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ヤザン・リガミリティア

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宇宙に帰ってきた獣

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ヤザンがリガ・ミリティアにいる   作:さらさらへそヘアー

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宇宙に帰ってきた獣

「すげー宇宙だぜ!」

 

「うわ…僕はじめてだよ。な、なんか恐いなぁ!

わっ!でも見てよ!あれ!すっごい光ってるよ!」

 

「ちょっとぉ!顎のせないでよウォレン!おーもーいー!」

 

「なんだお前ら宇宙初めてなのか。俺はサイド2生まれだからこんなの慣れっこだよ」

 

オデロとウォレンとスージィと、そしてクロノクルだ。

彼ら4人はMS格納庫ハンガーデッキの小窓から外の真空を眺めていた。

戦時でなければシャッターは降りておらずこうして外の景色を楽しめる。

とは言っても、宇宙はどこまでも変わらない暗黒で

星々の瞬きもどれもこれも素人には違いは分からない。

ただ空気の綺麗なカサレリアで見る夜景の星よりもその輝きは鮮烈で、

どれを見ればいいのか分からない程の無数が光っていて

地球育ちの子供達にとっては新鮮な美しさだった。

 

そんな地球育ちの、クロノクルから見れば田舎者丸出しの地球人のはしゃぎように、

クロノクルは優越感を得て胸を張って笑っていた。

 

「見慣れてるなら頭引っ込めろよ!お前は無駄にデカイから邪魔なんだよな」

 

オデロがクロノクル青年の赤頭を押し込んで除けようとし、

クロノクルは「何すんだ!」とジタバタと悪態をつきながら抵抗した。

 

「これだから地球人は田舎もんって言われるんだ」

 

「なんだと、この頭イカれの唐変木」

 

「何をぉ…?俺のどこがイカれ頭だ!」

 

「実際そうだろうよ!」

 

「言ったなオデロ!」

 

「言ったさ、ウドの大木!」

 

「ちょっと止めなよ2人とも!もぉー!

クロノクルくんも大人になりなって!オデロと同じレベルでケンカしないでよ!」

 

クロノクルとオデロが互いの胸元を掴みだして、

それをスージィがぎゃーぎゃー喚いて止めて、

ウォレンは小窓の外の景色を写真で必死にパシャパシャしている。

そんな大変騒がしい子供らをそのまま放置して見逃す大人はここにはいない。

 

「コラァ!!邪魔するなら格納庫から出ていけ!!

客室とかトイレの掃除とか…色々あるだろう、お前ら!」

 

クッフがスパナを持って子供らの方へと床を蹴って宙を跳んでくる。

トレードマークのカウボーイハットの下の顔は怒り顔で、

「やばいぞオデロ!」と叫んだクロノクルに触発され子供らは脱兎の如く駆け出した。

一人クロノクルの赤頭だけが子供の群れの中でぴょこんと飛び出しているのが珍妙だが、

精神年齢はオデロら悪ガキと同水準なので息はピッタリなのであった。

 

「く、くそ…逃げ足はええ…」

 

クッフは追跡を諦めて、油で汚れたゴム手袋で鼻っ柱を擦り愚痴る。

 

「なんだってあんなガキ達がこのリーンホースに…。

一人は図体でけぇガキだし…」

 

そんな愚痴に、金髪おかっぱ頭の…見る人によっては美少女であるネス・ハッシャーが

実に分りやすい回答を用意してくれていた。

 

「しょーがないでしょ。密航してたんだから」

 

作業の手を止めずに大柄なストライカーが

 

「チェックが杜撰過ぎやしないか?」

 

言葉短く当たり前の疑問を提示すれば、

またネスが明朗に答える。

 

「しょーがないでしょ。正規軍じゃないんだから」

 

まぁ確かに、とストライカーは心の中で苦笑する。

良くも悪くも奔放な所がリガ・ミリティアにはあるが、

それは民兵組織でゲリラ組織であるので目を瞑って欲しい所だ。

 

「…そういえば、ネス。お前は通信士やってくれってロメロ爺さんに頼まれてなかったか?」

 

