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ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜

作者:カエサル
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神意の休息篇
  29.宴後の一時

 
前書き
今回は、「観測者たちの宴」の闇誓書を止めてから、二日目の夜の間の話です。
 

 
 

「ぐ……ぁ……」

 灼けつくような眩い陽射しに緒河彩斗は苦悶の声を上げた。
 天高く昇り、強烈なまでの殺人光線を地上に撒き散らしてくる天敵を彩斗は睨みつける。しかし、それは彩斗の眼に大量の紫外線と眩しい光によって眼の機能を衰えさせただけだった。

「暑い眠い暑い眠い暑い眠い暑い眠い暑い眠い暑い眠い暑い眠い暑い眠い暑い眠い暑い眠い暑い眠い暑い眠い暑い眠い暑い眠い暑い眠い」

 ボソボソと呪文を唱え続ける。
 呪文のように唱えられた“暑い”・“眠い”の二つの言葉にはなんの意味も持たない。

「大丈夫ですか、彩斗さん?」

 太陽を見たせいで機能が衰えた視界で隣にいる少女を見た。
 清楚さがさらに際立つ白いワンピース姿の叶瀬夏音が心配そうにこちらを見ている。

「あぁ……大丈夫……なはずだ。ちょっとした寝不足だから」

 ちょっとした寝不足……。
 これがどこまでのことをちょっとした寝不足だというのだろうか。
 彩斗はほんの数時間前まで仙都木阿夜の闇誓書を止めるために何度も死にかけたのだ。魔力も何度もなくなりかけ、吸血鬼の力さえも失われたのだが、なんとか生きている。
 これが真祖クラスの吸血鬼の生命力の強さなのだと改めて実感した。

「彩斗君は雪菜たちみたいに休まないの?」

 隣でいつもの黒いギターケースを背負っている友妃が訊いてきた。
 彼女としては珍しい私服姿だ。いつも制服姿なので彩斗としてはとても新鮮な感じである。
 彼女も彩斗とさほど疲れ具合は変わらないはずなのに眠そうな顔一つ見せない。これが一般ダメ学生と同い歳で国家攻魔官になった人との精神力の違いなのだろうか。

「仕方ねぇだろ……あいつらが出かけようって言ってきたんだから」

 そう言いながら彩斗は力なく目の前の建物を指差す。商業地区ショッピングモール内のなんの店かはわからないがガラス張りの建物。そこで楽しそうに喋っている二人の女性。
 彩斗の母親と妹の美鈴と唯だ。

 ヘロヘロになりながら家に帰ってきた彩斗はベッドで一刻も早く眠りにつきたかった。しかし彩斗の家に唯一あるベッドは母親と妹に占領されており、なくなくソファーに倒れこむように眠りについたのだった。
 そしたら彩斗の疲労など知らない二人の悪魔がわずか数時間後に強制的に叩き起こされた。
 買い物に行こう、と笑顔で告げられたその言葉に拒否権などないと悟った彩斗はボロボロの身体に鞭を入れて、外に出たのだった。
 友妃も監視役として彩斗のそばから離れることができないのでついてきたということだ。
 そんな彩斗たちを心配して夏音はついてきてくれたというのがこの状況だ。

「にしても……ほんと暑ィ……」

 照りつける太陽を睨んで再び呟いたのだった。




「やっぱ旅行先の料理は美味しいね」

 緒河唯が頬に手を当て、とろけるような感嘆の声を出す。

「そ……そうですね」

 それに対して緒河彩斗は死にかけの状態で机に突っ伏している。
 ショッピングモール内のカフェテラス。屋外のテーブルには昼時に最も強くなった陽射しが降り注ぐ。
 ただでさえ寝不足、疲労がある上に吸血鬼の弱点である日光まで受けてもはや彩斗は限界を迎えていた。
 同じテーブルには友妃と夏音、美鈴が囲んでいた。

「彩斗くん、ほんと眠そうだね」

 箸でなんらかの揚げ物を頬張りながら、唯が言う。

「眠そうだと思うなら俺を起こすなよ」

「だって彩斗くん波朧院フェスタの一日目なんて相手にしてくれなかったし、あたし一人で変な事件に巻き込まれて浅葱さんとサナちゃん守るの頑張ったんだよ。このぐらいしてもらわないとね」

 当然という表情で唯は彩斗を説得する。
 確かに唯には感謝している。監獄結界の脱獄囚から浅葱と那月を守れたのは彼女がいたからでもあった。
 その点では感謝しても仕切れない。それでも彩斗は絃神島崩壊を救ったのだ。休憩ぐらいさせてほしいものだ。

