Ball Driver
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第三十六話 凡人の意地
第三十六話
カァーーン!
強い打球が飛ぶ。人工芝にゴロが加速するが、譲二が両膝をついてその打球に対し壁を作った。
「ファースト間に合う!」
「おらぁ!」
前にこぼした打球を拾って、譲二はファーストに送球した。ショートバウンドになるが、ファーストの月彦が体を伸ばしてミットですくい上げる。
「アウト!」
一塁審の手が上がった。
この速い打球では、2塁ランナーは三塁へ進めない。
「ナイスサード!本田くん!」
「守備ではしっかり援護させてもらうぜ、キャプテン!」
マウンド上の紗理奈と譲二がハイタッチを交わす。6回裏は二死二塁。強い当たりは続いているが、紗理奈が低めに集めているのと、この試合に限って南十字学園ナインの集中力が切れない事で何とか無失点に抑えていた。
キン!
「あぁ〜」
9番の飛鳥は力みかえってセンターフライ。
六回の裏も投手初経験の紗理奈が無失点に抑える。
「ナイスピッチキャプテン!」
「新エース誕生だな!」
「良いよーキャプテン!」
皆の声かけに笑顔を返しながら、紗理奈は内心でつぶやく。
(支えるだけじゃなく、支えてもらうのも悪くないな。ピッチャー、楽しい!)
大人びた紗理奈が、少女の笑みを見せていた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
カァーーン!
「どうだァー!!」
7回の先頭は月彦。前の打席と同じく、甘い球には例え狙い球でなくてもキッチリと食らいついた。しっかり引きつけ、センター方向に返す。やれるのにやらなかった基本の打ち方を徹底し、その打球は右中間を破った。
「見たかァー!」
いつもクール(を気取っているだけ。ただのキザ。)な月彦が二塁ベース上で大きくガッツポーズする。この回も先頭バッターが出塁、それも長打である。
「…………」
人工芝の照り返しの暑さも気になってくる頃だ。飛鳥はマウンドで滴る汗を拭う。序盤の南十字学園打線が全く手も足も出ていなかった為球数はまだ多くないが、終盤にさしかかって明らかに捉えられてきている。もちろん、人が変わったように南十字学園打線がボールへの執念を見せてきているのが主な原因である。そのように調子を上げてきている南十字学園打線に対して、飛鳥はこれからどんどんスタミナが切れていく。
(さっきの回で代打送っときゃ良かったかなァ。追加点とって浦中をこの回の頭から、ってのが一番楽だったかもなァ。)
帝東ベンチ、前島監督は自分の采配がワンテンポ後手に回った事を嘆いた。
(……でも試合前から、この試合は浦中温存の心づもりだったんだ。その責任を神島も全うしてくれなきゃ困るぜ。この夏も全国制覇するんだし、次の代ではエースとるんだろ?だったらサザンクロスくらい何とかしろよ。少なくともこの回までは頑張れ。下位打線なんだしよ。)
<8番キャッチャー山姿さん>
無死二塁で、打席には今日二安打のジャガー。
(こいつには今日二安打されてる……八番の癖に!)
飛鳥はカウント球を打たれた反省から、シンカーを初球から投げていく。ジャガーはそれを空振りした。
(さすがに、慎重に投げてくるボールは打ちにくいですね。さっきの打席なんかは、強引に攻めてきた分だけ単調で打ちやすかったですけど。)
会心の当たりは厳しいと見たジャガーは、ライト方向の進塁打を狙う。
「ストライクアウト!」
「あぁ……」
しかし、飛鳥の意地がそれを許さない。
最後は意表を突いてストレートで懐をえぐり三振。進塁打を狙った分だけ、ジャガーが少し受け身になった所を果敢に攻めていった飛鳥の勝ちだった。
<9番ショート合田くん>
続いて打席に入るのは哲也。先ほど守備で良いプレーがあったが、打撃は精彩を欠いている。
(……こいつは安パイだ)
マウンド上の飛鳥はジト目で哲也を見下ろす。
(くそーっ!こいつ、バカにした目を……)
哲也は意地を見せようと奮い立つが、スランプの時にはそういう風に力めば力むほどダメなのである。
ブン!
「ストライクアウト!」
結局哲也も三振。意地を見せた飛鳥の力投の前に、無死二塁のチャンスが二死二塁となる。
<1番レフト高杉くん>
打順には南十字学園打線随一の凡人、高杉。
(せっかく下位で作ったチャンスなのに、三者三振なんかで終わっちゃったらマズいぞ。チームの流れ自体が途切れる。ここはじっくり、簡単にアウトなっちゃダメだな……)
高杉は自軍ベンチを見た。すると、ベンチの最前列に出てきている紗理奈と目が合った。紗理奈は、笑顔を見せながら自分の胸を叩いた。そしてジェスチャーは「打て」。
(……そうか。何を俺は“凡退”を前提にして考えていたんだ。俺が打てば良いんじゃないか!)
高杉は紗理奈の笑顔に勇気を得た。
失敗を恐れず、初球から振っていった。
失敗を恐れるから凡人なのだ。
それを恐れなくなった高杉は、
凡人ではなかった。
カァーーン!
甘く入った初球を叩き、打球はショートの頭を越えて左中間に弾む。浅めのセンター大西が打球を拾ってショートの佐武に返す。二塁ランナーの月彦がホームに帰る。佐武がバックホームする。月彦が滑り込む。
「セーーフ!」
審判の手が広がると、月彦はそんな事はどうでも良いとばかりにユニフォームの汚れを気にして嘆き、対照的に一塁ベース上では高杉が大きくガッツポーズした。
(俺はみんなみたいに出来ないと思ってたけど……今に限っては、やれる気がしたぜ!)
ベンチでは紗理奈が、高杉にピースサインを送っていた。
(やれそうな気がする時はやれるんだ!ナイスバッティング!)
この高杉のタイムリーで5-8。ジリジリと点差が詰まっていく。
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