『外伝:紫』崩壊した世界で紫式部が来てくれたけどなにか違う
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ここからあたしは、始まる
前書き
「出せぇ!!ここから出せぇ!!!」
どこか。
鎖に縛られた、瞳の色以外は葵と瓜二つの女性は身体中に鎖を巻き付けられ、磔にされていた。
「そうやって自分ばっかりいい思いして!!アタシだって!アタシだって”源 葵”だ!!!」
そう、ここは彼女の心の中。
裏の葵は紫式部により封印のまじないをかけられ、こうして深層意識のさらに奥、そこから二度と出てこられぬよう拘束されていたのだった。
以前のように葵が何をしているかは見ることはできない。
だが、感じ取ることはできた。
葵は今、香子とまぐわっていると、
「ううう…!!ぅううううう!!!!!」
うなり、鎖を噛みちぎろうと食らいつくがその程度ではびくともしない。
自慢の馬鹿力も、まじないの効果なのか完全に封じられてしまっている。
「こうやったって…またいつか出てきてやる…!」
真っ暗闇の中、上を見上げる。
僅かな光が差す、遥か上。
「アタシが本物のアタシだ…!欲望のままに生きてるアタシの方が…源 葵なんだ…!!!」
紅い瞳をギラつかせ、いつかその座を奪い取ってやる。
世界が壊れ、神秘が満ちたこの世界。
そうなってくれたおかげで、自分はこうして自我を持つことが出来た。
ならば、外に出たい。
この崩壊した世界にふさわしいのは、紫式部のマスターとしてふさわしいのはあたしではない、
他でもないアタシなのだと。
「ほんとに行っちゃうの?」
名残惜しそうな田所先輩の声。
ここにいて欲しい気持ちはすごくわかる。でもあたしはもう、決心したんだから。
「夢を叶えに…やりたいことをやりに行くんですよね?」
「うん。後押ししてくれてありがとね。こんちゃん。」
近野さんにお礼を言い、荷物をまとめたカバンを肩にかけて歩き出す。
何故こうなったか、
それは、今日の朝にまで遡る。
⚫
「ゆうべはおたのしみでしたね」
「は?」
朝日を浴びながら読書をしていると近野さんが声をかけてきた。
「こ、近野さん?」
「こんちゃんでいいですよ。本当なら先輩にしか許してない呼び方ですけどあなたにならいいです。」
「そ、そうなんだ…でさっきのは?」
先程言ったなにやら意味深な言葉。
夜のことは何も知らないはずだ。
「言ったままの意味ですよ。昨晩、2人とも大層盛っていたので…。」
「え"」
バレてた。
「アスクレピオスさんには止められたんですが、一応ご飯くらいは持っていこうかなーとしたんですよ。そしたら部屋からすごい声が聞こえてどうしたんだろと扉の隙間から覗いてみたら2人がえげつないレズセックスを…」
「もういい!もういいから!!」
見られていたと思うと、一気に恥ずかしさが込み上げてきた。
「でも葵さん、ベッドの上では紫式部を"香子"って呼ぶんですね。」
「そ、それは別にいいじゃん!!」
「雰囲気的に感じとってはいたけれど、まさか葵さん…レズビアンだったなんて…。」
「ひ、人のこと言えないでしょ!その…こんちゃんも!!」
「ああ、バレてました?そうです。私もです。」
笑い混じりに言う近野さん。
誤魔化したりはせず、堂々とカミングアウトしたのだった。
「ところで、何を読んでるんですか?」
「ああこれ?へシアンが持ってきてくれたんだけどさ…。」
本を読むのが好き。
それを聞いて外へ調査へと赴く探検隊達は本を見つけるとあたしのところに持ってくるようになった。
この町がこうして大きくなったのはあなたのおかげだから、せめて礼がしたいといって渡してくるのだ。
そして本を渡してくるのは、人間だけではなかった、
「…?」
ある日、首のないサーヴァントがあたしのところにやってきた。
首が無い時点でもうほぼ何者かは絞れるだろう。
そう、へシアンだ。
ロボに乗っかっているあの首無し騎士だ。
「…。」
「くれんの?あたしに?」
無言で本を渡される。
首が無いので喋る事が出来ないのは当然なのだが。
ということで、へシアンは人と意思疎通を図るためマスターの田所先輩から筆談を教わったのだ。
【民家の跡地で見つけた。迷惑でなければ受け取って欲しい】
本の上にあるメモ用紙にはそう書かれている。
人間嫌いであるロボとは違うのか、彼はやたらと接してきた。
で、今読んでるのがそのへシアンからもらった本だ、
「はなとゆめ…ですか?」
「この本読んでるって紫式部には言わないでね。」
まぁ、平安時代に生きた女流作家の生い立ちを書いたものと言っておこう。
さらにそれだけではなく色々な人からもらうもののほとんどのジャンルが
