ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜
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神意の祭典篇
37.宴と始まり
十一月半ばの水曜日──
別名霜月とも呼ばれる。文字通りに霜が降りる月だ。朝方になれば霜が降り、路面が凍結するなどのことがある。本土は冬の準備に入っており、衣替えをするような時期だ。しかし、亜熱帯に位置する絃神島にそのような時期があったことなどない。
肌寒いと思うことさえない絃神島には、暖房設備など一切無縁なほどに強く暑い陽射しが窓から教室へと降り注いでる。
周囲には、慌ただしい足音と怒声やら罵声やらが絶え間なく飛び交うのだった。
波朧院フェスタの余韻が冷めあらぬまま行われるもうひとつの祭典。
彩昂祭。いわゆる学園祭だ。
波朧院フェスタのように規模が大きいというわけでもないが、生徒としては数少ない祭りであり、授業を受けなくてもいい非日常の光景なのだ。
そんな行事に盛り上がらないわけがないのだ。
しかしながら、緒河彩斗は祭典というものにあまり積極的に取り組むタイプの人間ではない。
現に彩斗は、彩昂祭の準備のために設けられた時間さえも窓際の自席に突っ伏して陽射しに耐えながら寝ようとしている。
「ちょっと、彩斗。あんたも手伝いなさいよね」
わずかに顔を傾けて右眼だけで声の聞こえた方角へと向く。校則違反ギリギリまで飾り立てた派手な服装と、明るく染めた華やかな髪型。
黙っていれば美人の藍羽浅葱がサボっていた彩斗を起こしにきたのだ。
「俺に手伝えることなどなにもない。だから俺は寝る」
「あんた少しは、手伝おうとは思わないの?」
浅葱が呆れたように訊いてくる。
「ないな。祭りで俺がはしゃぐようなタイプじゃないの知ってるだろうが」
「即答なのね」
完全に呆れたという顔で彼女は頭に手を当てている。
「ということで寝させていただきます」
その言葉を残して彩斗は再び、腕の中に顔をうずめこむ。
すると襟が強く上に引っ張られ、首が締められる。うぇっ!、と声にならない声を漏らして肺から空気が放出された。
「ほら、あんたも手伝うの!」
浅葱が彩斗の上着の襟を千切れんばかりに引っ張り上げ、そのまま強制連行されていく。
「わ、わかった。手伝うからその運び方はやめてくれ!」
伝説の吸血鬼の叫びが教室内に響くのだった。
「「焼ける……灰になる」」
真っ赤に染まる夕焼けが彩斗と古城の身体を照らしだす。昼時よりは降り注がれる殺人光線の威力はまだましになったとはいえ、吸血鬼には苦痛ということには変わりないのだ。
「大丈夫ですか、暁先輩、緒河先輩?」
「ああ、大丈夫だ」
「そうには見えないけどね」
彩斗たちの隣を歩くのは、獅子王機関から派遣された二人の監視役の少女たちだ。
雪菜も友妃もいつものように黒いのギターケースを背負っている。その中には真祖さえも殺すことができる獅子王機関の秘密兵器の“雪霞狼”と“夢幻龍”がそれぞれに入っている。
いつでも彩斗と古城が暴走してもそれを止められるように彼女らは常備しているのだ。
「それで先輩はなにを買いにいくんですか?」
「文化祭の必要な小道具類だ。浅葱のやつに暇なら買ってこいって押し付けられたんだよ」
それに授業でサボっていた彩斗も付き合わされたというわけだ。
古城がポケットから四つ折りにされた紙を取り出して広げる。それは学校で配布されたプリントの裏に買ってくる物の一覧が書かれている。
ガムテープ、A4用紙、教室の飾り付けに使うであろう綿や黒い布などが乱雑な文字でそこに書かれている。
だが、その一覧の後半は、飲み物、お菓子、カップ麺、デザートなどの明らかに文化祭に一切関係ないような名前の商品がずらーっと並んでいる。文化祭にいる物よりも食べ物類の方が多いのではないかと思うくらいだ。
彩昂祭で一年B組の出し物はVRMMO──すなわち仮想現実大規模多人数お化け屋敷だった。
最先端のバーチャルリアリティシステムと“魔族特区”で開発された幻術の融合によって、かつてないリアルな恐怖体験を生み出す体験型ホーンデッドハウス。
彩斗が熟睡している間に決まったことなので詳しくは知らないのだ。
「浅葱の野郎。後で建て替えるとかいって頼みすぎだろ。貧乏学生の財布の金額をゆうに越えてるっつうの」
「まぁ、古城の財布だけで足りるだろうから俺は財布持ってきてねぇからな」
「ふざけんなよ、彩斗!」
「冗談だっつの。本気にすんな」
彩斗はいつものように不敵な笑みを浮かべたのちに大きなあくびをするのだった。
「そういえば、姫柊のところはなにをやるんだ?」
「そ、それは秘密です」
やけに慌てる雪菜に少し疑問を覚える。彼女は必死に隠すつもりなのだろうが、古城の妹の暁凪沙に訊けばペラペラ話してくれそうだ。それに同じ中等部なら叶瀬夏音に訊いてもわかるだろうからここで別に無理やり問いただすのも時間を浪費するだけだ。
「とりあえず早く買い出し済ませて戻ろうよ。そろそろ日がくれちゃうからさ」
友妃が急かすように彩斗の背中を押していく。
「それもそうだな」
買い出しを終えて彩海学園の校門を再びくぐった時には太陽は水平線からわずかに顔を出す程度になっていた。もう三十分もすれば太陽は完全に沈み辺りは人工的な光源に包まれるであろう。
