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高嶺の花園

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謝りと誤り

その沈黙は、誰もが予想していなかった。

ただただ、熱気溢れるバスケがそこで行われると誰もが確信していた。

その沈黙は、時に短く、時に長く感じる、そんなものであった。

その沈黙を、最初に断ち切ったのは少女の謝罪であった。






「…ごめんなさい。私、もうバスケはやめたんです…」






誰もがその発言に、驚きを隠せなかった。

誰もがその発言に、疑いを隠せなかった。

誰もがその発言に、絶望を隠せなかった。


天才と呼ばれた少女が

『高嶺の花園』とまで称された彼女が

訳もなくそれを辞めるわけがない。

そう、誰もが確信したそのとき、

たった1人、皆と違う思考を巡らせた少年の言葉により、その沈黙は再び断ち切られた。



「杏莉沙さんは…訳もなくバスケをやめたわけではありません。

彼女は…もう、運動をすることが許されていないんです…」


その、衝撃的な発言に、一言に。

誰もが、絶句した。



「運動をすることが…許されてない…?

どういうことだよ、黒子!」


主将、日向順平までもが、驚きの声を張り立てる。

それもそうだ。杏莉沙が運動することを許されていないというのは、『キセキの世代』がバスケをやめると言ったような冗談とそう変わらない。

誰もがそれを冗談、と受け取るだろう。


「テツヤくんの…言う通りです。」


杏莉沙は、ゆっくりゆっくりと、悲しげな表情を浮かべながら話し始める。








「中学2年の秋…私は…諸事情により帝光中を離れました。

テツヤくんや、『キセキの世代』のみんなの前からも、突然姿を消しました。



そして私は、転校先の古塔中で女子バスケ部に入部しました…。本当は男子バスケ部のマネージャーをやろうかと考えていたんですが、帝光中でいろいろあって…その願望も自ら消したんです。


そして私は、ご存知のとおり『高嶺の花園』と言われるようにまでなった…。

私は、エースでした。

でも、全中9連覇目を目指して戦ったあの大会の決勝戦で、我慢し続けていた左足の痛みがとうとう悲鳴をあげたんです。

結果はもちろん優勝。でも、無理して最後までプレーし続けた私は、試合が終わった途端その場に崩れました。

そのまま救急車で総合病院に送られ、スポーツ外科に回されました。

検査が終わり、結果が出るや否や、私の手術の日程が組まれ始めました。

…私は、知らぬ間に骨の病気に侵されていた…そう、医師から告げられました。

第二ケーラー病…別名、フライバーグ病。

私の場合、無理のしすぎで、骨への持続的圧迫が原因で、無腐性壊死を起こしてしまったんです。

我慢のせいで進行が早く、足の指切断か否か迷った末、何度かの手術で切断を逃れました。

そして病気自体は完治したものの、骨がほぼ指一本分移植で入れ替わったので、運動はもうしてはいけない…と医師宣告を受けてしまったというわけです。」


「「「「「「「………………」」」」」」」


「あ、あの…す、すみませんっ!

初対面の私が急にと物語ってしまって…」


「いやそれは別にいーけど…まぁ病気とやらの話はよくわからんけどよ…なんか俺も悪かったな…すまん」


さすがに状況を把握した、いや、嫌でも把握した火神は、珍しく謝罪の言葉を述べた。



「そういうわけだったの…ごめんなさいね、うちの部員が」


いつにもなく優しげな、そして悲しげな表情の監督が彼女にそう告げる。

そんな監督を見て、いつもなら驚くはずの部員も

今回ばかりは共感の意しかなかった。


「んと、あーそれで、黒子とは知り合いってわけか?」


「それは違います。キャプテン」


今この場にいたかも忘れるような彼が、その存在をはっきりと示す。

淡々とした声を発して。





「僕と杏莉沙さんは、幼馴染なんです」





「「「「「「「お、おさななじみぃ~~?!?!」」」」」」」



「おまっ、桃井ちゃんというものがありながら…」


「こんな美少女とまで幼馴染だと?!」


「黒子…うらやましすぎる…」


そんな興奮状態の男子部員に、すかさず監督が渇を入れる。

どこからもってきたであろうかそれを、小金井特製のハリセンを、豪快にお見舞いする。


「ったくあんたらは…って水無瀬さん、ごめんね」


「あ、いえその…私のことはお気にせず…。それと、杏莉沙で結構ですよ?」


監督のハリセンを受けた部員たちも、その儚げな少女の無垢な微笑みを見て痛みを忘れた。

まさに、むさくるしいこの部に、一瞬でも天使が舞い降りたとも思えた。


「それで、どうして杏莉沙はここに…?」


「あ、えっとその…転校したら、ここの男子バスケ部のマネージャーをやろうかなと思って…。

テツヤくんもいますし…」


その瞬間、部員全員が察した。







この部は永遠に、負けることはないと。











             *









過酷なインターハイに向けての練習も終わり、バスケ部は監督の話を聞いてから解散した。



「すみません、それでは僕は杏莉沙さんを送ってきます」


「あ、うん。それじゃあ黒子君頼んだわよ!」


「失礼します。これからも、よろしくお願いしますね」


軽い挨拶を経た後、杏莉沙と黒子は部員に別れを告げた。





「ごめんね、テツヤくん…送ってもらっちゃって…」


「いえ、別にかまいません。」


しばらくの沈黙が、彼と彼女の間を通り過ぎた。

それでも2人は不快に思ったりしなかった。

お互い消極的な性格であるため、中学のころからいつもこうだった。

逆にお互い、中学のころを、あの帝光時代を…懐かしんでいた。


「黒子くん…今はもう、バスケが好き?」


「…はい。荻原君たちとの試合の時からは、もう立ち直っています。

もう、バスケが好きすぎて仕方ありません。」


「…そっか。良かった。荻原君も、またいつか会えるといいね…」


「…はい。」


転校したあとも連絡をとっていた2人は、お互いの学校生活のことも知っていた。

黒子がバスケを嫌いになったあの試合のことも、杏莉沙は知り尽くしていた。


「杏莉沙さんは…転校してきたのはまた同じ理由ですか…?

あのときと…」


「うん…実は、ね。テツヤくんは察しがいいなぁ。

…帝光にいたあの子が、泉真館にいたの…。えへ、笑っちゃうでしょ…」


「!!」


酷い惨劇を招いた『あの子』。

もう見たくもなかったはずなのに、それなのにまた彼女の前に現れるとは…想像すらしていなかった。

もう忘れたい過去のはずなのに、記憶がそれを許さない。

もう繰り返したくなかったはずなのに、運命はそれを許さなかったのだ。


「…今度こそ、僕が守ります。」


「テツヤ…くん?」


「誠凛で杏莉沙さんを守るのは僕だ。二度とあんなこと、誰にもさせません。

誰かがまたそんな事をするなら、僕が許しません。」


中学のころにはなかった…その強さが、杏莉沙には手に取るように分かった。

強く、まっすぐに自分に向けられたまなざしが、何よりの証拠だった。

そしてそのまなざしが、杏莉沙はとても好きだった。

落ちつく、心強い。そんな言葉がぴったりな、ゆらぐことのなまなざしだった。


「ありがとう…テツヤくん。これからまた…よろしくね?」


「はい。こちらこそよろしくお願いします。」






夕焼け色に染まる彼女の背中を見て、少年は一人微笑んだ。


 
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