噂話
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第三章
第三章
「そのまさかよ」
「知っていたんだ、君も」
「ここで相手に告白したら絶対に相手に頷いてもらえる。そうよね」
「まさか君まで」
実は噂とは告白に関することだったのだ。好きな相手と二人でこの展望台に行って告白するとその想いが必ず適う。それが噂だったのである。
「まさかとは思ったけれどね。言われた時には」
彼から目線を外して海を見てきた。澄んだ瞳が海を見ているがその目は夜ならば月明かりと見間違うばかりの美しさを保っていた。
「正直驚いたわよ」
「あの、その」
「言うのよね」
海を見たまま彼に問う。
「告白。そうなんでしょ?」
「いや、それはその」
「もう隠しても無駄よ」
靖の逃げ道を塞いできた。さりげなくきつい奈緒子であった。
「ここに来た時点でわかってるんだから」
「あ、あのさ。それじゃあ」
戸惑いながら彼女に言う。
「駄目かな。よかったら僕と付き合ってもらえないかな」
「あまり格好よくない言葉ね」
やはり海を見たままそう返す。
「もうちょっとムードがある言葉じゃないとね。他の女の子は振り向かないわよ」
「えっ!?」
ここでとんでもないことに気付いた。奈緒子は今『他の女の子は振り向かない』と言ったのだ。そこには自分は含まれないとまでだ。
「今何て言ったのかな、その」
「だから。言ったじゃない」
大きく溜息をついて靖に身体を向けてきた。すうっと一陣の風が吹いてそれに髪をたなびかせながらその白く整った顔を彼に見せてきていた。
「他の女の子はって。わかる?」
「わかるも何も」
今の奈緒子の言葉に唖然とする。目を丸くさせてぱちくりとさせながらの言葉であった。
「あの、それじゃあ」
「噂知ってたって言ったわよね」
見れば何か怒ったような顔になっている。実は奈緒子はあまり学校の男達からはあまり人気がないのだ。奇麗な顔をしているが冷たく近寄り難い雰囲気だからだ。付き合い易いタイプではないとされている。
「う、うん」
「そのうえで私はここに来たのよ」
そう述べてきた。
「わかるわよね。ここまで言ったら」
「じゃあいいんだ」
「いいわ」
にこりと微笑んできた。優しい顔だった。
「これから宜しくね。上西君」
「うん、北川さん」
二人は名前を呼び合う。何か完全に奈緒子に手玉に取られた感じだったがそれでも靖は見事噂通りに告白を成功させたのだった。
こうして靖は奈緒子と付き合うことになった。ところが。
奈緒子は靖とのはじめてのデートの前に待ち合わせ場所で誰かと話をしていた。相手は女友達である。
『上手くいったみたいね』
「ええ」
奈緒子はその彼女に笑顔で応えていた。そのロングヘアを奇麗に揃えて黒いズボンで決めている。スタイルがいいのでズボンがやけに似合っていた。
「彼、完全に噂信じてるみたい」
『そうでしょ?これって案外いいのよ』
「まさか上西君も自分の友人の彼女があんたなんて思わないでしょうね」
『知っててもわからないわよ』
電話の向こうの彼女は笑って奈緒子に言う。
『私がその噂を彼に言ったなんてね』
「その噂が作られたことも」
『わかる筈ないわよ』
「そうそう」
奈緒子は笑顔で待ち合わせ場所の煉瓦の上に腰掛けている。そうして周りにまだ靖が来ていないのを確かめながら電話をしていた。
「その噂が実は作り話だってことも」
『わかる筈がないわ』
そういうことなのであった。全ては二人が仕組んだ作られた噂だったのだ。奈緒子の女友達が彼氏に噂を話して彼はそれを靖に話す。それを聞いた靖は奈緒子に告白する、そういうことなのだった。
『けれどさ』
ここで電話の向こうの友人は言ってきた。
「何?」
『回りくどいことしたわね、随分』
彼女はこう電話の向こうから言ってきた。
『素直に自分から言えばよかったのに。またどうしてこんなふうにしたのよ』
「だって。あれじゃない」
奈緒子はそれに応えて少し楽しそうな笑みを浮かべてきた。電話から見える筈がないがそれでも声にもそうした笑みが出てきていた。
『あれって?』
「こういうのは彼の方から言わせるに限るじゃない。そうでしょ?」
『聞き出すってこと?』
「少し違うわ」
それは否定してきた。どうやら考えることは案外深いもののようである。
「だって。恥ずかしいし」
『それだけ?』
案外繊細なようである。それが今彼女の顔にも出ていた。
「いいえ、もう一つあるわ」
『何よ、それ。よかったら教えて』
「やっぱり嬉しいじゃない。好きな子に告白されると。そうじゃない?」
のろけた顔と声になっていた。実はこれが素顔なのかも知れない。
「でしょ?やっぱり」
『まあそうだけれど。それにしても周りくどかったわね』
「それだけの価値はあるの。あっ、来たわ」
ここでふと気付いた。靖の姿が見えたのだ。
「それじゃあね。これからだから」
『頑張りなさいよ、折角色々とやってここまでこぎつけたんだから』
「わかってるわ、絶対に離さないんだから」
そう言って電話を切った。そうして立ち上がって靖に顔を向けてきた。
「おはよう、上西君」
普段の冷静な顔で挨拶をする。しかしそれは仮面である。仮面の下の素顔は決して見せはしない。噂話もまた謎のままであった。全ては彼女の心の中だけにあるものだった。
噂話 完
2007・4・14
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