| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

Element Magic Trinity

作者:緋色の空
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

その力は手の中に


灰色の前髪の間から覗く桃色の瞳。
口元にはふわりと柔らかな笑みが浮かび、こちらを見ている。

「これが神殺し……」

“金牛宮”キャトルが呟く。
“双子宮”ジェメリィはゴクリと唾を呑み込んだ。
アランは自分の手に目を向け、笑みを崩す事なくゆっくりと口を開く。

「……懐かしいな、この感じ。力が満ち足りてる」

全身を巡る、目に見えない力。
今まで足りなかった何かが一瞬で埋まっていく。
空っぽのグラスが水で満たされるような感覚にアランは目を細めると、両拳を握りしめた。
拳に黒い光が纏われる。

「さて……ここからが本番です。まだ倒れはしませんよ」









塔の1番広いフロア。
12の塔の入り口を備える中央の塔に戻ってきたヴィーテルシアは、ぐるりと辺りを見回した。
あるのは12の入り口と、塔に入る為の入り口。扉は閉じられているが、外で戦っているのだろう。様々な音が聞こえる。

「ヴィーテルシア!」
「エルザか」

名を呼ばれ振り返ると、普段着の鎧を纏うエルザがいた。
右肩からは血を流し、多少の傷を負っている。
まあ私よりはマシか、と思いながらヴィーテルシアは尋ねた。

「とりあえず本宅に行きたいんだが……出口はどこにあるのだろうな」
「その扉は開かないのか?」

エルザが指さすのは、この塔に乗り込んだ時に使った扉。
それに目を向けたヴィーテルシアは残念そうに肩を竦める。

「生憎、開かないようだ。先ほど触れたら、この塔の中にいる“十二宮”とやら全員が倒れるまで開かないと術式があった」
「なるほど…他の出口は?」
「私がいた塔には無かった。他も同じ造りだとしたら無いと思う」

乱れた金髪を三つ編みに結え直しながら呟く。
そうか、と答えたエルザも周囲を見回し、扉がない事を確認する。
壁を壊すしかないかな、とヴィーテルシアが思い始めた時―――――扉が、開いた。

「!」
「お前……」

息を切らし入ってきた人物は、1歩前に進む。
それと同時に自動的に扉が閉まった。
ワインレッドのドレスの裾が揺れる。
背中まで伸ばした銀髪の女性は、真っ直ぐな瞳を2人に向けた。

「お願い、教えて。アルカはどこにいるの?」












―――貴女のせいでこの2人は死んだのよ―――

突然聞こえた声に、ティアは目を見開いた。
辺りを見回すが、誰もいない。
夢なんじゃ、と思って頬を引っ張る。痛い。


―――この2人がここに来たのは、貴女を殺しに来たからだった―――

―――貴女さえ生まれて来なければ、この2人はここに来なかった―――

―――巡り巡って全て貴女が原因なのよ、ティア―――


頭に直接響くような声。
冷や汗が流れ、上手く呼吸が出来なくなる。


―――貴女のせいで人が死んだ―――

―――両親も、師匠も、皆貴女に近づいたから―――

―――殺される―――

―――お前は巫女じゃない。死神だ―――

―――皆死ぬ―――

―――貴女のギルドの人達も、近所の人や関わりを持った人、弟や兄も幼馴染も、皆!―――


聞こえる。
聞こえてしまう。
扉の外の声が全て、すぐ隣で話しているかのようにハッキリと。
侍女や料理人、庭師の嘲りと憎悪の声が。
どれだけ避けようとしても、全て耳へと飛び込んでくる。

「あ…ああ……」

小さい声が零れる。
体が震え、全身が一気に冷える。
呼吸が更に苦しくなり、顔から血の気が引く。
両手を耳に当て全てをシャットアウトしようとするが、声はそれをスルリと抜ける。


―――消えろ―――

―――失せろ―――

―――何故周りが死んでいくのにお前は生きている?―――

―――人を不幸にしている事に何故気づかない?―――

―――邪魔だ。その存在の全てが―――


ぎゅっと唇を噛みしめる。
呪詛のような声が早く消える事を必死に願いながら、思う。

(誰でもいい……お願い…助けて……私を…ここから出して……!)

