Element Magic Trinity
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雷の神の一撃を
『ねえクロ君、私がクロ君のどんなトコを好きか知ってる?』
『顔?』
『惜しいっ!顔も好きだけど1番は違うよ』
そう言って笑う、黒髪の恋人。
まだクロノの腕に、妖精の紋章があった頃。まだナギが、クロノの横で笑っていた頃。
ぎゅっとクロノの腕に抱き着いたナギは、上目遣いにクロノを見上げて呟いた。
『クロ君はさ、いつだって真っ直ぐでしょ』
『?』
『相手が依頼人だろうが敵だろうが、間違ってる事を間違ってるって絶対に言う。見て見ぬフリなんて、どうやっていいのか解らない。誰もが無視するような事にだって気づいて、間違ってたら皆に届くような大きな声で間違ってるって言うよね、クロ君は』
『……間違ってる中で生きてきたからな』
自分が生きてきたカトレーンの一族は、間違いだらけだった。
暫くは何も知らずに生きてきたクロノがまず知った間違いは、自分に対する周囲の目だった。愛人の子である、と言う事だけを理由に白い目で見られてきた。
次に知ったのは、当主であるシャロンへの態度。彼等はシャロンを恐れる一方で、その権力を自分の好きなように振るいたがった。だからこそ気にくわない奴を殺して、それを彼女の権力でなかった事にしていたのだろう、と気づいたのはもっと後の事である。
そして最後に知ったのは――――――異母兄弟である妹に対する態度だった。初めて妹にあった時、クロノはまず、その目に驚いた。自分と同じ色の目であるはずなのに、その目にはいつも疑いと嫌悪、敵対心が滲み出て濁っているようで、彼女の青い目は汚れも傷も1つとしてない水晶玉のように透き通っているように見えた。きっとそれは、カトレーンが今まで彼女にしてきた事の結果。その全てを知る者の目は、もう誰も信じられないと訴えているようだった。
『オレは間違ってる事を間違ってるって言えない環境で育った……その反動、だと思う』
間違ってると言っても怒られない。
正しい事を正しいと言える、そんな環境をクロノは知らなかった。カトレーンにいた頃も、心の中では叫んでいたのかもしれない。それは間違っている、と。
ただ、自分がそれから顔を背け続けていただけで。
『違うよ』
俯くクロノを、ナギの声が持ち上げた。
引っ張られるように顔を上げると、ナギはニコニコと笑っている。
『反動じゃなくて本能だよ。間違ってる事を見てるのに黙ってる事が出来ないのは、クロ君の中にある正義感の証でしょ?それは絶対何かの反動じゃない。確かにクロ君はそういう環境で育ったのかもしれないけど、環境が違ったとしても、クロ君はきっと悪い事を悪いって言う。それ以外の言い方なんて絶対にしない。ただ真っ直ぐに、悪いって言うよ』
言葉が足りなくてゴメンね、と困ったようにナギは笑う。
根拠も何もない、ティアが聞いたら真っ向から反対するであろう言葉。そうだとしても、クロノは少し安心する。
自分の言葉の後押しをしてくれる気がして、口元が緩む。
『え?なーに笑ってるのクロ君。面白い事でもあった?』
『あった。でも秘密』
『むぅ、教えてよ。私だって知りたい!』
『秘密は秘密』
『クロ君のバカ』
『何とでも言え』
不貞腐れたように頬を膨らませるナギの頭を撫でる。彼女の思考は結構単純だから、これだけでも大抵は許してくれるのだ。
今回もそのようで、ナギは柔らかく微笑むとパッと顔を上げた。
突然の事に、クロノは軽く仰け反る。
『うおっ』
『ねえクロ君、来週の土曜って空いてる?』
『来週の土曜?……今のところは空いてるけど、どうかしたのか?』
『じゃあさじゃあさっ、次はその日に会おうよ。私の家に集合、OK?』
『OKだけど、何かあったっけ?その日』
『言わないよっ、忘れてるならそれでいいんだから!じゃあねクロ君、私これから用事なの』
『ん、解った。来週な』
満面の笑みでぶんぶんと手を振るナギにヒラリと手を振り返し、お互いに背を向け逆方向に歩き出す。
来週会える事を疑っていなかったから、お互いに何も言わない。
まさかこれが最後になるなんて、微塵も疑っていなかったから。また会えると信じて疑わなかったから。
