相州戦神館學園 八命陣×新世界より 邯鄲の世界より
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第3話 仲間という存在
昨夜見た夢の続きを今夜見て、その続きを明晩見る。
情景は鮮明。 それが夢であることを常に理解し、かつ起きた後も忘れない。
つまり、連続した明晰夢。 たとえ身体は眠っていても、心は片時も止まっていない。
幼い頃から毎夜そうした夢を見続けてきた 柊四四八は、通常なら人生の三分の一を要する休眠を、精神的な面ではしていないも同然だった。
ゆえに心配される疲労も、不健康も、なぜか彼には一切無い。
むしろ覚醒が途切れないことで気持ちは同世代の友人たちより数年先行しており、能力も高い秀才としてさえ通っていた。
異常体質と言えば異常体質。
だが実際に問題は起きていないので四四八はこれを己の長所と解釈しており、それ以外はごく普通の学生として日々の生活を送っていた。
しかし、そうした自分と同じ特徴を持つ初めての相手――世良水希に出会ったことで四四八の人生は一変する。
彼の友人たちも夢の世界に入ることが可能となり、当初は不思議に思いつつも楽しんでいた面々だったが、ある日を境に自分たちが巨大な
歯車に絡め取られたのを自覚した。
この夢は人を殺す。
この夢は歴史を変える。
この夢は、一度足を踏み入れた者を絶対に逃がさない。
生涯不眠を貫くことなど不可能である以上、死の夢は夜毎 四四八たちを招き入れる。
ゆえに、そこから脱する方法は二つだけ。
今すぐ自ら命を絶つか、どこまでも突き進んで悪夢の謎を解き明かすか。
否応のない二択であり、戦わなくてはならない動機もあった。 そして何より、四四八たちは皆が等しく思っていたのだ。
これほど理不尽で不可解な状況なのに、なぜか巻き込まれたという気がまったく起きない。
まるで、こうなることこそ皆の総意…… 自ら選んだ願いなのだというかのように。
夢界における勢力の一つである貴族院辰宮の保護下に入った四四八達七人は第四層に存在する戦真館に入学した。そこで夢界における戦い方を教わる為であった。
夢界において生き残る為の最大の手段が「邯鄲の夢」だからだ。現実では有り得ない超常能力を発現させる力である邯鄲の夢。現状において四四八達はその力を十分に鍛えておらず、夢界における戦いに生き延びるべく、身を粉にして鍛錬に明け暮れていた。
四四八達が戦真館に入学して一ヶ月程経った日、四四八達のクラスに転入生が来た。
「今日から同じクラスになる塩屋虻之です。若輩の身ではありますが、誠心誠意向上に努めさせていただきます」
端正な容貌に長身の塩屋はどこか心の篭っていない言葉でそう皆に告げる。
そして塩屋は眉目秀麗な容姿に負けていない程の才覚を如何なく発揮していた。
体力、実技、戦いにおける知識、戦術、戦略、兵法のどれをとっても抜きん出た才能を持っており、それこそ文武両道の四四八にさえ劣らない程だ。
今や塩屋は四四八とクラスの首位を争うまでになる。
そんな文武に秀でる塩屋ではあるが、どこかクラスの生徒とは壁を作っているような気が四四八を含む仲間達は感じていた。
転校初日に四四八の幼馴染である歩美と栄光の二人が塩屋に声を掛けたのだ。すると塩屋の表情に若干の苛立ちが浮いて出たのだ。対人関係を築くのは得意な方である歩美と栄光ではあるが、二人が塩屋の気に障ったような言葉は言った記憶がない。たまたまその時の塩屋の虫の居所が悪かったのかもしれないが、その日の花恵教官の授業で「我も人、彼も人」という戦真館を代表する言葉を聞いた塩屋の様子が明らかにおかしかったのだ。
「……何が『我も人、彼も人』だ」
塩屋の表情は憤怒に彩られており、それは暴発寸前の火山を思わせた。
何か深い事情や過去を抱えているのだろうか? しかしそれだけが塩屋のおかしい所ではなかった。
授業が終わった後も一人校庭で鍛錬を積んでいるのを水希が目撃していたのだ。このようなことは一度や二度ではない。ほぼ毎日のように血の滲むような鍛錬を繰り返しているという。その時の塩屋の気迫は正に鬼気迫る程で、気軽に話しかけられるような状態ではなかった。
塩屋は誰とも深く交わろうとはしなかった。それどころか他の生徒との関係を拒絶しているようにも見える。そういったことが続き、塩屋はクラスから孤立していく。人と人との繋がり、仲間との絆を誇りの一つとしている戦真館において決定的に塩屋の存在は浮いていた。
「ねぇ、敦。塩屋って以前のアンタとソックリじゃない? 何というか色々と似てるのよね」
「一緒にすんな鈴子」
鈴子が対人関係を築けないでいる塩屋を一匹狼で通っていた鳴滝と重ね合わせる。
「ただ、アイツは何か尋常じゃないモン背負い込んでるみたいだがな。ああいった雰囲気の奴ってのはデカイものを失ったことのある奴特有のもんだ」
塩屋が四四八のクラスに転入してきて五ヶ月目。クラスから完全に浮き上がった存在となった塩屋を見かねた四四八はついに塩屋に声を掛けた。
「塩屋、いい加減にお前もこの学校の信念を学んだらどうだ? 勉強して良い成績を残すことだけが学校の本分じゃないぞ」
「柊さん。悪いですが後にしてもらえますか? 勉強に忙しいので」
今日話四四八が塩屋に話しかけた理由は、塩屋がぶつかって尻餅をついた穂積百に謝罪もしないどころか悪態をついたのが原因だった。
「穂積に謝れ。さっきのはどう見てもお前が悪いだろ」
