歳の差なんて
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第七章
第七章
「食べなければ痩せられませんよ」
「授業と同じこと仰っていましたよね」
「はい、その通りです」
今の奈緒の言葉にもにこやかに笑って言葉を返してきた。
「申し上げました。その通りです」
「じゃあ今これだけ食べたのは」
「そうです、とてもいいことです」
「そうなんですか。じゃあ」
「よく食べてよく動く」
こうも言う先生だった。
「そういうことです」
「そうなの。それじゃあ美香」
ここで奈緒は美香に話を振ってきた。美香もそれに応えた。
「ええ」
「カラオケだけじゃまだまだ時間あるわよね」
「どうするの?」
「泳ぐ?」
今度の提案は水泳だった。
「プール知ってるし。どうかしら」
「水着持ってないけれど」
「ああ、それは大丈夫」
水着に対しては保障してきた奈緒だった。
「それは安心して。いいわね」
「安心していいの」
「いいわ、それはね。貸してくれるから」
「ああ、レンタル」
「これがまた安くていいのよ」
笑って美香に言う。
「それでどうかしら。水泳ね」
「悪くないわね」
「じゃあこれで決まりね」
話はこれで決まりだった。二人は水泳もすることになったのだった。
「プールに行きましょう、最初はね」
「わかったわ。けれど奈緒」
「何?」
「私達飲んでるけれど」
美香はこのことに突っ込みを入れてきた。
「それは大丈夫なの?」
「あっ、そうか」
今更ながらワインのボトルを見る。見れば確かにその通りだった。二人は既にワインをかなり飲んでいる。その量にも今やっと気付いたのだった。
「流石に飲んですぐはまずいわよね」
「まずはカラオケにする?」
「そうね。そこで歌ってお酒を抜いて」
「ええ」
「それからにしましょう」
こう提案する美香だった。
「それでね。どうかしら」
「わかったわ。じゃあまずはカラオケね」
「ええ、それで」
「決まったところでってところで」
二人の所にデザートが来た。そのジェラートがだ。
「来たわね」
「そうね。グッドタイミング」
美香はそのジェラートを見て思わず笑顔になる。奈緒も同じだった。
「それじゃあ早速」
「食べるとしましょう」
「では私はここで」
先生はそっと去ろうとしてきた。
「また学校で」
「はい、また御願いします」
「そちらの方も」
「新川美香です」
あらためて自分の名を名乗る美香だった。その名をもう一度先生に言ったのは礼儀からでこれといって意識するところはなかった。
「宜しく御願いします」
「はい、縁がありましたらまた」
「はい」
美香も先生の言葉に笑顔で応える。
「御会いした時は宜しく御願いします」
「こちらこそその時はまた御願いします」
三人は笑顔で別れた。先生を手を振って送ると早速デザートに戻った。そのうえでジェラートに向かいつつ二人の話を再開するのだった。
「まずはカラオケでお酒を抜いてプールね」
「どれだけ泳げるの?」
「時間があればあるだけ」
はっきりと答える美香だった。
「五十メートル五十秒位かしら」
「五十メートルを五十秒ね。平泳ぎよね」
「ええ」
「早いんじゃないの?」
美香に返す奈緒だった。
「私は五十五秒位かしら」
「そんなところなの」
「これでも結構泳いでるのよ」
「私スイミングスクールに行っていたから」
それぞれ泳ぎには造詣があるようである。
「だからね。泳げるんだけれど奈緒もそうなの」
「あれが一番体力使うからね」
こう美香に話すのだった。
「それでなのよ」
「運同不足解消ね」
「そうよ、これだけ食べたらやっぱり」
「何もしなかったら太るわね」
「確実にね」
だからなのだった。答えは必然的に出てきていた。
「だからよ。走ったりもするけれど」
「そういえばあんた高校の時は」
「今でもそうよ、テニス部」
優雅でスマートに見えて実はかなり激しいスポーツである。奈緒はそれを中学の時からやっているのだ。ちなみに美香はバスケ部である。小柄だがバスケが好きなのだ。
「気持ちいいわよ、やっぱり」
「そうなの。けれど今は水泳なのね」
「ええ、それは」
奈緒の返事は変わらない。
「それが一番だからね」
「ダイエットにはね」
「そういうことね」
「ええ、そういうことよ」
にこりと笑って美香に答える。こうして次の行く先も決まったのだった。
水泳もサウナもカラオケも終わった頃には既に終電の時間だった。最後の電車に乗ってそれから少し落ち着いて美香は奈緒に対して尋ねてきた。
「ねえ奈緒」
「何?」
「あの先生だけれど」
「ああ、桐谷先生ね」
奈緒は思い出したように美香の言葉に頷くのだった。
「小島恭介じゃなくて」
「あの馬鹿じゃなくてよ」
二人の高校にいた同級生の一人である。あまりにも行動が愚かなので恐竜並の知能の持ち主とさえ言われていた。そんな人間だ。
「っていうか何であいつの名前が出るのよ」
「いや、何となく」
「そういえばあの馬鹿は予備校なの?」
「さあ、どうなったやら」
知らないというのである。
「どうとでもなるんじゃない?あんな奴」
「そうね。朝倉とあいつだけはどうなっても気にしないわ」
「本当にね」
その小島と同じく学校きっての愚か者と言われていた二人だ。ただ知能が低いだけではなくて人間的にもかなり嫌われていることが二人の会話からわかる。
「それでよ。その桐谷先生」
「先生がどうかしたの?」
「いい人みたいね」
こう奈緒に言うのだった。
「優しくて親切で礼儀正しくて」
「だからお昼に言ったじゃない」
見れば奈緒は満ち足りた顔になっている。やはり今日一日に満足しているのだった。
「凄くいい人だって」
「そうね、確かに」
「けれどね」
しかし奈緒はここで難しい顔をするのだった。終電にはもう二人以外は誰もいない。夜景だけが見える。光は見えるのに何故か漆黒に見えるのだった。
「あれなのよね、あの人」
「あれって?」
「今独身なのよ」
「独身なの」
「前は奥さんがおられたらしいわ」
話は先生のプライベートにまで及ぶ。
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