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IS【インフィニット・ストラトス】《運命が変わった日》

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【第277話】

 職員室のドアを閉じると、一夏はため息を漏らした。

 緊張でもしたのだろうか?

 ……しかし、今日から一夏としばらく同居か……。

 平穏無事に過ごせれば良いのだが……。

 これが他の男子なら気兼ねなく話をしたり出来るが、一夏は未だに俺の中ではホモ疑惑があるからなぁ……。

 だからといって、女子との同室だとまた寝不足気味になるし……。

 六月で起きたシャルとの出来事が脳裏にフラッシュバックされ、思い出される。

 ……俺になら何をされてもいいと言った言葉……。

 もし、今聞けば俺の理性は崩壊するかもしれない。

 ……というか、よく理性を保てたなと今でも思う。

 女の子が俺の下腹部に跨がった――所謂騎乗位というやつで、結構夢見る頻度が高い。

 ……欲求不満なのかもしれない、下世話な話だが……最近抜いてすらない。

 というのも、思春期の男子が部屋に鍵をかけてする事等一つしか無いからだ。

 だから、寝る時間以外は基本オープンにしてる。

 なら寝る前にと思っても、睡眠欲には勝てずにそのまま寝る。

 ……てか放課後に何を考えてんだか、俺は。

 馬鹿な考えを払拭するように頭を軽く振ると、少し離れた所で壁に凭れかかっていた女子生徒が一人居た。


「やあ。 ヒルト君、織斑君」

「楯無さん……」

「………………」


 そう声をかけてきたのは今回の騒動の発端人である更識楯無生徒会長。

 俺にとっては、彼女には四月にお世話になってるため無下には出来ないのだが、一夏は明らかに怪訝な表情のまま見つめていた。


「……何か?」


 警戒をしてるのか、何処か言葉に冷たさを感じる一夏を、首を傾けて楯無さんは――。


「ん? キミはどうして警戒しているのかな?」


 無邪気――というよりは楽しそうに一夏を眺める楯無さん。


「それを言わせますか……」

「……すみません楯無さん。 遅刻に関しては基本的に自分達の責任ですが……。 何で急に今朝みたいな事が――」


 言葉を遮るように、俺の唇に扇子を当てて黙らせる楯無さんは――。


「うふふ。 ――ナ・イ・ショ♪」


 何だかはぐらかされた様だ。

 頭をかきつつ、俺は――。


「すみません楯無さん。 今日も訓練があるのでこれで――。 所で……一夏はどうするんだ?」


 楯無さんに一言断りを入れ、一夏と共に横を抜けていく。

 ついでに一夏が訓練を行うかの確認も――。


「ああ。 俺も今日は訓練だ。 箒に誘われてるからな」


 ……いつも思うが、篠ノ之に教わる事って何かあるのだろうか?

 剣道?

 確かに間合いの計り方は役に立ちそうだが、一夏は突撃バカだから間合いも糞も無い。

 ならば篠ノ之流と呼ばれる刀剣術?

 これこそ、よくわからない――というのも、セシリアが言ってたが、篠ノ之は早朝に居合いの訓練をしてるらしいが、剣道と居合いは違いすぎて役に立つのかが――。

 篠ノ之流の二刀流術も、よくわからないし――。

 西洋の剣は二刀流に適したサイズと重さだが、日本刀は基本不向きで、二刀流にしたとしても左手は小太刀。

 宮本武蔵も、普段は鍛える為に左手に小太刀を持っていて、奇襲の為の投剣術用だったとかなんとか。

 ――まあ実際、天狼が二本あっても俺には使いこなせないし、出来ないことはしない。

 疾風の二刀流も、基本左手は防御か投剣術用にしか考えてないからだ。

 ……ますます篠ノ之が一夏に何を教えてるのかが気になる。

 ……てか、実際は二人きりになるための口実だと思うが。


「まあ訓練はちゃんとした方がいい。 一夏も俺も、クラスメイトに周回遅れの状態なんだし」

「……そうか? 四月に比べたら、結構強くなったと思うぜ、俺は」


 そんな暢気な言葉に、何だか成長を感じないのは気のせいでは無いだろう――と、よくよく気づくと、俺の右隣に平然と並んで歩く楯無さんの姿が。


「……楯無さん、どうかしましたか?」

「うふふ。 ……せっかくだから、キミ達二人のコーチをしてあげようかなってね。 ほら、お姉さん優しいでしょ?」


 にっこり笑顔で人差し指を立てる楯無さんのいきなりの提案だが、俺としては四月以来上級生に教わるという事もあって、内心喜ぶ自分がいた。

 この心境の変化も、俺が模擬戦をすることに慣れた結果だろう――だが一夏は。


「いや、コーチはいるので遠慮しときます」


 そう言ってはっきりと断る。

 ……勿体無くないか?

