トランシルバニアン=ラブストーリー
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第五章
第五章
「僕はナディアさんでね。だからこの言葉有り難く受け取らせてもらうよ」
「有り難う」
まずは一つの話がハッピーエンドになった。しかしそれで終わりではなかったのであった。
「それでね」
「ええ」
ニカエルが言う言葉を聞く。それはナディアだけでなくイレアナも同じであった。
「明日。この時間にミハエルが来るから」
「明日ね」
「イレアナさんに伝えておいて」
どうやらそのイレアナが隠れていることには気付いていないようである。実際に彼女がいる場所を見ているのではなくナディアを見ていた。
「明日ここにって。御願いね」
「ええ、わかったわ」
答えながらちらりとそのイレアナがいる方を目だけ動かして見る。見ればイレアナは驚きのあまり呆然とした顔になってしまっていた。
「それじゃあそれで」
「うん。じゃあさ、ナディアさん」
そのにこりとした笑みでナディアに声をかけるのであった。
「これから宜しくね」
「うん」
ナディアもにこりと笑って言葉を返す。ニカエルはそれに礼を返した後で先にそこを去った。ナディアは一人になると木の陰の方に顔を向けて言った。
「もういいわよ」
「ええ」
それに応えてイレアナが姿を現わす。唖然とした顔のままで妹のところに来た。そうして最初に言う言葉は。
「まさかとは思ったけれど」
「そうね」
ナディアも姉の言葉に頷く。
「向こうも同じだったなんて」
「従兄弟同士だったけれどね」
「ええ。明日なのね」
「今度は逆ね」
ナディアはこう言って笑うのだった。
「イレアナがね」
「そうね。全然逆になるわ」
「よかったって言うべきかしら」
ナディアは今度はこう述べた。
「この場合は」
「そう言っていいんじゃないかしら」
イレアナは少し首を傾げさせて言う。見れば彼女も穏やかな笑みを浮かべていた。
「少なくとどちらかしか付き合えないよりは」
「そうよね。それよりはずっと」
「それじゃあナディア」
イレアナはあらためてなディアに声をかけてきた。
「何?」
「明日は逆で御願いするわ」
にこりと笑って妹に告げてきた。
「私が出て」
「私が木の陰にね」
「そういうこと。それでね」
「ええ、わかったわ」
ナディアもにこりと笑ってイレアナのその言葉に頷いた。
「それでいいわ」
「有り難う。じゃあ」
そうして次の日。全く同じ流れでイレアナはミハエルという若者に告白された。そうして彼女はそれを受けた。これもナディアロ同じ流れであった。
二人はその従兄弟達と付き合うことになった。このことは忽ちのうちに辺りの噂となった。
「これはまた」
「何ていうかねえ」
人々は連れ立って歩く二組のカップルを見て言うのだった。どちらがどちらか全く見分けのつかないその二組を見ながら。
「鏡だね、本当に」
「全くだ」
「ねえ」
皆のそうした話は彼女達の耳にも入る。イレアナは楽しそうに笑いながらナディアにそのことを言うのだった。ナディアはニカエルの左手にしがみついている。イレアナはミハエルの右手だ。二人は丁度隣同士になっている。
「皆私達のこと噂してるわよ」
「そうね」
それはナディアもわかっている。わかっていて楽しんでいるのだ。
「そんなに噂にしなくてもいいのに」
「それは無理よ」
イレアナは笑ってナディアに告げた。
「幾ら何でもね」
「どうしてなの?」
「だって。何もかもが一緒に見えるのに」
今の自分達の姿について言うのだった。見れば今の二人も彼氏達もその姿もまるで鏡でお互いを見ているかの様に同じに見える。これで注目されない筈がない。
「これで見るなっていうのもね」
「あら、それは違うんじゃないの?」
けれどナディアはイレアナと全く同じ笑みで言葉を返す。
「何故なの?」
「だって。ここはトランシルバニアを」
自分達のいる場所について言う。
「鏡に映ったみたいだといいじゃない」
「ああ、そういうことね」
イレアナは妹が何を言いたいのかすぐに察した。それで頷く。
「鏡に映るからこそね」
「そういうこと。鏡に映らなかったら大変よ」
吸血鬼は鏡に映らない。古来から言われていることである。そうした意味で全く鏡合わせに見える二人も彼氏達もいいのだった。トランシルバニアならではの言葉だった。
「でしょ?だから」
「わかったわ。じゃあ今のままでね」
「いいのよ。それに」
「それに?」
「どっちかが悲しい思いをしなくてよかったわ」
告白するかどうか困っていた時の話をするのだった。
「そうなったら」
「そうだね」
「それは僕達も思うよ」
ニカエルとミハエルもそれについて言うのだった。
「若しそうだったら」
「後味が悪いしね」
「そうよね」
イレアナは二人の言葉に頷いた。
「やっぱり」
「後で気まずいことになっていたわ」
「僕達がここに引っ越してきたのは家の商売の為だったんだ」
「家の!?」
「うん」
ニカエルがナディアの言葉に頷く。四人はお互い同士が誰なのかはっきりわかっていた。それは好きだからなのだが他の者には容易にはわからないことである。
「今までブカレストで観光品売っていたけれどね。今一つだったんで」
「そうだったの」
「それでここに来たんだ」
今度はミハエルがイレアナに言う。
「そうしたら今のところ売り上げが全然違うんだ」
「ドラキュラ公の思し召しね」
イレアナはそれを聞いてこう述べた。トランシルバニアではまさにそうした意味でも偉大な英雄だ。子孫を食べさせているのだから。
「それって」
「そうよね」
ナディアも明るい笑顔で姉の言葉に頷く。
「それで私達も幸せになれたんだし」
「ええ、そうね」
「じゃあさ」
ニカエルが二人に言う。
「これからも宜しくね」
「僕も」
ミカエルも。二人はその言葉を同じ笑みで受けた。
「勿論よ」
「これからもね」
その笑顔は妖精の笑顔だった。トランシルバニアの妖精の。魅力的な笑顔であった。その笑顔は少なくとも吸血鬼のものではなかったが間違いなくトランシルバニアの笑顔であった。
トランシルバニアン=ラブストーリー 完
2007・10・19
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