今はただ、何かに縋りたかった。
縋れるのなら、何でもよかった。



今は、ただ。
この呪詛全てを否定してくれる事を、願っていた。



聞こえる言葉全てが否定される事を、願っていた。













滅神魔法。
それは滅竜魔法よりも強力な、神殺しの魔法。
使い手は滅神魔導士(ゴットスレイヤー)と呼ばれ、強力な力を得る。

「魔神の天誅!」

黒い光を纏ったアランの一撃が、キャトルとジェメリィに炸裂した。
ナツの“火竜の煌炎”を真似た一撃が床にヒビを入れる。

魔法籠手(ガントレット)威力増幅(パワーアップ)!」
幻術剣舞(ミラージュソード)!」
「魔神の西風(ゼフュロス)!」

床を蹴り向かってくるキャトルの背後から、ジェメリィが放つオレンジ色の剣が飛ぶ。
その数に一瞬表情を歪めたアランは右手に魔力を集中させると、ボールを投げつけるような動作で2人に手を向けた。
展開した魔法陣から黒い光の旋風が吹き荒れ、剣を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた剣は全て壁に突き刺さり、消えた。

金牛宮の拳(タウロスナックル)!」
「おっ……と!」

キャトルの拳を避け、着地する。
かなりの怪我を負っているはずだが、その動きは軽そうに見えた。
が、当然傷は痛むようで、時折表情を歪めている。

「まさか……まさかキミが、その魔法を取り戻すなんてね」
「僕も驚いているんですよ。取り戻せないと思っていたモノが、もう1度僕の手の中にある」

自分の手を見つめて微笑むアラン。
その笑みは力を得た事に対してでもあり、やっと誰かの役に立てるという事に対する嬉しさのようなものでもあった。
ぐっと拳を握りしめ、笑う。

「初めてこの魔法を好きになれそうなんです。やっと、正しい使い方を見出せた気がする」

忌々しい過去の塊のような“それ”。
滅神魔法に僅かな可能性を見出した者達の自分勝手な行動がどれだけ辛かったかを思い出してしまうから、ずっと使えなかった魔法。
正しい使い方を教えてくれる人はいなかった。周りの人は皆、この力を己の為だけに使おうとする。これがアランの力である事から目を背け、アラン本人さえも利用しようとしていた。
それが、まだ幼かったアランにとっては何よりの苦痛である事を知っていたはずなのに。

「周りが皆、僕の力を自分の為だけに使おうとするのなら、僕にだって自分の為だけに使う権利があるはずですよね」

この力はアランのモノだ。
広い世界を漁れば同じ魔法を使う者はきっといるだろうが、だとしてもアランの力である事に変わりはない。

「だったら、僕は僕の周りの人達の為に魔法を使います。僕を僕だと認めてくれる人達の為に」









―――――人間という生き物は、どうしてこんなにワガママなんだろう。



自分の部屋に閉じこもっていた3年、アランがずっと考えていたのがそれだった。
膝を抱え顔を埋め、時に布団の中で丸くなって、答えを見出そうとしていた。
その度に自分も人間である事を思い出し僅かに笑みを浮かべながら、それでも考える事を止めない。

(……誰も信じられない)

周りの人間の考え全てが自分を利用する事に繋がっている気がする。
でも、それは仕方のない事でもあった。
彼の周りにいた人間の種類は2つ。
1つは、アランを利用しようとする者。
1つは、そんな彼を憐みの目で見る者。
周りにいたのは、そんな人達だけだった。両親でさえも、息子の境遇に対して同情している。

(同情なんていらないのに。僕が欲しいのは……普通の生活だけなのに)

同情されると、まるで自分が可哀想な人になったような気になる。
アランはこの状況をどうにかしたいとは思っている。昔のようになれたら、とも思う。
ただ明るく、苦しみなんて知らない無邪気で無垢な子供でいられたらどれだけ幸せか。
だけど、アランは自分が可哀想だとは思っていない。
周りに利用され続けていたのは確かに辛かったし、一般的に見ればそれは“可哀想”なのだろう。
ただ1つ気に入らないのは、彼を可哀想だと言う人は揃いも揃ってアランの事を何も知らない人達だという事だ。
何も知らないのに、その時の状況だけを見て可哀想だと言う。
アランはそれを何よりも嫌っていた。自分の事を何も知らない人に同情されるほど、可哀想になった覚えはなかったから。



滅神魔法は神殺しの魔法。
それを知る者の中には、こんな者達もいた。


一般的に世界の全てを支配しているとされるのは、神。
その神を殺せれば、自分が支配者になれるのではないか?
そうなれば、自分の思い通りに世界を動かせるのではないか?



