FAIRY TAIL ―Memory Jewel―
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序章 出会い
Story2 Emerald
前書き
紺碧の海でーす!
今回は謎の少女の正体が明らかになります。そして少女には、ある秘密があるのです。果たして、少女はいったい何者なのか―――――!?
それでは、Story2・・・スタート!
「あ・・あの・・・た、助けて、くれて・・ありがとう、ございます。」
医務室からひょこっと顔だけを出した少女は、翠玉色をした瞳で恥ずかしげにこちらの様子を見つめる。
いきなりの事にナツ達は視線を少女に向けたままその場で固まってしまった。
「良かった、気がついたのね。」
陽気に少女に声を掛けるミラを除いて。
ミラは長い銀髪を揺らしながら医務室のドアの影に隠れるようにして立っている少女に近づくと、少女の翠玉色をした瞳と視線が合うように腰を屈め、少女の顔を覗き込む。
「恥ずかしがらなくても大丈夫よ。ここにいる人達は、皆気さくな人ばかりだから。」
笑顔でそう言いながら、ミラは少女に手を差し伸べる。
最初少女は何度も目をパチクリさせていたが、ゆっくりとミラの手を握り、医務室からようやく出て来た。少女の肩ぐらいの長さまで伸びた、毛先がくるんとカールした鮮やかな緑色の髪の毛が揺れる。
ミラは少女をナツ達がいるところまで連れて来ると、ようやく少女の手を離した。
少女はナツ達の顔を順々に見回していき、グレイと視線が合うと、驚いたように翠玉色の目を見開くと、
「あぁ、え・・えっと・・・あ、あの時は、すみませんでした!」
「あ、いや・・そんな、大した事じゃねェし。気にするな。」
駅でグレイとぶつかってしまった事を思い出したようで、少女は深々と頭を下げて謝罪する。グレイも苦笑いを浮かべながら少女に顔を上げるように言う。
「ところで、怪我の具合はどうですか?」
「もう痛くない?」
ウェンディとルーシィが、少女の右腕に巻かれた白い包帯を見て心配そうに問う。
「あ、はい。お陰さまで。ありがとうございます。」
少女も一度、自分の右腕に巻かれている白い包帯を見てからウェンディとルーシィに向かってまた深々と頭を下げた。
「あ・・あの・・・ここは、いったい・・・?」
顔を上げてきょろきょろと物珍しそうに辺りを見回しながら、今度は少女が問う。
「ここは魔道士ギルド、妖精の尻尾じゃよ。」
答えたのはマスターだった。
「妖精の尻尾・・・魔道士ギルド・・・じゃあ、皆さんは魔道士の方々なんですね!?」
「何当たりメェの事言ってんだよ。」
「おい、イブキ。」
顔をキラキラと輝かせる少女を見て、イブキはムスッとした顔で呟いた言葉をグレイが窘める。
ギルドの中は老若男女の魔道士達が、「宴」という勢いで真昼間から酒を次から次へと飲み干している。あちらこちらで笑いが起こり、あちらこちらで酒樽やグラス、椅子などが宙を飛んでいる。念の為に言っておくが、ここにいる人間全員が、立派な魔道士である事をお忘れなく。
「賑やかな所ですね。」
「やっぱ、第一印象は皆一緒なんだね・・・」
「嬉しいのか、悲しいのか、微妙なところだよな。ハハッ。」
少女の正直な感想に、コテツはため息と共に呟き、アオイは微笑する。
「さて、次は私達からいくつか質問させてもらっても良いか?」
最初に話を切り出したのはやはりエルザだった。
さっきまでの緩んだ空気が一瞬にして凍りつくほど、エルザの声は澄んでおり小さな棘が含まれていた。ルーシィがゴクリと息を呑む。
「すみません、私ばっかり質問してましたね。答えられる範囲なら全て答えますよ。」
少女はまた頭を下げてからそう答えた。
「んじゃあ早速、お前はほうせ・・・むぐっ!」
「どこから来たんだ?」
ナツの口を塞ぎながらエルザが問う。
いきなり「お前は宝石泥棒なのか?」という質問はNGである事は、ナツとハッピー以外は理解出来ていた。ナツがエルザに口を塞がれたのを見たハッピーも慌てて自分の口を塞いだ。