「ああ、あれは兼任してくれってさ。

必要な時はこっち手伝っていいんだって」

 

ネス女史はパイロット技能こそ優れていないが、それ以外の技能は抜群の万能選手だ。

砲撃手を務める事もできる。

無骨な整備一筋のストライカーは羨ましそうに唸ったが、すぐに話題は次に行く。

さっきの悪ガキ4人組だ。

 

「…それにしても、あいつらが乗ってるのが分かった時のヤザン隊長は凄かったな」

 

「ふふ…さすがの悪ガキ共も縮み上がってたよね。

クロノクルとオデロなんて抱き合って怯えてシャクティを盾にして…

アレはちょっと笑いそうだったけど、怒られてないこっちまで怖くなっちゃったもん」

 

ネスの軽口を受けてもストライカーは手を止めず、

シャッコーのコクピット周りの空気漏れのチェックを特に念入りにチェックしている。

オーティス老を除けば一番のベテラン整備士である彼は

慣れた手付きでシャッコーの宇宙対応化を進めていた。

ヤザンに最も信頼を置かれていて、

シャッコーを任せられているのが彼、ストライカー・イーグルだ。

余り陽気にはしゃぐタイプではなく口数も多くはない。

年齢も若手スタッフよりは一回り上であり老人達よりも圧倒的に若い30代半ばの中堅。

歳も近く実直で油の乗った働き盛りのストライカーは、

腕前だけでなく人格面でもヤザンに気に入られ、時折酒を酌み交わす仲でもあった。

 

「コンテナに詰め込んで地上に送り返せって…

あのまま本当にやりそうな勢いで怖かったなぁ」

 

ネスは言葉とは裏腹にどこまでも楽しそうに思い返している。

ヤザン達もそうだろうが、ストライカー達もあの子供らには呆れて溜息が出てしまう。

 

「まったくな…軍艦にあんな子供が乗るもんじゃないんだが」

 

「…一人はあきらかに大人だけど」

 

ネスの正確なツッコミにストライカーもクッフも、その他の整備スタッフも大笑いしていた。

 

 

 

――

 



 

 

 

「ヤザン大尉、当艦はこのまま静止衛星軌道上の要塞に向けていいのか?」

 

ロベルト・ゴメス大尉が艦長席に座し、その左右にオイ・ニュングとヤザン・ゲーブルがいる。

リーンホースの艦長に就任したゴメスが横に仁王立っているヤザンへ尋ね、

直後に二、三の指令をオペレーター達へ飛ばしていた。

 

「俺は戦闘指揮は執るが普段は伯爵だ。そちらへ伺ってくれ」

 

「いや、隊長。ここは私も宇宙での実戦経験が豊富な隊長に聞きたい。

ザンスカールのビッグキャノンはもう起動出来ると思うか?」

 

伯爵へ振ったのに直ぐに球が返ってきた。

 

「敵さんの建設事情は知らんよ。

だがバグレ隊は踏ん張っていて、

バグレ隊にビッグキャノンが使われた形跡は無いんだろう?

ならまだ撃てんのだろうさ」

 

連邦から分離し独自に協力してくれていたバグレ隊は、

多少の余力があった宇宙のリガ・ミリティアから

新鋭機ガンイージを数機、或いは十数機受領していてかなりの奮闘を見せていた。

見返りとして少しの金銭と宇宙空間での戦闘データを

セント・ジョセフの秘密工場に提供して貰っていて、

リガ・ミリティアとしては良い事尽くめなのだった。

ヤザンとオイ・ニュングがチラリと聞いた事によると、

ガンイージを更に宙間戦闘に適応化させた高機動型も戦線に投入する予定らしい。

 

だからといって時間的猶予はたっぷりだというわけにもいかない。

自分達が宇宙に戦力を上げたようにザンスカールも宇宙に集まっている。

ヤザンとしては急いでバグレ隊に合流しつつもビッグキャノン攻略にはまだ出向かず、

まずは地上戦だけしか経験していない連中を宇宙に慣れさせておきたいのだ。

機体の宇宙対応化は大前提として勿論だが

何よりパイロットが宇宙に溺れて討たれるというのは今までの戦争でも多くあった事だ。

 