「自分が通ろうとした先に穂積さんがいたまででしょう。どくのを待つよりは押しのける方が早いんじゃないですか?」
「お前……!」
四四八は塩屋の態度に苛立ちを募らせる。最近の孤立している状況が続き、周囲の生徒を嘲笑し、冷笑するような態度を取ることも珍しくなくなった。今や周囲から
浮いているというより嫌われているという方が正しいだろう。
「お前なぁ、捻くれてるのがカッコイイとでも思ってんのかよ? そんな厨二な性格設定、ここじゃ生かせないっつーの!」
四四八の幼馴染である、晶が塩屋に喰って掛かる。
「人と人との信頼関係が世の中じゃ一番大事なことだ。一匹狼を通しているだけじゃ人との繋がりなんて出来るわけがない。なぜそこまで他の生徒を拒絶する?」
四四八の仲間である鳴滝も以前は一匹狼で通っており、強面の風貌かららか他の生徒から怖がられていた。しかし当の鳴滝はけっして噂のような野蛮で凶暴な男では
なく、芯はしっかりとした男だ。しかし似ているように見える塩屋と鳴滝は決定的に違っている所があった。
塩屋は明らかに周囲の人間を嫌悪し、拒絶していた。人間嫌いという言葉が当て嵌まる。四四八の父であり、夢界六勢力の一つ、逆十字の首魁である柊聖十郎も現実
世界では天才学徒として名が通っていたが、極度の人嫌いであり、変人でも知られていた。
だが聖十郎と同じ類の人間かと言えばそれとも違っていた。
十日程前、放課後の誰もいない教室ですすり泣く塩屋の姿を四四八は見た。その時の塩屋は机に突っ伏しながら泣いていたのだ。その時の塩屋はこう呟いていた。
「できない、できるわけがない……。自分の「本当の姿」を晒せば……。……絶対に拒絶される! 醜い自分のことを仲間などと思う人間などいるはずがない……!」
「何が……、何が仲間だ! 本当の自分を受け入れてくれる存在などいるわけが……!」
他人を拒絶し、近づきがたい雰囲気を醸し出していた塩屋の悲痛な言葉と嗚咽が耳から離れなかった。
「……塩屋。お前がどんな経緯でこの戦真館に入ったかは知らん。だがお前がどんな苦しい経験を、過去を引きずっているのかは分かる」
「何が言いたいんですか?」
「お前の「本当の姿」とは何だ?」
「そんなのは貴方には関係ない!!」
そう叫ぶと、塩屋は教室を勢いよく飛び出した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
深夜、戦真館の寮にある自分の部屋の全身鏡に塩屋は本当の「自分の姿」を映し出していた。
醜い、の一言が集約された姿だった。顔も、肌も、目も、口も、身体も、足も、手も、何もかもが普通の人間とはかけ離れたいる、違い過ぎる。
神話に登場するモンスター、獣人の一種だと言えばそれだけで納得してもらえるだろう。
唯一人間との共通点は、二足歩行すること、人間に比肩する知力、言葉を話すことだけ。
人間などと認めてくれるのを期待などしていない。余りにも人間とは遠すぎる肉体に改造されたバケネズミを見て人間と同胞だという方が無理な話だ。
柊四四八を含む七人の生徒。あの七人はことに自分を気にかけてくれている存在だ。しかし心配をしてくれるのも、気にかけてくれるのも自分が彼等と同じ人間の姿形をしているかだ。
彼等が決して悪い人間でないことは分かる。しかし本来の自分の姿をあの七人に見せればどんな反応をするだろうか? 掌を返した態度を取り、自分を
バケモノと罵るだろう。
本当の自分の姿をしながら、あの者達と信頼関係を築くなど土台無理な話だ。怪物のような姿形の存在など所詮は怪物としか見られない。
自分達をこんな姿に改造した者達もそれを見越した上でやったことだろう。
「こんな姿で……、仲間など出来るものかぁ!!」
叫んだ。ただそう叫びたかった。自分の目からは熱い液体が流れてくるのを感じる。偽りの姿で信頼関係を築けてもそれを本当の信頼と呼べるだろうか?
醜い本来の姿を見て、それでも信頼関係を結べるということが有り得るのだろうか……?
「ありえない! 絶対にありえない! 私は……、私は所詮人間とは違うケダモだ! こんなケダモノを仲間として見てくれる存在がどこにいるのだ!?」
スクィーラは自分の全身を映す鏡を拳で殴りつけて割った。
「一皮剥けば彼等も同じだ! あの神栖66町の連中のように私をケダモノと見做すだろう!」
毎夜、スクィーラは全身鏡に本当の自分の姿を映し、自分自身の本来の姿を見るのが日課になっていた。自由に人間の姿とバケネズミの姿になれるが、人間の姿
は偽りの姿に他ならなかった。
人間と同等と見てくれることなど期待はしていなかった。本当の姿を曝け出せばどんな人間だとて眉を潜め、自分をバケモノの類だと見做すだろう。
人間の姿に戻ったスクィーラは戦真館の制服に着替えると、校庭に向かった。毎夜の自己鍛錬は気分を紛らわせてくれるのだ。
校庭に来たスクィーラはいつものように鍛錬を始めようとすると、不意に後ろから声が掛かった。
「塩屋くん」
後ろを振り向くと、そこには柊四四八の仲間である世良水希が立っていた。
「世良さん……。何しに来たんですか?」
「えっと……、塩屋くんのことが気になって」
「放っておいて下さい……」
気にかけてくれるのも、心配をしてくれるのも全ては偽りのこの肉体だからこそだ。本来の自分の姿を晒せば反応は神栖66町の連中と変わらないだろう。
「塩屋くん……、人間じゃないんだね」
「え……?」
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