ようやく吸血鬼である彩斗と古城は動きやすい時間になってくる。
雪菜は自分のクラスがまだやっているかもしれないからと中等部の校舎の方へと戻っていった。
彩斗と古城はパンパンに膨らんだビニール袋の両手に持ちながら高等部の校舎へと向かう。
「おら、買ってきてやったぞ、浅葱」
重いビニール袋の荷重をモロに身体に受け前のめりになりながら教室へと入る。
「お疲れ様。ゴメンね、友妃まで付き合わせちゃって」
「ううん。ボクは彩斗君の監視役だから当然のことだよ」
浅葱は友妃の言葉にあからさまに顔を引き攣らせる。
それもそのはずだろう。彼女は彩斗が“神意の暁”であり、友妃がその監視役だということを知らない。先ほどの友妃の発言はただの自分がストーカーであるといっているようなものだ。
雪菜といい友妃といい若干抜けているところがあるため、その度に彩斗と古城は周りの男子から殺意視線を向けられるのだ。
「とりあえず今日の分の作業はとっとと終わらせるぞ」
めんどくさげに頭を掻きながら彩斗は呟いた。
そこから約一時間くらいの時間が過ぎた。辺りは完全な闇になり、人工の光が幻想的に辺りを染める。
「それじゃあ、俺はそろそろ帰らせてもらうぞ」
一時間しか作業を行っていないのに浅葱やクラスメイトの棚原夕歩にこき使われ続けたせいで疲労度合いはかなり高い。
「彩斗君が帰るならボクも帰ろうかな」
監視役である友妃も一緒に帰ろうと立ち上がる。
「まだ友妃にはやって欲しい作業があるからもう少し残ってくれないかな?」
夕歩は両手を合わせて頼みこむ。彼女は少し困ったような表情を浮かべる。彩斗の監視役であるから目を離すことはできない。だが、クラスメイトの頼みを断れない。どちらにしていいのか迷っているようだ。
「別に心配いらねぇから手伝ってやれよな」
「わかった。でも、変なことしないでよね」
「しねぇっつうの!」
これ以上誤解を生むのは、彩斗の寿命を削るだけのような気しかしないので早くこの場から立ち去るのが先決であろう。
「とりあえず、困ったことがあったらそこのバカでもこき使っとけ」
「あとで覚えてやがれよ……彩斗……」
苛々した表情で古城は彩斗を見上げる。そんな古城に不敵な笑みを浮かべながら教室を後にした。
彩斗が一人校門に向けて歩みを進る。すると暗闇の中に人影が浮かび上がる。通常なら見えないのだが、吸血鬼の目にはその姿をはっきりと捉える。銀髪の綺麗な髪に碧い瞳の天使を連想させるような少女。
「夏音! 俺を待ってたのか?」
「はい。雪菜ちゃんから彩斗さんがまだ残っていると聞いたので待っていました」
「別に待ってなくてよかったのに……それでもありがとな」
「いえ、彩斗さんと一緒に帰りたかった、でした」
わずかに頬を赤らめながらうつむく夏音はとてつもなく可愛かった。
今すぐにでもその身体を抱きしめたいほどだ。
「それじゃあ帰るか」
「はい」
彩斗と夏音はわずかに緊張感を残したまま帰路につく。学校の話題やスイーツの話題などいろいろと夏音と話すが話題が尽きることはなかった。
「夏音は今日の晩御飯なにがいい?」
「そうですね。ハンバーグが食べたい、でした」
「了解だ。それならスーパーで食材買わねぇとな」
その瞬間だった。彩斗はわずかな違和感に足を止めた。
「彩斗さん?」
夏音が急に立ち止まった彩斗に疑問の声をあげる。
この違和感ははっきりいえば、古城たちと買い出しに行っているときから感じてはいた。しかし、雪菜も友妃も第四真祖の古城でさえもなにも感じていなかったようなので彩斗の勘違いだと思っていた。
だが、夏音と会ってからその違和感は徐々に鮮明になっていった。それは彩斗に存在をわざとしらしめているようにも思えずっと気にはなっていた。しかし、今回の気配で見逃すことはできなくなった。
強大な魔力の波動。それも濃密にして、隠密な魔力だ。それほど繊細な魔力を出せる人物がただ者なわけがない。
そいつの狙いが彩斗ではなく夏音だとするならなおさら見逃すわけにはいかない。
「悪い。ちょっと学校に忘れ物したから先に食材買いに行っててくれ」
「それなら私も一緒に行きます」
「いや、学校に戻るなら古城たちに作業手伝わされるかもしれないから先に行っててくれ。夕飯には絶対戻るから」
彩斗は自分の財布を夏音へと渡し走り出す。
いい忘れたように彩斗は振り返る。
「スーパーで食材買ったら寄り道せずにモノレールで帰れよ!」
彩斗は自らの唇を噛む。わずかな血が喉の渇きを潤し、吸血鬼の能力を解放する。夜の漆黒に感覚が研ぎ澄まされていく。
謎の違和感の中にわずかに感じたことのある気配を感じとる。その気配は、夏音の日常生活に干渉することなく、陰で密かに護衛の任についているユスティナ・カタヤだ。彼女が護衛についていることがわかれば彩斗は安心できる。
彩斗は夏音が見えなくなるところまで走って誰かに語りかけるように小さくつぶやく。
「……場所を変えるぞ」
後書き
いかがだったでしょうか。
今回は、少ししか進めませんでした。
やはりオリジナルになると話が短くなってしまう。
また気軽に感想や意見をおっしゃってください。
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