「…なら、そう急ぐこともねぇかな。

どうするヤザン大尉?俺も含めて宇宙は久しぶりだったり初めての連中も多い。

ちょいとばかし慣らしといくか?」

 

同じことを考えていたゴメスにヤザンはニヤッと笑ったが、

前記のようにそうのんびりもしていられないとヤザンは思っている。

 

「いい考えだ。俺もそう思っていた。

…だが俺達無しでも静止衛星艦隊と五分五分にやり合っていたバグレ隊なんだ。

それはザンスカールだって理解しているだろう。

俺達という増援が宇宙に上がってきた今奴らも増援を派遣するって事だ。

宇宙艦隊のバグレ隊と合流して早いとこ演習をしたいがな…

それ程時間はとれんだろう。

少しでもやっておくか…直ぐに出るぞ。慣熟訓練を開始する!」

 

ヤザンの言にゴメスも伯爵も頷けば、それはもう決定事項となる。

直ぐにパイロット各員はMSに搭乗し

ヤザンのシャッコーと実戦形式で訓練となる…筈だったのだが。

しかし、整列したパイロット達を見渡したヤザンは一瞬見間違いかと思う。

思わず二度見し、そして長い金髪の女をジロリと見た。

 

「…なんのつもりだ、これは」

 

「あら、あなたが言ったんじゃない。ヤザン・ゲーブルの背中を守れるくらいの女になれって」

 

シュラク隊と同タイプのノーマルスーツに身を包んだウーイッグのお嬢様がシレッと言う。

一瞬、ヤザンは頭痛がしたように感じる。

だが、ヤザンよりも速くウッソが目ン玉をひん剥いてカテジナに驚いていた。

 

「なっ!?なにをしてるんですかカテジナさん!?

あなたはパイロットなんてやってないでカルルマンのお世話でしょう!?」

 

マーベットもウッソと口を揃える。

 

「そうよ!何を考えているの!

パイロットの数はそこまで足りないってわけじゃないし、

あなたには艦内でやって貰いたい事も多いわ。

戦闘スタッフばかりじゃ組織って成り立たないのよ。

後方サポートだって立派な仕事なんですからね」

 

オリファーやシュラク隊の者達は説得こそ2人に任せているが同じ呆れ顔である。

ヤザンは腰に手をあてて深い溜息をつきながらうつむき加減だ。

ヤザンの表情が伺えないのが逆に恐ろしいと皆は思うのだが、

当のカテジナは膨れっ面の知らん顔で

ウッソ達の言葉を流しているのだから始末に負えない。

 

「あの………カテジナさん。

パイロットなんていきなりやって出来るものでも無いですし、

そもそもこんなものに乗ってちゃいけないんです。

戦争にのめり込んで戦うような恐い人にならないでねって、

そう僕に言ってくれた事もあったのに自分から恐い人になろうっていうんですか?」

 

ウッソは一生懸命にそう言うが、

カテジナは長い金髪を右手で掻き上げて少年を見下ろし気味に言い返す。

 

「あなたはそれが自分で出来るスペシャルだって言いたいんでしょ?」

 

「ちっ、違いますよ!僕は――」

 

「いいの。分かっているわ、ウッソ。

あなたは確かに特別な子…小さい頃から特別な訓練を受けて、特別な才能があって…

何よりヤザン・ゲーブルに見初められて特別に鍛えられた。

シュラク隊の女達も…そっちのマーベットさんもね。

でもね…私だってあいつに鍛えられれば同じだけの事が出来る。

それに、シミュレーターは何度かやってみたから大丈夫よ」

 