ナギが会いたいと言った“来週の土曜”がクロノの誕生日である事を彼が思い出したのは、行方も生死も不明だったナギが“死んだ”と判断された、3年前のナギの誕生日だった。
足に炎を纏い、火力をバネに飛ぶ。
先ほどまでナツが立っていた床をシオが放つ熱い波動が焼け焦がす。それを見たナツは表情を歪めると、タン、と小さく音を立てて着地する。
「火竜の…咆哮!」
「吸収ー」
竜さえも滅する紅蓮の炎を、小柄な少女が簡単に吸収してしまう。
火傷1つない白い肌が淡い赤色の光に包まれ、魔法陣が展開する。ぶわっと熱気が発生し、空気が熱くなる。火竜の異名を持つナツは何とも思わないが、2人から距離を取り戦いを眺めるハッピーにはじっとりと汗が滲んでいた。
「お前、さっきから何でオレの炎が消せるんだ?」
「それがー、私のー、魔法ー、だからー」
「ア?」
「教えてー、ほしいー?」
ナツが怪訝そうな顔をする。
ハッピーも意味が解らないというようにシオを見つめた。
何やら顔のような模様が描かれた緑色のパーカーのフードの下から、とろんとした眠そうな瞳が覗く。
「私のー、魔法はー、“エネルギー変換魔法”。熱をー、吸収してー、攻撃エネルギーにー、変換させるー」
「熱を吸収!?……そうか、だからナツの炎が消えちゃうんだ!」
「ぐぬぬ…」
呻くナツをぽけー…と見つめ、シオはこてりと首を傾げる。
人形めいた動作に合わせ、ボブより少し長い淡い緑の髪が揺れた。やや大きめのパーカーから小さく覗く細い指が目にかかる前髪を払い、続ける。
「お前はー、私にはー、勝てないー……その理由がー、解ったー?」
「傲慢!」
「雷神トールに命じる!“雷鎚で一撃を叩き込め、巨人さえも殺した一撃を!”」
ジョーカーの背から放たれる無数の光の羽が、矢のように連射される。
それを見たクロノの声に応えるように、彼が握りしめる雷鎚ミョルニルがバチバチと音を立てて雷を纏った。
重いであろうそれを軽々と頭上で回したクロノは、ミョルニルを思いっきり羽の1つに叩きつける。
バチッ、とスパークするような音が耳に飛び込んできたと同時に、その羽と別の羽を繋げるように金色の電撃が走り、一斉に無数の羽が電撃に包まれた。
弾けるように消えた光の羽の中を突っ切り、クロノはもう1度槌を振りかざす。ジョーカーはそれを避けると、立てた右人差し指と中指を突き付ける。
「憤怒!」
「怪狼フェンリルに命じる!“お前の呪縛を解いてやる。早速餌だ、遠慮せず喰いな!”」
展開する魔法陣から、凶暴な狼が現れる。
悪神ロキと巨人の女アングルボザの子である怪狼フェンリル。彼の怪力と悪行を恐れた神々によって、ネコの足音や女の顎髭、魚の息など様々な不思議な材料で寄り合わせた魔法の綱で縛られ岩に繋がれている狼を、クロノが解き放つ。
世界が破滅する時に解放され最高神オーディンを呑み込んだフェンリルは、あっさりと憤怒を呑み込んだ。
「チッ……色欲!」
指を突き付けると、クロノを淡い桃色の霧が包んだ。
その瞬間、ピタリと足が止まり、ミョルニルを持つ手がだらりと下りる。
青い目が大きく見開かれ、僅かに開いた口から小さく呻くような声が零れた。
「え…どうしたの?」
「何か様子がおかしいわよ」
突然の異変に、レビィとシャルルが呟く。
その様子を見たジョーカーが、口角を上げ呟いた。
「終わりだよ、神話ノ語リ部」
そんな心配をされている事に全く気付いていないクロノは、ただ目を見開いていた。
ジョーカーが使った色欲―――――相手に強力な幻覚を見せる魔法によって、クロノの目には2人の少女が映っていた。
『兄さん』
1人は、自分と同じ青い髪と瞳を持つ少女。
造られたように整う美少女顔に歌うように軽やかなソプラノボイス、完璧なまでなプロポーション―――――とシスコンで有名なクロスが言うのも納得出来る、超完璧美少女。口を開けば毒舌と正論のオンパレードだが、黙ってさえいればうようよと男が言い寄って来そうだ(実際にそうであるが、寄り付いた男はヴィーテルシアに蹴り飛ばされるか毒舌を前に精神的にズタズタになるかのどちらかである)。
『クロ君』
もう1人は、黒髪に淡い桃色の花の髪飾りを付ける少女。
