トランシルバニアン=ラブストーリー
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第一章
第一章
トランシルバニアン=ラブストーリー
ルーマニアトランシルバニア地方。今だにあの公爵で有名なここは彼を観光のネタにして生きている。かつては狂気の暴君として恐れられた彼は今は子孫達をその狂気で潤しているのだから実に面白い話である。過去のそれが架空だったならばもっとよかったのだが。
「串刺し人形いるかい?」
「公爵様の八つ裂きの版画はどうだい?」
「おいおい」
観光客達はそのとんでもない商品を前にして唖然としている。
「とんでもないの売ってるな」
「お客さん、そりゃ甘いね」
「そうそう」
だがそれでは甘いというのが現地の観光業者の言葉だった。まだまだ凄い商品があるのだと誇らしげな顔がそれを告げていたのであった。
「日本人が教えてくれたんだがね」
「日本人が!?」
「ああ、そうさ」
彼等は怪訝な顔を浮かべる客達に告げる。
「日本の漫画家に教えてもらったこれさ」
「さあ買った買った」
彼等が出したそれを見てみると。何とドラキュラ公爵の異常なまでに美化したイラストであった。
あの薄気味の悪い感じの髭の男ではない。陰のある美形でありそれだけ見ると何処の誰だかわかったものではない。皆それを見て唖然とした顔になっていた。
「何だそりゃ」
「誰なんだあんた一体」
客の一人がイラストの人物を見て問い掛ける。
「何処の誰なんだよ、一体」
「教えてくれよ」
「だから公爵様だって」
「見ればわかるじゃないか」
彼等は口々にそう言葉を返す。
「公爵様だよ」
「他に誰がいるんだい?」
そもそもここはドラキュラ公の土地だから観光客が来るのである。狂気の独裁者がいたからこそ。その彼以外の誰がいるのかと問いたくもなるのだった。
「いや、それは」
「なあ」
それは客達もわかっている。それでも言いたくなるのだ。
「買うかい?」
ここぞとばかりに彼等に問う。
「どうするんだい?」
「買うか。とりあえず」
「そうだな。面白いし」
見事な作戦勝ちだった。こうした異色なものを見せられるとついつい手が出てしまう。それが何処の国の人間でも同じことなのだ。
「一枚な」
「二枚じゃなくて」
「一枚でいいさ」
「何でしたらおまけもありますよ」
すかさず勧める。そうした商売の上手さが見事であった。
「ささ、どうぞどうぞ」
「ちぇっ、仕方がないな」
客もそれに乗ってしまう。ここはルーマニアの勝利に終わった。
「わかったよ。じゃあおまけも」
「毎度あり」
こうして明るく楽しく儲けている風景があちこちで見られる。あのドラキュラ公の悪名で売っているわりには随分と明るく食べていると言える。
そうした明るい中に二人の姉妹がいた。見れば双子である。
「ドラキュラケーキ如何ですか?」
「ドラキュラ公が大好きだった血のジュースですよ」
二人は喫茶店の前でトランシルバニアの民族衣装を着て客寄せをしていた。それにしても随分不気味な名前のメニューがある。
白い髪に透き通るような肌をしていて目は青い。湖の青である。その青と髪、肌の白が幽玄な印象を与えてくれる。二人共髪を長く伸ばしておりそれが実によく似合っている。それを見ていると何故か彼女達まで吸血鬼のように見えるのはおそらくここがトランシルバニアだからであろう。ここがトランシルバニアではなくアイルランドか何処かであれば妖精に見える。そうした雰囲気の二人であった。
「ドラキュラ公の好物!?」
「そうですよ」
いぶかしむ客ににこりと笑って二人同時に答える。見ればその表情も顔立ちもそっくりである。僅かに違うとわかるのは一人の顎の右に、もう一人の左にそれぞれ黒子があるということである。それ以外では鏡に映るのと全く同じ感じであった。もっとも黒子の位置から実際にそれをやっても鏡合わせの二人にしか思えはしないのであるが。
「如何ですか」
「美味しいですよ」
「いや、美味しいって言われても」
客はまだかなり引いていた。
「血なんだよね」
「そうです」
一人がにこりと笑って述べる。
「それが何か」
「いや、血を飲むっていうのも」
完全に真に受けている。どうもかなり単純な人間らしい。
「困るな。っていうか美味しいの?」
「ここには美味しいものしかないですよ」
「そうですよ」
二人は揃って言ってきた。
「ですからどうぞ」
「ドラキュラ公の生き血もありますし」
「生き血・・・・・・」
それを聞いてさらに引く客であった。
「よく警察が来ないな」
「まあまあ」
「興味がおありでしたら」
見事なタイミングで店の扉を指し示してみせる。片方が右手、もう片方が左手で。それを見ているとやはり鏡そのものに見える。
「どうぞ中へ」
「損はさせませんよ」
「うん、それじゃあ」
何だかんだで店の中に入る客であった。
「行くよ。それでいいんだよね」
「はい、どうぞ」
「ようこそ公爵様の屋敷へ」
「何か怖いな」
公爵の屋敷と言われるとついついそう思ってしまうのだった。
「何かされそうで」
「それも中に入ってからの」
「お楽しみです」
「わかったよ」
姉妹に言われてまた中に進む。
「それじゃあね」
「はい」
「お一人様来られました」
店の中に入って注文すると。ケーキは単なる赤い苺のケーキでありジュースはトマトジュースであった。だが味は抜群によかった。生き血はワインだった。これもかなりのものだった。
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