カテジナはこっそりとMSシミュレーターまでやって今に臨んだらしい。

彼女はウッソだけでなく、シュラク隊も…そしてマーベットをも睨んで強気を滲ます。

だが、生半可な訓練を潜り抜けていないシュラク隊とマーベットは、

カテジナのこの発言にかなりムッと来るものがある。

ウーイッグの箱入り娘が、ろくなトレーニングも無しにいきなり宇宙訓練に参加するなど、

笑い話にもならず彼女達からすれば只々不愉快なだけである。

それこそヤザンではないが、「女子供はすっこんでいろ」と師譲りに思う。

しかしウッソもシュラク隊もその女子供なのは事実であり

「私だってやれば出来る」と言われてしまえば全面否定はし難い。

 

「ハァ…あのねぇ、お嬢ちゃん。パイロットは生っちょろい白い腕で務まらないよ。

隊長の秘書官紛いの仕事しかしてなかったんだろ?

少なくともさ、まずは体作りからしなきゃ話にならないよ」

 

ヘレンは内心でわ・が・ま・ま・を言い出したお嬢様を見下しながら言うと、

カテジナはシュラク隊のエースパイロットにも負けぬ気迫で言い返すのだ。

 

「私がお嬢様に見えるのね。

その通りで学はあるのよ、ヘレンお・ば・さ・ん・。

だから少し勉強すればモビルスーツの事は大体分かったわ。

今のMSは昔と違って女子供でも操縦できるくらいにパイロットの負担が軽いんでしょう?

肝心なのは精神力とテクニックよ。

テクニックは直ぐにあなた達に追いついて…いいえ、追い抜いてみせるし、

心は誰にも負ける気がしないのよね」

 

「…おば、さん…?」

 

ヘレンとカテジナの視線が真正面からぶつかり合って、

誰の目にも明らかに火花が散っている。

ウッソも口を半開きにして顔面を青くしていき、

オリファー等はこの面子の中で最も気まずそうな顔をして居心地が悪そうだ。

 

「あら?気に障ったからしら、お・ば・さ・ん・」

 

「ッ!……言うに事欠いて、優しい顔してりゃ図に乗って……!上等だよ!小娘っ!!」

 

シュラク隊一、百舌鳥の名に相応しい好戦的な女は当然暴発した。

パイロットを侮辱するかのような数々の発言に、

少しばかり若いからといって

まだ20代前半の自分を年齢的に貶されてはヘレンは我慢が利かない。

ヤザンの前だというのも忘れてカテジナに飛びかかって襟を締め上げる。

 

「っ!こい、つッ!そうやってすぐに手をあげるわけ!?

あんたのような品のない女が…!なんでヤザンに抱かれてさ!」

 

「結局それなんだろ小娘っ!

惚れた男を振り向かせられないからって

パイロットの世界にいけしゃあしゃあと首を突っ込むな!動機が目障りなんだよ!」

 

ヘレンがカテジナの頬を打ち、直様カテジナはヘレンの頬を打ち返す。

 

「ヤザン・ゲーブルもあんたより若い私の方が抱き甲斐があるに決まっている!」

 

「私は抱かれててお前は抱かれてないんだよ!それが全てだろう!」

 

今度はヘレンの裏張り手が炸裂し、またも間髪入れずカテジナもやり返すのだから逞しい。

ウッソが慌てて二人の腕を掴もうとして、

そしてオリファーはいい加減に肝を据えて両者を止めにかかった。

 

「ちょっと二人共止めて下さいよ!

ヘレンさん!カテジナさん!!こういうのっておかしいですよ!」

 

「止めないか二人共!!余りに見苦しい醜態だぞ!!」

 

オリファーとウッソがカテジナを抑え、

他のシュラク隊がヘレンを抑える。

 

「ちょっと落ち着きなってヘレン!本当に小娘なんだよ!

