愛は勝つ
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第二章
第二章
あれこれ考えるだけ考えながら日々を過ごしていた。今度はクラスで本を読んでいた。もうすぐホームルームの時間である。
「おう」
角刈りで威勢のいい感じの若い男がクラスに入ってきた。黒いジャージを着ている。このクラス、つまり尚志の担任である岩村先生である。
彼がクラスに入ると皆席に着いた。それから朝の挨拶をしてホームルームをはじめるのであった。
「今日は皆にとって印象的なことがあるぞ」
先生はホームルームがはじまるといきなりこう言い出した。
「印象的なことって?」
「出会いだ」
先生は大きな、明るい声で言う。
「出会いがあるぞ。それはな」
「何なんですか?」
「皆待ってるぞ、来い」
ここで先生の左手の教室への入り口に顔を向けて言った。するとその扉がガラリと開いた。
そこから一人の少女が現われた。黒く長い髪をした楚々とした女の子であった。背は結構あって白い絹のような色の顔に眼鏡をかけている。
「おい」
「これはこれは」
クラスの男達は彼女の姿を見て声をあげる。黒く大きな目が目立つかなり可愛らしい外見だったからだ。一言で言うと文学少女であった。
「はじめまして」
女の子は教室の中央に来るとぺこりと頭を下げてきた。
「矢吹若菜です」
後ろで先生がその名前を書く。そのうえでまた言う。
「これから宜しくお願いします」
にこりと笑ったうえでの言葉であった。ここで名前を書き終えた先生が彼女の横にやって来た。
「矢吹君はこれからこのクラスの一員になるぞ」
またしても明るい声で述べる。
「皆宜しくな」
「わかりました」
皆明るい声で答える。特に男達の声は明るかった。まずは若菜は彼等に人気があった。その中には尚志もいた。
しかし彼は少し離れて見ているだけであった。内気な彼はどうしても彼女に近付くことができないでいたのである。
近付くこともできず話をしようにもできなかった。しかし何時の間にか彼女の周りからは男の姿は消えて女の子ばかりになってしまったのであった。
「何か変だね」
尚志は自分の席に座ってその有様を見てふと呟く。その横には真が来ていた。
「矢吹さんの周りから急に男の子がいなくなったね」
「まあそうだろうな」
真はそれを聞いてさも当然であるというように頷いてきた。
「誰だってな」
「何かあるの?」
「ああ、これがあるんだ」
真は答える。
「これがな」
「何があるの?」
「矢吹さんの親父さんのことでな」
真はそれに応えて言う。
「皆引いてるんだよ」
「親父さん?」
「ああ、実はな」
真の言葉も警戒したものになった。尚志はそれを見て無意識のうちに首を傾げてしまった。
「親父さんが滅茶苦茶強いんらしいんだ」
「強いって」
「柔道八段らしいんだよ」
「柔道八段!?凄いね」
「おまけに空手七段で合気道五段、少林寺拳法は六段か」
それだけではなかった。話が洒落にならない方向にいっていた。ここまで来ると何をしている人間なのかわからない程である。
「何その人、化け物みたいじゃない」
「だからだよ。何でもな」
「うん」
「矢吹さんが転校してきたのもそのせいらしいんだ」
「お父さんのことで?」
「ただ強いだけじゃないらしいんだ」
話はここで若菜に話が移った。
「娘に対しては凄い過保護らしいんだよ」
「そうなんだ」
「言い寄った男は全員投げ飛ばされるか拳の前に粉砕されてな。転校したのはストーカーしていたのがマジでボコボコにされたせいだったらしいんだよ」
「らしいの」
「ああ」
あやふやで根拠のない話である。こう書くと真実かどうかはわからない。しかし真実かどうかあやふやなのがかえって怖いのだ。本当ならばかえって怖くはないものである。本当であるかどうかわからないのが一番怖いものだ。
「だから皆引いてるんだよ」
「そういう理由があったんだ」
「大変なことにな」
真も諦めた感じだった。どうやら彼も結構彼女に気が向いていたようである。
「とにかくあの娘はジョーカーだ」
「声かけたら駄目だってこと?」
「そうなる。命は惜しいだろ?」
真の言葉はかなり真剣である。
「そういうものなのかな」
「少なくとも御前は止めておけ」
そう忠告する。
「プロレスラーでもなければ勝てないぞ。しかも一番強かった時機のアントニオ猪木でもなければな」
「ううん」
「わかったな」
念を押してきた。
「といってもね」
尚志は考える顔で首を傾げさせる。
「僕彼女のことは何も知らないしね」
「それもそうか」
真はその言葉を聞いてふと気付いたように言う。
「彼女のことは何も知らないな。本当に」
「性格もどうなのかな」
尚志はそこに注目していた。
「可愛いじゃないか」
「いや、それよりもさ」
尚志はここで言う。
「性格じゃないかなって思うんだよ」
「おいおい、それはまた」
真は尚志のその言葉に思わず苦笑いを浮かべた。
「顔よりもそっちか」
「性格って出るよ」
尚志は少しとぼけていながらも述べる。ピントがずれているようでいて見るべきものは見ていた。
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