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ロード・オブ・白御前

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オーバーロード編
  第9話 兄妹の友好な関係

 「それ」が聴こえた時、碧沙は片付けていたカップを手から零れ落としてしまった。

「ぅ…つ…っ」

 超音波に中てられたかのような耳鳴り。脳内でわんわんと響くモノがうるさい。

(音? 声? ううん、どれも違う。でも、重い…!)

 頭を抱えて膝を突いた。そのまま倒れそうになった碧沙を、逞しい腕が支えた。

 最初、碧沙はその腕の主を裕也だと思った。だから素直に胸板にもたれた。
 もたれたことで、気づいた。裕也がさせるはずがない、呉島邸の香りがした。裕也ではない。

「だいじょうぶ? 碧沙」
「光実、兄さん」

 裕也が出て行った後、「やっぱり気になる」と部屋を出ていった光実。戻って来てくれたというのか。家ではいつも碧沙を躱すばかりで、向き合ってくれなかった光実が。

「えっと……その、忘れ物しちゃって。でも戻ってよかったよ。どこか悪いとこは?」
「耳鳴りがしただけだから。もう大丈夫。ところで、忘れ物って?」

 光実がふり返ったのは、彼自身が先ほどまで座っていたベッド。シーツの上にはキウイの錠前が転がっていた。あれは、忘れたというより、座った時に落としたのだろう。

「立てる? 横になろう。ね」

 碧沙は光実に手を取られて立ち上がり、一度ベッドに座ってから寝そべった。その上から光実が布団をかけ、イスに座った。




「大丈夫だって言ってるのに」

 ベッドで横たわる碧沙は居心地が悪そうだ。

 だが、気まずさなら光実とて負けない。小さな妹にするならともかく、目の前の妹は中学生だ。
 それでも、心配だから。

「碧沙の『大丈夫』は信用ならないからね。ちゃんと治るまで見張らせてもらうよ」
「もぉっ」

 そこで光実のスマートホンが鳴った。着信画面には「角居裕也」の表示。

 光実は碧沙に断って部屋を出て、廊下で通話に出た。

「裕也さん。どうしました」
《さっきの会議で、貴虎さんがヘルヘイムでオーバーロード探しするって決めちまった》
「オーバーロード?」

 裕也の説明によると、それはかつて“森”に栄えた民の末裔で、ヘルヘイムの侵略に打ち克った者たちを指すという。

《俺とお前も捜索メンバーに入れられた。出て来られるか?》

 たったさっき、碧沙に「治るまで見張る」と言ったばかりなのに――兄らしく、そばにいて看病してやりたいのに。長兄が空気を読まないのはいつものことだが、こんな時までそれを発揮せずともよいではないか。

《ミッチ?》
「あ、すいません。ぼーっとしてました」
《ひょっとして体調悪いのか?》
「いえ、そういうわけじゃ」
《そうかそうか。それじゃあ無理に来させるわけにもいかねえよな》
「裕也さん?」
《オッケーオッケー。ミッチは体調不良につき欠席って貴虎さんに伝えとくわ。碧沙と一緒にゆっくり休めよ》
「ちょ、裕也さんっ」

 プツ、プープー。

 通話が切れた。光実は仕方なしにスマートホンをポケットにしまった。

(……気、遣ってくれたんだよな、きっと。僕が碧沙に付き添えるように。そういうとこ、チームにいた頃から変わらないなあ)

 光実は部屋の前のカードリーダにユグドラシルの認証カードを当て、再び「待合室」を開けて中に入った。
 戻ると、碧沙は大人しくベッドで横になっていたようで、光実はほっとした。

「電話、誰からだったの?」
「裕也さん。大したことじゃないから」
「そう――」

 兄妹の間に沈黙が下りた。

 いざ勇んで二人きりになってみたはいいが、光実は碧沙に何を話せばいいか皆目見当がつかない。それは碧沙とて変わるまい。
 何とか話題を捻り出そうと脳をフル回転し――

「碧沙は、さ、いつからビートライダーズを始めたの?」

 碧沙は目を白黒させた。今の光実には、穏やかな顔を繕いつつ、「地雷でありませんように」と祈るしかできない。

「9月からよ。……欠席が続いた時、巴がプリントを届けに来てくれたの。最初の頃は人が入れ替わり立ち代わりしてたんだけど、みんなめんどくさがって、段々来なくなって。みんながやめてく中で、今でもやめないでプリント届けてくれるの、巴だけなの。その時、思った。『もし組むならこの子がいいな』って」

 ささやかで、でも思春期の少女たちには、ガラスのように奇麗で大切な思い出。

「学校で思い切って誘ってみたら、後で巴が他の生徒に詰め寄られてた。学校じゃ『身分違い』だから。隠れられる場所を探して、改めてお願いしたわ。巴、最初は『自分なんか』って言ってたけど、承知してくれた」
「そんなことがあったんだね――」

 学歴を重んじる学校に進学すれば、ままある現象だ。上と下に何でも分けたがる。光実自身も通ってきた道だ。

「でも、一番は、光実兄さんがビートライダーズしてたからかな」
「僕?」

 碧沙はおかしそうに笑った。

「わたしは家でも学校でも『呉島の娘』として気を張ってるっていうのに、兄さんだけあんなに楽しそうでずるい、って」
「あ~……」

 自分自身、妹とほぼ同じ動機でチーム鎧武入りした身だ。苦笑すら返せない。

「でも、おかげで巴っていう最高の友達を見つけられたわ。ビートライダーズさまさまね。兄さんだってそうでしょ? 好きな人、とか」
「な、なんで知ってるの!?」
「なんとなく」

 忘れていた。この妹の「なんとなく」は預言並みに当たるということを。


 イニシアティブを握られたまま、それでも、いつのまにか楽しくなっていたおしゃべりは続くのであった。 
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