「スズラン村から、列車で。」
「!!!」
少女の答えに息を呑んだ。
これで少女が宝石泥棒という確立が少し上がった。
「そ、その怪我は、どこで負ったの?」
今度はシャルルが問う。
「ナイフで斬られちゃって。」
「!!!」
少女の答えに背筋が凍りついた。
もしこの少女が宝石泥棒ならば、今までの問いの答えと、テーブルの上にある少女が持っていた大量の宝石の意味が全て辻褄に合う事となる。
少女に気づかれないよう、ナツ、グレイ、エルザ、コテツ、アオイ、イブキ、バンリは身構え、ルーシィは腰にある星霊の鍵に触れ、ウェンディ、ハッピー、シャルルは少女から1歩距離を取る。マスターはただその場に立っているだけで、ミラは笑みを崩す事無く少女の隣に立っていた。
「お前はいったい・・・何者なんだ?」
最後にナツが問う。
この質問に、少女が何と答えるかは分からない。だが、宝石泥棒だと確信付けるような答えを言えば、ナツ達は少女を捕らえる為に真っ先に魔法で攻撃を仕掛けるだろう。
「意外かもしれませんが、実は私―――――」
恥ずかしそうに言う少女とは裏腹に、ナツ達は攻撃態勢を取っていた。
「フリーの魔道士なんです。」
「えっ?」
思ってもみなかった答えに、ナツ達は揃いも揃って気の抜けたマヌケな声を出した。
「フリーの・・・魔道士?」
コテツが鸚鵡返しに問う。
「もう5年くらい、かな?旅をしながらいろんな街を転々と巡りながら、闇ギルドを討伐したり、魔物を討伐したり、探し物をしたりなど・・・いろいろとやってきたんです。ギルドでは確か、こういうのを「クエスト」って呼んでるんですよね?」
「う、うん・・・」
少女の問いにルーシィが小さく頷く。
「5年間、たった1人で?」
「はい。」
バンリの短い問いに、少女は笑みを浮かべて頷いた。
つまりこの少女は、旅をしながら5年間、たった1人でいくつものクエストを完遂してきたという事になる。
「昨日、スズラン村に隠れ家がある闇ギルド、孤独な梟の討伐をしに行ったんですが、思ってた以上に、孤独な梟の魔道士が強くて・・・この怪我は、その時に負ってしまったもので。」
少女は左手で右腕に巻いた白い包帯を摩りながら言う。
「村の人達に手当てしてもらえば良かったんじゃないのか?」
「あまり迷惑を掛けたくないので。」
「おいおい・・・」
エルザが問い、少女の答えにアオイが呆れたように呟く。
「まさかとは思うけどよ、宿とかに1泊とかも出来ねェって言うんじゃねェだろうな?」
「!ど、どうして分かったんですかぁ!?」
「アホかーーーーーっ!」
イブキが言った事は少女にとって図星であり、ルーシィが透かさずツッコミを入れる。聞くと、少女はいつも森などで野宿をして、一晩を過ごしているだそうだ。
「随分物騒だね。」
「女の子なんだから、無理しちゃダメよ。」
「ていうか、5年も野宿している方がすごいわね。」
ハッピー、ミラ、シャルルの順に思った事を述べる。
「そういやぁ、お前も魔道士なんだろ?どんな魔法使うんだ?見せてくれよ!」
ナツが興味津々に少女に問う。
「良いですよ、と言いたいんですが・・・さっき、バッグの中を見たら無くなってて・・・」
「無くなっててって、何がですか?」
俯いてしまった少女にウェンディが問う。
「宝石です。黄緑と黒の巾着に入っていたはずなんですが・・・」
「えっ?」
少女の言葉に、再び揃いも揃ってマヌケな声を出すと、テーブルの上に視線を移す。テーブルの上には、少女の魔法(?)である宝石が転がっていた。
「もしかして、この宝石の事?」
ルーシィが宝石を指差して問うと、
「あ、これです!どうしてここに?」
「気になってしまってな、すまなかった。」
「いえいえ、全然構いませんよ。」
エルザが謝罪すると、少女はかなり人が好いらしく、すぐに許してくれた。
「でもこれ、ただの宝石なんじゃねェのか?」
グレイが翠玉を手に取りながら問うと、
「半分正解です。この宝石は魔法道具の1つで、魔力を籠められた宝石なんです。もっと簡単に言えば、魔水晶と似たようなものですね。例えば・・・」