まだ何も見えてないんだ!素人にキレてどうするのさ」

 

ジュンコが宥めるも、ヘレンはまさに怒った犬がグルルッと唸るようだった。

皆が縋るようにして沈黙を保つ男を見る。

この場を完全に収拾出来るだろうその男、ヤザンの肩が震えだして、

小さな声が「クックックッ…」と漏れ出していた。

 

「フッハッハッハッハッハッ!!」

 

顔を上げたヤザンは大笑いをしていた。

堪えきれないという風な笑いであった。

 

「隊長!?笑い事ですか!」

 

思わずマーベットが不機嫌な声で隊長へ訴えるが、

ヤザンはやはり愉快そうである。

 

「クククッ…ハッハッハッハッ…!あぁ、笑い事だ。こいつは可笑しい。

まさか、気概を見せろと言ってからこれ程早くパイロット志願とは俺も予想出来なかった」

 

カテジナ・ルースはいつもヤザンの予想の上を行く。

しかも唯の上ではなく、絶妙にズレて低空で上を飛んでいくのだから面白い。

ヤザンがのしのしと歩き、睨み合う二人の女の間に入った。

 

「ヘレン!」

 

「…はい」

 

ヤザンに呼ばれ、何とか怒りを飲み込んでヘレンは返事をするが、

全く不機嫌が隠せていない返事であるのは明らかだ。

だがそんなヘレンを見てもヤザンは薄く笑い続けていた。

 

「お前の怒りは当然だ。カテジナはパイロットを甘く見てやがる」

 

「はい!」

 

そこでようやくヘレンは暴れるのを止めてヤザンへと敬礼し向き直った。

しかし、

 

「だが、跳ねっ返りの新兵はどいつもこいつもこんな感じだ。

貴様らもかつてはこうだった」

 

ヤザンは単純にヘレンの味方をしてくれているわけでもなさそうだ。

 

「えっ、い、いえ…私はこんな馬鹿な女じゃありませんでした!男のために戦うなんて―」

 

「それの何がおかしい?

戦いなんてのは、所詮は食うため生きるため…惚れた女のため男のためにやるもんだ。

戦いそのものを楽しむのも、結局は全部生き物の本能さ」

 

「それは……」

 

ヘレンは抗しようとしたが、しかし訓練生時代に散々ヤザンにその点は仕込まれている。

曰く、戦いに主義主張も善悪も無い。

曰く、戦場は兵士の華舞台。

化かし合い撃ち合い斬り合い…それらのテクニックを競い合う競技会場が戦場なのだ。

 

そういうヤザンの価値観にシュラク隊も大分影響されているから、

ヤザンが言うことを真っ向から否定出来ないヘレンであった。

 

「切っ掛けなんてそう大層なものじゃなくても構わん。

肝心なのはその後だ」

 

悪人面にしか見えないいつもの笑みを止め、

真顔となってカテジナを振り向いて彼女の名を叫べば

カテジナは不貞腐れるのと喜んでいるのが綯い交ぜの顔をして低い声で応えた。

 

「カテジナ・ルース!」

 

「…なに?」

 

「切っ掛けは対抗心だろうがへそ曲がりだろうが何でも良い。

だが兵士となって戦うというならば俺のルールに従って貰うぞ。

…特に、俺の元でパイロットになろうというのならばなァ」

 

カテジナはヤザンの目を真っ直ぐに見る。

 

「望むところだわ」

 

「……本当に良いんだな?

貴様が嫌う、力で言うことを聞かす暴力機関の世界が軍人だ。

必要とあらばガキも兵士として使う。

例え民兵組織のリガ・ミリティアでもその根っこは変わらんのだぞ?」

 

「……えぇ、覚悟の上よ。

あなたの土俵で、その世界で私は意地を貫いて…あなたに認めさせてやる。

そうでもしなければ…私はずっとヤザン・ゲーブルに負けたような嫌な気分のままなの。

私を小馬鹿にし続けたあなたが土下座して〝抱かせてくれ〟って、私に言わせてやるのよ」

 

きっぱりと言い切って、挑むようにヤザンから目を逸らさない。

カテジナの切れ長の美しい瞳が野獣が如き男を射抜き続ける。

 

「わかった」

 