特別美人ではないがどこか透き通ったような魅力を持つ顔立ちに、柔らかく温かな笑み。無理難題を押し付けるのが趣味なんじゃないかと疑う程に無茶を押し付け、それでもカラカラと笑っていた彼女。ワガママめいた事ばかり言って、それでも確実にクロノを前に引っ張り続けていた。その姿は最後に会ったあの日と、全く変わっていない。
「ティア…ナギ……」
震える声で呟くと、2人の少女は同時に頷いた。
今のクロノが正常ならば、ここでこれが幻覚である事に気づいただろう。例えば、2人同時に頷くなんて打ち合わせでもしない限り無理だ、とか、オレの問いかけにティアが素直に答える訳がない、とか、ナギは死んでるんだから会える訳がない、とか理由を付けて。
だが、今のクロノは正常ではなかった。探し求める2人が目の前にいる―――――それで頭がいっぱいで、他の事なんて考えてられなかったのだ。
『さあ、兄さん』
『一緒に行こう?』
静かに差し伸べられた2つの手は、どちらも本物そっくりで。
ますますクロノは疑う事を放棄する。これが偽物であるはずない、と根拠のない理由を無理矢理つけて、納得する。
ミョルニルから左手を離し、伸ばされた手に自分の左手を重ねるべくゆっくりと手を伸ばす。
「レーゼ!」
―――――――その手が重なるよりも早く、3人目の少女の声が耳に飛び込んだ。
ハッとして瞬きをすると、そこに2人はいなかった。
目線を周囲に走らせるが、青い髪も黒い髪もどこにもない。前を向けば確かに黒髪であるジョーカーはいるが、クロノが探す黒髪は彼ではない。
(今のは……?)
暫し考え、気づく。
まさかと思いつつ振り返ると、そこには自分を見つめる妖精の尻尾のメンバーがいた。
更に視線を彷徨わせる。クロノの推測―――――あれが幻覚であった、というのが正しいのならば、きっと彼女がそれを解いたはずだ。
探し、見つける。目が合った藍色の髪の幼い滅竜魔導士は、その目が何を意味するかを解っているかのようにこくりと頷いた。
(なるほど、状態異常回復魔法ってのは幻覚にも作用するのか。ま、列記とした状態異常だし当然か)
左手を引っ込め、ミョルニルを握る。
ニッと口角を上げると、ジョーカーが僅かに後ずさった。
(確かにアレは1番効いた。だが、逆に言うとアレは大きなミス)
それは、妖精の尻尾のメンバーに対して“お前等のメンバーを人質に取ってる。これで動けねえだろ!”と言うのと同じ。
彼等にそんな事を言えば、再起不能なまでに倒されるのが目に見えるオチだ。
「オレ相手にあの2人を使う、ねえ…」
例えば、クロス相手にティアを使った――――彼女の幻覚を見せるなり、操って攻撃させるなりさせたとする。そうすれば、きっとクロスは、ティアに攻撃されれば“ティアには”手を出せない。が、だからといって術者を無傷で済ませるかといえば違う。無傷どころか、八つ裂きにされるレベルだ。「俺の姉さんに何をした貴様あああああ!肉も骨も存在すらも残さず切り刻む!」等と壊れながらも叫ぶだろう。
「可愛い妹と愛する恋人をオレ相手に使う……」
例えば、アルカ相手にミラを利用したとする。人質にとって誘き寄せるなり、攻撃の盾にするなり方法は様々だ。もう結果は目に見えているも同然だが、アルカは何があっても相手を許さない。こちらはこちらで全身燃やすなり全身土に埋めるなり、“やりすぎた場合は”簡単に行う。勿論、ミラを助け安全な場所に避難させた上で、だ。
「どんな罪よりも重い事を平気でやるじゃねえか、テメエは」
そして。
上記2人の行動を、きっとクロノは止めるだろう。やり過ぎだと言って、聞かない場合は力づくで。
―――――だが、自分が似たような状況にある場合、何もしないかと聞かれれば答えは当然否である。
妹と恋人を使われて黙っているなど、クロノには出来やしない。
「余裕で死刑執行レベルだ―――――どうなっても文句はねえよな大罪人!」
「!」
一方その頃。
塔の中を彷徨うように歩くライアーに支えられるクロスは、ピクリと反応していた。
「どうしました?主」
「……どこかで姉さんが利用された」
「はあ?」
「きっとこれは神の思し召しに違いない―――――姉さんを利用した者を八つ裂きにしろという!」
「それはきっと神様の思い違いか何かでしょう」
