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Ball Driver

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第三十九話 まだまだこれから

第三十九話


「みんなお帰り!凄かったね、テレビの前で僕感動して泣いちゃったよ!」

拓人が、学校に帰ってきた同級生の姿と和子に声をかけた。拓人は夏の大会には帯同していなかった。入学後一ヶ月に渡って学校に来ず(水泳の練習をしていたらしい)、一ヶ月後に泳いで南十字島にやってくるという意味不明ぶりを発揮したツケで、その一ヶ月分を取り戻す個人補習が組まれた為、夏の大会にはついていけなかったのである。実力的にはベンチに入るだけの資質があったのだが……
拓人自身にそれを気にしている様子は大して見られなかった。

「ホント感動したよー!拓人くんも居れば良かったのに、勿体ないなぁ……」
「ハハハ、補習で来られなかったというのも拓人らしいな」

和子が残念そうに口を尖らせ、姿が苦笑いする。拓人は照れ臭そうに頭を掻いた。

「……来年はみんなで甲子園だな」
「えぇー?品田先輩達がベスト4だよ?私たちにそれを超えられるかなぁ?」

姿の自信が滲んだ言葉に、和子は首を傾げる。

「おいおい和子、先輩は二人しか居ないんだ。僕達が来年の夏、いやこの秋から中心にならなくちゃいけないのに、そんな弱気でどうするんだ」
「えぇ〜、でも自信無いなぁ〜」
「大丈夫だよ!……やれそうな気がする事はやれるんだ!」

拓人が、また根拠のない事を自信満々に言った。

代替わり。先輩達が居なくなった後に、後輩たちが先輩の後ろ姿を見て夢を見る。



ーーーーーーーーーーーーーー


「部長、明日は演劇部の日ですけど、どうしますか?」

権城が寮の談話室で紗理奈に尋ねると、缶コーヒーを啜っていた紗理奈は少し迷ってから答えた。

「うん、ナシ。演劇部は姿くんもジャガーも和子も、みんな野球部と掛け持ちだし、夏大遠征の疲れもあるからね。明日はオフにして、しっかり休もう。」
「それが良いですね。」

権城は紗理奈の判断に納得した。
紗理奈は権城の顔を見てフッと笑った。

「……やっぱり、部長と呼ぶようになった」
「はい。もう紗理奈さんはキャプテンじゃないですから、俺にとっては部長です」
「しっかり頼むよ。新キャプテン。そして、私自身は演劇に専念できるようになったから、もう演劇部では妥協しないよ。」
「……え?今まで演劇、あのレベルで妥協してたんっすか?」
「私を見くびってもらっては困るなぁ〜」

二人は笑った。
二人の間に寂しさはなく、お互いに前を向いていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


二日後の野球場。
グランドに野球部の一、二年生が集合した。三年生が引退した後の、新チームの発足である。

二年生は権城とジャガーの僅か2人。
チームの中心は一年生だ。中等科の硬式野球部から、高等科でも野球を続けた者の他にも、編入生も居たり、軟式野球部からの入部もあったり。


「新キャプテンは権城さんか。熱い人だからな。ジャガーよりキャプテン向きだろう。」
「すごく厳しいのかなぁ……不安だなぁ……」
「大丈夫ですよ。姿ぼっちゃまの特訓に比べたら」
「あれ、本当に死ぬかと思ったわよね……」
「え?そんなにしんどかったかなぁ?覚えてないや^_^」

姿、和子、タイガー、茉莉乃と瑞乃は中等科硬式野球部からのエスカレーター組である(台詞は無いけど一応松山洋も)。かなりの実力を誇った硬式野球部のメンバーだから、これは期待できる。地元民でもあり、チームの中心になっていくのは間違いないだろう。

「暑いわねぇ……こう暑いと、わたくしのリビドーもたぎってしまうわ……ねぇ?」
「奥様……残念ながら、僕には分かりかねます」
「私も」

そして編入生。超絶ダイナマイトボディのやたらと妖艶な少女というより女、背中の曲がった陰気な少年、そして金髪青い目の少女。彼らの実力はまだまだ未知数だ。

「………」

中等科の軟式野球部からはただ一人、仁地佳杜が高等科野球部に入部してきている。




一年生達がグランドに足を踏み入れた時、大きな声が響いた。

「おい!遅かったなァ!」

そこには、朝早くからジャガーと2人でグランド整備していた権城が仁王立ちしていた。



ーーーーーーーーーーーーーーー


「という事で、六十代のキャプテンを務める事になります。権城英忠です。どうぞよろしく。」

全員を集めた円陣で権城が自己紹介すると、パチパチと拍手が起きた。最初に茉莉乃にホームランを打たれ、春の大会途中からずっと控えだった事もあって一年生の中での権城の評価は微妙だったが、それも夏の大会準決勝での代打ホームランを含めた活躍によって大きく上がり、今では権城のキャプテンに不平を言う奴は居ないだろう。

「……で、俺から少し話をしたいのは、まず最初に、このチームでどこまで行きたいか、だ。おい松山、どこまで行きたい?」
「は、ハイッ!甲子園ですっ!」

権城の質問に松山は即答した。権城はジト目で松山を見た。

「即答?お前即答しちゃう?即答で甲子園とか言っちゃう訳?週三練習で本気で甲子園行けるとか思ってんの?よそのチームがオフ半年に一回とか言ってる中で?お前言葉軽いんだよ反省しろ」
「」

意気込んで答えたというのに、けちょんけちょんに言われて松山は閉口した。

「じゃ、姿。お前は?」
「……もちろん、甲子園まで行くつもりです。」
「行けると?」
「僕は思ってますよ。」

圧迫気味の権城の態度にも全く動ぜず、姿は胸を張って堂々と答えた。

「準決勝で負けた時、僕は悔しかった。僕だけじゃなく、みんな悔しかったはずです。週に三度の練習で、本当に甲子園が無理だと言うのなら、悔しさなんて湧いてこないはず。よく頑張ったと、みんな満足して終わったはずです。しかし、僕らはみんな悔しさを感じた。みんな、勝てると思ったから悔しかったんですよ。勝てると思えるという事は、勝つ可能性があるという事。やれそうな気がする事は、やれるんです。」

権城は最初、姿を睨んでいたが、次第にその表情は柔らかくなっていった。

「……さすがだ、姿。そうだよな、俺らみんな悔しかったんだ。俺としちゃ、南十字学園はこの夏の準決勝で初めて“負けた”と思ってる。これまで南十字学園は試合には負けても、本当の意味じゃ負けてこなかった。本気で戦ってこなかったからな。でもこの前の準決勝は違ったろ?みんな本気だったよ。負けたけど、本気になったらここまでやれるのかって、自分達の底力も良く分かったと思う。俺たちに底力があるって教えてくれたのが、ついさっき引退していった三年生達だった。」

権城は立ち上がり、大声を出した。

「週三じゃ無理だなんて決めつけてるのは、他所から見てる連中だ!俺らの可能性は俺らが一番良く知ってる!俺たちは勝って甲子園まで行く!結果を出すには他の全てを捨てなきゃいけねぇって常識、野球だけに打ち込んでただの野球マシーンにならなきゃ甲子園いけねぇって常識!このちっさい島から、この世の常識を叩き潰してやろうぜ!」
「「「おおおーーーっ!!」」」

熱っぽい権城の言葉に、円陣を組んだ皆が、手を突き上げて答えた。

(あれ、結局甲子園行けるって事でOK?俺、一体何の為に怒られたんだ?)

その中で松山だけが首を傾げていた。













 
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