「偉人の生い立ち、研究本、または資料なんですね。」
「まぁ元からそういうの好きだし。」
エッセイだったり生い立ちを綴ったものだったり、
謎に包まれた偉人をあれこれ推測するものといった具合だ、
「そこまでたくさん読んでると、小説家にでもなれそうですね、葵さん。」
「うん、まぁ…なろうとはしてた。」
小説家になる。
確かにそういう夢はあった。
昔から色んな本を読みふけり、小説家になろうと幼少時代から決意していたくらいだ。
おばあちゃんは応援してくれたけど、夢ばかり見ないで現実を見ろって両親に大反対されて諦めたんだっけ。
「なろうと…してた?」
「両親に反対されてやめた。きっと売れないぞーとか。現実は厳しいんだぞーとか。書いたことないくせに偉そうに言ってさ。」
パタンと、読みかけの本を閉じる。
香子と同じ時代を生きた女流作家の生き様を中断し、空を見上げる。
「ホント…クソみたいな両親だ…。」
あの時の光景を思い出す。
宗教家の幹部となった両親。
自分がサーヴァントを持っていると知るやいなや、鬼気迫る表情で怒鳴られたあの時、
あれは…親が子にする表情ではなかった。
「じゃあなっちゃえばいいじゃないですか、」
「え?」
思い出したくないことを思い出していたとき、近野さんがそう言った。
「なりたいんでしょ?小説家。さらに今だったら紫式部っていうプロ中のプロが味方になってくれる。クソみたいな両親は死んだも同然だし、1度やってみればいいじゃないですか。」
「え…えぇ?」
突拍子も無い言葉に、動揺を隠せない。
なる?今から?こんなにも急に?
「世界は崩壊してる。だったらやりたいことや好きなことの1つや2つ、人の目も気にせずやってみましょうよ。まぁ私はそうして先輩についてきたんですけど。」
そうだ。
世界はあの日壊れた。
法律も、社会も、今までの常識とルールも。
何もかも崩壊した。
逆に言えばそれは、常識にはとらわれなくなったということ、
さらに言えば縛るものなど何も無い、本当に自由の身になったということなんだ。
「やって…みようかな?」
「みようかなじゃないです。やるんです。」
肩をがしっと掴まれ、迫真めいた表情で近野さんは熱く語る。
「こ、こんちゃん?」
「小説が好き?なら書けばいいじゃないですか。歴史が好き?なら自分で今の歴史を綴ればいいじゃないですか。たった1度の人生、何もかも我慢するより欲望のままに生きた方がずっと気持ちいいハズです!」
勢いに負け、うんうんと何度も頷く。
「どうしたの?キャラ変わってない?」
「同じ思考、同じ志を持つ者同士…なんだか応援したくなってきちゃって…。」
そっか…。
なんかそこまで言われたら、やる気がわいてきた気がする。
香子風に言うのであれば。
「うん!書く気がもりもりわいてきた!!」
⚫
というわけで、あたしは本を書くためにまずは旅をすることにした。
なぜ旅かって?それは英霊…すなわちサーヴァントに会いに行くためだ。
ここに住んで1ヶ月、あたしはあることを知った。
それはあたし達と同じく、サーヴァントの召喚に成功したマスター達。
彼らは皆、何かしらの手段を使ってこの世界を生きている。
ある者は建築業を
ある者は傭兵を
そしてある者は気ままに旅を
サーヴァントにも様々な人物がいるように、目的や生き方にも同じものなんてなかった、
それぞれが、それぞれの人生を謳歌している。
だからあたしは気になった。
ある意味、第2の人生とも言えるサーヴァントとしての生き方。
彼らはどのようにしているのか、あたしはそれを新しい歴史として本に記していくことにしたのだ。
「葵様の夢…素晴らしい夢です。私も全力で応援させて頂きますね!」
これに対して香子は大賛成。
旅には喜んで同行してくれた。
まずは何を書くかは、決まっている。
動物とは思えない賢さで人を翻弄し続けた狼王と、戦国時代にて名を馳せた狂戦士が今サーヴァントとなって生を受け、どうやって暮らしているかだ。
当然、田所先輩やこんちゃんには許可をもらってる。
「達者でねー!!」
「辛くなったら、いつでも帰ってきてくださいねー!!」
マスターの2人、そして町の住人達が旅立つあたし達に手を振って見送りしてくれた。
それから約3時間…
「葵様…?」
旅立ってから一言も言葉を発さなかった香子が、ここで初めて口を開いた。
「ん?」
「一体どちらへ向かわれているのでしょうか?自由な旅とはいえ、あてがなくてはそれは流浪の者と同じです。」
不安そうに聞くが、安心して欲しい、
きちんとしたあてはある。多分
「大丈夫、今向かってるのは地元だよ。」
「じ、地元!?」
「うん。」
家に帰る?