そこまで言うと、少女は紅玉を手に取り、ポンチョ風の白いパーカーの左袖を捲る。袖で隠れていて今まで分からなかったが、少女の左手首には銀色の腕輪が輝いていた。腕輪には宝石が嵌まりそうな窪みがあり、紅玉をその窪みに嵌めると、少女の両手に紅玉のような色をした炎が灯った。
「おぉ!」
「すげェ!」
ナツとアオイが感嘆の声を上げる。
「所持系の魔法なのね。」
「その通りです。」
ミラの言葉に少女は頷く。
「青玉は水、黄玉は雷、翠玉は風、紫水晶は闇、蛋白石は氷の魔力が籠められています。」
「金剛石は?」
「私の場合、盾の役割として使っています。金剛石は最も硬い宝石ですから。」
腕輪から紅玉を取り、そっとテーブルの上に置くと、
「これが私の魔法、宝石魔法です。」
自身の魔法について語り終えた。
「宝石1つで炎も水も操れるなんて、すごい魔法だね、シャルル。」
「そうね。」
ウェンディとシャルルが宝石を見つめながら言う。
「こっちの宝石は?」
「!」
すると今度はバンリが、黒い巾着に入った薄ピンク色に光り輝く宝石を1つ摘んで少女に問う。が、少女はその宝石から目を逸らし、唇を噛み締めた。握り締めた拳が小刻みに震えている。
「どうしたの?」
「あの宝石も、魔法道具なんじゃないの?」
ハッピーが少女の顔を覗き込み、コテツが首を傾げながら問う。
少女はしばらく唇を噛み締めたまま何も言わなかったが、意を決したように1度深く息を吸い込み、吸い込んだ息を吐き出すと、口を開いた。
「・・その宝石は・・・私の記憶です。」
空気が一変した。
少女の思いがけない言葉に、ナツ達はしばらく目を見開いたまま止まってしまったかのように誰一人瞬き1つしなかった。
「き・・記憶・・・?これがァ?」
最初に口を開いたのはイブキだった。隣で少女の記憶(?)である宝石を持っているバンリが摘んでいる宝石を睨みつけ、首を傾げながら言う。
「おい、それって、どういう・・・?」
ナツが少女を振り返りながら問う。少女は顔を伏せており、涙を堪えるように震える両手でスカートの裾を掴んでいる。
「し・・信じて、もらえないかも、しれませんが・・・私には・・記憶が、無いんです・・・・」
「えっ・・・」
「どうして・・記憶が、無いのかは・・・分かりませんが、私の記憶は、その薄ピンク色の宝石に封じられているんです。」
「えぇっ!?」
次から次へと紡がれる少女の言葉に、ナツ達はいろいろな反応をする。
「き、記憶が・・宝石に・・・?」
「ふ、封じられてる・・・?」
「な・・何で・・・?」
ウェンディ、エルザ、アオイの順に疑問の言葉を紡ぐ。
「それも分からないんです。私が分かっている事は、自分が魔道士である事と、自分の記憶が、100個の宝石に封じられているという事だけなんです。」
再び空気が一変した。
この少女はフリーの魔道士として活躍していただけでなく、記憶を失っており、その記憶は100個の宝石に封じられている・・・頭が混乱状態を招いてしまう話ばかりである。
「100個・・・?」
ミラが目をパチクリさせながら呟いた。
「!バンリ!その宝石何個ある!?」
「14個。」
グレイが怒鳴るようにバンリに問うと、当の本人は予め数えてたみたいで、すぐに答えた。
宝石の数は、14個―――――。
「5年間、私が見つけたのは・・・それだけです。」
スカートを掴む力が強くなった。
「まだ86個もあるのね。」
「5年で14個なら・・・全部見つけるには後約8年も掛かっちゃうね。」
「この宝石が、どこにあるのか心当たりはあるの?」
ルーシィ、ハッピーが呟き、シャルルが問う。
「ううん、全く。草むらに落ちてたり、木の枝に引っ掛かっていたり、水の中にあったり、雑貨屋さんで商品として売られていたり、魔物が持っていたり・・・」
「宝石の在り処は一貫してねェって事か。」
「見つけ出すのは困難。」
シャルルの問いに少女は顔を上げて指を折りながら言い、頭を掻きながらイブキと、巾着に宝石を戻し、テーブルの上に置きながらバンリが呟いた。