「でも、彩斗くん、本当構ってくれなかったもんね」

 美鈴は頬に手を当てながらわざとらしく言う。

「あんたが言うか。昨日勝手に絃神島を周ってたあんたが言うか」

 少しだけ顔を上げながら彩斗はめんどくさそうに口を開いた。
 美鈴は一昨日の夜から最低でも古城が優麻と入れ代わった最初の事件まではいなかったことになる。それまで帰って来ずに絃神島の観光をしていたとかわけがわからない。しかし彼女からその真意を訊く気力さえも彩斗にはなかった。
 再び、彩斗は机に突っ伏して眠りにつく。

「彩斗さん。その……あーん……」

 彩斗の口の前に揚げ物が出現した。なんの躊躇いもなくそれを口にした。
 サクッ、という快音が響いた。そのすぐあとに口内に甘辛いコクのある味わいのソースと衣の食感が広がる。どうやらトンカツのようだ。
 だが、ソースをかけすぎたのかトンカツ本来の味はあまりしない。
 それでも眠りそうな彩斗にはいい刺激だ。

「ありがとな……美味いよ」

「そ、そうですか。良かった、でした」

 そのとき彩斗は誰が食べさせてくれたかを理解した。しかし今の彩斗には、自ら食事しようという気力さえもない。
 赤面する顔を隠すように机に突っ伏す。

「彩斗さん……あーん」

 再び、聞こえた柔らかな声に恥ずかしさを隠しながらも顔を上げる。

「あ、ありがとう……夏音」

「いえ……大丈夫でした」

 夏音の頬もわずかに紅潮している。
 彩斗は頬どころか顔全面が真っ赤になっている。

「あらあら、食べさせてもらうだけで顔を真っ赤のしちゃうなんて彩斗くん可愛いわね」

 美鈴がこちらを面白いものを見る目で見ている。

「うるせぇ!! それにこれはあの人の体質なだけだ!!」

「そうね。慎治くんもちょっとしたことで顔を真っ赤にしちゃって可愛かったもんね」

 緒河慎治──彩斗と唯の父親であり、美鈴の夫。本来なら絃神島で彩斗と暮らしているはずなのだ。しかし、お前はもう一人でやっていける、という謎の言葉を残して旅に出たデタラメな人なのだ。
 そんなことをしているのに美鈴はいつものことだからと笑っていた。
 まぁ、そんな適当な人だから彩斗は自由に暮らせているというところもある。仕送りもちゃんとされていることから彩斗は特に不満はない。
 話を戻すが元々、彩斗がちょっとしたことで顔を真っ赤に染めてしまうのは、緒河慎治の体質を受け継いだせいなのだ。

「彩斗君のバカ……」

「誰がバカだ!?」

「ちょっとこんなところで騒がないでよね。妹として恥ずかしいよ」

 なんか理不尽なことで怒られたような気しかしない。

「もういいよ。とりあえず俺が謝ればいいんだろ」

 彩斗はもうどうでも良くなってきた。机に今度こそ突っ伏したのだった。




 夕方──
 真っ赤に染まった陽射しは、日中とは違った意味で彩斗を苦しめる。

「もう帰るのかよ」

 彩斗は大きなあくびをしながら頭を掻いた。

「ええ。もともと二日目には帰るつもりだったからね」

 美鈴は少し寂しそうに口を開いた。
 絃神島中央空港は、二日前に比べれば、そこまで旅客はいない。代わりに帰宅する人の方が多いようだ。

「折角だし、二日目の最後の花火くらい見てけばいいのにな」

「あたしも見たいけど流石に学校とかあるからね」

 唯が残念そうにしている。波朧院フェスタの二日目最後のイベントはかなりの見物だ。

「それなら仕方ないですね。もう少し彩斗君のこととか聞きたかったんですけど」

 友妃も別れがさみしいのか少しうつむいている。

「大丈夫よ、友妃ちゃん。これで会えなくなるわけじゃないしね」

「そうだよ。この人なら突然現れるとか多々あるからまた近いうちに会えると思うぞ」

「実の親をこの人呼ばわりなんていい度胸になったわね、彩斗くん」

「はい。すみませんでした!」

 速攻で彩斗は頭を下げた。
 皆から笑みがこぼれた。
 さみしい別れよりも愉しい別れの方がいいだろう。

「それじゃあ、もうそろそろ行くね。雪菜ちゃんたちにもよろしくね」

「伝えとくよ」

 美鈴と唯は笑顔で手を振りながら人の群れの中へと消えていった。二人が消えても友妃と夏音はそちらを見続けていた。
 彩斗としては騒がしかった美鈴と唯の存在は大きかったようだ。監獄結界の事件のせいであまり二人を案内することができなかった。それだけが彩斗の心残りだ。
 そのときだった。彩斗のズボンのポケットが振動した。
 スマートフォンがメールの受信を知らせる。
 ロックを解除して受信されたメールを確認し、驚愕する。

