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黒魔術師松本沙耶香  銀怪篇

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20部分:第二十章


第二十章

 二人が沙耶香の手の中に落ちたことで事件は終わった。彼女は全てのことを隆美に話した。二人は最初に会った時と同じく隆美の事務所で話をしていた。
「シルバーデビルの二人でしたか」
「はい、彼女達でした」
 沙耶香は隆美にそう話した。
「ですが特に悪意を以って近寄ったのではありません」
「あくまで身体ですか」
「ええ。そして精のかわりに美貌を」
「成程」
「また薬やそんなことにも手を染めておりません。悪事には関係ありませんでした」
「そうですか。それは何よりです」
「それでですね」
 沙耶香はそこまで話したうえで話を変えてきた。
「あの二人はどうしますか?」
「瞳と亜美ですか?」
「いえ、もうあの二人は心配要らないかと」
 それは否定した。
「二人といえばシルバーデビルの二人です」
「彼女達ですか」
「づされますか?」
 沙耶香はあらためて問う。
「今のところ何処の事務所にも所属していません。ですがあれだけの才能があれば」
「メジャーになるのは間違いなしと」
「それは貴女もおわかりだと思いますが」
「ええ」
 むしろそれは沙耶香よりよくわかる。伊達に芸能事務所を持っているわけではない。その眼力は確かなものがあった。
「ですが」
「何、狐と狸というのは問題になりません」
 沙耶香はそう言って隆美の不安を取り除いてきた。
「この世界にいるのは人間だけではありませんし」
「人間だけでないとは?」
「この東京は魔都」
 沙耶香は言う。
「人以外の存在がいても何の不思議はありません」
「それじゃあ私が普通に擦れ違う街中でも」
「はい、少なからずいるかと」
 隆美にそう述べる。
「そうだったのですか」
「意外ですか?」
「意外も何も」
 信じられない言葉である。だが沙耶香が嘘を述べていないのはわかる。その妖しい黒い光を放つ目には偽りの色は存在してはいなかったからだ。
「そうだったのですか」
「ですから彼女達がいるのです」
「シルバーデビルの二人が」
「そして人としても私の様な者が」
「貴女もまた」
「表にいる存在ではありません。私の世界は影」
 その影の中で浮かび上がる深い笑みをたたえていた。
「表ではありません」
「はあ」
「ですから申し上げるのです」 
 そしてまた言った。左手を前に出して手の平を裏返した。
「シルバーデビルをこちらで雇ってはと」
「けれど女の子が」
「何、表に出ることはありません」
 その心配もまた打ち消した。
「異形の者のことは決して表には出ません」
「表には」
「スキャンダルもそれを嗅ぎ回るジャーナリズムも所詮は表の世界のこと。影の世界のことではないということなのですよ」
「では」
「はい、問題ありません」
 沙耶香は述べた。
「表に出る可能性は」
「わかりました。それでは」
 隆美はそこまで聞いて決断を下した。
「あの二人を私の事務所で預からせて頂きます」
「それがよいかと」
「ところで」
「はい」
 隆美はその二人に関して沙耶香に聞きたいことがあった。それを聞いてきた。
「あの二人はバイセクシャルですよね」
「ええ、そうですが」
「確か貴女もまた」
「それは御存知だと思いますよ」
 沙耶香の目が細くなった。
「少なくとも女の子に関してはね」
「それではやっぱり」
「どうだと思われますか?」
「貴女が思っておられることと同じです」
「ふふふ、鋭いですね」
「それで楽しまれたのですか?」
「ええ、楽しかったですよ」
 話しながら渋谷の夜のことを思い出す。それは実にいいものであった。
「かなりね。今でも身体が覚えています」
「そうですか」
「宜しければ貴女も」
 沙耶香もそれに誘う。
「御招待致しますが」
「それまた自分でお伺いしますので。そういうことですか」
「ええ、そうですよ。何、狐と狸です」
 沙耶香は述べる。
「危険はありません。御安心を」
「でしたらお言葉に甘えまして」
「それではこの話は終わりですね」
「お金はお話したところに振りこまさせて頂きました」
「早いですね」
「お金のことはしっかりとしておかないといけませんので」
 流石にそこはしっかりとしていた。
「そうですか。それでは私はこれで」
「あの」
 立ち上がり去ろうとする沙耶香を最後に呼び止める。
「何か?」
「今度御会いする時は仕事とは別のことで御会いしたいのですが」
「夜にですか?」
「はい、主人がいない夜に。宜しいでしょうか」
「ええ、それでしたらお待ちしておりますよ」
 沙耶香の目が紅く妖艶に光った。
「銀座の夜で。場所は」
「バーで。ロゼのワインを頼んで」
「そうすれば私は何時でも現われます。では」
「銀座の夜でまた」
「御会いしましょう」
 沙耶香は姿を消した。その後にはシャネルと花の香りが漂っていた。それはあの蘭の香りであった。その香りが何時までも事務所の中、そして隆美の周りに漂っていたのであった。まるで彼女を夜の宴に誘う様に。濃厚な退廃の香りを漂わせていたのであった。



黒魔術師松本沙耶香  銀怪篇   完



                  2006・10・5


 
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