大魔王からは逃げられない
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第四話
「大漁、大漁〜っと」
ブラックドッグたちを配下に加えることに成功した俺は気分上々で鼻歌を歌いながらダンジョンに戻った。
嬉しい誤算だったのが、ブラックドックたちが予想以上に大所帯だった点だ。通常のブラックドックは五から十匹で群れを成す生き物だが、その場に居たのは総勢三十匹。思わず群れの長に頬擦りしてしまった程だ。
彼らの全長は成体で一メートルほど、大きい個体となると一メートル半はある。まさに猟犬という言葉に相応しい働きを見せてくれるだろう。
【――ここが、我らの新たな根城か】
ダンジョンを見回すクロに頷く。
「そうだよ。今日からここが君たちの住処であり狩場でもある。まだ通路しか作っていないから後で君たちの部屋を用意するね。広い場所があればいいんだよね?」
【然り。我らは元来、野に生きる者。故に走り回れる空間さえあれば問題ない】
厳かに頷くクロ。その貫禄に引き攣った笑みを浮かべた。絶対ただのブラックドッグじゃないよ、この子。
彼はブラックドッグの長であり、クロというのは俺がつけた名前だ。
一メートル半の体躯に艶やかな漆黒の体毛で覆われたその容姿は犬というより狼。戦闘で負ったと思われる傷痕が縦に走り、右目を塞いでいる。
堅い口調といい泰然とした雰囲気といい、どことなく男前を感じさせるブラックドッグだ。初対面では思わずアニキと呼びそうになったのはここだけの秘密。
長い通路を歩き、ようやく広間へと出た。既に到着していたシオンや留守番をしていたダーシュが出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ。成果のほどは?」
「上々だよ。想定していた以上の出来だ」
お座りの姿勢で並ぶブラックドッグたちを見渡したシオンが頷いた。相変わらず表情を崩すことはないが、長年一緒に過ごしてきた間柄のため、大いに満足していることが手に取るように判る。
「ところで、ゴブリンたちは?」
先に転移させたゴブリンたちの姿が見当たらないことに気がついた俺は広間を見回す。
「ああ、彼らでしたらあちらに……」
シオンの視線の先を辿ると、広間の隅で一塊になって震えているゴブリンたちの姿が目に写った。
「あの子たち、何やってんの?」
「大方ケルベロスを前にして恐がっているのでしょう。ダーシュを見た途端にああですから」
「あー……」
いくら襲ってこないと分かっていても恐いものは恐いらしい。本能が訴えかけているのだろう、ここから逃げろと。
(というか、普段の姿ならともかく、チワワサイズでもダメなのか)
どれだけ狂暴に見えるんだ、と問い掛けたい。
(こりゃ早く登録を済ませた方がよさそうだな……)
登録されている配下は同じ配下に敵意を抱くことはない。チャームのような一種の精神操作系の術で強制的に仲間だと思い込ませているのだろう。
そうと決まれば手早くコマンドを呼び出し、ゴブリンとブラックドッグを配下欄に纏めて加える。
すると、ブルブル震えていたゴブリンたちが頭を上げてキョロキョロと周りを見回した。
「どうよ、もう恐くないだろ?」
【う、うん。まだちょっと恐いけど、これなら大丈夫……】
ホッと息を洩らすゴブリンをクロが鼻で一笑した。
【お主たちは我ら同様に魔王殿に仕える身なのだ。軟弱な精神では務まらんぞ】
「まあ、そう言うなよ。これから強くなっていけばいいんだよ、心も体も。生憎、機会は幾らでもあるからな」
取り合えず、一先ずの顔合わせを終えたため、次は彼らの寝床を用意しなければ。
「ゴブリンたちの寝床はどうする? 部屋を作った方がいいか? それともクロたちのように広い場所だけにする?」
【それでは、わたしたちも彼らと同じような場所を】
「ん、オッケー。でもそれだと広すぎるから、ちょっと縮小したものを与えるね」
ついてきて、と言い彼らを先導する。新しく五十匹も配下が増えたからダンジョンにも少し手を加えることにしよう。
幻術の術式が仕掛けられている場所である分かれ道の先に、それぞれ新たな脇道を作る。
それっぽくということで、気が赴くままに道を敷き、その先に開けた空間を作った。
「適当にやったから俺もダンジョンの全貌を把握してないけど……まあいっか。取り合えずこれでどう?」
