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IS【インフィニット・ストラトス】《運命が変わった日》

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【第145話】

 陽が地平線の彼方へと吸い込まれ、赤々と砂浜を赤く照らしていた。

 その黄昏の夕陽を受ける【漆黒の巨人】は、ただひたすら前面装甲を開いたまま――【主】を受け入れるのを待っている。

 波の音が絶え間無く、一定のリズムで鳴る音が聞こえるなか、歩く足音が徐々に、徐々にとその【漆黒の巨人】へと近づいてくる。

 足音が止まる。

 そして、そこへやって来た一人の男子はその巨人を見上げて呟く。


「【クサナギ】……。――悪いが、力を貸してくれるか?――俺にもっと操縦技術や瞬時加速を使えていれば、こんな事も起こらなかった筈だ」


 勿論、巨人からの返事は無い――ただ、まるでそれに応えるように分子結合殻に覆われた装甲が一瞬、鈍く光る。

 それはただ、夕陽の光を反射しただけなのかもしれない。

 だが、例えそうだとしても男子の眼には自身に応えてくれたように見えた――。


「ありがとう、【クサナギ】――村雲、俺に力を貸してくれよ……!」


 男子の首のチョーカーが淡い緑色の光を放つ。

 その光が収まると共に、その男子の身体にはIS【村雲・弐式】を纏っていた。


――旅館花月荘――


 福音との戦闘から数時間後の午後四時前。

 旅館花月荘内は、変わらず従業員が部屋から出ることの出来ない生徒への食事などで慌ただしく動いた後だった。

 教師陣も、生徒が部屋から出ないように見張り、織斑先生及び山田先生は現在も福音の監視を続けている。

 有坂夫婦も現在、【PPS】の【第二永久機関】のエネルギー調整を行っている。
 そんな中、ある一室での出来事――。


 勢いよく開かれたドアの音に、室内に居た女子も、その開けた本人の後ろに居た女子も驚いた。

 だが、室内の女子は視線を音の方に向ける事はしなかった。


「あー、あー、わかりやすいわねぇ」

「……うん。見るだけで落ち込んでるって、私にもわかるよ」


 室内に入って来たのは凰鈴音、その後ろには有坂美冬が立っていた。



 そして、室内に居るのは篠ノ之箒。

 その隣の布団に横になって、痛々しい包帯を巻かれているのは織斑一夏だった。

 心電図の音が、一定の感覚で部屋に鳴る中――。


「………………」

「あのさあ」


 凰鈴音は口を開き、話し掛ける。

 だが、その言葉にすら反応せずただただ項垂れているだけだった。


「一夏がこうなったのって、あんたのせいなんでしょ?」

「……お兄ちゃんは、織斑君がこんな大怪我したのは自分のせいだって皆に説明してたけど……篠ノ之さん、どうなの?」

「…………」


 問いかけても何も答えず、静寂だけが室内を覆う――だが。


「で、落ち込んでますってポーズ?」


 そんな静寂を破るように、凰鈴音の明るい声が聞こえた次の瞬間。


「――っざけんじゃないわよ!」


 そんな怒声が響き渡り、烈火の如く怒りを露にする凰鈴音。

 項垂れた篠ノ之箒の胸ぐらを掴むや無理矢理立たせた。

 その行動に、有坂美冬も慌てて止めに入る。


「り、鈴!?幾らなんでも――」

「美冬!あんただってムカつくでしょ!?もしかしたら、ヒルトだって一夏と同じ様に大怪我してたかもしれないじゃん!」

「それは……そうだけど……」


 自分の兄が同じ様に大怪我していたらと思うと、美冬は背筋が凍るような思いに駈られる。


「それに――今あたし達にはやるべきことがあるでしょうが!今!戦わなくて、どうすんのよ!」


 そんな凰鈴音の叫びが部屋を木霊する――だが。


「わ、私……は、もうISは……使わない……」



 篠ノ之箒のそんなか細い、消え入りそうな声を訊いて目を見開く凰鈴音。

 それもつかの間、すぐ目尻を吊り上げ、睨むと同時に平手打ち――。

 乾いた音が鳴り響く――だが。


「…………ッ!!」

「美冬……あんた……」


 凰鈴音の平手打ちよりも速く、有坂美冬の平手打ちが篠ノ之箒を捉えた。

 胸ぐらを掴まれたままの篠ノ之箒は何とか支えがあったから倒れなかったものの、突然、まさかの人物からの平手打ちにより二人とも驚いていた。


「……貴女、何のために専用機を自分のお姉さんにおねだりしたの?」

「…………」


 虚ろな視線が有坂美冬の顔を捉える。

「……貴女は、他の子達の頑張りや努力を無下にする様な行為をしたのよ?ISは467機しか存在せず、その中でも専用機と呼ばれる数なんて、たかがしれてるぐらいにしか数は無いのよ?」

「…………」

「……貴女は、一体何のために専用機を手にしようとしたの?織斑君と一緒に戦うため?それとも、自分の傲慢な力を見せつけるため?姉とは違う所を見せるため?」

「……………」


 有坂美冬の答えには何も答えず、ただただ黙って訊いている篠ノ之箒。


「例えどんな理由があろうと、貴女は専用機を手にした。――そんな貴女が、また自分の我が儘でISを使わない……。――そんな我が儘、誰にも罷り通らないし誰も許さない……。専用機を手にするという【重み】、そんなことも考えていなかったのでしょ?」

