少年少女の戦極時代Ⅱ
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禁断の果実編
第93話 プロジェクトアーク ver.光実 ①
光実は貴虎のオフィスを訪れていた。今は無人のこのオフィスを、光実は勝手に居にしていた。
呉島邸に帰って自宅を特定されれば、家人を人質にでもされかねない。よって光実は帰宅を避け、貴虎のオフィスに置いてあったスーツを着替えとして拝借することにした。
スーツは男の戦闘服だという。ならばこれから紘汰に会いに行く光実には、スーツが一番ふさわしいだろう。
(少し大きいけど、案外着られる。成長期だからかな。それでもズボンの裾が余るのは……諦めるしかないか。兄さん、コンパス長いし。……月並みな感想だけど、兄さんのにおいがする)
これほど近くに貴虎を感じることも、とうの昔になくなった。それが今――とても不思議な気分だ。
(兄さん。碧沙。僕、がんばるから)
光実は置いてあったある物を持ち、オフィスから出て歩き出した。
***
「本当にありがとうございます」
晶は何度目になるか分からない礼を運転手に言った。
今、晶は小さな少年と共に、高級車に乗っていた。
母親とはぐれたという小さな子を抱えて、どう動けばいいか分からなかった晶を、この運転手は快く拾ってくれたのだ。
「いえいえ。実は私、ちょっとしたお屋敷の運転手をしておりまして。その家のお嬢さんがその坊やくらいだったものですから、つい」
「本当にありがとうございます」
「いいえ。もうすぐ港ですからね」
晶が再び頭を下げると、横の子供も晶の真似をしてぺこんと頭を下げた。
***
紘汰や貴虎と一戦やらかしてからホールに帰ったなり、壁に叩きつけられた。
レデュエが杖槍で光実を押しつけたのだと分かるまで数秒要した。
さすがはオーバーロードというべきか。しかも、しっかりと杖槍の刃は光実の喉を捉えている。
レデュエは、表情こそ分からないが、確かに怒りを浮かべていた。
『これはどういうことだ』
「見ての通りだけど」
ホールには、リカやラットをはじめとした、レデュエが王妃復活のために用意した生贄が一人もいなかった。
当然だ。光実が先んじて彼らを逃がしたのだから。
光実がMISを掌握したのは、外の仲間を見守るため以上に、内部の監視映像を――レデュエが見張る自分の行動をごまかすためでもあったのだ。
『外へ逃がしたところで、しもべに連れ戻させればいいこと。サルどもは街の外へは出られない』
「沢芽市から出るための橋は3つしかないよ。橋はね」
『どういう意味だ』
「君は“船”って知ってるかい? 深い水を渡るのにね、僕らはその船に乗るんだ。君が大橋を警戒してる間に、市民には反対方向の海岸線から、呉島所有の船を全部使って、海に出て外国に渡ってもらった」
そう、ヘルヘイムには――フェムシンムの世界には海がない。彼女たちの文明には水を渡るという概念そのものが存在しない。だからこそ騙せた。
「これぞ本当の箱舟計画、なんてね」
レデュエは苛立ちも露わに光実を突き飛ばした。
床に転がって節々が痛んだが、それ以上に勝利の確信が光実に笑みを浮かべさせた。
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