【十分です! まさかこれほどの場所をお与え下さるなんて……】
【うむ。我らが走り回るのに支障を来さないほどの空間。満足ですぞ、魔王殿】
クロの言葉を裏付けるように出来上がったばかりの空間を元気に走り回るワンコたち。ただっ広いだけの空間なのにこれほど喜んでもらうと反って俺の方が恐縮だ。
(ホント、ただ広いだけの空間なのにね)
即席で作り上げたこの空間はドーム状になっており、面積は学校のグラウンド程の広さ。
勿論、そんな広い空間をクロたちだけに譲るわけではない。今後、新たな配下の者たちも一部ここに宛がうつもりだ。一種のルームシェアのようなものだろう。
クロたちにもその旨は伝えており了承は得ている。
一方、ゴブリンたちの部屋は途中の脇道を通った場所にある。こちらは箱形の空間であり面積は学校の教室ほど。クロたちの部屋との違いは広さの他に扉があることだ。ブラックドッグは手で開けられないからね。
「気に入ってもらえたなら何よりだ。さて、早速だけど君たちの仕事について話させてもらうよ。とはいっても既に予想はついているだろうけど」
俺の言葉に自由気儘に駆けていたワンコたちが戻ってくる。ゴブリンたちはいつの間にか体育座りをして清聴スタイルを取っていた。
「君たちの仕事はただ一つ。侵入者の迎撃――つまり俺の命を狙う者の撃退だ」
侵入者の多くはダンジョンの支配を目的としている。
マスターがいるダンジョンを支配するには前任者を殺し、生体反応の消失によって初期化された指輪を登録するしか方法はない。つまり、このダンジョンにやって来る侵入者は皆、俺の命を狙っているのだ。
「見つけ次第好きにしてくれて構わない。ただそいつらが身に付けていた物とかは俺の元に持ってきてくれ。後、殺しちゃいけない奴は俺かシオンが伝えるから、よく聞くように」
見回してしっかり理解していることを確認する。知性の低いゴブリンたちも今のところは理出来ているようだ。
「それと、女がいた場合は殺さずに俺のところに連れてくるように。これは必須事項だ」
【魔王さまー、ひっすじこーってなに〜?】
ゴブリンの一匹が手を上げた。なんだかこれだと学校の授業だな。
ゴブリンたちの知性は人間でいうところの小学生低学年、もしくは園児のそれに当たる。子供に語り掛けるように言葉を柔らかく砕いて話さないと理解しないまま頷いてしまうのだ。
「絶対に守れってことだ。守れなかった奴は死んじゃうから気をつけるようにな」
朗らかにそう言うと、質問してきたゴブリンは慌てて首を縦に振った。
「んー、取り合えずはこんなところか。ああ、あと俺の命令には従ってもらうからよろしく」
当然のことながら、このダンジョンにおいて俺がトップだ。ボスの言うことはしっかりと聞いてもらわないと困る。
【無論、百も承知。魔王であるあなたが我らのトップなのだから、あなたの言葉に従うのは至極当然のこと】
【わたしたちも魔王様に従います】
クロと長の言葉に満足気に頷く。
不意にまだ彼らのステータスを確認していなかったことに気がついた俺はダンジョンステータスからクロたちのステータスを呼び出した。
「どれどれ……」
〈ゴブリン〉
種族:ゴブリン
性別:雄
年齢:三十歳
愛称:長
レベル:五
経験値:二十八 / 次のレベルまで十二
筋力:E
体力:E
生命力:D
魔力:F
敏捷:D
抗魔力:F
幸運:E
習得スキル:殴る、蹴る、黄金の逃げ足、死んだふり
特殊スキル:成長促進
称号:なし
ギフト:なし
〈ブラックドッグ〉
種族:ブラックドッグ
性別:雄
愛称:クロ
年齢:二十八歳
レベル:十九
経験値:二三七 / 次のレベルまで十三
筋力:D
体力:D
生命力:D
魔力:F
敏捷:C
抗魔力:F
幸運:D
習得スキル:威嚇、噛み砕く、追跡、集音聴覚、
特殊スキル:威風堂々、呼び起こし
称号: なし
ギフト:なし
「……」
ステータスに書かれていた内容を見た俺は思わず天を見上げた。
ここって絶対に創作世界だと思う。よくある二次元などの創作世界にトリップしたとかそういうのだ。なにせ四字熟語が出ているのだから疑いようがないだろう。犬や猫、カエルといった生き物やニンジンなどの野菜もあるのだから。
(まあ詮無い話だけど。というかクロの方はまだ良いとして、これは凄いな……色々な意味で。殴る蹴るって……これってスキルなのか?)
