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オルキス

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第一章


第一章

                    オルキス
 ギリシアの山の神サテュロスの息子にオルキスという神がいた。彼は父と同じ山羊の角と髭、足を持つ神だった。そしてやはり性格も父と同じで奔放で遊び人であった。
 彼はいつも女の子を追い回したり酒を飲んだり音楽を聴いたりしていた。そうして楽しい日々を過ごしていたのである。
 だがある日あまり楽しくない自分に気付いた。そうしてすぐにそれを周りの女の子達に聞くのであった。
「何かさ」
「どうされたんですか?」
「いや、こうして飲んで騒いでいるけれど」
 その手には木のコップがある。それで葡萄酒を飲んでいたのだ。
「面白くないんだよ」
「あら、それでしたら」
「踊られますか?」
 女の子達はそれを聞いて立ち上がる。だがそれでもオルキスの顔は変わらない。相変わらず今一つといった感じで浮かない顔をしていた。
「ううん、それもいいよ」
「宜しいですか」
「悪いね」
 そう彼女達に詫びる。
「折角誘ってくれたのに」
「いえ、いいです」
「御気になさらずに」
 彼女達はそう言葉を返してオルキスを慰める。それでもオルキスは浮かない顔をしたままであった。その理由がどうしてかは彼自身にもわからない状態であった。それがどうにももどかしくて仕方がなかった。だがどううしようもなかった。
 彼は毎日が楽しくなるなり浮かない顔をして遊びをこなすだけだった。遊びの達人にしてはこれが嫌だった。だがそれでもどうしようもないままであった。
「参ったな」
 ふとこう呟いた。
「何でこんな気持ちになったんだろう」
 それまで遊んでいればそれだけで幸せだったのにそうではなくなった。それがどうしてそうなったのかさえわからない。毎日悩んで考えてだった。それでも答えは出ないままだった。
 そんな日が続いたある日。彼は森の中で一人のニンフに出会った。
 薄紫の豊かな髪の毛にそれよりも濃い紫の瞳、白い肌を持った美しいニンフであった。緑の服に身を包み森の中を舞うように歩いていた。オルキスは彼女を見て思わず足を止めてしまった。
「どうされたのですか?」
「あっ、いや」
 戸惑いながら彼女に応える。
「何でもないよ。けれど」
「けれど?」
「君は一体どうしてここに?」
「どうしてって言われましても」
 少女はにこりと笑う。そうして言葉を返してきた。
「前からここにいましたけれど」
「そうだったんだ」
 オルキスもこの森で長い間遊んできた。それでも気付かなかった。まさかこんな少女がここにいるとは。彼女を知って何か特別なものさえ感じていた。
「ここに」
「オルキス様ですよね」
 少女は彼の名前を知っていた。
「そうだけれど」
「今日は。遊ばれないんですか?」
「あっ、うん」
 少女の言葉に少しバツの悪い顔を見せた。
「ちょっとね。気分んじゃないから」
「そうなんですか」
「また今度遊ぶよ」
 そしてこう述べた。
「今度ね」
「そうなんですか」
「それよりもね」
 オルキスはここで心の中で戸惑いを覚えた。今の言葉は自然に口から出て来たからだ。
「はい?」
「うん、また会えるかな」
 そう彼女に問うた。
「明日にでも。いいから」
「はい、いいですよ」
 少女は清らかな笑みを浮かべて彼の言葉に応えた。
「私も。遊びたいですし」
「そうだよね、やっぱり楽しく遊びたいよね」
 これはオルキスの本音だった。やはり彼は遊びたかったのだ。
「やっぱり」
「何でしたら皆も呼びましょうか」
「あっ、それはいいよ」
 この言葉も自然と口から出た。いつもなら是非呼んで欲しいと言うところが今日は違っていた。何故か二人だけで会いたかったのだ。彼女と二人で。
「明日はね」
「わかりました。それじゃあ」
「うん、御願いね。時間は」
「明日の今の時間でいいですよね」
 少女は自分からこう言ってきた。
「それで」
「うん、それでいいよ」
 それで別に問題はなかった。だから頷いた。
「じゃあまた明日ね」
「はい」
 少女はそのまま舞うようにしてその場から消えた。オルキスはそんな彼女を見送って一人そこに残っていた。そしてそこで気付いたのだった。
 
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