「む」
こちらも反応を示していた。
出口を探すヴィーテルシアの小さな声に、エルザが振り返る。
「何かあったのか?ヴィーテルシア」
「何者かがティアを利用した……」
「?」
「許さん…絶対に許さん。エルザ、早く出るぞ。ティアを利用した者をこの手で裁く為に」
「あ…ああ……」
雷が落ちる。
ジョーカーの攻撃の全てを焦がすように、ピンポイントに。
その全てを完璧に操るクロノはミョルニルを軽々と振り回し、ジョーカーはそれを避け、攻撃を放つ。
「憤怒!」
「効くかっての!風神オーディンに命じる!“その名の語源の通り、オレの敵を吹き飛ばせ!”」
クロノが向けた左手から風が吹き、憤怒を勢い良く吹き飛ばす。
遠くの方で爆発した魔力の球体を視界の隅に入れつつ、ジョーカーは更に魔法陣を展開させた。空気を裂くような音と共に振り下ろされるミョルニルを避けつつ、叫ぶ。
「傲慢!」
無数の光の羽がクロノ目掛けて放たれる。連射されるそれを風で吹き飛ばし、時にミョルニルで弾きながら、クロノは力強く地を踏んだ。
風の勢いをそのままに高く跳び、笑みを浮かべて振り被る。
「剛勇神ヘルモズに命じる!“お前の力をオレに貸せ、冥界の橋をも軋ませた力を込めろ!”」
ミョルニルが紫の光に包まれる。
とある神が死んだ際、その神を冥界から連れ戻す為に冥界に行った神ヘルモズ。彼が冥界へ通じる橋を渡った時は、5人の死者が渡った時よりも激しく軋んだという。
その力をミョルニルに与え、一気に重量を増したミョルニルをそれでも軽々と振り被ったクロノは、更に詠唱する。
「光明神バルドルに命じる!“眩いまでの光を撒け、愛されし神の祝福を!”」
自分が死ぬという不吉な夢を見る事から始まり結果として死んでしまった、誰からも愛されたという神バルトル。行く先々に喜びと光を撒いたとされる神が撒く光を魔法陣から零すように放ち、視界を容赦なく晦ませる。
思わず右腕で目を覆ったジョーカー目掛けて落下していくクロノは、ミョルニルを思いっきり振り下ろした。
「!」
しかし、威力増幅状態のミョルニルの一撃を、ジョーカーは――――――嫉妬によってルーに変身したジョーカーは簡単に防いでしまう。
鉄壁、と付く異名を取るルーの防御魔法は言葉通りの鉄壁。防御だけに集中すれば操る風は不和の盾となる。それを知っていたのであろうジョーカーは彼の防御魔法の代名詞―――大空鉄壁を使い、ミョルニルをいとも簡単に防いでみせた。
「あの一瞬で変身か、なかなか早いな」
「……あと1秒でも遅れてたら僕の負けだったと思うけどね」
距離を取り笑うクロノをどこか恨めしげに眺めながら、ジョーカーは嫉妬を解除する。
(流石は強行検束部隊の隊長…ってトコか。どんな凶悪犯も逃さない……強くなければ出来ない事だし)
くるり、とミョルニルを回してみせるクロノに目を向けながら、ジョーカーは唇を噛みしめる。
評議院の制服をルーズに着こなす青年は見た目以上の強さを誇っている。妹が妹なら兄も兄、と言ったところだろうか。ギルドに所属している頃から最強候補と呼ばれていたらしいが、これ程とは。
(だったら……本気を出さないのは失礼だよな)
ニィ、と口角を上げて、オッドアイを細めて。
右手に魔法陣を展開させる。
「七悪ノ大罪最凶の罪にして切り札――――使うのは暫くぶりだね」
「最凶の罪だあ?」
ピクリとクロノの眉が動く。
魔法陣から禍々しいような魔力が溢れ、ビリビリと肌を撫でる。どこからか風が吹き、髪を揺らす。ミョルニルを持つ手の力が自然と強くなった。
「出ておいで―――――――暴食!」
後書き
こんにちは、緋色の空です。
本日10月1日は、EMT連載開始日!今日で丁度1年です!本当は決着をつける予定だったけど、力尽きました。次回決着です。
今回の話は必要だったのか、別の話にくっつけても問題なかったのか……書き終わった今も解らない。
感想・批評、お待ちしてます。
私の誕生日といい1周年といい…カトレーンの男性2人がメインで出てる気が。
そしてタイトルが決まらない……必死に捻りだしてこれだしなあ…。
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