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Ball Driver

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第四十一話 競争

第四十一話


「部長部長、ここん所は“隠者の夕暮れ”より“風が吹けば”の方が場面に合ったチョイスじゃないですか?聴き比べて下さいよ」
「ん、じゃあちょっと聞いてみる」

紗理奈が権城のスマホに繋がれたイヤホンから聞こえる音楽を聴き比べる。紗理奈は目を閉じ、うんうんと頷いてから、権城の肩をポンポンと叩いた。

「君の言うとおりだ。“風が吹けば”で行こうと思う。」
「ホン書いた本人のお墨付きを貰ったって事は、俺も正しかったって事っすね」

権城は胸を張る。いよいよ、音響や照明などの裏方全般に通じたアシスタントとして権城は開花しつつあった。演じるのより楽だろうと思って、舞台に出れない奴がやる仕事に安住してきた所もあったのだが、実はこれが向いていたのかもしれない。今では、むしろ演技の練習をする事にこそ違和感を感じる。

「ところで……」
「何?」

権城は下心が透けるような笑みを見せた。

「今回のホンは攻めましたねー。キスシーンなんて、やっちゃって良いんですか?マジでやるつもりなんです?」
「何だその事か。……私はやると言ったらやるよ。」
「……って事は、ヒロイン役は紗理奈部長でしょ?今回の主役は紗理奈部長とキスをするわけ。で、その決定権は紗理奈部長にある訳だ。」
「おいおい……やめてよ、私が下心で主役を選ぶみたいに言うの」
「まぁまぁ。で、部長は姿と拓人、どちらにするんですか?」

興味津々に聞いてくる権城に、紗理奈はため息をついた。

「どちらでも良いよ。演技が上手い方。」
「またまた……じゃ、どっちとキスしたいんです?」
「もう!しつこいよ!それに、何で姿くんと拓人くんだけなの?権城くんも主役候補なんだから……」
「またまたァ!俺がまた裏方やるのって、ほぼ決定事項じゃないですか。ま、演技の練習は良いトレーニングになりますから、喜んでやりますけど。俺の演技こそ使い物にならないくらい部長分かってるでしょ?」

また紗理奈は頭を抱えて、呆れたようなため息をついた。裏方に対してやり甲斐を感じ始めているほど、訓練されてしまった権城に対しての呆れは、同時に紗理奈にとっては寂しさでもあった。



ーーーーーーーーーーーーーーー


「セカンド!」
カンッ!

少ない人数の南十字学園野球部の中でも、競争は起こり得る。特に、今のチームは皆がそれぞれ、最低限のプレーを計算できる分、誰が試合に出てもおかしくない。
その中で、一番甲乙付け難いのがセカンドだった。

バシッ!
「良いぞ佳杜!ナイスプレー!」

潰れかけの中等科軟式野球部の中で孤軍奮闘していた佳杜の守備は堅い。キッチリ打球の正面に入り、スローイングも殆ど乱れない。肩がセカンドにしてはかなり強く、例え弾いてもその後の処理が実にしっかりした、まさに堅実な守備をしている。
一方、佳杜とセカンドを争う和子は左打席からのスイングがシャープで、打に関しては佳杜を上回る。そして守備も悪くないので、総合力なら和子が上か。

ポロッ
「おーいおいおい!」
「和子ー!らしくないぞー!」

しかし、佳杜とのポジション争いが明確になった途端、和子のプレーがイマイチ消極的になり、凡ミスも増えた。ノックの順番も、自ら佳杜の後ろに並ぶようになり、表情も冴えない。

(………)

キャプテンの権城としては、これは放っておけない。


ーーーーーーーーーーーーーー


「和子、お前佳杜と何かあったのか?」

練習後、バックネット裏の監督室(前までは形代が使っていたが、今は形代が練習に来ないので空き室になっている)に和子を呼び出した権城は、単刀直入に尋ねた。
和子はギクッとしたが、すぐに笑顔を作った。

「い、いえ……何もないですよ」
「ふうん?何か佳杜に遠慮してるように見えるんだけどなぁ」
「いや、それはありませんよ。そう思った事なんて無いです」
「……の割には最近生彩欠いてない?」
「それはっ……あたしが下手なだけです。佳杜は関係ないですよっ」
「あぁ、そう。……なら良いけどさ」

権城はどうにも引っかかるものを感じたが、これ以上聞いても仕方がないと判断して和子を帰した。

「……いきなり単刀直入に聞きすぎじゃないですか?」
「おい!居たのかよジャガー!」

和子が帰ってから、突如姿を現したジャガーに、権城はびっくりした。全く気配も何も感じさせずこの狭い部屋に隠れていたとでも言うのか。まるで忍者である。

「そりゃそうですよ、私もこのチームの副将なんですから。主将がする話は気になります。……そして、やっぱり単刀直入に尋ねすぎですよ。」
「和子だから正直に言ってくれると思ったんだけどなぁ。誤魔化されるとはなぁ。普段あんだけ明るくて素直な子なのになぁ……」
「……そう見える子ほど、実は取り繕ってたりするんですよ。明るくて素直な自分を。和子様もそうなんではないでしょうか」

まぁそうか。権城は納得した。いつもいつも明るく居れる奴なんて居ない。ダルい日もムカつく日もある。なのに明るく毎日振る舞えるというのは、ある程度作っている部分もあるだろう。

「で、ジャガーは何か知ってんの?」

姿と和子にずっと長いこと寄り添ってきたジャガーに尋ねてみると、ジャガーは困った顔をした。

「いえ、それはあまり……でも、和子様と佳杜さんは、幼少期はとても仲が良く、いつも一緒に遊んでいらっしゃいました。それがいつから疎遠になったのか、私にはよく分かりません」
「そうかぁ。じゃあ本人達しか分からんって事なんだな」

権城はため息をついた。


 
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