「――そ……そんなことはない!私だって悩んだ!あいつの妹のお前に、私の何がわかるって言うんだ!」

「……解るわけないでしょ?貴女、何にも言わないのに偉そうに言わないで」


「…………ッ!!」


 その言葉に怒りを堪えきれず、篠ノ之箒は勢い任せで平手打ちをした。

 再度乾いた音が鳴り響く――有坂美冬は避けもせず、ただただ黙って叩かれた……。


「はぁっ……はぁっ……!」

「……気がすんだ?怒りに身を任せ、人の頬を叩いたのだから。――お兄ちゃんがいなくて良かった」


 それだけを告げると、赤く腫れた頬を軽く撫でる様な仕草をする有坂美冬は、息も荒い篠ノ之箒を一瞥するように見る。

 まだ凰鈴音の支えがあるものの、足には力が入り、自分の力で立っている様に見えた。


「……少しは元気出たかな?後は貴女次第よ……悪いけど、ここで勝手に作戦会議、させてもらうから」

「な、に……?」

「ラウラ、入って来てもいいよ?」


 言うや、直ぐ様ドアが開かれて室内に入ってくるラウラ・ボーデヴィッヒ。


「……美冬、その頬――」

「大丈夫よ?後で篠ノ之さんに倍返しするから――それよりも、福音は?あれから動いて場所がわからなくなったでしょ?」


「ああ。場所だが、ここ花月荘から凡そ30キロ離れた沖合い上空に目標を確認した。ステルスモードに入っていたが、どうも光学迷彩は持っていないようだ。衛生による目視で発見したぞ」


 有坂美冬の叩かれた頬を気にしつつ、ラウラ・ボーデヴィッヒはブック端末を片手に持ち、それに表示された福音の現在地を見せた。

 そんなラウラ・ボーデヴィッヒを見た凰鈴音は、ニヤリと表情を変えた。


「さすがドイツ軍特殊部隊。やるわね」

「ふん……。お前の方はどうなんだ。美冬も、二人とも準備は出来ているのか?」


 そんなラウラ・ボーデヴィッヒの言葉に、無い胸を張るように凰鈴音が言った。


「当然。あたしが一番インストールするのが遅かったけどね。既に甲龍の攻撃特化パッケージはインストール済みよ」

「村雲・改も大丈夫。一次移行も既に完了済みよ。これが村雲・改のカタログスペック」



 自身の端末から、ラウラ・ボーデヴィッヒの端末へと村雲・改のスペックデータを送る。


「……これは」

「……嘘……確か、村雲って第二世代型の筈」

「うん。――村雲は確かに第二世代よ?でも、お母さんが型にはまらず、新機軸のフレームやスラスターの設計をしてそれを発注、そこから組み上げられたから――シャルとセシリア、二人の準備はどうなの、ラウラ?」

「ふっ。それなら――」


 その言葉を合図に、ドアが開くとそこにはセシリア・オルコット、シャルロット・デュノアの両名が入ってくる。


「もちろん、既に完了しましたわ」

「僕の方も大丈夫。いつでも出撃出来るよ」

「じゃあ後はお兄ちゃんとみぃちゃん……それと、篠ノ之さんもだね」


 言うと、室内に居た専用機持ち全員の視線が篠ノ之箒に集中した。


「私……私は――」


 口を開き、言葉を紡ぐがそこへ突如ドアが開かれて。


「た、大変!ヒルトが……っ!」


 声の主は飯山未来だった。

 既に一次移行も済み、準備万端で有坂緋琉人を呼びに探しに行ったのだが部屋はもぬけの殻で、そこには誰も居なかった。

 そして、その声に真っ先に反応したのが妹の有坂美冬だった。


「みぃちゃん?お兄ちゃんがどうしたの?」

「へ、部屋に呼びに行ったんだけど……そこに居なくて……ッ!それで【コア・ネットワーク】使って調べたら……!!」


 その言葉を聞き、場に居たほぼ全員がコア・ネットワーク経由で有坂緋琉人の座標位置を調べ始める。


「こ、これは――既に福音と……してますの……?」


 口を開いたのはセシリア・オルコット。

 コア・ネットワーク経由で座標が割り出された有坂緋琉人の位置はまさに福音が居る空域を絶え間無くトップスピードで縦横無尽に移動していた。


「あんのバカッ!たった一人で……!」


 次に言ったのは凰鈴音、まさか自分達よりも早くに行動するとは思っていなかったのか、憤りを感じていた。


「僕たちに何も言わずに……。ヒルト……」


 誰に何も言わずに、出撃したヒルトの身を案じる様に呟くのはシャルロット・デュノア。


「っ……。あの時考えていたのはこの事だったのか……。嫁の考えにすら気付かなかったとは」


 もっと早くに気付いていればと、焦りの表情を見せたのはラウラ・ボーデヴィッヒ。


「ヒルトのバカッ!――一人で何でも背負い込んで……」


 表情は怒っているが、その声色は明らかにヒルトを心配してるのがわかる――言ったのは、飯山未来。


「……ここで言ってても事態は変わらないよっ。今すぐ行くよ、皆!」


 そう告げて皆をまとめたのが有坂美冬だった――だが。


「……すまないが、私は……」


 篠ノ之箒、彼女の戦意は戻ることはなく再度項垂れるように椅子に座り直した。


「……わかった。なら皆、行くよ!……篠ノ之さん、私たちは行ってくるから織斑君の事、任せたからね?」

「…………」


 返事はなく、皆が出た後に続いて有坂美冬も室内を後にする。

 また室内に訪れたのは静寂――椅子に座った女の子は、グッと拳を作ると力強く握り続けていた――。 
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