「この14個の宝石で、今までどんな記憶を思い出せたの?見つけたら、記憶の封印が解けて、その記憶を思い出せるんだよね?」
首を傾げながらコテツが問う。
「肝心な事は、思い出した事は無いけれど・・・小さい頃私は泣き虫だったとか、森の中で迷子になった事があったとか、ピーマンが嫌いだったとか・・・手掛かりになりそうな記憶は全く無いんです。」
また指を折り思い出しながら少女は言うが、すぐにしゅんとなってしまう。
すっかり落ち込んでしまった少女に、励ましの言葉も掛ける事もなかなか出来ずに、時間だけが刻々と過ぎていく。すると、今まで頭の後ろで手を組んだまま黙っていたナツが、
「俺達で探そうぜ!その“記憶の宝石”をなっ!」
と切り出した。
「記憶の・・・宝石?」
「この宝石の事だ。お前の記憶を封じている宝石だから、“記憶の宝石”。」
「そのまんまじゃない。」
「単純で覚えやすいからいーじゃねェか。」
「でもそれ、単純すぎない?」
「んだとォォオ!?」
少女はナツが言った言葉を鸚鵡返しに呟くと、巾着を手に取ったナツが白い歯を見せて笑いながら言った。が、ハッピーとルーシィが「そのまんま」「単純すぎる」と文句を言い、ナツはすぐに噛み付く勢いで目を吊り上げて怒る。
「やれやれ。」
「宝石の呼び方なんかどーでもいいだろ。」
エルザが肩を竦め、グレイがため息と共に呟いた。
「でも、“記憶の宝石”。少し響きは良いと思いますよ。」
「そうかしら?」
シャルルを抱いたウェンディの言葉に、抱かれているシャルルは首を傾げる。
「まぁでも、一緒に探してやる事には変わりはねェ。」
「皆で探せば、86個なんて楽勝だよ。」
腰に手を当てながらアオイと、鉢巻を締め直しながらコテツが言う。
「まっ、出来る限りの事ならやってやるぜ。」
「力になるか、分からないけど。」
服の襟を立て直しながらイブキと、表情を一切変えずにバンリが言う。
「単純のどこが悪ィんだよ!?」
「別に「悪い」とはオイラもルーシィも言ってないよ。」
「ただ・・・ね。」
「だああぁあぁあっ!腹立つーーーっ!」
「こらナツ、暴れるな。」
「大人しくしろよクソ炎。」
「私は結構気に入ったんだけどなぁ。」
「アンタも単純なのね。」
「100個の“記憶の宝石”ねー。」
「86個だよ、アオイ。」
「そこ気にするトコじゃねーだろ。」
「呼び方も数も、どうでもいい。」
ハッピーとルーシィの言葉にナツは更に怒り、エルザとグレイがナツを宥めようとし、ウェンディの言葉にシャルルは呆れ、“記憶の宝石”の数を間違えたアオイの言葉にコテツが指摘したのをイブキがツッコミ、バンリが興味無さそうに呟いた。
そんなナツ達の漫才を眺めていた少女は、
「探して・・くれる、の・・・?」
何度も瞬きをしながらナツ達に問い掛けた。
少女の問いに、ナツ達はその場で一時停止し、それぞれ顔を見合わせると、
「ダメなのか?」
代表としてナツが少女に逆に問い掛けた。
その問いに少女は首を激しく左右に振る。少女の首の動きに合わせて毛先がくるんとカールした緑色の髪の毛も激しく揺れる。
「違う!ただ、何で初対面の私の事を気遣ってくれるのかなって・・・」
少女の言葉に、ナツ達は再び顔を見合わせると、
「だって、困った時は初対面なんか関係ないでしょ?」
代表として今度はルーシィが言った。
そのルーシィの言葉に、少女は驚いたのか翠玉色の目を見開いた。が、その見開かれた翠玉色の瞳から、涙が零れ落ちた。
「えっ。」
「お・・おい・・・」
コテツとイブキが小さく驚嘆の声を上げ、2人の驚嘆の声を聞いてようやく自分が無意識の内に涙を流している事に気づいた少女はくるりとナツ達に背中を向けて、慌てて涙を両手で拭った。
「す・・すみません!う、嬉しくて、つい・・・」
背中を向けたまま必死に涙を拭う。そしてくるりと正面を向いた少女の顔には、
「ありがとうございます!」
満面の笑みが浮かんでいた。
「ところで、ワシからも1つ良いか?」
