Ball Driver
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第三十三話 今頃の試行錯誤
第三十三話
キン!
「!!」
飛鳥の足下を強い打球が襲う。お手本のようなセンター返し。硬い人工芝を白球が勢い良く駆け抜けていき、センターへ打球が転がっていく。
「……よし」
権城の代打ホームランの直後、紗理奈がしっかりと狙い球を絞って、謙虚なスイングでシングルヒット。飛鳥に対して三本目のヒットが出て、無死一塁となる。
(おいおい、権城のホームランは仕方ないにしろ、こっから切り換えてもらわなくちゃ困るぜ。)
(……分かってますよ。)
大友が出す雰囲気だけで、飛鳥は言いたい事に気づいて頷いた。
(あいつに打たれたのは癪だけど、アタシの仕事は打線を抑える事で、あいつを抑える事じゃないから。)
気を取り直して、6番の譲二に相対する。
譲二も、4回戦以降さっぱり。強振してはショートゴロでゲッツーの山を築いていた。
(えーと、バカみたいに振り回さずに、シングルヒットを狙って、つないでいけば良いんだよな?)
ベンチプレス130キロの怪力を誇るが、脆いのが譲二の打撃の弱点だった。飛鳥のような技巧派に対しては非常に相性が悪い。
そして譲二は譲二なりに、飛鳥に対して対策を考えた。
(つまり、軽打で良いんだ、軽打で)
ガムシャラなフルスイングを辞めた譲二。
引っ掛けさせようと飛鳥が投げ込んでくる、食い込んでくるスライダーに対し、
何を思ったのか、まるでペッパーのように、そーっとバットを出した。
コツン!
「?」
「は?」
ボテボテと三塁前にゴロが転がる。
まるでヒットを打つ気のない、スローモーションのスイングに、サードの榊原も一瞬訳が分からず体が固まった。
セカンドに滑り込む紗理奈を殺す事はできず、一塁でアウトをとる。ワンアウト二塁となった。
「……は?」
これには南十字学園ベンチも味方ながら意味が分からず、キョトンとしている。
譲二はベンチに戻ってきて、ため息をつきながらヘルメットを置いた。
「……やっぱり俺にはフルスイングしかないな」
「違ーよ!俺が言いたかったのはそういう事じゃない!何でフルスイングを止めたと思ったら今度はバントみたいなスイングしてんだよ!バカなのかよ!限度ってのがあるだろーが!ちょっと裏に来い教えてやるから!」
また権城に怒鳴られ、大きな体を小さくした譲二は、ベンチの裏へと2人して消えていった。
「……やっぱり筋肉バカだ」
銀太がため息をついた。
<7番ファースト坊くん>
二塁のチャンスに打席に向かうは、これまた権城に気合いを入れられた三年生の坊月彦。雅礼二の舎弟だった男で、しっかりそのスタイルを引継ぎ、絶望的にコーナーをつかれた球への執着心が足りず変化球に対して三振を大量生産していた。資質は結構凄いのに、打順は下位でイマイチ信用がないのは、その圧倒的淡白さからだった。
(権城の奴、馬鹿にしやがって。俺の本気を見せてやるよ。俺だってなぁ……)
この打席に関しては、月彦はファールで粘った。こうやってすぐに打ち方を変えられるだけ、譲二より余程センスがある事が分かる。
(やりゃあできるんだよ!それなりには!……それなりってのがバレるのが嫌だったんだ!)
カーン!
丁寧にコースを突いてきた飛鳥のボールに対し、身を投げ出して左手一本で泥臭く食らいついた月彦。打球はライト線に伸びていく。
パシッ!
「あぁ〜」
しかし、帝東ライトの日波が体をいっぱいに伸ばしてこのライナーをランニングキャッチ。月彦は一塁を回った所で頭を抱えてため息をつくが、二塁ランナーの紗理奈はすかさずタッチアップで三塁まで。二死ながら三塁にランナーが進む。
(……バカみたいに荒っぽくて、なおかつ頑固に自分のスイングを変えずに凡退しまくってたサザンクロスの打線が、この回から打ち方を変え始めたな。神島の球に対しても対応が見えるようになってきた。)
帝東ベンチでは前島監督の表情が段々と変わってきていた。飄々と笑っていたこれまでより明らかに目つきが鋭い。
(元々、なんでこんな南の島にここまで選手が集まるんだってくらい、素質自体は高い連中だからな。野球に対する適当さが消えてくると、これは案外、バカにならんかもしれん。)
<8番キャッチャー山姿さん>
ジャガーは打席に入る前に、審判にキッチリお辞儀する。折り目正しい態度は、南十字学園の中では一人異色である。
(こいつには、さっき打たれた。ピンチだし、格の違い見せとかないといけないわね)
飛鳥がセットポジションからジャガーを睨みつける。ジャガーは、飛鳥とは対照にフラットな、朗らかな表情を崩さない。
(非力な八番でしょ?外の球に合わせるくらいはできたでしょうけど、インコースの球は引っ張りきれないでしょ!)
飛鳥はジャガーの懐へ、クロスファイアーを投げ込んでいった。外を打たせるのではなく、ジャガーをねじ伏せにかかった。
ギン!
その攻めに対して、ジャガーは懸命にバットを出すが、鈍い音が響いて白球が力なく宙に舞う。
(どうだァ!)
飛鳥は討ち取った!と思った。
が、打球の方向を振り返ると、ファーストの楠堂が背走していた。フラフラと白球はファーストの後ろに上がり、セカンドの飯島とファーストの楠堂のちょうど間にポトリと落ちた。
三塁ランナーの紗理奈が返ってくる。
2-8。更に点差が縮まり、7回コールドが無くなった。
(力で押してくる相手には、その力を利用してやるのが柔術です。強く当てるだけで、内野を越えてくれました。)
一塁上で、ジャガーの控えめな笑顔が弾けた。マウンドでは飛鳥が、理不尽だとでも言いたげに頬を膨らませていた。
「やったー!」
「ジャガー、いいぞー!」
「いける、いけるぞー!」
この回の二点目に、南十字学園ベンチは段々と生気を取り戻しつつあった。
「浦中ァ、お前ちょっとブルペン行って来いよォ」
帝東ベンチで前島監督が言うと、ベンチの選手がぎょっとして振り向いた。
「……今日はよほどの事が無いと投げないと、さっき……」
エースの浦中が訝しげに言う。
帝東としては、準決勝で南十字学園を飛鳥できりきり舞いさせて、決勝で万全の浦中投入というプランだった。もちろん、トーナメントなので目の前の試合が最優先だが、浦中はこの試合温存が理想で、しかもまだ6点もリードがある。それでも準備させるというのは、この二失点目に前島監督が大きな意味を感じとったのか。
……もしや、浦中を投入せねばならない展開になっていく事を……
「あぁ、明日の決勝に向けての準備だ、準備。この試合は神島の完投でいくつもりだから。ほら、そんな顔すんなよ、早く行ってこい」
「はい」
浦中がブルペン捕手と一緒にベンチから出て行く。前島監督は、口では飄々とそう言ったが、内心、悪い予感がふつふつと湧き上がってくるのを無視できずに居た。
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