ヤザンがそう呟くと、シュラク隊もオリファーもウッソも少し驚いた。

だが、何となくそうなるのではないかという思いも一同は抱いていたのだ。

カテジナが、こうも皆に食いついて離さないのは唯の世間知らずのお嬢様には出来ない。

ヘレン・ジャクソンも、掴みかかられ叩かれた痛みに涙する事も臆することもなく

やり返してきた事については多少認めないこともない。

根性無しのお嬢様というだけではないらしい。

それに、日々〝恐い人〟のヤザンとケンカをしているだけでも、

確かに「心は強い」と自尊するだけはあるのだ。

 

ヤザンは極めて真面目な口調で彼女へ言う。

 

「今から貴様は俺が鍛えてやる。

MSの操縦の腕前も、兵士としての心構えもな」

 

カテジナの顔にパァっと僅かながら花が咲いた。

本人も気の強さ滲む真面目で頑固そうな顔でその言葉を受けたいらしいが、

どうも嬉しさを隠しきれていない。

 

(カテジナさんって…凄く顔に出る人なんだな)

 

観戦者であるウッソ少年は心でクスリと笑う。

 

「ええ、頼むわね」

 

少し上擦ったような声でカテジナが言うとヤザンがすかさず、

 

「口の利き方に気を付けィ!!」

 

「ッ!!」

 

大きな声でそう叫んでカテジナの肩が揺れる。

 

「貴様は既に俺の部下になったんだ。

俺は上官であり教官というわけだ。

戦闘中の俺の指示は絶対…命令違反は営倉入り。

事と次第によってはその場で俺が銃殺する…いいな?」

 

カテジナはキッとヤザンを見返して、負けじと声を張り上げた。

 

「わか――っ…は、はい!」

 

「よォし…まずは、パイロットを舐めた口で乏した責任だ。

このまま何もなしじゃシュラク隊も収まらんだろうからな」

 

いいな?と聞けば、カテジナも察して口をへの字に結んで頷く。

 

「良い覚悟だ。歯を食いしばれ……………ゆくぞ」

 

ゴッという鈍い音がしてカテジナの長い金髪が揺蕩う。

無論加減はしただろうが、

その衝撃でカテジナの華奢な体はGの軽い宙空を漂いウッソがそれを慌てて受け止めた。

女性に対して、それも憧れの女性が屈強な男に殴られたのは腹ただしいとウッソは思う。

酷いとも思った。

だが、ああまで場を掻き回して

女性パイロット陣を罵倒する形になってしまった事の禊は必要だと、

スペシャルの少年の抜群の頭脳は理解していた。

それに、ヤザンが殴るというのは…女子供としてではなく、

根性だけある頭でっかちのお嬢様から、プロフェッショナルの兵士への修正…

つまり共に戦場を歩む同志として迎え入れるという

一種の儀式的な意味もあるのかも、とウッソは自分の経験から考える。

 

(…カテジナさんは、きっとヤザンさんの〝面接〟に受かったんだ)

 

「カテジナさん…だ、大丈夫ですか?」

 

カテジナの顔が腫れる前に救急スプレーでもと思ったが、

ウッソの手はカテジナに遮られる。

 

「いい。ウッソ、離して」

 

「…はい」

 

ウッソの手を振り切ってヤザンの前まで自力で飛ぶと、

カテジナは慣れない敬礼でヤザンの前に立つ。

それをヤザンは薄く笑って受け入れた。

 

「…ヘレン、貴様も取り敢えずはこれで納得しろ。

他の者もだ。いいな!」

 

「ハッ!」

 

ヘレンが様になった敬礼を返し、それにシュラク隊もマーベットも続くと

「さて…」と徐にヤザンが口を開き皆をゆっくりと見回した。

 

「思わぬ時間を食った。

さっさと訓練を始めるとしよう……

オリファー、マーベット、貴様らはウッソを連れてシュラク隊と模擬戦。

カテジナ…貴様は俺がみっちりと扱いてやる。

何せ時間が無いからな」

 

そう言って笑ったヤザンの顔は、カテジナにとって見慣れた非常に悪辣なものだった。

 

 

 

――

 



 

 

 

シャッコーが不規則的で変則的な軌道と加速で宇宙に青白いスラスター光の軌跡を描く。

その軌跡は1機のMSを中心に描かれていて、

中心のMSは宇宙で藻掻き苦しんでいるように挙動が怪しい。

一目見て初心者と分かる動きのそのMSへ、シャッコーは容赦ない殴る蹴るを繰り返す。

 

「カテジナ!まずは自分の場所を把握しろ!

