどの剛拳も交えてネジへ反撃せんと向かっていった。
 ――何年間も、ずっとあなたのことを見てきた
 ヒナタに合わせてか、ネジも柔拳に剛拳を交えて攻撃してくる。日頃から剛拳使いのリーやガイといるために、ネジの剛拳もかなり鍛えられていた。男と女では、男の方の腕力が圧倒的に強い。チャクラを纏ったネジの柔拳と剛拳に、ヒナタのチャクラを纏わない柔拳と剛拳。加えてネジは無傷であり、ヒナタはかなりのダメージを負っている。ヒナタのほうがネジよりもずっと分が悪かったけれど、ここで諦めるわけにはいかなかった。
 ――なんでかな。なんでかわからないけど、ナルト君を見てると
 掌を放ち、足払いをかけ、蹴りを飛ばし。それでもネジはそれを一つ一つかわしたり受け止めたりし、反撃してくる。体の内側からの痛みは強く、じわじわと自分を蝕んできていた。
 ――勇気がわいてくる。私でも、頑張ればできそうな気がしてくる。自分にも価値があるんだと、そう思えてくる……!
 しかし、現実は無情だ。ネジは、勇気が湧いただけで勝てるような人間ではなかった。

「はああッ!」

 一層激しく、攻撃。ネジがそれをかわし、思わずつんのめったヒナタの点穴を再び貫いた後にその顎の下に柔拳を打ち込む。なんとか倒れずに踏みとどまったものの、彼女は前に増して激しく喀血を始めた。それでもヒナタはネジに向かっていく。絶対に諦めないと心に誓って。
 ――ナルトくん。今までは、ずっと私が見てるだけだった
 でも、今やっと。
 ――やっと私は
 掌をネジに向ける。渾身の一撃を叩き込むべく、走る。
 ――ナルト君ッ!!
 だがしかし、ネジのチャクラを纏った鋭い一撃は、容赦なくヒナタを貫いた。一瞬の静寂、そしてヒナタが大量に吐血して倒れる。貴女もわからない人だ、とネジは倒れたヒナタを見下ろしながらいった。

「最初から貴女の攻撃なんて効いていない」

 最初にネジに点穴を攻撃されていたチャクラを放出できないはずのヒナタが柔拳を使ったってなんの効果も齎さない。そうでありながら盲目に攻撃を続けたのは愚かとしかいえないだろう。

「終わりだ」

 ネジは静かに宣言し、そして倒れたヒナタから離れていった。心臓を狙った決定打。かなり重い一撃だったはずであり、このまま試合を続けていくのは困難だろう。ハヤテは数歩ヒナタに近寄って、言った。

「これ以上の試合は不可能とみなし……」
「とめるなッ!!」

 そんなハヤテの声を遮ったのは、ナルトだった。ハヤテがヒナタに視線を向けると、心臓に柔拳を受けても尚、ヒナタは立ち上がろうとしていたのだ。しかし限界であることに変わりはなく、これ以上ネジの攻撃を受けたらヒナタは高確率で死ぬ。そう判断したヒルマが半ば逆切れしてナルトに向き直った。

「とめるなじゃないですよとめるなじゃ!! 彼女が立ち上がろうとしてるとしてももう限界なんですよッッ!! もし彼女が死んだらわたくしにどう宗家に申し開けと!? 殺しを容認している試合とは言えこれ以上は……!」
「ヒナタがまだ立ち上がろうとしてんだ、邪魔すんじゃねえ!!」
「あんたこそ邪魔すんじゃねえって気分ですよこちらとしては!」

 宗家にどう申し開けばいい、のあたり完全に彼自身の都合だが、しかし彼の言うこともあっている。ナルトとしては、同じ落ちこぼれであるヒナタを応援したいかもしれないが、こちらはそうも行かない。死者数を最低限まで減らすのが目標の内であるし、日向分家の医療忍者として日向宗家の長女を死なせるわけにはいかないのだ――例え彼女が既に彼女の父親に諦められているとしても。そうこう怒鳴りあっているうちに、ヒナタはなんとか立ち上がってきていた。立つだけで精一杯のようではなかったが、それでも彼女は、立ち上がった。