【親愛なる“神意の暁(オリスブラッド)”殿へ。まだ終わりではない。監獄結界は奴らの計画の始まりに過ぎない。ローブの魔導師には気をつけろ。“電脳の姫”より】

「ローブの……魔導師」

 あのときの記憶が呼び起こされる。そいつは彩斗が指一本すら触れることができなかった監獄結界の脱獄囚だ。そいつに気をつけろとはどういうことなのだろうか。
 だが、以前送られてきた“電脳の姫”のメールの内容は確かなものだった。
 つまり今回のメールも真実だ。
 そうなるとメールに記されている“奴ら”とは誰のことなのだろう。

「どうしたんですか、彩斗さん?」

 考え事をしていた脳に柔らかな声が響いた。

「いや、なんでもない。気にするな」

 彩斗は自分に言い聞かせるように夏音にも言う。
 するともう一通のメールを受信する。その内容を見て頬が緩んだ。

【今度は彩斗くんがみんなを連れてコッチに来てよね。by母より】

「彩斗君?」

「いや、今度はみんなで来いって」

 そう言いながら彩斗は液晶を友妃と夏音へと見せる。

「うん。雪菜たちも連れて行こうよ」

「ああ」

 “奴ら”がどうであれ彩斗のやることはただ一つだ。“神意の暁(オリスブラッド)”の力で仲間を護る。
 ただそれだけだ。




 波朧院フェスタ二日目の夜。最終イベントの花火大会で彩斗たちが宴の最後の一幕を迎えていたときだった。

「花火綺麗ですね」

 茶髪の肩に届くくらいの長さの少女が目の前に上がる大輪に目を輝かせる。

「そうか? ただの火薬が空で爆発してるだけだろ」

 つまらない物でも見ているように金髪の少年は呟いた。

「立上さんはロマンがないですね」

「逆に俺が花火綺麗とか言ったらどうだよ?」

「そんな立上さんも見てみたい気もしますけどね」

 茶髪の少女は今だ花火を見ている。

「それに俺たちは花火を見に来たわけじゃねぇだろ」

 気怠そうに少年は呟いて大きなあくびをした。

「そうですけど少しくらいならいいかなと思いまして……」

 茶髪の少女は落ち込んだように声がか細くなっていく。

「はあ〜……まあ、そんくらい楽しむぐらいいいよ」

 ため息交じりに少年は答えた。

「ありがとうございます、立上さん」

 茶髪の少女は満面の笑みで応える。

「その代わりその分働いてもらうぞ。厄介な奴が逃げ延びちまったみてえだからな」

「はい。頑張ります!」

 無邪気な笑みを浮かべる少女。
 監獄結界から脱獄囚が二名逃走した。一人が絃神冥賀だ。こいつも曲者だがもう一人の方が気がかりだった。
 ローブを纏った魔導師。こいつをあそこで仕留めておくべきだったと少年は小さく舌打ちをした。

「シュトラ・Dみたいなカスを相手にしてたのが間違いだったな」

「でも、立上さんのおかげでシュトラ・Dをもう一度監獄結界に戻せたんですよね? それならいいじゃないですか」

 それに、と少女は言葉をつなぐように声をわずかに落とした。

「“神意の暁(オリスブラッド)”があそこまであっさりやられたところを見てしまうと……あの人の強さがホンモノってことですよね」

 少年はわずかに口角を吊り上げて笑う。

「それでこそ俺の敵に相応しい」

 空を彩る無数の大輪が爆音を奏でる。
 静かに終わりを告げた宴には少しだけ華やかすぎる気もする。
 だからこそ……

「それじゃあ、始めるとしようか。神々が集いし、人ならざる者たちの祭典を!」

 打ち上げられた最後の花火が新たなる宴の開幕の合図となった。 
 

 
後書き
やっぱり夏音の喋りが難しい。
そしてオリジナルの話になるとかなり短くなってしまう。
あと新たにオリキャラを登場させました。
基本的に出てきたオリキャラは全て”神意の暁”につながります。

次回はまた短編をやるつもりです。 
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