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優しく抱いて

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第三章


第三章

「それで何があったのよ」
「うん、実はね」
「はい、実は」
「ちょっと聞きたいことがあるんだ」
 真夜のことはあえて隠すことにしたのだった。彼女のことを言えばまたどういったふうにからかわれるかわからなかったからだ。そうなってしまえば彼女の言葉の意味を探ることもできないからだ。
「ちょっとね」
「ちょっとって何がどうなったのよ」
「奈々姉ちゃんってさ」
 オブラートに包んで尋ねることにしたのだった。
「欲しいものってある?」
「一杯あり過ぎて困らないわ」
 こう来た。
「バッグも欲しいし車も欲しいしテレビも欲しいしマニキュアも欲しいしサングラスも欲しいしアイシャドーも欲しいし携帯も欲しいしもう何でもね」
「そんなの欲しいものあるの」
「美人は欲張りなのよ」
 しかもまた自分を美人だと断言してみせる。
「だからよ」
「悪いけれどそれじゃあ参考にならないよ」
 悠樹も言うことは言う。鞄は床に置いてそのうえで彼女の近くにある小さなソファーの席に座った。そのうえで話を続けるのだった。
「そんなのじゃ」
「あら、贅沢なこと言うわね」
 奈々は彼の今の言葉を聞いてまた言い返してきた。
「折角教えてあげたのに」
「今ので教えてラの?」
「そうよ。教えてあげたのよ」
 あくまでこう言う奈々だった。
「これでわからないのね」
「わかるわけないじゃない。大体姉ちゃんにアドバイスは求めてるけれど姉ちゃんのことじゃないよ」
「何だ、そうだったの」
 わかっていないようだったが実はわかっている奈々だった。しかしそれはあえて言わないのだった。この辺り楽しんでいるのがわかる。
「まあとにかくよ」
「うん」
「欲しいものよね」
 やっとここでまともな話になるのだった。
「それね」
「うん、それだけれど」
「それならもう簡単よ」
 話を聞いてこう言うのだった。
「話はね。簡単よ」
「簡単なんだ」
「真心よ」
 今度はこんなことを悠樹に言う奈々だった。
「真心。わかる?」
「真心って」
 話を聞いていて真夜と同じことを言うと思った。それはあえて言わないがそれでもだった。
「それなんだ」
「お金はね。いるけれどいらないの」
「いるけれどいらないの」
「お金でものは変えても心は変えないわよ」
 ここでまたビールを一杯やってそのうえでもう一缶空けた。見ればもう三五〇のビールを三缶程度開けていた。結構飲んでいた。
「心はね」
「よく言われることだよね」
「そうよ。だってその通りだから」
 だというのだった。
「心が一番大事なのよ」
「心が」
「それがあったらはっきり言ってお金はいらないわよ」
 先程までとはうって変わってえらく真剣な言葉になっていた。それでもゲームとビールはやめずそのまま続けてはいた。それでも言葉は違っていたのだ。
「とにかくよ。心よ」
「まずは心なんだ」
「それが一杯なら」
 そしてまた言うのだった。
「お金なんていらないわ。かえって邪魔かしらね」
「邪魔って」
「だから。心さえあれば本当にいらないのよ」
 このことを念押しさえしたのだった。随分と真面目な面持ちにさえなっている。
「それ、覚えておくことね」
「心さえあればなんだ」
「逆に言えばよ」
 今度はこんなふうに言葉を変えてきた。
「幾らお金があっても心がなかったら何の意味もないわ」
「何も」
「そう、何もね」
 こうも言い加えてきた。その間悠樹はテーブルの席に座ってじっと話を聞いていた。彼はただ話を聞いて頷くだけだった。
「意味ないわよ。女の子はね」
「女の子は?」
「見てるわよ」
「見てるんだ」
「そうよ。何でもね」
 言葉が鋭いものになってきていた。ビールを飲みながらもだ。
「見てるわよ。若し心がなかったら」
「どうなるの?」
「終わりよ」
 一言で言い捨てたのだった。
「それでね。何もかも終わりなのよ」
「終わりなんだ」
「そう、何もかも終わりよ」
 また言う奈々だった。
 
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