違う、そうじゃない。
「本を書く上でさ、やっぱ”拠点”が必要だと思ったんだよね。」
「拠点…ですか?」
「そう、書いた本はどこにしまうのか?落ち着いて書ける場所の確保はどうするか、それにキャスタークラスなら…なんだっけ?工房?陣地的なやつも必要なんじゃないかな?」
執筆現場、本の保管場所、そして陣地。
その3つを満たせるところが、一つだけ心当たりがある。
とはいっても、そこが壊されていなければの話なんだけどね。
「うん、あれだ。」
例のそれが見えてきた。ラッキーなことにそれは奇跡的に建物としての形を維持している
それは自宅からバスで10分。あたしが小さい頃から利用してきた大きめの建物。
そこにある本は全て読み切ったといっても過言ではない。
そう、
「あれは…。」
「図書館だよ。」
本のための建物。
すなわち図書館だ。
⚫
やっと見つけた拠点となるもの。
なのだが、やはり現実は厳しい。
「中は…だいぶ荒れていますね…。」
固く閉ざされたドアをこじ開け、久しぶりに図書館を訪れてみれば目の前に広がる光景はかつてのものではなかった。
地震があったのだろうか、本棚は倒れ、そこら中に落ちた書物が散乱している。
幸運と言えば、図書館には金目のものがないと踏んだのだろうか何かが入った形跡はなかったことくらいだ。
「…。」
「…。」
「あの…葵様?」
カバンを明け、頭に三角巾を結んだあたしを見て香子は恐る恐る聞いてくる。
「まさか…。」
「そのまさかだよ。今からここを"全部片付ける"」
「…。」
遠い目をしている。
けどここが拠点になるんだ。頑張って片付けよう!!
と、思った時だ。
「?」
ズシン、ズシンと重量感のある音が響く。
重みのある、一定のリズムを保った音。
間違いない、これは足音だ。
重い何かがこちらに…図書館の中に入り込んできている。
「香子…。」
「侵入者のようです。とはいっても、私達も侵入者なのですが…。」
いや、あたし達が先に入ったからここはあたしのものだ。
だから侵入者じゃない。
やがて足音は大きくなり、その姿が露になる。
「あれは…!?」
体長は2メートルを超えるだろうか。
全身が岩で構成された、人を真似た巨人。
「ごおれむ…でしょうか?」
ゴーレムだ。
ゴーレムが図書館内に入ってきた。
「…。」
ゴーレムは図書館に入るなり、左右を見渡す。
そしてあたし達を視界にとらえると、ジッと見つめてきた。
「葵様…いかがいたしましょう?」
「決まってんじゃん…やられる前にやる!!」
床を蹴り走り出す。
同時に香子は筆を手に取り文字を描く。
書き終えた文字は意識を持ったように動き出すと、それは飛んでいきあたしの足にピタリと張り付いた。
「脚力強化、瞬発力、跳躍力を格段に上げました。今の葵様の脚は…岩程度なら易々と砕けます!」
「ありがと!!」
跳ぶ。
図書館の天井が高くなければ恐らく突き抜けていただろうと思うくらいに跳んだ。
「死ねェッ!!」
右足を突き出し、そのまま全体重を乗せてゴーレムに飛び蹴りをおみまいする。
香子の言った通り、あたしの蹴りはゴーレムの胴体にぽっかりと穴をあけたのだった。
「…!!」
活動不可能な程のダメージを負ったからか、ゴーレムは膝をつき、動かなくなる。
目の光も消え、機能停止したことが分かった。
「これは一体…なんなのでしょう?」
最早人型の岩と化したゴーレムに香子が近付く。
「何か分かるの?」
「野生のごおれむ、というものはまずありえません。必ずそれを操る物、すなわち"創造者"がいるものなのです。」
つまり、誰かが操ってそれを連れてきたと言うことだ。
そして自分の持ち物であるゴーレムが破壊されたとなれば、異常を察知して持ち主が何かしらのリアクションをとることも当然だろう。
あれ…もしかしてあたし、やばいことした?