こんな他愛のない動作がスキルに認定される程、彼らが弱いということなのだろうが、これはもうネタとしか思えない。というよりも黄金の逃げ足や死んだふりは完全にネタだろう。
スキルというのは神々が定めたものであり、彼らがスキルと認めたものならばどのようなものでもスキル扱いとなる。なにを基準にスキルと認定するかはその神によって違うが。
その中でも習得スキルというのは、それに見合った努力と時間を要すれば誰でも習得可能なスキルだ。もちろん魔術などの適正もあるが一般的にはそのように規定されている。
そして、特殊スキルというのは特定の条件を満たせば得ることができるスキルだ。個人、もしくは種族や血族だけが所有する唯一無二のスキルであり、別名をユニークスキルとも言う。これを所有している者は数少ない。なにせ習得条件が一切不明なのだから。
そのような事情もあり、特殊スキルを所有している者はどこに行っても重宝される。特殊スキルを持っているのはクロと長の二匹だけだが、僥倖と言えるだろう。
† † †
「――ふむふむ、なるほどねぇ……。てことは、近々来るってことだな?」
クロたちと別れ広間に戻った俺は玉座のような椅子に腰掛けながらシオンの報告を聞いていた。
「はい。既にケルベロス討伐の依頼を出したとのことです。恐らくB級以上の有志を募った冒険者たちが大人数で押し寄せてくるかと」
「だろうね。ケルベロスを相手にまさか二、三人で挑まないでしょ。少なくても三十人規模でやって来るはずだ」
となると、それに備えて準備をしないといけない。村から冒険者ギルドのある街までは片道約三日はかかる距離だ。有志を募ったり準備に大体一週間かかるとして、最低でも二週間後にはここに来るとみていいだろう。恐らく最優先の依頼として処理されるはずだ。
その間に配下を増やし罠なども設置しないといけない。
(まさに鴨がネギを背負ってきて自分から鍋に入ったな。これは盛大に歓迎しないと)
俺流の歓迎だがな。
「報告ご苦労様。さて、これからどうしよっかな……」
シオンからの報告を聞いた俺は手持ちぶさたとなった。ここには娯楽といったものが皆無なため時間の潰しようがない。
配下はまだまだ増やしていかなければならないが、今日明日に片付けなければいけない案件ではない。今回はそこそこの成果を得ることが出来たため、傘下の拡大は一時中断だ。
すると、やることが一気になくなる。俺は持て余す時間をどのようにして有効活用するべきか、ただそれだけに思考を割いていた。
「でしたら、調理場や風呂場を作られては? これらはそこそこのポイントを費やしますし、ご主人様でしたら難なく作ることができるでしょう。とくに風呂場は最優先で作って欲しいです。ええ、切実に」
アリアードを離れてからというもの湯編みなど出来るはずがなく、精々が濡れタオルで身体を拭くだけ。この辺りには水源地がないため水浴びも出来ないのだ。
やはり女としては一日だけでも整容をしないと体臭やら肌荒れなどが気になるらしい。何気ない風を装ってはいるが、仕切りに髪先をいじったり、鏡で身形をチェックしたりと忙しい。普段のシオンからは考えられない態度だ。
「俺としてはシオンの匂いは好きだし気に入っているんだけど――はい、すみませんでした」
芯まで凍てつくような殺気を孕んだ目で見据えられ、慌てて口をつぐんだ。
「レディの匂いを嗅ぐのがお好きだとは……流石はご主人様、常軌を逸した変態っぷりですね」
絶対零度を想わせるその声音と言葉は鋭利な刃物の如く俺の胸に突き刺さった。
性に奔放過ぎる俺の嗜好は変態と形容されてもあながち間違いではない。ロリからマダム、十歳――可愛ければそれ以下でも可――から四、五十代という広すぎる守備範囲に、大抵の属性は網羅している俺は現代でも変態紳士の名を惜しいが儘にしていた。唯一、俺の食指が働かないのはメガネとカニバリズムだけだ。
自他共に認める変態であるため、シオンの言葉に今さら傷つくような心など持ち合わせていない。しかし、罵倒されようと痛む心は持ち合わせていないが、一方でそれを快感と思える心も持ち合わせていなかった。俺はSなのだ、Mではない。
「それで、女性の体臭がお好きな変態ご主人様? 早急に風呂場は用意してくれるのですか?」
「はい! 全力でご用意させていただきます!」
最敬礼で応える俺。ヘタレだとでもなんとでも思うがいい。現代社会を生き抜いた若者を舐めるなよ。お仕置きという名の体罰には弱いんだ。
俺はSだからな。Mではない。
「――まあ、風呂と調理場は早いうちに作ろうと思っていたから丁度いいか。ダンジョンポイントを多く費やす項目だからな」
コホンと咳払いをして微妙な空気と化していた場を和ませた。それでもシオンの冷たい目が変わることはなかったが。
唯一、状況を分かっていないダーシュがしきりに首を傾げていた。
ダンジョンポイントは経験値とは違い、一度に入手できるポイント数は少ない。そのため風呂場や調理場など多くのポイントを必要とする項目はレベルがそこそこ上がってから手をつけるのが一般的だ。それまでは湖で水浴びをしたり洗浄の魔術で汚れを落とす。最悪の場合は我慢するという人も中にはいるだろう。
ならば自分たちの手に負えるものは自分たちでなんとかしようというのが俺の考え。その方がポイントの節約になり効率的だ。
そのための手段も労力も俺たちには有る。
「んー、じゃあまず、ご要望通り風呂場から作るか」
後書き
【称号解説〈ダーシュ〉】
漂流者:異世界から訪れた者に与えられる称号。この称号を所有している者は大抵故郷に帰ることは絶望的である。
地獄の門番:地獄の門を守護する者に与えられる称号。『煉獄の劫火』を収得。
職務放棄:本来受け持つべき責務から逃れた者に与えられる称号。この称号を所有している者は大抵故郷ではヘタレと呼ばれる。
魔王のペット:魔王の愛玩動物的な立場に位置する者に与えられる称号。愛嬌度が一段上昇。
か、感想を下さい……感想を!
ページ上へ戻る