とんっとテーブルの上で胡座を掻いて、影のように存在を薄くしていたマスターが少女に歩み寄り、少女の翠玉色の瞳を下から(マスターの方が、背が小さい為)真っ直ぐ見つめた。少女もきょとんとした顔をしながらもマスターの瞳を上から(少女の方が、背が大きい為)真っ直ぐ見つめた。
「お主には、身寄りの者がいるか?」
マスターの問いに、少女はしばらく何も言わずにマスターの瞳を上から真っ直ぐ見つめていたが、悲しそうな笑みを浮かべると、
「分かりません。」
と答えた。
「記憶が無いせいで、私に親が・・・家族がいたのかさえも、分からないんです。私には、身よりの者はいません。いたとしても、私は知りません。」
少女がそう言うと、マスターはニカッと笑った。
「家族がいない・・・いや、お主の場合は分からないか。家族が分からないならば、ワシ等の家族になれば良い。」
「へっ?」
マスターの言葉の意味が分からなかった少女はマヌケな声を出した。
「このギルドに属している魔道士は、殆どが身寄りの無い者達ばかりじゃ。」
「!?」
少女は視線をナツ達に移した。
ナツ達もどこか悲しそうな笑みを浮かべており、少女に頷きかけた。
「人と人の和で繋がる、楽しい事も悲しい事も共有出来る、それがギルドじゃ。」
そこまで言うと、マスターは視線を後ろにいるナツ達に移す。
「1人の幸せは皆の幸せ、1人の怒りは皆の怒り、1人の涙は皆の涙。1人の心は、皆の心と繋がっておる。お主の記憶も、きっと家族が、すぐに見つけてくれるはずじゃ。」
マスターは再び視線を少女に戻すと、
「悩む事ではない。ずっと1人の孤独な生活と、ずっと家族と一緒の幸せな生活・・・お主はどっちを選ぶ?」
マスターの言うとおり、悩むほどの時間は1秒もいらなかった。
「ずっと、家族と一緒の生活を選びます!」
少女はマスターに向かって深々と頭を下げると、
「私を・・妖精の尻尾の一員にして下さい!」
少女がそう言うのを待っていたかのように、マスターは黙って頷くと、ミラを手招きだけで呼び寄せ、自分は再びテーブルの上に胡座を掻いて座った。
「ギルドにはね、「このギルドの魔道士です」という証明が必要なの。それを証明させる為に、体か衣服のどこかに、ギルドの紋章を押すんだけど、どこが良い?」
大きなスタンプを手に持ったミラが笑顔で問い掛ける。
少女はナツ達の紋章や、周りにいる大勢の魔道士達の紋章を見て参考にしながらしばらく考え込むと、
「じゃあここで。」
そう言いながら、少女は左側の髪をかき上げ首を出す。ミラは少女の首の左側にスタンプを押し付ける。ポン!という音と共にスタンプを外すと、少女の首には真新しい緑色の、妖精の尻尾の紋章が刻まれていた。
「はい、これであなたも妖精の尻尾の一員よ。この紋章は絶対に消えたりしないから、お風呂でも気にしなくていいからね。」
「ありがとうございます!」
ミラは少女に手を振るとその場を立ち去った。
すると、ナツが何かを思い出したように「あ」と小さく声を上げた。
「そういやァ、まだ自己紹介してなかったよな。」
そう言うと、ナツは親指だけを立てた右手で自分を指差すと、
「俺はナツだ!こっちは相棒の・・・」
「あい!ハッピーです!」
自分が名乗った後、後ろにいたハッピーも右手の親指で指す。
「俺はアオイ。アオイ=B=セルリアンだ。」
男にしては異常に長い青い髪の毛を高い位置で束ねたポニーテールを揺らしながらアオイが名乗る。
「あたしはルーシィ、よろしくね!」
片手を挙げてウィンクをバッチリ決めたルーシィが名乗る。
「私はエルザだ。困った事があったら、何でも言ってくれ。」
鎧をガシャッと軋ませながらエルザが名乗る。
「僕はコテツ・アンジュール。“記憶の宝石”探し、頑張ろうね。」
優しそうな笑みを浮かべながらコテツが名乗る。
「俺はグレイ。まぁ、頑張ろうな。」
「グレイ、服は?」
「あぁ!いつの間にィ!?」
パンツのみの姿でグレイが名乗る。
「俺はイブキ。よろしくな。」
髪をかき上げながらイブキが名乗る。
「ウェンディ・マーベルです。こっちは・・・」