「何故立ってくる……!? これ以上やれば、本当に死ぬぞ……! ッ何故!?」

 ――やっと私を見てくれる、憧れの人の目の前で、かっこ悪いところは、見せられないもの
 
「まだまだッ……!」
「強がっても無駄だ。立っているのがやっとだろう」

 ネジはまた語りだした。これらの言葉がヒナタのやる気を少しでも殺いでくれればいいと思いつつ。

「貴女は生まれながらに日向宗家という宿命を背負った。力のない自分を呪い、責め続けた。けれど、人は変わることなど出来ない。これが運命だ。――もう苦しむ必要はない。楽になれ!」

 そう言ったネジに、ヒナタは黙って首を横に振った。「それは違うわ、ネジ兄さん」と言う。
 そしてヒナタが口にしたのは爆弾だった。

「だって、私には見えるもの。私なんかよりずっと、貴方が苦しんでいるの……宗家と分家という運命の中で、本当に苦しんでいたのは、貴方のほう……」
「――!!」

 ネジの憤りは、その白い瞳を曇らせた。
 猛然と走り出し、ヒナタに更なる一撃を与えようとするネジを受け止めようと数名の上忍が身を乗り出したが、それには及ばなかった。そんなネジを受け止めたのは、同じ日向分家たる日向ヒルマだった。

「爆弾投げたヒナタさまもヒナタさまですけど、ネジ君もそんな易々と爆発しないでくださいよ! ヒナタさま死なせたら私たちの額が激痛に見舞われるかもしれないのに!!」

 ヒナタとネジのどちらに味方するでもなく、あくまで宗家にそんなことをしたらどうなるかを解くヒルマはある意味で日向分家らしい人間だとネジは時たま思う。宗家が憎い、けれど分家を縛る呪印があるから動くに動けない、動いてはいけない。宗家に逆らってはいけない。宗家に従わなければいけない。何故ならそれが宗家と分家の運命。日向分家に於ける典型的な考え方ではあった。

「かはっ……!」

 ヒナタが崩れ落ち、紅が慌てて駆け寄った。降りてきたガイに、憤懣やるかたないといった様子でヒナタを睨み付けるネジを引き渡し、ヒルマはヒナタの治療にかかる。かなりの重傷だ。下手したら死ぬかもしれない、とヒルマは思いながら治療に徹する。
 ――日向ヒナタは宗家の長女でありながら落ちこぼれ。日向ネジは分家でありながら、日向始まって以来の天才と呼ばれている。日向ヒナタは必要以上に気が弱く、日向ネジはそんな彼女を恨んでいて、そしてヒルマは日向に関することとなるとあくまで分家だから宗家に何をしてはいけない、したら何をされるとしか考えていない……
 そこまで考えていたユナトは不意に考えるのをやめて、ため息をついた。日向がどうなろうと知ったこっちゃないし、知ろうとすれば里は教えてくれるはずだ。里の人間が、ではなく、里が。里自身、里そのものが。

「……どこに行くんだ、ユナト?」

 不意にガイに声をかけられたユナトは振り返って、そしていたずらっぽく笑った。

「そろそろ、私の王子様に会いにいく時間です」
「……そうか」

 ユナトはにこにこしながら三代目に会釈し、そして立ち去っていった。
 彼が高齢の男性よりも愛している人間の一人が、この王子様だったのだ。
 
 

 
後書き
最初ヒルマをつくるときに考えたのが、「医療忍者で、悪げないけどちょっとうざくて、上下関係をやたら気にしてる人をつくりたい」だったのでこうなりました。なんかズレてるような気もしないではないけれど。 
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