マシーンに頼りすぎるな!自分の感覚で位置を掴め!」

 

「…ッ!ぐ…う、うゥ…!!」

 

カテジナが駆るガンイージに衝撃が走る度、

ガンイージは錐揉み回転となってカテジナの平衡感覚を揺さぶった。

コクピットの耐G機能とショックアブソーバーがかなりパイロットを楽にしてくれている。

その筈なのに、嵐のように絶え間なく素早く動くモニターの星景色が彼女の視神経を侵し、

吸い消し切れぬ衝撃が耳石を微かに間断なく揺らして猛烈な吐き気を催させる。

 

「太陽を意識しろと言うんだ!」

 

ヤザンの声が通信機越しに聞こえ、直後にまたガンイージが揺れた。

ヤザンにMS越しに殴る蹴るの嵐を見舞われ続けて早くも2時間は経っている。

ヤザンは最初に言った通り容赦がない。

箱入りのお嬢様を戦場で使える兵士に

数日以内にはしてみせようという無茶をヤザンは本気でする気であった。

とにかく時間が無い。

いつザンスカール艦隊と戦闘をするかはベテランのヤザンにも断言は出来ない。

こちらの予定はビッグキャノン攻略戦であるが、

ザンスカールの増援艦隊と遭遇戦をする可能性や、

哨戒艇シノーペと遭遇する可能性も充分有り得る。

戦闘はいつだって唐突だ。

それこそ双方が予定通りに戦うという事態は大規模な会戦ぐらいだろうが、

それだってどんな不確定要素で早まったり遅れたり流れたりが起きるかもしれないのだ。

そういう事が起きる前までに、

ヤザンはカテジナが取り敢えずMSを意思通りに一通り動かせるようにはしておきたかった。

 

「返事はいらんぞ。口を開けば舌を噛み切る!

舌を噛み切って死ぬのはパイロットにとって最も恥ずべき事だ!覚えておけィ!」

 

そんな事を言われてもカテジナは吐かぬように耐えるのに必死で口を開く余裕もない。

ヤザンが言うことを理解しようとも脳も撹拌されてるかのような断続的衝撃の中では、

彼の言葉も脳に染み付かない。

1G環境下で迂闊に格闘戦を仕掛け核融合炉を爆発させた馬鹿者が、

その衝撃で舌を噛み切ってしまうという事故は第2期MS時代以降多発している。

第1期世代のヤザンでさえ、

まれにそういう事故が起きて死んでしまうパイロットがいたのは知っていた。

ジェネレーターが核爆発しやすい第2期の現代戦ならば

尚更考慮しなくてはならないのが噛み切り対策なのだった。

 

その事をカテジナはテキストで読んだとうっすら記憶の引き出しから引きずり出していたが、

とにかく今はそれどころではない。

必死に機体の立て直し己の平衡感覚を無理矢理にオーバーワークさせる。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ…!」

 

常に襲う吐き気、目前に急速に迫る巨大な鉄の拳。

だがヤザンのシゴキは少しも緩む気配が無く更に2時間が経過する。

既にシュラク隊やウッソ達は一旦リーンホースへ休息と推進剤の補給に戻っても、

ヤザンのカテジナへの個人レッスンは続いていた。

 

「ぅッ…ぐっ、うッ……ッッ!こ、れ、ぐら…い!」

 

カテジナの喉まで込み上げる不愉快な酸っぱさを、

しかしウーイッグのお嬢様は気合で飲み込んでヤザンの猛烈な殴打の中でも

機体を直ぐに立て直してシャッコーと向き合うようになってきていた。

体中のアポジを無駄に吹かしまくってはいるが

何とか立て直したガンイージを見てヤザンはほくそ笑む。

 

「良い筋だな、カテジナ。案外貴様は本気で化けるかもしれんぞ」

 