 少なくとも、一年上級生に操縦の指導を教わる機会って滅多に無いと思うのだが?

 山田先生等は、一年で習う範囲なら私が教えますので大丈夫ですよと言ってたが――この辺りは一年で二年の授業を教えてはいけないってのが文科省辺りが言ってるのかも。

 あくまでも推測だが……。

 断りを入れた一夏に、涼しげな表情のまま楯無さんは口を開く。


「うーん。 まあそう言わずに、私は何せ生徒会長なのだから」

「はい?」


 訳が解らないと言った感じの返事をする一夏に、多少苦笑しつつも更に言葉を続けていく。


「あれ? キミは知らないのかな。 ……IS学園の生徒会長というと――」


 言葉を続けていた楯無さん、だが前方から片手に竹刀を持った女子が走って此方に迫ってくる。

 その形相は凄まじく、まるでこれから此方を襲撃するかの様な――。


「覚悟ぉぉぉぉっ!!」


 ――訂正、襲撃してきた女子が、竹刀を上段の構えで楯無さんに襲いかかろうとしていた。


「なっ……!?」

「…………」


 驚愕する一夏を他所に、こういった理不尽な襲撃や暴力が嫌いな俺は――。


「よっと」

「わ、わわわわっ!?」


 踏み込みの一瞬、足を引っ掻けて襲い掛かってきた女子の体勢を崩させる。

 流石にいきなり蹴りを入れるのもスマートでは無いと思ったからだ。

 体勢を崩した女子は、前のめりで倒れ、廊下に突っ伏す形になっていた。

 あろうことか、スカートも激しく捲れあがり、熊さんパンツが丸見えという恥ずかしい事態――てか熊さんパンツかよ。


「ふふっ。 お姉さんの反応より早いなんて、ヒルト君やるじゃない」

「……いや、ただ意味も解らない襲撃が嫌いなだけですよ。 ……喧嘩……か」


 一人言葉をごちる俺。

 突っ伏した女子Aを他所に、今度はいきなり窓ガラスを破る矢の一撃が楯無さんの顔を掠める。


「こ、今度は何だ!?」


 その一夏の言葉と、割れたガラスの向こう側を見るや――隣の校舎の窓から和弓を射る袴姿の女の子が見えた。

 ……何で楯無さんを襲撃するんだ?

 少なくとも、彼女は女子の誰かを貶めた様には思えない。

 あくまで今回の事の発端人になったぐらいで――。


「ヒルト君、竹刀ちょうだい?」

「……了解です、ですが……怪我だけはさせないで下さいね?」


 器用に足を使って竹刀をふわりと楯無さんに向けて蹴りあげる。

 要領はサッカーのループシュートと同じだ。

 舞い上がる様に浮いた竹刀を掴むと同時にノーモーションからの投擲。

 割れたガラスから竹刀が向こう側の校舎の窓へと一直線――矢をつがえていた女子は、気づいた時には眉間に当たっていて目を回して倒れそうな所を仲間の女の子が救助し、その場を後にした。

 ……窓ガラスの請求は、弓道部だな。


「もらったぁぁぁぁ!」


 そんな言葉と共に、廊下に備わっていた掃除道具ロッカーの内側から出てくる女子。

 ……わざわざ掃除道具ロッカーに潜むとは……彼女の頭は大丈夫なのだろうか?