「先生、この辺っすよ。」
「ああ、間違いない。ここでゴーレムの生体反応がロストした。」
「声…?」
外から声が聞こえてくる。
男性二人の声だ。
さらに会話の内容から察するに
「思ったより早いですね。」
ゴーレムの持ち主だろう。
「香子…まだいける?」
「ええ。まだまだ魔力は有り余っております。」
香子にまた強化してもらう。
何が来るのかは分からない。
だが、そのドアが開いた瞬間強化されたキックを撃ち込み、ゴーレムと同じように腹に風穴開けてやる。
さあこい、来るなら来い。
ここはあたしが見つけた場所だ、奪われてたまるか。
「…!」
ギィとドアが軋んだ音を立てて開いた
「くたばれ泥棒!!!!!!」
「ええー!!!!????」
誰か確認することなく、蹴りを叩き込む。
だがそれは、地面から突然現れた岩の壁によって阻まれた。
「っ…!?」
「驚いた。即席とはいえまさか人間の蹴りで僕のゴーレムを破壊してしまうなんてね。」
岩の壁はヒビが走り、ボロボロと崩れ去る。
それを出したのは、いや、ゴーレムを使役していたのはサーヴァントだった。
「サーヴァント…!」
「いかにも、僕はサーヴァントだ。この辺りにゴーレムを巡回させていたのだが…まさか反応ロストの原因は君か…?」
落ち着いた声で淡々と話す、仮面で顔全体を覆ったサーヴァント。
香子と同じキャスタークラスであり、ゴーレムを使役することに長けたその者の名は
「キャスター…アヴィケブロン…!」
その仮面のせいで表情は伺えず、彼は何を考えているのか分からない。
ここには何しに来た?巡回?なんのために?
まさかここは…とうに彼の縄張りだったのでは?
「っぶねぇ…ナイスだったぜ先生。」
と、緊迫した空気の中お気楽そうな声が崩れた岩から聞こえた。
「その呼び方はやめてもらいたいと言ったのだが…ともかく無事で何よりだよ、マスター。」
「まぁ無事ですよ。ただ生き埋めにされかけましたけどね。」
壁となって守ってくれた岩をどけ、マスターと呼ばれた男がゆっくりと顔を出す。
「で、一撃で壁ぶっ壊したゴリラはどこっすか?」
「あそこだよ。」
アヴィケブロンがあたしを指さす。
こちらを見るマスター。
すると彼はあたしを二、三度、まるで何かを確認するかのように見て、驚いた表情をしていた。
「あれ…ひょっとして…ひょっとすると…?」
「…!」
そして、あたしもその男には見覚えがあった。
「お前…お前もしかして葵?」
「そういうアンタも…まさか宮本?」
多少見た目は変わったものの顔は覚えている。
彼の名は宮本。
あたしの高校の頃の友達であり、さらに
「びっくりしたぜ葵!まさかお前もマスターやってたなんてな!!あ、俺のおかげだったりする?」
あたしにFGOを教えた、紫式部に会うキッカケを作ってくれたある意味恩人の男だ。
後書き
用語解説
⚫はなとゆめ
冲方 丁先生の書いた実在する小説。
一体誰の生い立ちを書いたものなのかは自分で調べてみよう。
葵ちゃんが紫式部に読んでることを内緒にして欲しい意味がわかるゾ。
⚫裏の葵
葵ちゃんの欲望が固まって出来たモノ。
無邪気で子供らしいが、その性格は非常に攻撃的で残虐。
嫌いなものは人間、決まり事、自分を縛るもの、源葵
好きな物は暴力、気持ちいいこと、紫式部
本来の人格を嫌っており、いつか自分が本物の葵になろうとしている。
だが今は紫式部によって心の奥底、深層意識に封印されておりそう簡単には出てこられないようになっている。
自我を持ったきっかけとして、この世界に神秘が満ちたからと説明していたがはたして…?
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