雲は遠くて
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5章 親友
10月21日の日曜日の午前10時であった。
このところ、台風の影響で雨も多かったが、
吹く風も気持ちよく、空は晴れわたっていた。
清原美樹は、
仲のいい小川真央と、
京王電鉄の下北沢駅の次、
池の上駅の、
出入口すぐ近くにある
スリーコン・カフェで待ち合わせをしている。
真央は、美樹と同じ早瀬田大学の2年生である。
教師の本採用は、むずかしい世の中であったが、
それでも、とりあえず、
ふたりは教員免許を取得するための勉学をしていた。
「美樹ちゃん、元気?待たせちゃったかな?」
「うん、ぜんぜん、待ってないよ。わたしも、さっき来たばかり」
ふたりは、ほほえんだ。
店内にはピアノのクラシック曲が流れている。
お手拭きや、評判のいいおいしいコーヒーは、
トレーで、自分で、席まで運ぶ。
店の前には、オレンジやイエローの花の咲く花壇もある。
店の間口は狭いが、奥に深く、
手前は禁煙席と、その奥は、
ガラス窓で仕切られた喫煙席となっている。
どちらにも15席くらいがあった。
ふたりは、入り口付近の禁煙席のテーブルについた。
「もう、美樹は・・・。信也さんのマンションに行ってあげるなら、
わたしなんか、お邪魔虫だと思うけどなぁ」
「真央、そんなことないわよ。だって、信ちゃんのマンションに、
ひとりで行くのって、まだ、なんか、勇気がいるんだもん」
「あぁぁ、美樹ちゃんの、そういうところが、わたしには理解できないところかも。
わたしだったら、さっさと、ウキウキ、ドキドキしながら、
しんちゃんのマンションに行っちゃうわよ。
まあ、美樹らしいっていえば、らしいけど」
「わたしだって、ひとりで、マンションへ行くときがあるわよ。
これからは・・・。きょうは初日だから・・・」
「なにごとにも、慎重な、美樹ちゃんの考え方を、
見習うこともよくある、わたしだけどね。
男って、どうも、移り気だし、
熱しやすく冷めやすいところも、多々あるわよね。
わたしたちは、そんな男性を相手にするんだから、
美樹ちゃんくらいの、スローペースが、ちょうどいいのかもしれないわ」
「うんうん、わかってくれる、真央。
経験豊富な真央にそういわれると、わたしも元気も出てくるわ」
ふたりは声を出して、少女のようにわらった。
美樹と真央とは、同じ下北沢に住む幼馴染みであった。
小学校、中学校は同じであったが、高校は違っていた。
そしてまた、大学で一緒になったのだった。
口喧嘩もしたし、ほとんど、交流のない時期もあったが、
いまでは、何でも話し合える無二の親友であった。
真央は、けっして、わたしのようには家庭環境も恵まれていないのに・・・。
真央のお父さんは、この不景気で、現在、失業中なのに。
そのぶん、真央のお母さんは、がんばって、働いている・・・。
そんな真央は、一生懸命、
アルバイトもしながら、大学に通っている。
わたしが、誘えば、こうして、よろこんで来てくれている・・・。
真央と一緒にいると、たとえ、困難な境遇の中でも、
わたしたちには、不可能なことなど、何もなくて、
なんでも達成可能なような、そんな勇気や元気が
湧いてくるんだから。不思議よね、この人って。
忙しさの合間にも、真央は、ちゃんと、
かわいらしいピンクのネイルアートもしているのよね・・・。
そんな真央の、女性らしさっていうか、
優しさというか、強さみたいなのが、きっと、
わたし以上に、男の子に好かれる理由なのかしら・・・。
美樹は、テーブル越しの、真央の、
いつも明るい瞳を見つめながら、
親友っていいものだなぁ・・・と、
しみじみしたとありがたさを感じていた。
「しんちゃんは、ドッグ・ハムチーズセットを食べたいって。
わたしたちも何か買っていって、みんなで食べようね」と美樹がいった。
「うん。じゃあ、早く、しんちゃんちに、行ってあげようよ。
きっと、お腹すかしているわよ」
真央はそういうと、長い黒い髪が揺れた。
美樹と真央は、ほほえんだ。
川口信也は、この10月7日に、大学の親友、森川純の父親、
森川誠が経営する株式会社モリカワに就職したばかりであった。
そのため、山梨県から、世田谷区代沢2丁目のマンションに越してきた。
部屋が2つと、ダイニングとキッチンがある、2DKだった。
そのマンションは、池の上駅の南側、
駅から歩いて5分ほど。下北沢駅までは8分ほどの位置だった。
≪つづく≫
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