その人達がいつどこでアランの魔法を知ったのかは解らない。
だけど、その人達が自分勝手にアランの力を使わせようとしたのは確かで、それでアランが見えない深い傷を負ったのも確かだった。
きっと彼等はアランの傷なんてどうでもよかったのだろう。



それが何より憎たらしかった。
だからこそ、アランは自分の力を求める者を全て返り討ちにしてきた。



神殺しでありながら神を殺せないと知った時、激怒する者は少なくなかった。
その度に役立たずだと罵られ、殺されかかってきた。
そんな彼等に対し、アランは静かに力を振るう事で黙らせる。



「お前達が振るわせようとしていた力はこれ程のモノだ」と思い知らせる為に。
「頼むから放っておいてくれ」と、自分の意思を伝える為に。










「魔神の怒号!」

黒い光の怒号が空気を裂くように放たれる。
それをキャトルとジェメリィは回避すると、魔法陣を展開させた。

幻術狼群(ミラージュウルフ)!」
「魔神の西風(ゼフュロス)!」

オレンジ色の狼の群れを、黒い光の旋風が吹き飛ばす。
小さく舌打ちしたキャトルは魔法籠手(ガントレット)威力増幅(パワーアップ)の魔法をかけると、アランに向かって駆け出した。
それを視界に入れたアランも駆け出し、右腕に黒い光を纏う。

星光の(スターライト)――――――」
「させませんよっ!」
「うぐっ!」

籠手に金色の光が集まるのを阻止するように、アランの一撃がキャトルの横腹に炸裂する。
表情を歪めたキャトルの横を駆け動きを止めたアランは、右腕を横に真っ直ぐ伸ばし、指を鳴らした。

「魔神の十戒(デカログ)!」
「あああああああああっ!」

脇腹の傷が黒く輝き、キャトルの腕や脚の一部が同じように光る。
その瞬間、そこから血が噴き出し、キャトルはドサリと倒れ込んだ。
倒れたキャトルを目を見開いて見つめたジェメリィは、右手に魔力を集中させる。

「さすが失われた魔法(ロスト・マジック)ってトコかな!幻術弾丸(ミラージュガンズ)!」

オレンジ色の弾丸が、迷う事無くアランを狙って放たれる。
アランは両手を合わせると、その先をジェメリィに向けた。

「魔神の息吹!」

両手を中心に黒い光の風が吹き荒れ、銃弾全てを吹き飛ばす。
ジェメリィは表情を歪めると、左手からも銃弾を放った。
増えた銃弾にアランは一瞬目を見開き、更に魔力を集中させる。

「くっ……だったら、追加で幻術剣舞(ミラージュソード)!」

ジェメリィの前に展開した魔法陣から、オレンジの剣が生み出され放たれる。
一気に数が増え、アランは唇を噛みしめた。
何かを堪えるように眉をピクピクと動かし、ぎゅっと目を瞑り、そして

「……ああもう!数多すぎるんですよっ!邪魔なんで一撃で終わらせます!文句は聞きません!」

八つ当たりするように、叫んだ。
それと同時に魔神の息吹を消し去り、別の構えを取る。
左腕を前に、右腕を後ろにやり、体を捻る。
黒い光が両腕に集まっていく。

「え、ちょ……何する気!?」
「滅神奥義!」
「奥義ぃ!?」

ジェメリィの表情が引き攣る。
構わずアランは魔力を集中させ―――――







「魔神煉獄撃!」







右腕を前に、左腕を後ろに。
捻りを戻すように、腕を振る。
その動きに合わせて黒い光が揺れ動く。
そして黒い光の刃と化して――――――ジェメリィに、直撃したのだった。














