雲は遠くて
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16章 地上200mの誕生パーティー (5)
16章 地上200mの誕生パーティー (5)
「独占欲は強いけど、孤独の領域は守りたいっていうわけだよね。
でも、この2つの欲求って、
男ならだれでも、持っている欲求じゃないかなあ?!
つまり、森ちゃんは、
男の理想を貫こうとして、戦っているだけかもね」
と語ったのは、森川純だった。
「そうですか、純さんに、そういわれると、勇気がわくというか、
自分を肯定できて、安心できそうです。ありがとうございます」
そういって、森隼人は、よろこんだ。
「ただ、おれの、森ちゃんへの、アドバイス(助言)だけど、
男って、
あまり、観念的というか、頭でばかり考えてしまって、
具体的な事実を、
見失っていることって、よくあるからね。
仏教の一派で、もっぱら、座禅を、修行する、
禅宗の、
僧侶の良寛さんは、こんなことをいっているんですよ。
『花は、無心にして、
蝶を招き、
蝶は、無心にして、花を尋ねる』ってね。
この、
尋ねるっていうのは、
探し求めるっていう感じの意味ですけどね。
この詩は、
どういう意味かというと、花には、蝶を招こうという気持ちもなく、
蝶には、
花を尋ねようという気持ちもない。しかし、自然の成り行きに、
従って、出会いが、行われる。
つまりは、考えることをやめて、無心になるというのか、
自然と一体に、
ひとつになることが、幸福のひとつの形である、と、
そんな考え方なのかなあ。
良寛さんは、酒も、女も好きだったらしくって、
とても、人間味のある人だけど、かなりな高僧で、
偉い坊さんだったらしいんだ。
作家の夏目漱石も、晩年、尊敬していたらしいんだけどね。
おれも、つまらない、講義をしちゃったかな?あっはっは」
そういって、森川純は、わらった。
「純さん、とても、勉強になった気がします。考え過ぎが、
おれの欠点なんですよ、まったく」
と、森隼人は、
感心して、目を輝かせながら、ほほえんだ。
「みなさん、男ばかりで、むずかしい、お話をしているんですか?!」
と、純たちのテーブルへ、やってきたのは、清原美樹と、
美樹の彼氏の、
東京・芸術・大学の音楽学部、ピアノ専攻の3年で、若手気鋭のピアニストの、
松下陽斗、
グレイス・ガールズの、オール・メンバーの、大沢詩織、
平沢奈美、
菊山香織、水島麻衣。
小川真央と、真央と急に親しくなった、今年、20歳の野口翼。
そして、
MFC(ミュージック・ファン・クラブ)の副幹事長の、
2年生の、谷村将也たちだった。
「せっかくの、きれいな夜景なのよ。
みんなで、ゆっくりと、眺めましょうよ!」
そういって、美樹たちは、岡昇や、森川純や川口信也たちを、
テーブルから、立ち上がらせた。
「陽斗さん、お元気ですか?
また、8月24日(土)の、サザンオールスターズ・祭り、
は、よろしくお願いします」
と森川純はいうと、わらった。
「こちらこそ、よろしくお願いします。おかげさまで、元気ですよ。
このお店、すばらしいですね。
きょうは、お招きいただいてありがとうございます」
と、松下陽斗は、丁重に、純や信也に、挨拶をした。
森川純は、菊山香織と、なかよく、
川口信也は、大沢詩織と、なかよく、
清原美樹は、松下陽斗と、なかよく、
それぞれ、みんなは、夜景に見いっている。
水島麻衣には、どうやら、谷村将也が、
熱をあげているらしかった。
このふたりも、いちおう、寄りそうように、夜景を眺めている。
しかし、水島麻衣には、谷村よりも、ひとりで、夜景を眺めている、
幹事長の矢野拓海のほうが、
気になっている様子である。
岡昇も、平沢奈美と、いちおう、なかよく、カップルのように、夜景を見つめている。
小川真央も、野口翼と、なかよさそうに、夜景を楽しんでいる。
大パノラマが、見わたすかぎり、ひろがる、
大きな窓のある、特別・展望・シートに、座って、みんなは、くつろいだ。
見下ろす、あたり一帯には、クルマのヘッド・ライトや、
ネオンやビルの、
窓の明かりなどが、静かに、きらめく、夜景が、ひろがっていた。
そんな夜景は、まるで、恋人たちの、心やすらかな、ひとときを、
祝福しているかのようだった。
午後の11時ころ。
誰もいなくなった、イタリアン・レストラン・ボーノ(Buono)の、
窓際のテーブルに、
一輪、白い薔薇が、置き忘れてあった。
≪つづく≫
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