「ハァッ…ハァッ…うっ、……ハァっ、ハァっ…あ、ありがとう、ございます…!」

 

たった数時間の初訓練で、カテジナの動きはまぁまぁ様になってきているのだ。

これはかなり驚異的な事と言えた。

本気で「こいつ、天賦があるかもしれん」とヤザンも思い始めている。

ウッソ程ではないが――ウッソは別格の化け物であり過ぎる――

カテジナにもまた空間認識能力に特別な才の片鱗があるのをヤザンは感じていた。

 

(…何よりも根性がある…真の意地っ張りだぜ、こいつは)

 

帰ったら少しは優しくしてやろうかとも思ってヤザンが目を細めたその時…

 

「ん?」

 

「はぁ、はぁ…ど、どうしたの…ヤザン隊長?」

 

シャッコーの猫目が宇宙の黒い海の遥か向こうに光を捉えた気がした。

ただの星の光ではない。

不規則に明滅し、揺れ動いていた気がしたのだ。

 

「…いや、見間違いか?…カテジナ、あちらに何か見えるか?」

 

「え…?いえ、何も……あっ、待って。何か…」

 

ヤザンは宙域のCG処理マップを呼び出して座標を確認すると、

シャッコーの目線の先には特にコロニー等も無い。

 

「……ここから近い人間の痕跡は…太陽電池衛星ハイランドか…だが方向が違う。

しかしカテジナも見たのだな?」

 

「ええ」

 

「……よし、貴様の今日の訓練の仕上げといこう。

偵察に行くぞ。着いて来い」

 

「わかったわ」

 

そう返答したカテジナの声には少し上擦ったような明るいものが混じっていて、

今までの猛特訓の疲労を感じさせない明るさがあった。

シャッコーがガンイージの手を握り、そして目的の座標方面へぶん投げる。

 

「きゃっ!?ちょ、ちょっと!」

 

「ハハハ!あくまで訓練なんだ。気を抜くなよ!」

 

投げられてガンイージが乱回転するがカテジナはMSを素早く今度も立て直してみせて、

やはり天賦を持つ者の成長速度をヤザンへ見せつけた。

 

リーンホースから離れだした2機のMSを追うように1機の白いMSが後方から来、

そして両機へと通信回線を開いた。

 

「ヤザンさん、カテジナさん?どこ行くんですか?

皆心配してますよ。そろそろ帰りましょうよ」

 

ウッソが二人を心配して様子を見に来たらしい。

ウッソも宇宙は初めてだろうに、既に飛び方は中々のものだ。

しかし、やはり宇宙慣れしているヤザンから見ればその飛び方は産まれたての子鹿と同じ。

だから、

 

「丁度いい。ウッソ、貴様も来い。

今から偵察に出る」

 

そうヤザンは判断し少年を半ば無理矢理に連れ出した。

それを見て「チッ」と極めて小さく舌打ちしたカテジナだが

その思惑は可愛気ある乙女心からのものらしい。

きっとカテジナはヤザンと二人で行きたがっていると賢しい少年は察しているから、

 

「あ、あの、僕は遠慮しておきますよ。お二人が偵察に出るってゴメスさんにも伝えないと」

 

そう言って気を使ったがヤザンはそもそもカテジナと二人で宇宙遊泳デート等の気は無い。

 

「貴様も飛び方がぎこちないぞ。いいから付き合え。

今はミノフスキー粒子も戦闘濃度じゃないんだ。通信で報告すりゃ済む」

 

「でも…」

 

「リーンホース、聞こえるか!今からウッソとカテジナを連れて偵察に行く。

…ああそうだ。すぐに帰る。前方の漂流物を調べに行くだけだ。

………分かったよ、無茶はさせん。思ったより心配性だな、ゴメス」

 

渋るウッソをよそにヤザンは「報告は終わったぞ」と笑い、

ウッソのヴィクトリーの手も掴んで放り投げてしまった。

 

「わぁ!?」

 

乱回転するヴィクトリーのコクピットで、ウッソは呆れつつも笑っていた。

 

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