「灰竜の吐息!」
「ほわあ~!」

灰色の風の球体が“双魚宮”ポワソンを襲う。
気の抜けるような悲鳴を上げながら避けるポワソンをどこか呆れたように見つめるココロは、小首を傾げ訊ねた。

「何であなたはさっきから避けるだけなんですか?」
「こ、怖いからに決まってるじゃないですかぁっ!竜殺しですよ!?人間なんてあっという間に……」
「死にません!」

目に涙を溜めてがくがくと震えるポワソンにツッコむココロ。
何なんだろうこの人、と思いながらココロが両手に魔力を集めようと構えるのと、



「だからこそ……自分の力に出来たら強いですよね」



突如ポワソンが笑みを浮かべて呟いたのは、ほぼ同時だった。
言葉の意味が解らず不思議そうな表情のココロに、彼女は微笑んだまま続ける。
その微笑みは柔らかく優しいモノではなく、冷たいものだった。

「……何を言っているんですか?」
()()()()()()()……そういう事ですよ」
「!」

ポワソンの怪しく冷たい微笑みに寒気を覚えたココロは、ようやく自分の異変に気付いた。
力が抜けていき、別の力が流れ込んでくるような感覚。
自分の両手を見つめるが、何の異変もない。
意味が解らず顔を上げると、ポワソンは微笑んだ。

「私はね、攻撃系の魔法が使えないんです。だからずっとあなたに反撃出来ずにいました。だけど……今からは反撃出来るんです」
「?どういう……」

ココロが最後まで言う事は不可能だった。
ポワソンの右手が向けられ、そこから“何か”が放たれたから。
そしてそれが何かをココロは知っていたし、気づいていた。

「まさかっ……」
「そう、私の魔法は“相手の魔法を()()魔法”。そして既に――――私は貴女の魔法を()()()

ココロの目が見開かれる。
目の前の少女は、確かにこう言った―――――貴女の魔法を奪った、と。

「奪った…?私の、魔法を?」
「ええ」

こくりと頷く。
じわじわと、ココロの中に何かが押し寄せる。
この時の彼女は気づいていなかったが、押し寄せてきたのは絶望。

(奪われた……?私の魔法が?)

それは、彼女にとっては大きな意味を持っていた。
信じたくなかった。認めたくなかった。
だって、あの魔法は――――――――。

「あの魔法は……私とグラウアッシュの……!」

無意識のうちに言葉が零れていた。
育ての親の行方が解らないココロにとって、自分の記憶と魔法は大事なモノだった。
灰竜グラウアッシュと過ごした日々は、化猫の宿(ケット・シェルター)の皆と暮らした日々と同じくらい大事なモノであり、魔法はグラウアッシュから教わったココロの誇りだったのに。

「凄いですね、滅竜魔法って!力が漲って溢れそうです!」
「返してっ!それは…私とグラウアッシュの大事な思い出なんです!」
「無理ですよ」

目に涙を浮かべ叫ぶココロの意志を折るように、ポワソンは言った。
目を見開き固まるココロに、微笑みを浮かべポワソンは告げる。

「私の魔法は奪う事は出来ても返す事は出来ないんです。残念でしたね」

竜殺しを持つココロと、攻撃系魔法を使えないポワソン。
その立ち位置が、一瞬にして逆転した。
ポワソンは竜殺しを得て、ココロは一瞬にして無力になる。

「そんな……」

震える声で呟いたココロの頬を、一筋の涙が伝う。
誇りである魔法を奪われたココロに、勝つ術はなかった。 
 

 
後書き
こんにちは、緋色の空です。
遅れた…1週間に1話は更新しようと思ってたのに遅れた!
原因は解ってるんだ!エターナルユースの妖精王だな!でも仕方ない、あの作品のアイデアばかり浮かんでしまうのだから。
ごめん百鬼憑乱、忘れてる訳じゃないんだ。アイデアはあるけど最初の方って長いから気力が途中で途切れてしまうんだよ(言い訳)。

感想・批評、お待ちしてます。
最初にアランと戦っていたキャトルが呆気なくやられている事に終わってから気づいた。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