 ともかく、三人目の刺客に、またさっきの様に転ばせればいいかなと思い、俺が前に出ようとするとそれを遮る楯無さん。


「ふふっ。 お姉さんを守ってくれるのは嬉しいけど、ここは私に任せて……ね?」


 軽くウインクする楯無さんに、俺は――。


「……物事はスマートに、よろしくお願いします」

「うふふ、了解~」


 楽しそうな笑顔で応える楯無さんに、軽やかなフットワークで身体を振りながら迫る女子C。

 両手にボクシンググローブを着けてるところを見ると、ボクシング部の様で、身体を振りながら放つ拳は某ボクシング漫画のデンプシーロールに見えた。


「ふむふむ、キミは元気だね」


 涼しい顔のまま、デンプシーロールを後退しながら避ける楯無さん。

 リングとは違うため、ロープ際まで追い詰められる事はない。


「……ところで織斑一夏くん」

「は、はい?」


 事態を飲み込めてない一夏は、楯無さんの言葉に普通の返事を返していた。


「キミは知らないようだから教えてあげるよ。 ……IS学園において、生徒会長という肩書きはある一つの事実を証明しているんだよね」


 視線を一夏へと向ける楯無さんは、口元をいつの間にか取り出していた扇子で隠しながら話す。

 外した視線のまま、デンプシーロールを止めた女子のジャブによるラッシュを避け続けている。


「生徒会長、即ち全ての生徒の長たる存在は――」


 振り抜きの右ストレートを円の動きで避けるや、そのまま地面を蹴り上げ、空へと身を踊らせ――。


「最強であれ」


 言葉と共に放たれるローリングソバットが見事にクリーンヒット――襲い掛かってきた女子は、その一撃の重さに耐えきれず、崩れ落ちる様に倒れた。


「……とね。 ……やり過ぎちゃった、ごめんねヒルトくん」


 ローリングソバットを放つ前に手放した扇子を空中で取り、開くと共に少し捲れていたスカートの裾を直し始める。

 因みに色は青だった。


「……まあ、意味も解らずに襲撃してきた熊さんパンツや和弓女子、デンプシー女子が悪いのですから」


 そう言って今起きた事は正当防衛という事で、俺の中では決着を着けた。


「……で、これはどういう状況何ですか?」


 とりあえず頭の整理が落ち着いたのか、一夏は楯無さんに聞き始めた。


「うん? キミもヒルトくんも見た通りだよ。 か弱い私は常に危機に晒されているので、騎士の一人や二人も欲しいところなの」


 そう言ってイタズラっぽく微笑む楯無さんに苦笑しつつ、俺は――。


「ははっ、騎士って柄では無いですよ。 ……てか、さっき自分で最強って言ってたじゃないですか」

「うふふ、バレちゃった♪」


 舌をぺろりと出し、制服の腕の裾を掴みながら可愛くポーズを決める楯無さん。


「……キミ達に簡単に説明するとだね。 最強である生徒会長はいつでも襲っていいのさ。 そして勝ったならその者が生徒会長になる」

「……成る程? だからと言って理不尽な暴力は許される事では無いですがね。 ……戦争じゃないんだ、こういうのはちゃんと差しの勝負で決着しないと意味がない」


 自分なりの持論……勿論、人間千人居れば千通りの考え方があるので俺の考えが絶対的に正しい訳ではない。

 未だに伸びてる熊さんパンツの子が忍びなく感じるも――。


「うふふ、ヒルトくんは眩しいぐらい真っ直ぐだね。 ――それにしても、私が就任して以来、襲撃は殆どなかったんだけどなぁ。 やっぱりこれは――」


 そう言いながら閉じた扇子で一夏を指す楯無さん。


「キミのせいかな?」

「……なんで俺なんですか? ヒルトの可能性だってあるじゃないですか」


 至極真っ当な言葉だが、俺も生憎一夏が要因だと思う。


「ん? ヒルトくんは要因じゃないわね。 ……あくまでもキミがきっかけ。 今月の学園祭でキミとヒルトくんを景品にしたから、一位を取れなさそうな運動部とか格闘系が実力行使に出たんでしょう。 私を失脚させてから景品キャンセルと共に、ついでにキミを手に入れ、ヒルトくんを労働力としてコキ使うって算段かな?」


 ……やっぱり、楯無さんも俺の立場をそう考えているのだろう。

 しかし……このままだと確実に何処かの部活の労働力は確実……頭が痛くなる思いだ。


「とりあえず……二人とも、一度生徒会室に招待するから来なさい。 お茶くらい出すわよ?」


 断る理由もない俺は――。


「わかりました」


 そう告げると、満足そうに頷く楯無さん。

 だが一夏の返事は曖昧で――。


「はぁ」


 気の抜けた返事に、軽くため息を吐きながら楯無さんは――。


「その返事は肯定?」

「……行きますよ」


 そう聞き返す楯無さんに、仕方なくといった感じで返事をする一夏。


「うむ、よろしい。 では織斑君、ヒルト君も、いざ生徒会室へ」


 そう言って歩くように促す楯無さんに、一夏は。


「あの、一夏でいいですよ」

「ん? ……うふふ、お姉さんはそう簡単に男の子を下の名前で呼ばないように決めてるの。 でも、お姉さんの呼び方はキミの好きにしていいからね?」

「……ヒルトは良くて、何で俺はダメなのでしょうか?」

「……ヒルト君とは、私はもう四月に会ってるからよ? キミよりももっと前に出会ってて、仲は良いの。 だから彼を下の名前で呼んでるって訳」


 ……結構比較的早い段階で下の名前で呼んでた気がしなくもないが……。

 そんな考えも他所に、スタスタと歩いていく楯無さんを慌てて追いかける俺と一夏。

 惨状をそのまま残すのは忍びないが、悪いのは彼女たちなのでたっぷり後で教師に怒られるだろう……。 
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