「シャルルよ。」
先にウェンディが名乗り、その後、ウェンディに抱かれたシャルルが名乗る。
「バンリ・オルフェイド。」
表情を一切変える事無くバンリが名乗る。
「で、あなたは?」
全員が名乗り終えた後、ルーシィが少女に問うが、少女は困った表情を浮かべたまま顔を伏せて名前を言わない。
「おーい、どうしたー?」
ナツが少女の顔を覗き込む。少女はまた唇を噛み締めており、震える両手でスカートの裾を掴んでいた。
少女はしばらくその状態のまま黙ったままだったが、ゆっくりと口を開いた。
「わ・・私、誕生日も、年齢も、自分の名前も・・・分からないんです。」
「!!!」
この言葉に再び息を呑んだ。
どうやら少女は、生まれた時から記憶を失う直前の記憶を全て、綺麗さっぱり失っているようである。
その為、名乗りたくても名前が分からない為、自分の名を相手に伝える事が出来ないのである。
「でも、名前を聞かれたりする事はあるでしょ?そういう時は何て・・・?」
「“名も無き魔道士”って、名乗ってました。」
シャルルの問いに少女はそう答えた。
“名も無き魔道士”・・・嘘の名ではあるが、事実を述べているのは確かである。
「名前かぁ・・・」
「うーーーん・・・?」
皆、腕組をして少女の名を考える。
(人の名前なんて・・・考えた事もねェからな。)
グレイは少女を見つめた後、ずっと握り締めていた翠玉に視線を移すと、再び少女を見つめる。
少女の瞳は、翠玉と同じ色をしていた。
(緑・・翠玉・・・エメラルド・・・!)
グレイはずっと握り締めていた翠玉をテーブルの上に置くと、少女の細い肩を両手でガシッと掴んだ。
「ひゃあ!」
「お前の瞳、翠玉と同じ色をしている。だから、今日からお前の名前は、『エメラルド』だ!」
「へぇ?」
いきなりの事に少女・・・いや、エメラルドはマヌケな声を出した。
「素敵な名前ですね!」
「意外とセンスあるのね。」
「決まりだな。」
「よろしくね、エメラルド。」
ウェンディとシャルルがグレイのネーミングセンスを褒め、イブキが頷き、コテツは早速「エメラルド」と呼んだ。
「名前は決まっけど、苗字は?」
「それなら、『スズラン』なんてどうだ?」
「『スズラン』って、さっきの花の名前よね?」
「確か、翠玉は5月の誕生石、スズランは5月の季節花だからな。」
「何で知ってんだよ、そんな事・・・?」
ハッピーとルーシィの問いに、エルザが自信満々に答え、イブキが頭に?を浮かべながら首を傾げた。
「エメラルド・スズラン。」
バンリが名前と苗字を繋げる。
少し長い気もするが、
「エメラルド・・スズラン・・・」
当の本人であるエメラルドが、嬉しそうに自分の名前を呟いているのでこれはこれで良かったのではないか。
「んじゃ、これからよろしくな!“エメラ”!」
「いきなり略しちゃうの?」
「だってよォ、エメラルドなんて長ったらしくて言い憎いじゃねェかよ。」
「それに、“エメラ”の方が可愛い感じね。」
「俺が考えた意味ねーじゃねェかよ。」
いきなり略して名を呼ぶナツにハッピーがツッコミ、ナツの答えにルーシィも同意し、名前を考えたグレイがそっぽを向いた。
「よしっ!今日はエメラの歓迎会という訳で・・・宴じゃーーーーーっ!」
「オオオオオオオオオオッ!!!」
マスターも早速エメラと呼びながら酒の入ったコップを高々に持ち上げた。
この日、エメラルド・スズランは誕生した。
それと同時に、魔道士ギルド、妖精の尻尾の運命を大きく変える日となった―――――。
後書き
Story2終了ですっ!
少女の正体は何とっ!記憶を失ったフリーの魔道士!し・か・も、その記憶は宝石に封じられているーーーっ!?
そして名付けられた名はエメラルド・スズラン!愛称はエメラです。これからよろしくお願い致します。
次回はエメラの記憶が封じられた宝石、“記憶の宝石”を早速探しに、ナツ達はクエストへ!
お楽しみに~!
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